第11話 転生の巫女
『最愛の赤い糸のおまじない』
そんな話を中森早貴さんに聞いた。
N県の隣のG県のある町に、そういうおまじないをしてくれる巫女さんがいるらしいとのことだった。
らしい、というのは、彼女も友達から聞いたからである。
夏休みの内にその巫女さんがいるというG県の桜町に行き、転生の巫女なのかどうか確かめようと思って計画をしている。
確かめる方法だが、転生の巫女だったら薄命の呪いに気付くと古文書に書かれていた。
つまり、後は最愛の巫女が転生の巫女と同一人物であることを祈るだけである。
というより、最愛の赤い糸の呪いは、サスケと菊の時代に既にかけられているので(確かこのおまじないも転生の巫女のものだったはずだ)、おそらく同一人物である。
地図を広げて、G県の桜町への行き方を考えた。
飛行機よりも新幹線を使ってG県まで行く方が良いようだ。
鉄道に詳しい吉田幸一に訊けばだいたいの位置と行き方が分かる。
吉田と早貴さんは別の日程で行くようだ。
こちらは制限時間がある。
栞が30歳を迎えるまでだ。
仕事を始めたら、そう簡単に休むことはできない。
だから、学生のうちに旅行に行こうと思う。
できればこの夏休み中に……
当たり前のように聞こえるかもしれないが、大学生の夏休みは9月まであるが、高校生の夏休みは8月までである。
だから、吉田幸一は中森早貴さんと、真二さんと一緒にN県上稲郡宮原町七宮まで帰って行った。
さて、一度佐賀まで栞を送っていこう。
この話はその後だ。
9月の半ば、俺と栞は待ち合わせをした。
場所は博多駅の新幹線ホームである。
自由席だから、列車の指定とかは特にない。
栞が佐賀から乗ってきたと思われる特急列車『白いかもめ』は10分前に博多駅に着いている。
「遅い……」
11番乗り場の最後尾に待ち合わせだったはずだが……
どうやら、反対側の改札を通ったようだ。
「遅れてごめんなさい」
「いや、あまり待っていないよ。オレモ、タッタイマキタトコロダカラ……」
「うう、わざと言っているね……」
まあ、一つ乗り遅れたくらいでとやかく言わないが、
「何時間くらいかかるかな?」
「さあて、どれくらいだろう?」
G県の桜町か……
『間もなく、のぞみ23号東京行きが11番ホームに入ります』
というアナウンスを聞き、意識が現在へと戻った。
すぐにN700系が入線してきた。
懐かしいな……
確か高校の修学旅行でもこの型の列車だったな。
名古屋まで新幹線で行き、そこから志賀高原までバスに乗っていった。
途中、松川SAと梓川SAで休憩しながら。
信州中野ICで降りてから山道に入る手前で、チェーンを巻いた。
一面が銀世界で絶句はしなかったが、こんなに雪が積もっているのを見るのが初めての人は、大変驚き騒いでいた。
懐かしい話だ。
まさか、吉田幸一が信州中野にある本州大学に行くとは、その時は全く思わなかった。
「幸一君、お弁当出して」
俺が博多駅の駅弁コーナーで悩んだことは言うまでもない。
「二人で分けようね」
もちろんそのつもりだ。
だから、2種類の弁当を用意した。
一つは、佐賀牛ステーキ弁当、もう一つは熊本駅の肥後すき焼き弁当である。因みに、馬肉を使っている。流石に刺身ではないが……
佐賀牛と呼ばれるには、ある一定以上の等級の肉でないといけない。
等級に届かないものは、佐賀産和牛という表記になる。
農学部2年の前学期の講義で習った。
まあ、その講義の後は部室でワイワイやったのは言うまでもない。
N64の落下したら負けの格闘ゲームでサークル対抗の大会をしたこともあったな。二年の時の大学祭の二日目の出来事だった。
大会の対戦方法だが、まず2対2のチーム戦でトーナメント戦をして(参加サークルが10チーム、飛び入り参加混合チームが1チームだったから)シードを決めた。
1チーム5人の、交代制5回戦。生き残り点2、撃墜数1点、撃墜された数‐1点での総合得点で競った。
ただ生き残れば良いという訳ではなく、なかなか考えさせる戦いだった。場合によっては自滅するのも1つの作戦でもあった。
なお、シード決定の為のトーナメントでは、混合チームとの苦闘の末、我等が将棋部の優勝だった。その時点でチーム戦賞(カップめん10個)をもらった。もちろん俺とトクさんが参加した。
さて、トーナメント戦に移るが、強豪チームは文芸部、アニ研、混合、そして将棋部だった。
優勝賞品がNiiの本体とコントローラー(リモコン)2つだった。
これは譲れない。
先程とは桁違いの気迫を見せつけ、試合は決勝戦へと進んだ。
先鋒戦には一木、次鋒戦では末田、中堅戦で山田、副将戦にトクさん、そして大将戦は俺が出陣した。
混合チームは最強を名乗る者ばかりが集っているから(優勝賞品受賞者はさらにチーム内で戦って決めるらしい)、一木と末田、山田はボロ負けした。
しかし、自滅作戦が功を奏したのか、相手に点を殆ど与えずに、副将戦に繋いだ。と言っても、点差は10点。こっちが点を与えずに、向こうを撃墜すれば良い話しだ。
しかし、世の中には結託というものや、同盟というものがあり、点差を見て将棋部が弱いと勘違いしてくれたのだろうか、まずこっちを3チームで集中攻撃して、3チームで争おうとしたのだろう。
作戦としてはなかなか良かったが、甘い。相手が俺だったら成功したかもしれないが、相手は我が部最強のトクさんだ。常に特になるように戦った。
ある時は、爆弾を仕掛け、ある時はバットで打ち、ある時はバットを投げ、3チームを撃墜していった。点差が縮まることを恐れてか、裏切りが発生する。
トクさんに近付く者は全て撃墜されていく。勿論トクさんも文芸部チームに撃墜されたこともあるが、混合チームには絶対撃墜されなかった。副将戦終了時には、混合チームとの点差は2まで縮まっていた。(混合チームは他のチームを撃墜して、何とか収支プラスにした)
他のチームは最下位に転落、将棋部チームとの点差は5点となる。恐らくこの2チームは結託するだろう。
大将戦に移ったとき、最強が集まったことが分かった。
大どんでん返しが起こることもあり得る。
俺は野球少年を選び、文芸部は最速の筋肉男、アニ研は俊足の狐を、そして混合チームからは最強の長距離砲が出陣した。ステージは宇宙空間、宇宙戦が攻撃を仕掛けてくるステージだ。
俺には一つだけ切り札がある。成功確率は50パーセントだが、どうしようもない時は仕方がない。トクさんも知らなかったくらいだから、恐らく対戦相手は、この野球少年の力を知らないだろう。
回復だけじゃない。
それは、突然起こった。
長距離砲から放たれたエネルギー弾を避けたが、狐が反射した。
それを一度長距離砲が避ける。
しかし、それで終わりではなかった。
カキーン!!
という音がした後、長距離砲が飛んでいく。
一瞬対戦相手は全員、何が起きたか分からなかったようだ。
長距離砲が復帰したのと同時に、野球少年に向かって全員が攻撃を仕掛けてくる。
長距離砲も懲りずにエネルギー弾を放つ。
野球少年の前にいる狐は反射をせずに避ける。このタイミングだと、打ち返せば、反射をされて野球少年に当たる。
野球少年は反射的にバットを振り回して、エネルギー弾を打った。
すぐに狐は反射を使った。
しかし、飛んでいくのは、最速の男だった。
打ち返し、ではなく、打ち反らし、である。
油断していたのか、復帰してきた最速の男は、野球少年に向かって走ってくる。
もちろん後には俊足の狐も続く。
しかし、野球少年の炎と雷撃に成す統べなく、バットで飛ばされ、遂に復帰ができなくなった。
長距離砲は遠距離が得意だが、野球少年はそれを封じている。
最後には悪足掻きで0距離砲撃を敢行した。
しかし、残念ながら行動パターンを読み切っていた野球少年には、距離など関係なかった。
打ち返せられたエネルギー弾とバットの攻撃を受けて、長距離砲も姿を消した。
宇宙の中で立っているのは野球少年だけだった。
ということで、優勝賞品のNiiは将棋部の部室にある。
ソフトがないから、オブジェとして飾っているだけである。
さて、話を戻そう。
トンネルをいくつも抜けてある駅に着いた。
そこからは、在来線を使いG県まで行く。乗り換えることなく、特急列車で桜町まで行く。
特急列車は、市街地を抜けた後、山と山の間を進んでいく。
すぐ横に川が流れていて、その流れに逆らいながら、川の上流に向かう。
栞は俺の隣でウトウトしている。
5分も持たずに、俺の肩に頭を預けるだろう。
俺も眠くなってきた。
終点で車掌さんに起こされるだろう。
そっと、肩に重みが加わった。
いや、肩だけでなく、右上半身に……
隣には、幸せそうに眠る栞がいる。
トイレに行きたいのだが……
栞を起こさないように、栞を窓に任せて、俺はトイレに向かった。
用を足してから、席に戻り、栞の隣に座った。
「幸一君冷たいよ」
「そりゃ、窓だからな」
窓は金属部分が冷たいからな。流石の栞も目が覚めたようだ……と、思ったら寝言だった。
終点に着いたらどうやって起こそう。
揺さぶればいいかな。
というように結論付けて、眠った。
長旅は疲れる。
吉田幸一ほどではないが……
終点でもう一度乗り換えである。
間に合えば良いが……
終点に着いた。
栞を揺さぶって、起こして、駅を降りる。
ここでバスに乗り換えである。
G県桜町は山あいの町で、中央に駅と学校がある。
宿は駅から少し離れたところにある旅館である。
空気が綺麗で、川の水は清く澄んで、山の木々は青々している。
その山の麓に、旅館はあった。
旅館の前には小川が流れて、魚が飛び跳ねている。
宝くじの100万円の残りがあるから、こういう高級感溢れる旅館に泊まれるのである。
ガラガラと玄関の引き戸を開けて、受付に行く。
「予約をしていた甲本栞です」
因みに、この旅館を選んだのは栞である。
人の良さそうな女将さん‐‐緑さんと呼ばれている‐‐は部屋に案内してくれた。
「小さくて、古い旅館だけど、ごゆっくりしていってください」
2階に上がり、二つ目の部屋に案内された。
「何かありましたら、女将の私と仲居さんに、何なりとお申し付けください」
荷物を置いて、窓から外の景色を見ていると、高校生くらいの男女が歩いてくる。
確かここに来る途中に学校があったな。
そう思った時に、少女の方と目が合った。
ぺこりとお辞儀をした。
どうやらこの旅館の関係者のようだ。
栞は部屋で寝ころんでいる。
おい、栞、俺たちがこの町に来た目的を忘れていないか?
早いとこ、神社に向かおう……
「静かだね~」
だめだこりゃ。
俺は特にすることがないので、とりあえず、下の階の声を聞いていた。
「あら、お帰りなさい圓華ちゃん、一貴君」
ここが家なのか?
「着替えて仕事を初めてましょう。一貴君は風呂掃除。女湯に入る唯一のチャンスよ」
「緑さん……」
「圓華ちゃんには、二階のお客様にこれを届けて来て」
『これ』……って何だ?
①浴衣
②茶菓子
③タオル類
④その他
と考えていた時に栞が隣に座った。
「幸一君、『転生の巫女』ってどんな人だろうね」
神社にいるんじゃないのかな?
会えば分かるよ。
向こうが気付いてくれるらしいから。
「そうだな。実は弓に長けていて、100m先の的にも皆中……とか」
「いきなりお札を貼られたり……」
階段を上る足音が聞こえてきた。
圓華ちゃんと呼ばれる仲居さんが、『これ』を持ってくるらしい。
『これ』ってなんだろうな……
「失礼します」
座って御辞儀をしている仲居さんがお盆に何か載せて持ってきた。
「これは、この町の名物のお菓子『○○団子』です」
緑色は蓬で、茶色は御手洗団子、赤は……
「これはトマトです」
トマト団子、そんなものがあるのか……
「あ……」
と、仲居さんは少し驚いたように声をだした。
「あの、もしかして、『最愛の赤い糸のおまじない』にいらっしゃったのですか?」
やはり、噂は本当だったようだ。
「はい。それと他にも、『転生の巫女』に会いに来ました」
転生の巫女……という単語を聞いて、仲居さんは頷いた。
「そうですか。やはり、見間違えではないようですね」
自分の胸に手を当てて、こう言った。
「私が、その『転生の巫女』の生まれ変わりです」
へ?
今何を言ったのかな?
「そちらの方は『薄命の呪い』を刻まれていますね。江戸時代頃ですよね。それから転生を2回。江戸から昭和、昭和から平成に転生していますね」
「そこまで分かるんですか!?」
「『薄命の呪い』の解呪には、1時間程かかります。私の……桜様の力が使えるのは、音無神社があるこの町の中だけです。音無神社から離れると、力は弱くなり、解呪に一晩かかります」
ところで、気になるんだが……
「今は仲居さんなんですね」
「元々、吉本圓華は近所の和菓子屋の娘で、数年前に火事で家が焼けて、家族を失いました…… 今はここの女将さんの養女となり、働いています」
「巫女さんはしていないんだ」
「あ、いえ、臨時と言いますか、この町では年1回のお祭りでの巫女さんが選ばれ、今年は私が偶然巫女さんに選ばれました」
選挙みたいなことをするのだろうか。
「音無神社のお祭りで、『最愛の赤い糸のおまじない』をするのですが、――私はそのようなお祭りを作った覚えはないのですが――ちょうど明日に催されます」
「なるほど、そのお祭りの中で、解呪を……」
「いえ、この旅館全体を結界で覆って、一晩中術を展開しておきます。薄命の呪いの解呪の条件の一つに、『清らかな人』というものがありまして……」
恥ずかしそうに話す様子を見て、納得した。
俺たちが今夜何かすると思って、釘を刺しておいたのか。
清らかな人……か、良かった。
そういうことは結婚してからにすると決めておいて。
「ただ、解呪するには、一度『転生のおまじない』と『最愛の赤い糸のおまじない』の解呪をしなくてはなりません」
「どういうことなの?」
「『薄命の呪い』が一番深いところにあり、その上に『最愛の赤い糸のおまじない』があり、一番上に、『転生のおまじない』があります。どうやら、あなたには『転生のおまじない』がないようですね」
江戸時代のサスケのことだろう。
「はい。儀式の途中で命が尽きました。と夢で見ました」
「おまじないを解呪すると前世の記憶が全て消去されます。もとに戻ることはありません」
「そうですか……」
「どうする、栞?」
「幸一君、呪いを解呪しないと、私は30才で亡くなるんだよ」
「そうだよな。前世の記憶を失うくらい何でもないよな」
「あの、お二人の関係は恋人同士ですよね。それは現世の記憶だけで、お互いに愛し合っていますか?」
「そうか。前世の繋がりだけで愛し合っていたら、記憶を失った途端に『なんで好きになったんだろう……』ってことになるんだ」
この気持ちは本当に純粋に現世の真田幸一(甲本栞)の気持ちなのか、それとも前世のもう一人の真田幸一(甲本栞)、山崎圭一(鈴代文華)、サスケ(蔵元菊)の気持ちなのか……
わからない。
いわば記憶喪失である。
「よく考えてください。おまじないには、代償が付き物です」
俺達は圓華さんがいなくなった後、小一時間程考えた。
「俺達は――真田幸一と甲本栞は――は、中学1年の入学前に出会い、時々近所のみんなと一緒に勉強会を開いていた」
「私は毎回料理を振る舞っていた」
「2年の修学旅行で私がスキー場のコースから落ちて、その後すぐに助けてくれて」
「実際にレスキューを呼んだのは吉田幸一だが、それはおいておく」
「その後私に色々構ってくれて」
「バレンタインデーのチョコをもらって、付き合い始めた……」
つまり……
「命の恩人だから、何も問題なく付き合えるんじゃないか?」
「そうだよね。うん、きっとそうだよ」
安心したら風呂に入ろう。
冷や汗をかいたからな。
「夕食は部屋に来るんだよな」
「うん。19時に持ってきてくれるよ」
その時に、結論を圓華さんに伝える約束だったな。
今は17時半である。
一応言っておくが大浴場は男女別である。
栞と一緒に大浴場に向かった。
男湯には先客がいた。
否、客ではなかった。
「ははは、それでお前は圓華ちゃんとどういう関係なんだ?」
体を洗いながら、男子高校生達の会話を聞いている。
「いや、特に何も……ただ一緒に住んでいるだけだよ」
さっきの高校生は仲居さん(見習い)と、事務員(見習い)か……
「で、一貴君よ。いつ告白するんだ、圓華ちゃんによぉ?」
質問ではなくからかっているように聞こえる。
「君付けかよ。気持ち悪いな」
事務員見習いの一貴君にも笑みが……
照れ笑いか……
仲居見習いの圓華さんと事務員見習いの一貴君はそういう関係なのか?
そういえば確かさっき……
「圓華ちゃんと一緒に住んでいるからって、いつでもチャンスがあるとか思うなよ」
恐らく渡り廊下の先の離れ(旧館)に住んでいるのだろう。
ところで、何時になったら俺の存在に気付くんだ?
一方女湯では
「圓華ちゃん、か」
栞は隣にいるお客様と言うより――圓華ちゃんの高校の友人――と話をしていた。
「また、あの話か……一貴はいつになったら圓華ちゃんと付き合うのかしら」
「杏さんも色々ありそうですね」
「ふふふ、杏さんは栗山君のことが心配なのよね」
「ちょいま……確かに心配よ。だからって今話さなくても良いでしょ、亜由美」
真由美さんは弓道部の部長さんで、杏さんは女子剣道部の部長さんである。
そして……
「剣道部でいつも一緒だからっていつでもチャンスがあるなんて思っちゃだめよ、部長さん」
ブクブクブク……
「四角関係ですか」
「多角関係かなぁ? ふふふ」
何やら色々複雑な関係のようだ。
男湯に戻る
「だから、俺はだな、あいつとはただの腐れ縁なだけだよ」
「ふうん、あ……」
やっと俺の存在に気付いたようだ。
「あ、お客様……」
「どうぞ続けて……」
「……」
話を再開させよう。
「男子剣道部の部長さんなんだって?」
「ああ、そうです」
なんだか年上との会話に慣れていないようだ。
「向こうには、女子剣道部の部長さんがいるよな」
「え……」
どうやら気付いていなかったようだ。
「で、お前は本当は杏のこと……」
「だから、ただの腐れ縁なんだって、誰があんな暴力……」
「あまりデカい声出すと聞こえる」
と言おうとしたが、既に遅かった。
「……暴力、何だって?」
柵の向こう側から怒りに満ちた声が聞こえた。小さく、しかししっかりと耳に聞こえた。
どうやら、後が怖いようだ。
「あはは、ドンマイ」
「杏、悪かった。いやいや、あれは暴力じゃなくて、一種のスキンシップだよな、うん」
何を言っているのか、言った後に気付いた。
「……」
「これは、私刑決定だな」
女湯
「出身はどちらですか?」
「うーん、生まれは福岡県で、すぐに大阪府に引っ越して、次に東京都、さらに次に福岡県に戻った時に、彼と出会ったんだよ。
甲本栞としての人生を思い出しながら話す。
「それで、北海道に引っ越して、次に新潟県、その次に神奈川県、さらに次に長野県、そして佐賀県に来て、大学受験して、私だけ佐賀に定住したんだよ」
「そう、佐賀県から来たのですか?」
「はい。父は今長野県の信州環境保全会社の社員食堂で働いています」
「……お隣にいるのは彼氏ですか?」
栗山にスキンシップと言われて少し恥ずかしい思いをした杏は誤魔化すために話題を少し変える。
「うん、幸一君は婚約者だよ」
「婚約……大人ですね~~」
「まだ21だよ。大学生」
「え、大学一年生だと思いました」
そう見えてもおかしくない外見である。
実際杏さんより5cm背が低いし、胸も……
「若いですね~~」
「ありがとう」
「学生結婚ですか?」
「うん、そのつもりだよ」
男湯
「学生結婚ですか」
「ああ、そうだよ」
「ということは、『圓華ちゃんのおまじない』をしに来たんですね」
『圓華ちゃんのおまじない』か、『転生の巫女のおまじない』なのだが……
「婚約者の栞さんとの出会いは、いつですか?」
どうやら気になるお年頃のようだな。
「中学一年の入学前かな、栞が家の都合で引っ越してきたんだ」
「偶然の出会い、か」
「まあ、そうなるのかな?」
『最愛の赤い糸のおまじない』によって、必然だったらしいが。そんなこと言ってもしょうがないだろう。
「良いですね~~」
「俺達は、昔小さい頃――6才だったか――に出会ったんですが、コイツ忘れていて、この前、『初めまして、東京から引っ越して来ました、森田一貴です』なんて言いやがったんですよ」
「小さい頃に数日間だったから、覚えているわけないだろう。少しずつ思い出して来たけれど」
「栞さんは美人ですか?」
「ああ、そうだが、渡さないよ」
「いえ、そんな、俺には杏の相手で手一杯ですよ」
結局仲が良いらしい。
そろそろいじるのは止めておこう。
圓華side
食事ができるまでの短い間に、術が旅館全体にかかるように、旅館の周囲4箇所に方陣を描いていた。
外の掃除をする傍らというより、箒で方陣を描いている。
円の中に何か書いている。
旅館の正面には、四角、側面には三角、裏には×が描かれている。
ちょうど書き終えた頃、正面に戻った時に、それを見てしまった……
幸一side
時は少し戻る。
風呂上がりの牛乳を脱衣場前の待合場で堪能していると、杏さんが栗山を連れて行った。
外に連れ出して、二人っきりで……
「多分、制裁ですね」
「なるほど」
ロマンチックな出来事を期待したのだが、栗山君はキスや告白ではなく、鉄拳制裁を食らうのであろう。
そう予想できる。
栗山君も覚悟を決めて、杏さんについていったようだ。男だな~~(笑)
「言うとおりしないと、後で鉄拳制裁が倍になるらしい」
拳ではなく剣になるかも知れない。二人は剣道部員だから。
圓華side
見てはいけないものを見た気がして、旅館の中に逃げ帰った。
杏さんが栗山さんの胸ぐらを掴んで睨み付けていたようにも見えた。
至近距離からの睨み付けにより、目を瞑っていつも以上の鉄拳制裁の覚悟をしたようにも見えた。
暗くて良く見えなかったけれど、いつも通りならそうなるだろう。
なんてことを考えながら、箒をしまって、手を洗い、厨房へ向かった。
今夜のお客様は4名、少ない方である。
「圓華ちゃん、夕食を先に東山さんの部屋に持っていって」
「はい。分かりました」
女将さんはフロントへと向かう。
入湯料は先払い一人200円で、フロントには、貸し出された金庫の鍵を返しにやってくる。
そして、もうひとつ返すものがあって……
ちょうどその頃、弓道部の部長の亜由美先輩がフロントへとやってきた。
私は配膳を持ちながら、会釈をし、2階へと上がった。
幸一side
栞と一貴君と一緒に金庫の鍵を返しにフロントへと向かう。 ちょうど鉄拳制裁を終えたのか、杏さんと栗山君がいた。
賑やかなロビーだ。
因みにこの中で一番背が低いのは栞だった。
ほとんど変わらないくらいに杏さんと圓華さん(5cm以内の差である)。
栞は155cmだから、まあ、平均くらいだろう。
「おお、栞さん、美人だ……」
美人薄命と呼ばれるくらいだから、薄命の呪いを受けた栞は美人であろう。
美女ではなく美少女に見えるが。
杏さんと隣合わせて見てみても、同級生に見えるから不思議である。
「栗山君、君には杏さんという美少女がいるだろう」
ジトッという目つきで栗山を見つめていた杏さんは、栗山君と目が合った。
「杏も美人だよ、うん」
わざとらしいフォローだが、何も言わないよりは良かったに違いない。
「一番大切なものは、一番近くにあって、簡単には気付かないものよ~~」
女将さんは、くすくすと笑いながら言った。
「青春よね~~」
何故か女将さんは杏さんにウインクした。
「一貴君は圓華ちゃんよね~~」
「な、いきなり何を……」
しかし、他の方々は頷いていた。
何故か杏さんと栗山君は特に。
親友が心配なのだろう。
「俺は……その……」
「みんな知っていることよ~~」
女将さんが階段の方を見た。
「俺が圓華ちゃんと……」
一貴君を除く全員が階段の方を見た。
「私が一貴さんと? 何ですか?」
「あ、圓華ちゃん、いつの間に!」
「圓華ちゃんは美人だよね、っていう話をしていたのよ」
うんうん、と全員が女将さんの合図に合わせて頷いた。
「あ、そうですか」
「ということで、一貴君と圓華ちゃんは、甲本さんの部屋に夕食を持って行きなさい」
無理やりその場を治めた。
同時に、そろそろみんなも夕食時だから、帰宅を促した。
「さてと、そろそろ帰りますか」
「そうね」
「ふふふ、それじゃ、また学校で」
「じゃあな、一貴、圓華ちゃん」
俺と栞は手を振って、見送った。
温泉というのは、肌が綺麗になるとか、そういう効能だけでなく、居合わせた人々と仲良くなる場でもあるのだ。
そう実感した。
夕食が来たのは、部屋についた5分後だった。
「失礼します」
夕食を持ってきた圓華さんと一貴君。
栞の肩を揉んでいる俺。
「仲睦まじいですね」
「婚約者ですから」
女将さんが一貴君を圓華さんと一緒に配膳に行くように言ったのは、おそらくこういう光景を見せたかったのだろう。
さて、夕食の前に、圓華さんから話があった。
圓華さんは襖を閉じて、話を始めた。
「結論は出ましたか?」
一貴君は分からないという顔をしたが黙っている。
「お願いします」
「……分かりました」
圓華さんは、袖から二つの御守りを取り出した。
「これを肌身離さずお持ちください」
「圓華ちゃん?」
「既に術の準備は整いました。後は明日を待つだけです」
「ありがとうございます」
「薄命の呪いとともに、記憶を失います。また、朝食後に『最愛の赤い糸のおまじない』を行います」
「それじゃ、この人達が、探していた人の中の二人なんだね」
「はい」
今度は、こっちが分からない。
「前世以前に『薄命の呪い』を受けた二人と、『最愛の赤い糸のおまじない』をして、おまじないが解けていない二人を探していました」
「というと?」
「桜様の昔の術式だと、桜様の負担が大きいので、負担を軽くするために、新しい術式を作ったのです」
「それと、『転生のおまじない』は、その存在だけで、桜様の負担になります」
記憶を完全に受け継いで転生するというのは確かに負担がかかるだろう。
「ということは、『転生のおまじない』は、今はしていないのですか?」
「……術式事態に欠陥がありましたので、既に失われた術式です」
術式の改善のために役立つようだ。
「さてと、話はこれくらいにして……どうぞ夕食を召し上がってください」
夕食はどれも都会ではあまり食べられないものばかりだった。
泥鰌、山菜の天ぷら。焼き鮎。地元でとれた米を使った山菜おこわ。因みに山菜は山菜摘み名人と呼ばれる人から買っているらしい。
これは、前世の自分達への言わば『最後の晩餐』である。
夕食を堪能したら俺は栞の肩揉みを再開した。
午後9時に圓華さんが外で何かしているのが見えた。
方陣に何か付け足したようだ。
旅館に戻り、旧館の部屋に戻るようだ。
「何見てるの?」
「さっき圓華さんが外を歩いていた」
「ふーん。外がこんなに暗いのは久しぶりだね~~」
田舎の町でもそうそうこんな光景は見られないだろう。
山に囲まれた所だからこそ見られる光景である。
暗闇の中で、俺達はキスをした。
それ以上のことは、できない。
外を見て、チラリとホラリと見える灯りを見ながら、二人の時間を満喫していた。
山崎圭一と鈴代文華、蔵元菊とサスケも同じようなことをしただろう。
自分の中にあった何かが消えていく感覚を今味わっている。
眠らないと儀式が成功しないようだ。
だから、せめてもう少し、このままでいたい。
二人はいつの間にか、肩を寄せ合いながら、健やかな眠りへと誘われて言った。
夢を見ている。
サスケと蔵元菊の人生の。
夢を見ている。
山崎圭一と鈴代文華の人生の。
夢を見ている。
真田幸一と甲本栞の人生の。
そして、さらに夢を見ている。
魔物と戦う少年少女の人生の……
次回予告
「何か大切なものを忘れた気がする」
「しかし、どんなことだったか覚えていない」
次回 薄命物語 最終話 「薄命物語」
「俺が書いた小説を栞の家で読んでみる」
「自分達の人生をもとに書いた、夢のような物語を」




