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薄命物語  作者: 真田 幸一
12/15

第10話 最愛の二人

今日は8月の夏期休講の最初の土曜日。

そして、幸一君と一緒に、真田家に行く日だ。

「そろそろ行こうか」

私達は前回、簡単に結婚の許可を得られたから、安心している。

でも、油断は大敵、禁物だ。


OP


南福岡駅で下車して、久し振りにこの地に来た。いや、帰ってきた。

12月になると、ここは十日恵比寿がある。

屋台が並び、裏道の真ん中に何故か神社を思わせる物が現れて、道を封鎖する。そして、その近くに安いラーメン屋がある。

値段の割に味は悪くない。

久留米のcannonラーメンには適わないが。


裏道から出ると、そこは筑紫通りの十字路。

春日、博多、宇美、南福岡駅に続く道である。

そして、丁度反対側に、銀天町商店街に続く裏道がある。


信号を三回渡り、商店街の入口に入る。

そこには、焼き饅頭『なんじゃ』がある。

俺がいつも行っている店だ。

店長のオッサンとは仲良しだ。

店に入ると、いらっしゃい、と言われた。そして、即訊かれた。

「あれ、もしかして恋人?」

「そうなんですよ」

これが俺とオッサンの仲だ。

「……」

「どこかで見たことがあるような……彼女は近所に住んでいるの?」

「中学までは近所に住んでいたのですが、引越して、離れ離れになりましたが、大学で再会しました。クリスマスイブに」

「ロマンチックだねぇ」

栞は恥ずかしそうだ。

何気ないこの光景が大切なものだということを俺は感じている。いや、知っている。

「今日は何にするかい?」

全メニュー120円均一だ。

黒あん、カスタード、カレー、ハムエッグがある。

因みに、一番人気があるのはハムエッグで次いでカレーが人気だ。

「栞も一度会ったことあるだろう?」

覚えがないようだ。

首を傾げている。

「商店街の反対側の入口に、『焼き饅頭 なっちゃん』を食べに行っただろう?」

あれは確か、中学2年の7月の終わりで、勉強会で夏休みの宿題が自由研究(課題)以外終わった時に、吉田幸一達と行った。

当時のメニューは、黒、白、カスタード、ハムエッグ、ウインナー、バーガー、ヨーグルトだったはずだ。

「あ、田本さん」

「そう。後ろにいるのが奥さんの鼎さんで、主人が東栄さんだ」

吉田幸一はJR東海、飯田線コンビと呼んでいた気がする。

姓名が飯田線の駅名だからだと。

「2009年の8月20日に一度店を閉めたけれど、2011年の1月にここに店を開いたんだよ」

「あれ、そうだっけ? オジサン、日にちまでは覚えてなかったなぁ」

「流石、最後の客だっただけはあるね」

そうだろう。

「ハムエッグ2つとカレーを2つ」

ここは奢っておこう。

店内には椅子があり、飲食が可能である。

保温効果がある箱から、高さ2センチ、縦3センチ、横7センチの直方体を4つ取り出し、茶色の袋に入れて渡してもらい、俺が480円を払った。

「ハムエッグは玉子の柔らかさ、キャベツの細かさが特徴だ。玉子が出てくるから注意して」

完熟ではなく半熟で、全体的に柔らかく高齢者も食べられるという点がよい。

老若男女がこの店に訪れる。

「商店街にこういう店がないと、子供が寄り付かないんだ」

実際に一年間は商店街から子供の姿が消えた。

時々現れても、ただの『車が通らない安全な通り道』として商店街を利用しているだけだった。

それが、今はどうだろうか。

この店目当てで子供だけでなく大人の姿も増えているではないか。

「うん、おいしい」栞はカレーを食べている。

「そういえば、カレーって、前の店で新メニューとして……」

「そうそう、幸一君が提案してくれたものだよ」

だよな。あの時はカレーは難しいと言われたな。

カレーにはキャベツが入っている。

テレビであったな。

カレーにキャベツを入れて食べる地方があると。そういや、栞も言っていたような。

あれを見てから、我が家も栞もカレーにキャベツを入れて食べるようになった。

「ハムエッグは焼きたてより、少し時間が経ってから食べるのも良いが、カレーは冷めると味が落ちるな」

「そこが課題なんだよ」

「一度に7つ、7~8分でできるからな」

焼きたてが食べたければ注文するとよい。

因みに、サイドメニューには『かき氷』の赤と緑と青いやつがある。

焼そばもあるけれど、午前中で売り切れるらしい。

「新メニュー考えているんだけど、何か良いのないかな?」

「栞の得意分野だろう?」

「あ、うーん。そうだなぁ……チーズとハムとトマトとバジルで『ピザ』」

「面白そうだね」

「あと、コーンシチュー」

「それは、うまくいかなかったな」

一時期売っていたが、あまり売れなかった。生地との相性が悪かった。

「シーチキンサラダはどうでしょう」

「うん。なかなか面白いね。よし、今度作ってみるよ」

確かに、そういうものも良さそうだ。

キャベツはあるし、缶詰めのシーチキンとコーンを入れて……

「さて、そろそろ行こうか」

「あ、もうこんな時間」

午後3時頃に着けば良いんだが、あと20分だ。

「おう、ありがとう」

店を後にして、商店街の反対側の出口に向かう。

そこには、地元のスーパーの『丸Q』の本店があり、雑餉隈駅がある。

因みに、某携帯電話会社はここから始まった。

踏切を渡り、交番を左折して、某有名人の実家のタバコ屋を左折して、突き当たりを左折すると、栞が昔住んでいた家があり、さらに進み、筑紫通りに出て右折すると、そこに俺の家がある。

「懐かしいな。中学2年以来だよ……って言うところなのかな?」

本来はそうなのだが、俺達に限っては、前世に一度経験済みである。

俺の家の隣に吉田幸一の家がある。

どうやら、帰ってきていないようだ。

確か前世では今年の冬に帰ってきたはずだ、いや来るはずだ?

田中刑事という警察庁の特殊捜査課とかいうところに所属する刑事さんが一緒だったな。

門扉を開いて中に入る。

そして、インターフォンを鳴らす。

ブブーではなくピンポーンとなった。

扉を開くと母が出迎えてくれた。

「あ、お帰り。そちらが……あれ?」

「甲本栞です。中学生の頃は近所に住んでいました」

「あら、そうですか。どうぞ、上がってください」

どうやら覚えていたようだ。

ここまでは前回と同じだ。


階段を上がり、扉を開けるとそこはリビングである。

黒い大きなテーブルの反対側の席に、俺の両親が座っている。

「君が甲本栞さんか、幸一から話は聞いているよ。中学の時にそこを曲がったところに住んでいたんだよね?」

「はい。幸一君とはずっと中学2年生のバレンタインデーからお付き合いしていました」

「音信不通で付き合っていたと言えるかはさておき……」

「音信不通の人か。高校時代に連絡がつかないとガッカリしていたよね」

「そうなんですか」

俺が栞に話していないことを両親は栞に話した。

「料理が得意なんだよね」

「それなら今日の夕食をお願いしてもいいかしら?」

エプロンは持参している。

「はい。任せてください。何を作れば良いでしょうか?」

「冷蔵庫の中身でできる物を作ってみて」

これは試験なのか?

一昔前の……

料理ができる嫁でないといけないとか言うやつか。

栞は冷蔵庫の一番上の扉を開けて、冷蔵室にケチャップやソースなどの調味料と肉があることを確認して、一段下の野菜室に野菜が一通りあることを確認した。

冷凍室には、豚まんがあった。その下には冷凍保存している肉……

つまり、冷蔵室の解凍中の肉を使えということを理解した。

牛挽き肉とジャガイモ、タマネギ、人参、卵があったから、真田家風のオムレツが作れる。

ただし、薄焼き玉子を被せるのではなく、スペイン風にとろける玉子で包み込むタイプだ。

ソースとケチャップを混ぜてオムレツ用ソースを作る。


夕食はこれできまりだ。

「オムレツを作ろうと思います」

「ああ、良いねえ」

「お願いします」

食材が以前と異なるようだ。

確か前世では、糸蒟蒻しらたきがあったから肉じゃがを作ったはずだ。

栞のことだから、これくらいのことなら朝飯前だろう。しかし、これはディナー、夕飯だが……

どうでもいいな。

今はおやつの時間である。

「テイラーというパン屋のザッハトルテですよ」

母が冷蔵庫からケーキの箱を取り出した。

ザッハトルテとはドイツのチョコケーキのことで、外側に少し厚めにチョコレートを塗られている物だ。だから、外見は黒い。

栞が皿を準備テーブルに並べる。

俺がフォーク引き出しから取り出し、皿の上に置く。

父がケーキ用のナイフを取り出してザッハトルテを4つに切り分け皿に乗せる。

「いただきます」

外側のチョコレートが少し固いが、中は比べて軟らかい。

ただし、ドイツケーキはふつうのケーキと比べて固い。

チョコレートは甘過ぎず、かといって苦すぎない味だ。

「とてもおいしかったです」

確か前世では、バウムクーヒェン(バームクーヘン)だったはずだ。どっちにしろドイツケーキだが……

「夕食が楽しみだわ」

「料理上手って聞いているからね」

もしかして、オムレツを作るように材料を調整して誘導したのか。

いや、それはないか。



俺の両親と祖母は栞をすぐに仲良くなったようだ。

栞は一度話してみると誰とでもすぐに仲良くなれるのだ。

「甲本さんのお父さんはもしかして、コックさんかな?」

「父を知っているんですか?」

「実は、私が勤めている会社の社員食堂に数ヵ月間、副料理長として料理を作りに来ていたんだよ」

因みに、俺の家の隣の吉田幸一の父親と俺の父は同級生で、しかも学歴と職歴が同じである。つまり、同じ会社で働いている。流石に部署は違うが。

「今、父は全国の支社の社員食堂を転々としています。日本環境保全グループだったかな?」

「ああ、その九州ブロックが九州環境保全会社だよ」

日本環境保全グループは九州、中国・四国、近畿、東海、北陸、信州、東北、北海道、本州(関東)のブロックに分かれている。

元々環境保全会社が存在していたのは、九州と信州と本州だったが、10年前にグループ化してから全国展開していった。

高度経済成長の代償として、自然が失われていくことに危機感を抱いた人が民間企業を起こし、そして、統合した。

とは言っても、経営は分離されているから、完全なグループ化ではないが、人員の異動、出張などが行われ、それぞれの技術の共有化が行われるようになった。

例えば九州の塩害土壌の改善技術が東北で役立つことや、信州の農業技術が九州の高原の農業に役立つなど。

助け合い、それぞれの会社が切磋琢磨しあうというのがグループの理念だ。


社員食堂は全国の本社・支社に一つずつある。

優秀な新人は、日本環境保全グループの本社(東京)に研修に呼ばれ、グループ社員として、全国異動人員として働けるようになる。

突然の辞令ではなく異動要請がでるが、月給一万減で拒否できる。

特別手当てで他の社員よりも月給が3万円上乗せされていることを考えれば、待遇は良い方だと思う。それに、最低月給は一般社員と同じ18万円だ。

通常手当て含めず20万円(大卒)、19万円(高卒)、16万円(アルバイト他)である。

環境保全と良いながら、元々は農業土木や土木だったが、今は新しい部署ができ、エネルギー課、建築課、さらには、食堂課というものまである。

環境保全会社とは関係ないがグループ化に一躍買った人の言葉にこういうものがあった。

「良い仕事は良い環境から、仕事環境を整えることも大事」

そういうことで、社員食堂をその人の会社の協力を得て改良した。

ついには、全拠点に一つずつ社員食堂ができた。

食堂で働く人員は例の会社の社員と各拠点の地元の人、そして、特別社員だ。

会社の環境を見直す会社と思いきや、地域の悩みを解決していたり、商店街を運営していたり、何でもやってそうな会社だ。

10年前からその会社と協力関係(提携ではなく)にあり、仕事が行き来することもある。

全国展開にも、その人の会社との協力があった。

まあ、そういう会社に父と隣の吉田幸一の父親は勤めている。

栞の父、豊さんは特別社員(料理長)として、全国を転々している。


「食堂の料理長の日替わり定食は和洋折衷色々楽しめたな。栞さんは、どれくらい料理ができるのかな?」

「父には劣りますが、和洋折衷作れます」

確かに栞の料理はレパートリーの幅が広かったな。

「将来はどういう仕事がしたいの?」

「そうですね……料理に関わる仕事をしたいです。できれば父と同じように、日本中の料理をマスターしたいです」

栞の料理講座が始まった。

父と共に、転勤先の伝統料理を味わい、習得したこと、長野県の馬肉のすき焼き、名古屋の味噌煮込みうどん、などなど……

「長崎ちゃんぽんもマスターしています。眼鏡橋の近くの中華料理屋さんのちゃんぽんの味を再現できます」

「料理のスペシャリストか……父親譲りなのかな?」

「家庭料理は母譲りでもあります」

料理屋と家庭料理の両方を作ることができる。

「父の料理は家庭料理ではなくて、レストランの料理だと思います。所謂おふくろの味というものを作るのが苦手かもしれません」


「料理はいつ頃から作るようになったのですか?」

「5歳頃からです。8歳の時に母が亡くなってからは、ずっと家庭料理は私が作っていました」

現在、人生の四分の三は料理を作っているのだ、年齢的に。

「何でも上手ということの裏には、絶え間ない努力があるんだな」

「幸一も資格試験の勉強をしているところだよ」

「英検二級を持っていますよね。あと自動車免許も」

履歴書に書くときには、正しく書かなくてはならない。

つまり実用英語技能検定二級、普通自動車第一種運転免許(AT限定)と書かなくてはならない。

「英検はいつとったの?」

「大学入ってすぐ吉田幸一と一緒にとったよ」

「資格試験の勉強中というのは?」

「技術士(農業)の一次試験の勉強中だよ」

「あ、そうなんだ。勉強しているようには見えなくて」

「短期集中型だからな。もって2週間くらいだよ」

飽きっぽい、ということだ。

「そういえば去年の夏は将棋部のみんなと旅に出ていたよね」

「ああ、そうだったな」

「どこに行ったの?」

「京都と奈良に行ったよ。あと一人で大分や飯塚、唐津にも行った」

「飯塚って私の家の近く」

「ああ、そうだよ。通過しただけだけど」

「幸一は飯塚の甲本さんの家に行ったことあるんだよね」

「去年の年末に、栞のお父さんと一緒に」

父親公認の仲ということだ。

栞はずっと俺のことを話していたらしい。

恥ずかしい話だ。

「ははは、そういうことなら、気にしなくても良いよ」

「彼の娘さんなら、信用できるし、見た感じしっかりしているし、自分の将来のことも考えている」

「あなたになら、幸一を任せられそうだね」

「あ、ありがとうございます」

栞は時間を確認して、エプロンを着けた。

夕食を作り始める。

「あ、ゆっくりしていてください」

「ああ、そうだ幸一。久し振りに将棋指そうか」

そういえば、最近父と将棋をしていなかったな。

俺が将棋を始めたのは、4歳頃に父に教わってからだ。

最初は勝てなかったが、少しずつ強くなり、父と互角に戦えるようになった。

俺の戦い方は、初心者中の初心者がする、守りを最低限に、攻めさせておいて、一撃で逆転をはかるタイプだ。

角打ちの王手飛車取りが多いが、だいたいはあと一つ駒が足りない状態での反撃が多い。

吉田幸一と勝負するが、あいつもこういう乱戦好みの戦い方になる。

いつも苦戦する。

因みに、ネット将棋をしている。

最近は吉田幸一は忙しいらしく、対戦はしていない。

あいつはあいつで大変だろうな。

「6月頃かな、吉田君の家に、信州環境保全会社の計画課の部長さんが出張で来ていたよ。確か中森真二さんだったな。王手」

中森……例の事件の被害者も中森さん。しかも、信州(長野県)……高確率で親類だろう。

「この前の事件の被害者が娘さんだったんだよ。それにしても、報道規制なのかな。彼女の家庭教師の名前がでなかったね」

「いや、文字に出ていなかっただけで、『家庭教師の吉田幸一さん』って声が聞こえていたよ。王手飛車取り」

「そうか……彼も大変だな」

「桂打ち王手。彼女も大変だな、一生消えない傷らしいから」

「確か高校生だったか。青春真っ只中なのに、傷……あれ?」

肉体的にも、精神的にもきついはずだ。自殺しないよな?いや、してもおかしくないか。

「詰んでいますよ」

「強いな。将棋部なだけはある」

それはあまり関係ない。

「でも、たっちゃんには勝てないだろうな」

『たっちゃん』とは、父の友人で将棋の全国大会で準優勝したことがある人だ。

無理だろ。

「あ、今は転勤で岐阜県にいるんだったな。確か各務原市だった」

キムチで有名な都市だ。正式名称は『かかみがはら』らしいが、住民や鉄道会社でも、『かがみはら』『かがみがはら』など色々な読み方があるようだ。(吉田幸一、父談)

「もう一勝負しようか」

先手と後手を入れ替えて、指し始める。

居飛車が俺の主な戦法だが、居飛車と見せかけて三間飛車戦法が俺のもう一つの戦法である。

これは相手が振り飛車で、美濃囲いを作り始めた時に起こる作戦変更によるもの。

相手が銀を前に一つ進めて、王が銀の後ろに動く直前、俺は角を5五に移動させる。

すると、相手は角の前に歩か銀を上げてくる。こちらは、すぐに角を飛車があった方に動かす。

後は三間飛車と角で攻める。取れない歩(取ってもいいが、角が香車を取って馬になるか、その前に王が取られることになる)がそのまま『と金』になって、しかも王は動けない。

うまくいけば(そんなにうまくいかないが)あっという間に詰んでしまう奇襲戦法である。

これは吉田幸一が好んで使う戦法の一つで、一度使われて完敗したことがある。

それを真似て使っているのである。

「あ、もう詰んでいる」

気付いた時の感想はこれだ。どうしようもない。

「もう一勝負しようか」

もう一つの戦法に居飛車用の手がある。

普通は角か銀を上げて、攻め込まれないようにするが、わざと相手の歩を取り、角を一順遅く動かして、こちらがミスをしたかのように振る舞い、飛車で桂馬を取らせる。相手はこちらが王の2つ前で角を成らせる(5三角成)と勘違い(いや、あっているな)させて、実際はすぐに銀を龍の後ろに上げる。『龍殺し』という動揺を誘う技で、ネット将棋だと、時々相手が投了する。正しい受けは、飛車の後ろに歩か銀を打つ。間違っても角成王手、

同銀、金取り王手、同角はしないように、それこそ投了したくなる事態に発展する。

予想外の手は相手の動揺を誘うが、冷静に対応されると、失敗することが多い。

それが原因で負けることが多い。

将棋で勝利を掴むコツは相手の罠にかからないようにすること、敢えて罠にかかって、予想外の反撃にでるのはあまりうまくいかないから止めよう。

自分の王を逃がす場合は、王手ではない駒や取らなくていい駒は取らないようにすると、相手の攻めが何順か遅れて、反撃の機会が訪れることもある。

「あれ? 王手じゃない。それなら逃げる」

相手は当然駒を取るだろうと期待したようだが、敢えて取らない。取ったら詰むからな。

父もこれは理解しているようだ。

「駒が一つ足りない」

そう、これこそが俺流最終奥義『背水の陣&逆落とし』である。

こちらの王は、あと一つ駒を打たれたら詰む状態で、縛られている状態『必死』である。

対して、相手の王は駒に守られているかのように見えるが、穴が一つあった。

「5五角打ち」

相手の王は8二にあり、歩を挟んで反対側、7二には銀がある。

角打ちからの縛り解除である。

「成銀を逃がさないと」

あろうことか、成銀を動かしてしまった。

「それは詰みですよ」

7四桂打、9三王、6六角、8四歩、8五桂打、9二王、8二金打、まで。

「あ、良い匂いがしてきたな」

栞がフライパンを振って火加減を調整しながら、レストランで出てくるようなオムレツ作っている。

因みに、レストランでは卵料理用のフライパンを別に使っているようだ。

「他の料理の匂いが玉子につくから」らしい。(栞談)

「夕食が出来ましたよ」

時計を見ると、19時の5分前だった。



栞の料理はほとんど美味い。外れは皆無と言っていい。但し、オリジナル料理となると、話は変わってくる。

料理と言っても、ただ異なる食べ方をするだけだったこともある。

山葵の代わりに辛子、チリソース(タバスコは商標登録名)は失敗だった。

カツオの叩きにマヨネーズと醤油(漁師の食べ方だったらしいが、現在は四国南西部を中心に食べられているようだ)は成功だったようだ。

さて、オムレツに話を戻そう。

正直に言って、美味い、お世辞ではなく。俺の両親もそう思っているようだ。

母の実家のオムレツと、甲本家のオムレツ(というか、どこかのレストランの味を再現しているようだ)の合成である。

真田家で作られるオムレツは、挽き肉、玉ねぎ、ジャガイモが入っていて、玉子は綴じるのではなく、レストラン風に包むのでもなく、薄焼き玉子を被せるだけだった。

それに対して、栞のオムレツは中身は真田家風で、それを玉子で包み込んでいる。

レストラン風のオムレツの再現である。

ところで、このオムレツの中身を揚げるとコロッケになるのにはお気づきだろうか?

そう、オムレツの翌日の朝食と昼食はオムレツか、コロッケになるのが通例だ。しかし、栞が作ったオムレツが残ることはなかった。



「幸一を頼みます」

早……って、前もこうだった気がする。

既視感で良いのかな?

「こちらこそ、不束者ですが、宜しくお願いします」

さて、栞は俺の部屋の階段を挟んで隣の部屋で寝てもらうとして……と思ったら、俺の部屋に来た。

「幸一君の部屋に入るのは初めてだなぁ」

キョロキョロと何かを探しているようだ。

「一応断っておくが、エロ本はないぞ」

「うーん、やっぱりないか」

あ、という顔をする栞。

「引き出しの奥に何かある」

どうやらビデオテープ(VHS)を見つけたようだ。

「これ何?」

「ビデオテープだよ」

「それくらい知っているよ」

ビデオテープとは、DVDが主流となる前の録画媒体で、最近はビデオデッキを見ないな。ついでにビデオテープも。

1990年代は激動の時代だったな。

パソコン室なるものが学校に出現したのは俺が小学3年生の頃だ。

中学の頃は、フロッピーディスクといふものを生徒一人に一つ配られていた。そのフロッピーディスクなるものを読み込めるパソコンも、いまや姿を消している。

と、言うことを考えていたら、栞が何やら気になるタイトルのビデオテープを手にしていた。

『まーじゃん王国 シロポンの冒険』というタイトルだった。

俺が小学生の頃にテレビで放送していたアニメだ。

麻雀のまの字も知らなかったが、ルールを分かりやすく解説しながら、敵と戦うシロポンという海獺ラッコのような、海豹アザラシのようなキャラクターがテクテク歩きながら冒険をする物語で、何故か戦闘は全て麻雀で、猟虎ラッコのような膃肭臍オットセイのようなクロチーというキャラクターと出会い……

最終的には、魔界の魔王を倒す話だ。

「懐かしいなぁ~~、幸一君もこれ見てたんだ」

「このビデオテープは、中学一年の時に再放送していた時に録画したものだ」

「あ、あれって再放送だったんだ」

……そうかい。

「あれで麻雀を覚えた人、挙手」

俺達の世代は多分みんなそうだろう。

「私も一応覚えたけど、すぐに忘れたな」

麻雀をする機会が無かったのだろう。

俺は高校時代に修学旅行で、カード麻雀をしていたから覚えていた。あとは、大学の将棋部で……

「吉田幸一とも麻雀したな……」

同じ高校だが異なるコースに進んだ。

普通科と特進コースは行き来できるが、特進英数コースは独立していて、交流はないのだが、高校2年の3学期頃から、吉田幸一が昼休みや掃除時間中に(当番ではない時だけ)来て、勉強を教えてくれた。

自分の知識をひっけらかそうというものではなく、俺以外のクラスメートの質問にも答えていた。

そのお陰で、特進コース国立理系の俺は志望大学のS大学の農学部に受かったのだ。クラスメートの多くも志望大学(第2、3志望を含む)に受かっていたようだ。吉田幸一も、あいつなりに何か考えがあって、特進コースに来ていたのだろう。

吉田は高校3年の一年間は、特に勉強しなかったらしい(定期試験は一夜漬け、センター試験は高校の授業で対応、国立二次試験は赤本を一週間漬け)。前期は九州にある旧帝国大学(Q大)の農学部を受けたが、あっさり落ちた。

後期はH大学の農学部を受けた。

何かから逃げるように、離れて行った。おそらく家族から離れたかったのだろう。

あいつの5つ離れた兄は出来が良く、有名な私立大学を卒業したし、父親は俺の父と同じく、Q大卒だし、母親は実家の都合で大学にいけなかったらしい。だから、ことあるごとに、「あなたは機会が与えられているのだから、がんばりなさい」やら、「兄は優秀なのに、どうして弟はこんなに出来が良くないの」やら、終いには「出来損ない」とも言われたらしい。

そりゃ離れたくなるだろう。

吉田幸一の良いところは、俺達下のコースで俺達のために勉強を教えてくれたことだ。知識を自慢することはなく、分かりやすく教えてくれた。

ただ、『頭良いな』と言うのは禁句だった。

あいつはこの言葉を聞きたくなかったようだ。

吉田は試験の結果が返ってくる時は、中学時代と何ら変わることのない地獄という表現をしていた。

いくら頑張っても、成績が上がらず、家に帰れば親に怒られる。

これを繰り返すうちに、やる気がなくなったらしい。

どうせ怒られるなら、遊んだ方がましだと思ったからだろうか、あいつは、3年になってからはあまり勉強しなくなったらしい。



中学時代の吉田幸一は、クラスメートの『頭良いな』という一言を聞く度に、機嫌が悪くなっていたな。

数学で、90点取ったクラスメート数人は、「やったー、(家に帰ったら誉められる)」

と喜んでいたが、吉田は悔しそうな顔をしていた。

「帰ったら怒られる」

と言った吉田の点数が気になって見てみると、94点だった。

クラスメートは点数を自慢し始める。

吉田は隠そうとする。

しかし、担当教師はトップを発表する。

「94点を取った吉田幸一だ」

全員からの視線を集める。

「いつも頑張っているね」

と先生から賞賛されたが、本人はいい気はせず(勿論顔には出さず)、休み時間には、クラスメートから

「頭良いな」

という声が飛び交う。

「良いよな、吉田は。家に帰ったら、いつも褒められるんだろう?」

そう信じて疑わないクラスメート達は悪気はなかったのだろうが、吉田から返ってきた言葉は意外、想定外、で、一瞬耳を疑った。

「こんな間違え方をしたら、確実に怒られる」

冗談を言っている顔には見えない。悲しそうな顔だ。

「そんなことないだろう?」

「お前らには、俺の苦しみが分からないだろうな」

この一言と、その時の表情は今も覚えている。

不公平、不幸だぁ~という顔は……

高校時代に話を戻すと、吉田幸一が俺達のクラスに来たのは、自分のクラスにいると、空気がカタすぎるとのことだった(息苦しい、という意味、もしかして、新現代語?)。

「昼休みになると、大部分の人が単語帳や、辞書を開く」

俺達にとっては信じられない光景だ。

我利勉(ガリ勉)というイメージだ。

さすが特進英数コースだ。

有名国立、旧帝国大学コースという言い方も一部の人は言う。その全容ははっきりしていない。なぜなら、英数コースができて今年で10年で、校舎も離れていて(二年一学期~三学期の本館改築工事中はプレハブで、目と鼻の先だったが)、五階建ての古い校舎は、近寄りがたいイメージを抱かせる。

実際、行き来は生徒会選挙の時くらいで、あとは吉田幸一くらいのものだ。向こうから降りて来る(コース変更、英数コースには二度と戻れない)ことはあるくらいだ。結局、吉田幸一は降りて来ずに卒業したが。

コース間の交流は殆どない。鎖国中の日本のようなものだった。

12月にサンパレス(博多駅から徒歩20分、は嘘で、30分くらいかかる)で行われる3年生を送る会(予餞会)では、歌合戦があり、大体4組が歌を歌うが、例年通りだと、英数コースからは誰も参加しないはずだった。

はずだったのだが……

英数コースの奇行師きこうし‐‐奇術師でも、貴公子でもなく‐‐と呼ばれた吉田幸一が英数コースの初めての歌合戦参加者となった。

吉田幸一は善戦するも惜しくも三位(四位中)となった。

独りで歌ったのは吉田幸一だけだった。(パートで声を切り替えていた、ソプラノは裏声、テノールは男性)

英数コースからは賛同者はいなかったようだ。

独りで歌う姿は、決して寂しそうな感じではなく、寧ろ英数コースの閉鎖的なイメージを払拭するかのようなものだった。

受験勉強を全然しない吉田幸一を英数コース全体では、異端者のような扱いをしていたが、結果的には、『英数コース=がり勉の集まり』というイメージを拭い去ることができ、英数コースのイメージアップに繋がったことは否めず、担任教師も吉田幸一の功績を称えることになった。

また、余談だが、同じコースの生徒で、担任から

「お前は国立大学には通らない」

と言われていた生徒にも勉強を教えて、見事、国立大学に合格した。

担任教師も、そのことに関しても、功績を称えた。

「吉田、特待生のお前には、是非九大に通ってもらいたかった」

という一言が痛かったらしいが……

因みに、特待生とは成績優秀者で、一定の成績を維持し続け、生徒の模範となる生徒のことで、授業料免除の扱いとなる。

まあ、ある意味あいつは高校時代を楽しんだようだ。

さて、話を戻そう。何だったかな?

忘れた。



栞は二階の俺の隣の部屋で寝ることになった。

婚約者とはいえ、一緒に寝るのははばかれた。

俺は自室でパソコンを立ち上げ、自伝的小説の続きを書いている。

栞との前世からの縁とか、夢に見る前世の話とか……そんなものだ。

タイトルはまだ決めていない。

完成してからでいいだろう。


栞の視点もあった方が良いかな。

30歳までしか生きられない呪いをかけられた少女との前世からの縁、試練、そして……

この先はまだ分からない。

人生という物語は、まだ21歳までしか記されていないから。



栞は朝6時に起きて朝食を作っていたようだ。

ようだ、というのは、俺が8時に起きたからだ。

大学生(特に男子?)は高校時代に比べると、生活がだらしなくなる傾向にある。

一限(8時50分~10時20分)がない時は特に9時まで寝ている人もいる。実家から通う大学生(実家生、自宅生)はあまりこの傾向は見られないが……

一人暮らしだと、どうも生活習慣がルーズになる。

そんなこととは無縁そうな栞は大した人だ。

そういうことを知っている両親の栞に対する評価は良いようだ。

「幸一はこの通りだらしないけれど、どうか支えになってやってください」

と言われる始末。まあ、結婚を認められたことは喜ぼう。


「同じ幸一でも、隣の幸一君の方が立派だな」

そこまで言うか。

話題を変えよう。

「今日は父がここに来ます」

「ああ、話は聞いているよ。食堂会社の料理長は大変だよね」

食堂会社とは、なんでも会社の調理部門の会社である。

提携を結んでいる企業の全国の社員食堂に料理人や、食堂を丸ごと支店のように派遣するという会社の一員である。もともとは就職難の今の時代の労働の場を与えるために作られた会社である。

「今は長野県に転勤していますよ」

長野と言えば、信州環境保全会社だ。

と吉田の家に部長さんが来ていたのを思い出し、世間は狭いことを実感したその時、インターホンがなった。

どうやら甲本豊さんが来たようだ。



昼食は豊さんがつくったビーフストロガノフだった。

ロシア料理で、ビーフシチューに似ている。どこが違うか分からんが……

「バターライスだよ」

そこか? そこなのか? もっと根本的に違うところはないのか?


疑問はすぐに解消した。

「ビーフシチューとビーフストロガノフとハヤシライスの違いか。それはね……(長いので省略)」

なるほど、しかしなんだかな……まあいいか。


「栞さんは良くできた娘さんですね。それに比べてうちの息子は……」

「いえいえ、息子さんも良いところはありますよ。もとはと言えば、中学の修学旅行で命を助けた恩人ですよ」

両親に忘れていた、という顔をされた俺はどういう顔をすればいいんだ?

「そうか、その時からずっと二人は付き合っていたのか」

それには疑問の余地があるな。

一度(約6年間)音信不通で自然消滅をしたような状態だったからな。

いやあ、携帯電話を持っていない時代が懐かしいな。持っている人の方が珍しかったからな、あの頃は。

携帯電話を使うようになったのは高校2年生の春休み、3月20日だ。

それまでは必要ないと思っていたら、ないと不便に感じるようになった。慣れというものはすごいな。

いつの間にか世の中は携帯電話を持っている人に合わせて動くようになった。

大学の休講通知然り、就職活動の連絡しかり、友達になるとき然り(メルアド交換を以て友人とする人もいる)。

公衆電話を見る機会があまりない。

特急列車にもついていたらしいが、新幹線は今もある(トンネルに入った時は携帯電話が使えなくなるかららしい、鉄研談)。

フッシュホンタイプではなく、回す型は絶滅危惧種だろう。

今までに一度しか見たことない。

皿洗いのバイトに言った宴会・宿泊施設に黒い電話があった。33年前から倉庫にあったらしい。

ついでに閉館作業中に、要らない皿や座布団、カーテン、麻雀牌を将棋部の部室に持ち帰った。

栞と再会して3日後の話だ。年末である。

「妻も、母も、祖母も、30歳の若さで亡くなっているんです」

いきなりクリティカルな話になったな。

シリアスか……

「遺伝子の病気なのかどうなのか、医者も分からないようです」

俺の両親には中学時代に話していたはずだが、やはり覚えていなかったらしい。初めて聞いたかのような顔をされた。

ついでに病気ではなくて、呪いなんだが、信じてもらえそうにないから、敢えてその話題には簡潔に答えることにしている。

「たとえ30歳までしか生きられないとしても、気にしません」

なお余りある魅力があります、とは恥ずかしくて言わなかったが。

「それに、この世には絶対という言葉はない。だから、30歳で亡くなるとは限りません」

これは願いも含んでいる。

日本のどこかにいる、転生の巫女の生まれ変わりの人に、解呪してもらわなくてはならない。タイムリミットはあと約8年と4ヶ月(栞の30歳の誕生日になるまで)だ。

「本人がそれで良いなら構わないよ」

両親は何も言うことはなかった。

美人薄命(佳人薄命)とは良く言ったものだ。


栞は豊さんの車に乗って、俺と両親は家の車で、飯塚にある栞の母方の実家に向かった。

前世の地へ……



『ひ○こを持って気持ちを伝えに行こう』というCMがあったが、福岡県内だと、逆に使いづらい。

『ひ○こ』は福岡県の土産物だからだ。

ということで、前もって買っておいた佐賀のマルボーロと嬉野紅茶(ハーブ入り)を持って行くことにした。

豊さんは長野県の土産物『み○ず飴』と『う○辛』を持って来ている。

『み○ず飴』は上田市の土産物で、フルーツ(りんご、ぶどう、みかん、以下略)の味がする寒天を使って作った飴で、柔らかい。

『う○辛』は上伊那郡飯島町の土産物で、馬肉に唐辛子などを入れて味付けした、ご飯の供である。

飯島町は丁度吉田幸一がいる町である。


長話をしている内に、甲本栞の母の実家についた。

標札には『山本』と書かれていた。

甲本栞の前世の鈴代文華からたどると、山崎文華→木田一美→山本美里→甲本栞である。

呪いの影響か、娘しか産まれないのである。


「お帰り。それと、いらっしゃい。お待ちしておりました」

優しそうなお爺さんが、美里さんの父、山本貴さんだ。

再婚はしていないらしく、ずっと独身を貫いてきたらしい。

淡々と、一人の女性を一生愛し通すことの大切さと難しさ、寂しさを話してくれた。

同じ思いをすると思われるから、前もって心の準備をしておくように、という、結婚前の儀式に似たものだ。

挨拶と、これが今回の目的の一つであり、もう一つは呪いの解呪について鈴代文華が書き記したとされる日記帳を入手することである。

倉の中にそれはあった。

戦火をくぐり抜けてきた代物であるらしいが、正確には、戦争が終わってからかかれたものだ(栞談)。

チ○ルチョコを幾つかもらった。

というのは、本社が飯塚にあるのだ。

栞は山本家に一泊し、俺と両親は帰宅した。



翌日の昼間(8月16日)に、栞と豊さんが真田家に来た。

豊さんはお盆が開けたらすぐに会社がある長野県飯田市に帰って行った。


栞はもうしばらく俺の家に泊まる予定だ。

そんなある日、俺達がデートではなく、地元のスーパーマーケットの丸Qに買い物に行こうとして家を出た時、偶然、偶々、吉田幸一に再会した。吉田の隣には黒のショートの髪で、年下にしか見えない少女が歩いていた。

「久しぶりだな」

「ああ、甲本栞さんも元気そうですね」

「えっと、そちらの方は、もしかしてメールの彼女?」

「ああ、そうだよ」

「中森早貴です。よろしくお願いします」

ぺこりとお辞儀をする行儀の良い早貴さんは……何歳なんだ?

確か高校生だったはずだが……

「この前の事件は大変だったな」

「知っているのか」

特に驚いた素振りを見せない。

「ああ、ニュースになったからな、家庭教師の吉田幸一さん」

あの時のインタビューか……という顔をした。溜め息ひとつ。

「背中はもう大丈夫ですか?」

「はい、もう大丈夫です。まだ完治していませんが」

今月まで激しい運動は厳禁とのこと。

「精神的にも辛かったでしょう」

「最初は辛かったですけれど、平気です。幸一さんがそばにいてくれましたから……」

頬を朱く染めて、手を握っている。優しく、しかし、しっかりと。

「ところで年齢はいくつですか?」

おお、さすが栞。

俺が気になっていることを訊いてくれた。

外見的に本当に高校生なのか疑わしいが実は18歳とか……

「15歳です。誕生日が11月15日です」

外見のままか。

ん、まてよ、ということは、俺達が20歳だから、歳の差は4か5だな。

「吉田、お前もしかして、アレか?」

「アレってなんだ?」

「ロリコンか……」

何が言いたいのかと思えば、という顔をして溜め息2つ。

「女子高生が好きなんじゃなくて、早貴ちゃんが好きなんだよ」

「告白はどちらから?」

「私からです」

「だよな。20歳過ぎた奴が告白したら、怪しい人に見られるよな」

恋人か、どこまでの仲なんだろうか……

もしかして、ある意味俺達以上の仲か?

「吉田、早貴さんとやったのか?」

「キスはしたが、それ以上はしていない」

「幸一さんとは、一緒に寝ています」

……

一瞬世界が止まった。しかし、それを証明できるものはない。

「一緒に寝ているって、私も幸一君と一緒に寝ることはあまりないよ」

再会した時に一度だけ(コタツで)一緒に寝たかな。

「婚約者の俺達以上だな」


「早貴ちゃんは事件以降一人で眠ると魘されるみたいなんだ」

「そっか……色々と大変なんだね」

「はい、いつも頭を撫で撫でしてもらっています」

嬉しそうに話しているな。

幸せそうだ。

「あれ、そういえば、吉田は里帰りって言うのは分かるが、早貴さんは?」

「お父さんが福岡に出張で、俺の家に泊まるから、一緒に来てもらったんだ。挨拶も兼ねてね」

「挨拶って、もしかして、一昨日俺達がしたような……」

早貴さんの頬が(耳まで)朱く染まった。

「そう、俺達も婚約者なんだよ。婚約には年齢制限はないからな」

なんだが、急展開だな。

成る程、前世で(連続殺人事件で早貴さんが亡くなった歴史軸で)吉田が悲しんでいたのは、ただ家庭教師としてだけでなく、恋人として早貴さんと付き合っていたか、付き合いたいほど好きだったからか。

「私は幸せです。こんなに傷だらけで、穢れていて、お嫁にいけない私を優しくしてくれて、愛してくれて……大好きです」

歳の差カップルから婚約者か。歳の差5つの夫婦は珍しくないが、高校一年生の妻は珍しいだろう。

「いつ結婚するんだ? 俺たちは今年の12月だ。流石に披露宴とか、式とかは金が足りないからできないが、籍を入れるよ」

「名字は甲本にするんだよ」

今も珍しいのか?

「俺たちは中森に統一するよ。籍を入れるのは11月15日以降だな。式は挙げたいのは山々だが、費用がな……」

「最近はドレスを着て写真だけっていうのが流行っているみたいだよ」

簡単に離婚する世の中だからな、結婚も簡単なんだろう。

「あ、そろそろ行かないとな」

「あ、そうですね」どうやら時間のようだ。

吉田幸一と中森早貴さんは吉田家に向かう。

「お兄さんが帰って来ているよ」

「そうか、兄が……」

ため息一つ。

「頑張って行ってこい」

「それじゃ……」

「それでは……」

手を振って別れた。

吉田幸一と中森早貴の二人の後ろ姿に、数日前の自分達の姿が重なった。


俺達とよく似ている二人組だ。

多分うまくいくだろう。


前世の吉田幸一と違うのは当たり前だが、幸せになって欲しいものだ。


俺達は二人とは反対に向かって歩き始めた。

彼らとは違う物語を歩み続けるために……



次回予告


「転生の巫女についての記述を調べてみた」

「しかし、どこにいるのか、詳しいことは書かれていなかった」


次回 薄命物語 第11話 「転生の巫女」


「中森早貴さんに、不思議な話を教えてもらった」


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