part3:エクセレントデイ
庭に顔を出せば、そこにいたのは目当ての高身長ではなく、黒ずくめの痩身だった。
いつもならこの時間帯は緑野がここにいると踏んでいたから、あれ、と首を傾げる。
「なあ黒雪、緑野どこ行ったんだ? おやつに庭のトマト一個貰おうと思ったのに」
「緑野なら桃音と出かけたぞ、オレを置いてな」
「えーまじか。なら、今日は俺、おやつ抜きか」
「トマトをおやつにするのか、というより2人の外出に対してのコメントはないのか、いやそれより置いて行かれたことにコメントしろ、オレに」
むっとして腕を組む黒雪に、笑いながら大きく育ったトマトに手を伸ばす。赤々として美味しそうだが、さすがに緑野に何も言わずには拝借できない。
「黒雪はなんていうかすぐ拗ねるよな、拗ねるというより焼きもちか」
「拗ねている、オレが? 馬鹿なことを言うな」
「でも確かに最近は朝黄と白夜はいい感じだし、桃音と緑野もそうだとしたら俺も少しは淋しいな」
「そうだ、気に食わないだろ、お前も」
「いや、気に食わないのは黒雪だけだろ」
思わず突っ込めば、鋭く睨まれたが実害はないからもう慣れてしまった。初めに会ったころは完全に嫌われていると思っていたが、今は普通に黒雪と会話ができる。
ただ黒雪は他の住人に比べるとアパートにいる時間が極端に短い。淋しがり屋の構ってほしがりなのに、そこは未だに謎だ。とりあえず、アパートの皆が大好きなのはよく知っている。
「そういえばずっと聞きたかったんだけど、どうして黒雪は俺に力貸してくれる気になったんだよ?」
桃音にゲームを持ち掛けられたとき、誰よりも先に俺のところに来て、黒雪は助力すると申し出てくれた。
黒雪はそのことか、とつまらなそうに欠伸をする。
「お前は嫌いじゃないと言っただろうが、オレを」
「え?」
「基本的に力は貸す、俺のことを好いている奴には。当然だろう、こんなこと」
至極平然と告げられたその理由を一拍遅れてちゃんと理解する。理解すれば、なんて黒雪らしいと言うしかない。
笑いをかみ殺しながら、けれどあまりに素直なものだから少し意地悪を言いたくなった。
「でも俺、嫌いじゃないとは言ったけど好きって言ってないからね?」
自意識過剰だな、と笑って続けるつもりが、黒雪が固まっていることに気づいて口の中で消える。
「好きじゃないのか、オレが?」
「え、あ」
「嫌いでなく、好きでもない、つまりは無関心か、オレに」
「え、ちょ、まって」
ふるふると肩を震わせる黒雪を慌てて落ち着かせようと声を挟む。キッと黒雪に睨まれて、なんとなく手負いの猫と重なる。
「こっの詐欺師が! 騙したのか、オレを」
「いや、だからからかっただけで」
「からっかってたと認めるか!」
「いや、だから、ああもう」
ややこしさに頭を抱える。俺だって黒雪を含め、このアパートの住人は好きだ。
青葉に招かれ、ここに越してきて本当に良かった。ずっとはここにいられないかもしれない。それでも、いまここにいられることが幸せだと、そう思う。
けれど、とりあえず今はそんな感傷や思いは置いておいて、目の前でぎゃいぎゃい叫ぶ黒雪を宥めることに集中しようと苦笑する。
いずれ出ていくことになっても、いまはここに個性豊かな彼らと住んでいるのだから。




