第9話「一万人の視聴者の前で骸骨兵士を倒します」
## 第9話「一万人の視聴者の前で骸骨兵士を倒します」
### 【あらすじ】
配信を行わないまま、登録者を五千人以上まで増やしたエリオット。
次回予告に掲げた企画は、魔物の跋扈する“死の大地”を、戦闘能力の低いエマが一人で探索するというものだった。
何も知らされていなかったエマは必死に反対するが、エリオットは絶対に危害を加えさせないと言い切る。
そして翌日、五千人を超える登録者が待つなか、死の大地での配信が始まった。
### 【本文】
乾いた大地の上で、エマと骸骨兵士が対峙している。
骸骨兵士の右手には、錆びついた片手剣。
左手には、ところどころ穴の開いた丸盾。
対するエマは、短剣が一本だけ。
今のところ、周囲に他の魔物の姿はない。
遠くには崩れた建物や、枯れた木々が並んでいる。空は厚い雲に覆われ、風が乾いた土を運んでいた。
――配信は、すでに始まっている。
初回配信の時とは違い、エマに不安や迷いはない――ように見える。
短剣を両手で構え、まっすぐ骸骨兵士を見据えていた。
その横顔を、エリオットは大型の配信魔導具で捉える。
さらに、エマのはるか頭上に浮かぶのは、小型のカメラ型魔導具。
最後に立ち寄った街で購入した、新たな機材――“カメラ二号”だ。
骸骨兵士が剣を持ち上げる。
エリオットは一号でエマの緊張した表情を抜いた。
骸骨兵士が地面を蹴る。
次の瞬間、映像を二号へ切り替える。
二号が捉えていたのは、駆け出した骸骨兵士と、それを正面から迎え撃つエマを頭上から見下ろす映像。
「はあああああっ!」
エマが、勇ましい――というには、少し可愛らしさの残る声を上げた。
振り下ろされた剣を横へ飛んでかわし、そのまま骸骨兵士の懐へ潜り込む。
短剣が、くすんだ胸当てを斬りつけた。
甲高い音が響く。
その斬撃は、浅い。
だが、金属製の防具には、確かに一本の傷が刻まれた。
骸骨兵士が裏拳のように盾を振るう。
「きゃっ!」
エマは頭を下げ、間一髪でかわした。
エリオットは、その瞬間を一号で正面から捉える。
盾が髪のすぐ上を通り過ぎ、灰色の空を切った。
息を呑むエマの表情。
振り返る骸骨兵士。
そして、再び向き合う二人。
エリオットの仕事は、大型の配信魔導具を担ぎながら、エマの戦闘を撮影すること。
同時に、風魔術でカメラ二号を最適なポジションに配置させ続けること。
さらには、二つの映像を常に確認し、今この瞬間、視聴者に見せるべき映像を判断して切り替えること。
不測の事態が起きれば、即座にカンペでエマに指示も送らなくてはならない。
――常人にできる仕事ではなかった。
しかし前世のエリオットにとっては、知らぬ仕事ではない。
最終的にその仕事量に忙殺されたわけだが、その無謀な働き方で身につけた技術まで失ったわけではなかった。
十歳の身体に転生しても、中身は業界を一人で渡り歩いたおっさん――猛者だった。
エマと骸骨兵士の戦闘は続く。そんな状況で、今のエリオットが処理している仕事は、それだけではない。
ここは“死の大地”。
一対一の戦いを、いつまでも悠長に撮影していられるほど生ぬるい土地ではなかった。
遠くの丘の向こうから、一つ、二つと影が現れる。
四足歩行の腐食獣。
錆びた槍を持つ、新たな骸骨兵士。
さらにその後ろからも、魔物が続いている。
カメラ二号が、エマと戦う骸骨兵士の背後へ回り込んだ。
エリオットはあえて、その映像を配信に乗せる。
画面の手前では、必死に戦うエマ。
その遥か後方には、彼女へ迫る魔物の群れ。
配信画面を流れるコメントが、一気に加速した。
『後ろ!』
『エマ、逃げろ!』
『気づいてないのか!?』
『骸骨一体でも苦戦してるのに無理だろ!』
『やばい、目が離せない』
『もっと近づけ!』
『死ぬぞ!』
エマの身を案じる声。
迫る危険に興奮する声。
その両方が入り混じり、凄まじい速さで流れていく。
エリオットは一瞬だけ、配信情報を確認した。
九千八百七十二人。
数字は今も増え続けている。
間もなく一万人。
エリオットは、エマと魔物の距離を測る。
まだだ。
骸骨兵士の剣を、エマが短剣で受け流す。
後ろの群れが、丘を下り始める。
まだ、引きつけられる。
エマが骸骨兵士の盾に弾かれ、尻もちをついた。
「いったぁ……!」
骸骨兵士が、剣を振り上げる。
同時に、配信の視聴者数が一万人を超えた。
――ここだ。
エリオットは指を振った。
合図を受けたエマが、表情を変える。
地面へ手をつき、迫る剣を転がってかわした。
その勢いのまま立ち上がる。
「これで――終わりですっ!」
跳び上がったエマが、骸骨兵士の頭部へ短剣を振り下ろした。
刃が頭蓋骨の中央を捉える。
乾いた音とともに、骸骨兵士の頭が割れた。
身体を構成していた骨が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「や、やった……!」
画面を埋め尽くすほど、コメントが流れた。
『倒した!』
『本当に勝った!?』
『エマすげええええ!』
『喜んでる場合じゃない!』
『後ろ後ろ後ろ!』
『もう終わりだ……』
勝利を祝福する声。
逃げろと叫ぶ声。
この先に起こる惨劇を予感する声。
エマは息を整えると、カメラへ振り返った。
頬には土がつき、髪も乱れている。
それでも、満面の笑みを浮かべた。
「私、勝ちました!」
その背後では、魔物の群れが目前まで迫っていた。
エリオットはエマの笑顔を映し、迫るモンスターの群れを彼女の背後に捉える。
そして――配信を切った。
◇◇◇◇◇◇
「逃げますよ!!!」
配信が終わった途端、エリオットから“プロの仕事”の熱量が消えた。
「エリオットさん!! 引きつけすぎですよ!!」
エマが、配信中には決して見せなかった形相で叫ぶ。
骸骨兵士と一対一で戦えたのは、偶然ではない。
エリオットが先回りして周囲の魔物を殲滅し、エマが戦える相手だけを“舞台”へ残していたのだ。
そして今、背後から迫る群れは、エリオットが設定した“タイムリミット”。
もちろん、逃走が間に合わなければ、即座に風魔術でエマを離脱させる手筈になっている。
危険に見せることと、本当に危険へさらすことは違う。それが、エリオットの譲れない一線だった。
「エマさん! 思ったより才能ありますよ! 最後の顔が良くて、つい!」
「え、えぇ〜!?」
エリオットが風を爆発させる。
二人の身体が、乾いた地面の上を一気に加速した。
背後で腐食獣が吠え、骸骨兵士たちの骨が鳴る。
「ぎゃああああああああああっ!」
「良いリアクションですが、もう配信は終わってます!」
「これは演技じゃないですうううっ!」
二人は土煙を上げながら、死の大地を駆け抜けていく。
向かう先は、かつてノクスヴェルト家が探索のために築き、今は放棄されている基地。
そこが今日から、二人の新たな活動拠点となる予定だった。
――無事に魔物の群れから逃げ切ることができれば、だが。




