Part2:ファニーファニーサーカス
「おい、お面の奴なんかあったのか? なんか部屋から呻き声聞こえてんぞ」
「……ただの恋の病です」
「いや、そりゃないだろ。すげぇ苦しんでる感じじゃねぇか」
緑野がそう眉を顰めると、桃音は硝子球のように限りなく表情のない瞳をこちらに向けた。
「簡単な二律背反にでも襲われただけですよ、あさ君は……」
「なんだそれ」
「みど君の弱い頭では理解できないことです……」
「はあ? 少なくとも俺は赤城よりは強ぇからな」
喧嘩のことじゃないです、ぽそりと桃音が呟くのを聞き流して、緑野はポケットの中で握りしめすぎてしわくちゃになった紙切れを突き出す。桃音がそれに視線を落としている間に早口に要点だけを告げる。
「これやる」
「なんですか、これ……?」
「見りゃわかんだろうが!」
半ば無理矢理に桃音の手に握らせる。桃音は首を傾げて、皺を伸ばして紙切れ否なにかのチケットに大きく書かれた文字を読み上げる。
「数日限定しろくまサーカス……、なんで私にくれるです?」
「はっ、そんなのブスが落ち込んでるからに決まって……」
きょとんとした目に気づいて、緑野は慌てて抱えていたロッ君を盾に顔を隠した。
「なんとなくだっつーの! 理由とか特にねぇから!」
桃音は朝黄が好きだったのだと緑野は思う。それが恋情かあるいは違う好意だとしても、桃音は朝黄が好きだった。けれど、朝黄の隣にはいま白夜という少女がいる。
桃音は白夜とも良好な関係を築いているし、朝黄とも普通に接している。
ただ、それでも二人が幸せそうに笑いあっていると、そっと距離を置く。少しだけ無表情にのふりをして表情を硬くする。それが何となく見ていてもやもやした。
絵になるですね、と一度だけ桃音が言った。それは的確で客観的な言葉だった。だからこそ、気に入らなくて別にならねえだろ、と緑野は言葉を返した。
少しでも気が晴れればとらしくないことをしてみたが、やはりこういうことは性に合わないと、緑野は桃音のつむじを見下ろしながら思う。
桃音はまじまじとチケットを見つめてから、こちらを見上げる。
「でも、これペアのです……」
「だから誰かと行けばいいじゃねえか、そのためにペアチケットだろ。そんなこともわかんねえのかブス」
「なら、みど君一緒に行くです」
「は」
「そもそも励ましたいならこういうのは一緒に行かないかって誘うものです……相手に言わせるのはヘタレ認定を受けるですよ……それにまず、私は落ち込んでないです、びゃくさんにあさ君は正直すこし勿体ないとすら思ってるですし、ただお似合いだとは思ってるですけど」
「な、おい、いきなりそんなに喋るな! なんなんだよ、いったい!?」
混乱して緑野が叫べば、桃音は無表情にチケットを両手で引っ張って見せる。
「要するにお誘いありがとです」
「は、はぁ? 誰がお前と行くってんだよ」
「行かないです……?」
チケット片手に首を傾げられて、ぐっと言葉に詰まる。そもそもなんでペアチケットにしたのか、どうして無意識に自分の都合のいい日のチケットにしたのか。それ以前にどうしてこんなに桃音のことでもやもやしていたのか。
結局、迷いに迷って口から転がり出るのは素っ気ない言葉。
「別に行ってやなねぇことはない、」
「往生際の悪いみど君です……」
桃音はそう言って、少しだけ笑った気がした。




