第8話「配信せずに登録者を五千人まで増やします」
## 第8話「配信せずに登録者を五千人まで増やします」
### 【あらすじ】
王都を追放され、“死の大地”へ向かうことになったエリオット。
馬車へ同乗したエマに理由を尋ねると、彼女はナンバーワン配信者にするという約束を守ってもらうため、自分の意思でついてきたのだと答える。
前世ではすべてを一人で抱え込み、命を落としたエリオット。
しかし今は、同じ追放者であり、頼れる仲間となったエマが隣にいた。
### 【本文】
それから数日後。
窓の外の景色から、緑が減ってきた。
豊かだった畑は姿を消し、乾いた土と背の低い草が増えている。
街道を行き交う馬車も、ほとんど見なくなった。
空は厚い雲に覆われている。
さらに東。
地平線の先には、黒い山々が霞んで見えた。
“死の大地”が近づいている。
「…………」
エマは窓に張りつくようにして、外を見ていた。
「もうすぐ、ですよね」
「予定では、今日中に境界へ着きます」
「…………」
「緊張していますか?」
「もちろん、してません」
「面白い発言ですね……さすがエマさん」
「ありがとうございます」
「大丈夫ですか? 本当に」
エリオットは、それ以上追及しなかった。
「そういえば」
エマが、ふと思い出したように口を開く。
「初回の配信から、ずいぶん日が空いちゃいましたね」
「そうですね」
「……大丈夫なんでしょうか」
「何がですか?」
「私たちの配信の登録者ですよ。せっかく増えたのに――」
初配信直後の登録者数は、三千百七十二人。
配信を見た人間から話を聞き、次回を期待した者たちが登録した数字だ。
「せっかく三千人も登録してくれたのに、何日も配信してません。もう興味を失って、減ってるんじゃ……」
「確認しますか?」
「え?」
エリオットは、懐から一枚の紙を取り出した。
冒険者ギルドの印が押されている。
「何ですか、これ」
「昨日立ち寄った街で、ギルドからもらいました」
紙に書かれているのは、エリオットとエマのパーティー情報だった。
最大視聴者数。
平均視聴者数。
前回の配信日時。
登録者数。
「…………え?」
エマが、数字を二度見する。
「五千……二百八十一人?」
「増えていますね」
「なんで!?!?」
初回配信から、一度も配信していない。
それにもかかわらず、登録者は二千人以上増えていた。
「あっ」
エマの視線が、紙の下部で止まる。
そこには、次回配信予定が記されていた。
『追放されたポーター、ソロで“死の大地”探索』
「…………」
エマの動きが止まった。
紙を持ったまま、ぎこちなく顔だけをエリオットへ向ける。
「…………」
エリオットは、窓の外を見ながら口笛を吹いていた。
……音は鳴っていない。
空気だけが、かすかな音を立てている。
「エリオットさん」
「…………」
「エリオットさん!?」
「…………はい」
「これ、何ですか?」
「配信予定です」
「誰の!?」
「エマさんの」
「だーめですよ! 絶対! ダメ!」
エマの叫び声が馬車の中に響いた。
「いつ、こんなものを登録したんですか!?」
「最初に立ち寄った街です」
「最初!?」
「次回配信のタイトルだけ、先に登録させてもらいました」
王都から死の大地までは、長い。
道中、二人はいくつもの街で食料を補給し、宿を取った。
エリオットはそのたびに、冒険者ギルドへ立ち寄っていた。
パーティー情報を確認するため。
エマは、そう思っていた。
「到着日の目処が立った段階で、配信日時も公開しました」
「私に黙って!?」
「言えば、反対すると思ったので」
「当たり前です!」
“死の大地”。
魔物が跋扈し、人間が住むことを諦めた土地。
そこで、追放されたポーターがソロ探索を配信する。
その題名は、街から街へと広がった。
まだ配信は始まっていない。
それでも、その冒険の末路が気になった人間が登録する。
エリオットは配信をせず、次回予告だけで二千人以上を集めていた。
「道中の街で、噂が広がるように少し仕込みもしておきました」
「仕込み?」
「酒場で目立つ席に座って、配信の相談をしたり」
「だから妙に声が大きかったんですか!?」
「ギルドで配信予定を登録するとき、近くに人がいるのを確認したり」
「やけに時間がかかると思ってました!」
「宿の主人に、死の大地までの道を尋ねたり」
「親切な人だと思って、私、お礼言っちゃいましたよ!」
「実際、親切な人でしたよ。翌朝には近所中へ配信の話をしてくれました」
「そういう意味で!?」
エマは紙を握りしめる。
「絶対にダメです!」
「何がですか?」
「死の大地を一人で探索なんて、できるわけありません!」
「一人じゃないですよ。僕もいます」
「ま、まあそれはそうですけどっ――」
「作戦があります」
「い、一応聞いても……?」
「いえ、それはダメです」
「どうして!?」
「ネタバレになるので」
「誰に対する!?」
「エマさん以外誰かいますか?」
エマは天を仰いだ。
「事前に内容を知ってしまえば、自然なリアクションができません」
「自然なリアクションより、私の命を優先して欲しいんですけど!」
「安全は保証します。絶対にエマさんに危害は加えさせません」
「エリオットさんは“安全”の幅が広すぎるんですよ!」
「でも実際、初回配信は生きて帰れましたよね?」
「今回は規模が違います! 死の大地は文字通りその危険性から今の今まで誰も住み着いてないんですよ!?」
「昔は、三人の勇者が治める宗教国家があったらしいですし、そんなに怖がらなくても」
「ぜーったいダメ! です!」
エマは座席にしがみついた。
「降ります! 今すぐ降ります!」
「この辺りには、帰りの馬車はありませんよ」
「じゃあ引き返してください!」
「僕たちの領地は、あちらです」
「いやああああああああああっ!」
残酷にも、馬車は死の大地を目指し続けるのだった。
◇◇◇◇◇◇
同じ頃。
王都の酒場。
一人の少女が、ライブクリスタルの前に立っていた。
短く切り揃えられた灰色の髪。
黒い軽装。
腰には、細身の短剣が二本。
レイド・スターズのアサシン、リゼット。
彼女は、ライブクリスタルに表示された、とあるパーティーの情報を凝視していた。
次回配信予定。
『追放されたポーター、ソロで“死の大地”探索』
「…………」
何度読み返しても、書かれている内容は変わらない。
配信者名は、エマ。
配信予定日は、明日。
「……嘘」
リゼットの顔から血の気が引く。
「エマが……死の大地に? ソロで?」
レイド・スターズにいた頃のエマを、彼女はよく知っている。
戦うことが苦手だった。
魔物が現れれば、誰よりも早く身を縮める。
それでも、仲間のためなら重い荷物を背負い、危険な場所までついてきた。
「ソロなんて……絶対無理よ――」
リゼットは、表示された文字へ手を伸ばす。
「私のせいだ……あのとき、私がエマの追放に反対してれば――」
「助けに、行かないと」
「エマが、殺されちゃう……!」
次の瞬間、彼女は酒場を飛び出していた。
行き先は、王国東端。
“死の大地”。




