072。
それは深くて遠い、深淵を覗くようなそんな何処からも遠い記憶。
「しぃ、来たよ」
そっとそう言って、俺は離れの扉を開けて顔を覗かせた。
ひんやりとした空気が肌を撫でて、少しどきりとする。
「あっくん?」
鈴を転がしたような澄んだ声に、俺はわっと笑顔になって部屋に上がり込む。
白いワンピースを広げて座る少女を見つけて、俺はぱたぱたと駆け寄る。
「しぃ、しぃ、今日は何して遊ぶ?」
「なにがいいかな? でも、あっくん、宿題は終わったの?」
少女は脇に置いてあった本を閉じると、こてん、と首を傾げた。
「え、あ、うん! 終わったよ!」
わたわたと慌てて頷けば、少女は俺を上目遣いで見上げる。
それから俺が目を泳がせるまで見つめ続けるとふわりと笑った。
「なら、しぃと一緒にやろう。一緒にやれば早く終わるよ」
しぃ、と自分を称する少女は俺の家の離れに住んでいた。
それこそ俺が物心つく頃から既にそこに住んでいて、俺の遊び相手だった。
本当は離れには近づいてはいけないし、入っても行けなかった。でも、俺はいつもこっそり忍び込んでは、しぃと遊んだ。
小学生の俺としぃは背丈もろくに変わらなく、しぃは学校には通っていなかったけれど、俺より頭が良かった。
しぃは優しくて和やかで、けれど芯のある少女だった。
俺は小学校にいる誰と比べても、絶対にしぃが一番好きだった。
けれど小学校の俺は馬鹿で、どうして彼女が学校にも通わずこの離れにいるのか知らなかった。
その頃の俺は何も知らずに、微笑むしぃの隣でただ息をするように笑っていた。
in the middle of nowhere(何処からも遠いところに




