第6話「お金の代わりに死の大地が領地になります」
## 第6話「お金の代わりに死の大地が領地になります」
### 【あらすじ】
新たなカメラの購入資金を得るため、エリオットはエマを連れて実家へ向かった。
そこでエマは、彼が王国随一の剣の名門、ノクスヴェルト公爵家の子息であることを知る。
しかし、屋敷の者たちによれば、父エルドリックは何らかの理由で激怒しているらしい。
逃げようとした矢先、帰宅した父に見つかったエリオットは、屋敷へ入るよう命じられてしまう。
### 【本文】
ノクスヴェルト邸の客間。
エリオットとエマは、長いソファへ並んで腰かけていた。
向かいには、腕を組んだエルドリックが座っている。
「さて」
低い声が、広い客間に響いた。
「説明してもらおうか」
「何についてでしょう」
「心当たりが多すぎて分からないか?」
「いえ、少なすぎて」
エルドリックのこめかみが動いた。
エマは隣で小さくなっている。
「一年ほど前、お前は魔術の修行をすると言って、この屋敷を出た」
「はい」
「仕送りを受け取りながら、一度も帰ってこなかった」
「修行が忙しかったので」
「巨大な配信魔導具を作るのが、“修行”なのか?」
「み、耳が早いですね」
「……いいか、私はお前の才能は評価している。確かに、お前の魔術はすごい」
エルドリックが声を落とした。
ノクスヴェルト家は、代々優れた剣士を輩出してきた武門である。
初代当主は、王国独立の立役者として活躍し、その後も王家の剣として国を支えてきた。
しかし、エリオットは幼い頃から、剣に興味を示さなかった。
剣の稽古を抜け出してはダンジョン配信をかぶりつくように鑑賞し、魔術書を読み、魔道具を分解し、使用人を集めて妙な催しを開く。
名門に生まれながら、剣の修行を頑なに拒む異端児。
家族の中には、そんな彼を疎ましく思う者も少なくなかった。
「魔術の修行をするというから、好きにさせていた。少しは頭を冷やすと思ってな」
「おかげさまで、良い機材が作れました」
「配信魔導具を作れと言った覚えはない!」
「魔術を使っているので、広義では魔術の修行です」
「屁理屈を言うな!」
エルドリックは額を押さえた。
「まあ、なんだ……幸いお前の兄は優秀だ。だからこそ、そこまではいい」
「あ、良いんですか?」
「そういう意味ではない! 調子に乗るな! それがどうでもよくなるほどの問題が、今、起きているのだと言っている!」
テーブルの上に、一通の書状が叩きつけられた。
封蝋には、見覚えのある紋章が刻まれている。
「グランヴェル伯爵家から、正式な抗議が届いた」
エマの顔が引きつった。
「我が家の令嬢が、ノクスヴェルト家の子息から酒場で辱めを受けたとな」
「ご、ごごごご誤解です」
明らかに動揺するエリオット。
「何があったか説明しろ」
「偶然、風が吹きました」
「お前の得意技じゃないか」
「不幸な事故でした」
「酒場の窓は、すべて閉まっていたそうだが」
「不思議なこともあるものですね」
「エリオット!」
「それより、お金を貸してほしいんです」
「な、何ぃ!?」
エマの肩が跳ねた。
エリオットは懐から、配信魔導具の設計図を取り出した。
「新しいカメラが必要なんです。高価なものでなくて構いません。当面の運営資金も含めて、これくらいあれば――」
「お前は! この期に及んで金の無心かっ!」
エルドリックが立ち上がる。
「一年ぶりに帰ってきて、謝罪の一つもなく、金を貸せと言うのか!」
「利子は払います」
「そういう問題ではない!」
「では、担保を――」
エルドリックが、エリオットの発言を手で制し、力なく座る。
「……わかった。お前の考えが、よくよくわかった」
“諦め”がこもったような声色のエルドリック。
「そんなに金が欲しいのなら、お前には領地をくれてやろう」
「…………」
エリオットの動きが止まった。
エマも目を丸くする。
「……今、何と?」
「領地をやると言った」
「お金が欲しいんですが」
「そこで領主となり、自分で稼げ!」
エリオットの頭が真っ白になる。
「ちょっと待ってください。話がつながっていません」
「お前にだけは言われたくないな」
「ぐっ……」
「お前は自由と金を欲しがっている。ならば土地を与えて自由に稼がせてやる。何か問題があるか!」
「お、横暴じゃないですか――」
だが、エルドリックは止まらない。
「当面の運営資金は渡す」
「……運営資金」
エリオットの反応がわずかに変わった。
「ただし、以後ノクスヴェルト家からの仕送りは止める。与えた金と領地で、自活しろ」
「場所は?」
「王国東端だ」
「具体的には?」
「かつて、とある宗教国家が存在した土地だ」
エルドリックは地図を広げ、その東の果てを指さした。
そこだけが、周辺から切り離されたように黒く塗られている。
「現在は、“死の大地”と呼ばれている」
「名前からして領地経営に向いていないんですが」
「だから空いているのだ」
「む、矛盾してないですか? 価値のない土地では話が――」
「領地は領地だ」
「……ちなみに領民は?」
「いるわけないだろう」
「今の収入源は?」
「ない。完全な“無”だ」
「魔物は?」
「たくさんいるぞ」
「それ、追放ですよね?」
「領地を与えると言っている」
――単純に、言い方を変えた追放だった。
「今回の件も、お前が王都を離れるなら、グランヴェル伯爵家には私から話をつけよう」
「断った場合は?」
「伯爵家から許しが出るまで、この屋敷で謹慎だ。配信活動も魔術の修行も認めん」
「…………」
次の配信を待つ、三千人の登録者。
新しいカメラを購入するための資金。
王都に残って活動を禁じられるか。
死の大地で領主になるか。
選択肢になっていなかった。
「……分かりました」
エリオットがそう言うと、エルドリックは一瞬だけ戸惑いを見せた。
彼は、「もう諦めて帰ってこい」と言いたかったのかもしれない。
「その領地、いただきます」
エルドリックが深く息を吐く。
「明朝、出発しろ。必要な荷物と馬車はこちらで用意する」
「急すぎません?」
「そうだな」
「せめて、もう少し準備を――」
「明朝だ」
「…………はい」
こうしてエリオットは、金を借りるために実家へ帰り、領地を与えられ、王都から追放されることになった。
◇◇◇◇◇◇
翌朝。
「どうして、こうなったんでしょう」
エリオットは、揺れる馬車の中で呟いた。
向かいにはエマが座っている。
二人の間には、当面の資金が入った革袋。
馬車の荷台には、大型の配信魔導具と、旅に必要な荷物が積み込まれていた。
何が何だか分からないうちに出発の準備をされ、気がつけば王都の城門を抜けていた。
目的地は、王国東端。
かつて宗教国家が存在した、“死の大地”。
「まあ、お金は借りられましたよね」
「借りたというより、手切れ金に近い気がします」
「領地まで貰えましたし」
「領民も収入もなく、魔物だけは多い土地を、ですけどね」
エリオットは革袋を持ち上げる。
これで、新しいカメラを購入できる。
だが、それと引き換えに、住む場所と仕送りと王都での活動基盤を失った。
「エリオットさん」
「何ですか?」
エマは少し考えてから、明るく笑った。
「私たち、追放仲間ですね」
「…………」
エマなりの冗談なのだろう。
しかし、その言葉はいつもより重く、エリオットにのしかかった。




