第5話「お金を借りるため公爵家の実家へ帰ります」
## 第5話「お金を借りるため公爵家の実家へ帰ります」
### 【あらすじ】
初配信の最大視聴者数は八十二人だったにもかかわらず、エマの登録者数は三千人を超えていた。
これは人気ではなく、次の配信に向けられた期待である。
その期待に応えるため、エリオットは二台のカメラをリアルタイムで切り替える、新たな配信を計画する。
しかし、エマがレイド・スターズ時代に得た収入は、ほとんど故郷へ送られていた。
配信を進化させるには、圧倒的に資金が足りないが――
### 【本文】
「…………」
エマは、門の前で立ち尽くしていた。
端から端まで見るだけでも首を大きく動かさなければならない、白亜の外壁。
壁の向こうには、いくつもの尖塔を持つ巨大な屋敷が見える。
正面の鉄門には、剣と翼を組み合わせた紋章。
門の左右には、磨き上げられた鎧を身につけた衛兵が立っていた。
「……エリオットさん」
「なんでしょう」
「ここって、王城じゃないですよね?」
「違いますよ。王城はあっちです」
「これ、大貴族のお屋敷ですよね? どうしてこんなところに?」
「実家なので」
「…………」
エマは、もう一度屋敷を見た。
それから、隣に立つエリオットを見る。
簡素な服。
少し伸びた髪。
食費を削りすぎて、ダンジョンで倒れた十歳の少年。
「……実家?」
「はい」
「ここが?」
「はい」
「エリオットさんの?」
「さっきからそう言ってますよね?」
「だって、エリオットさん、昨日まで食べるものにも困って――」
「実家が裕福だからといって、家を出た子供が、仕送りを食費に使っているとは限らないじゃないですか」
「え……? 何――なんですか? 難しい話してます?」
「そのままの意味ですけど」
エマは混乱しながら、鉄門に刻まれた紋章を指さす。
「っていうか……この紋章、見たことがあります。まさかとは思いますが、これ、ノクスヴェルト家の――」
「王国随一の剣の名門、ノクスヴェルト公爵家の紋章ですね」
「そんな他人事みたいに!」
エリオット・ノクスヴェルト。
名前は聞いていた。
しかし、王国でも指折りの大貴族、ノクスヴェルト家の人間だとは思っていなかった。
「なんで今まで黙ってたんですか!?」
「名前、言いましたよね?」
「あ、いやそうなんですけど!」
「配信に僕が出るわけじゃないですし、わざわざひけらかすものでもないでしょう」
「そうかもしれませんけど……」
エマは屋敷を見上げる。
これほどの家なら、安価な配信魔導具の一つや二つ、簡単に買えるはずだ。
「あ、あれ? でもそれなら……“仕送り”、相当もらってたんじゃ――」
エリオットはサッと目を背けた。
「エリオットさん……あのカメラに、いくら使ったんですか?」
「…………」
「一年、仕送りを貯めたって言ってましたよね?」
「…………まあ、はい」
「もしかして、ここにはお金を借りに?」
「……そのために来ました」
「……それ、ちゃんと貸してもらえるんですか?」
「僕にも分かりません」
「…………私、帰りたくなってきました」
エリオットは、覚悟を決めるような顔をして、正門へ近づく。
「すみません」
衛兵へ声をかける。
門番はエリオットの顔を見た。
「…………」
もう一度見た。
目を大きく見開く。
「お、おぼっちゃま!?」
衛兵の声が裏返った。
「おぼっちゃまはやめてください。エリオットです」
「エリオットおぼっちゃま!」
「付け足すのもダメです。これいつも言ってますよね!?」
「お戻りになられたのですね!」
もう一人の衛兵も、慌てて駆け寄ってくる。
「おぼっちゃま、お元気でしたか!?」
「少し痩せられたのでは!?」
「ちゃんとお食事されていますか!?」
「一度に喋らないでください」
エリオットは、屋敷に勤める者たちからずいぶん好かれているらしい。
エマは、使用人に囲まれるエリオットを意外そうに眺めた。
「そうだ! すぐに皆へ知らせなければ!」
「その前に、父上はいますか?」
「旦那様ですか? 今は外出されておりますが――」
衛兵が、何かを思い出したように顔を曇らせる。
「……おぼっちゃま」
「何ですか?」
「旦那様、カンカンですよ」
「帰りましょう、エマさん」
「判断が早い!」
エリオットは即座に踵を返した。
「ちょ、ちょっと待ってください! お金は!?」
「状況が変わりました。理由は分かりませんが、父上が怒っているのなら、それは僕がここにいてはいけないということです」
「そこまで怒ってるんですか!?」
「おぼっちゃま!」
衛兵がエリオットを呼び止めようとする。
その時、背後から馬車の音が聞こえた。
黒塗りの大型馬車が、屋敷の正門前で止まる。
扉が開いた。
降りてきた男を見て、衛兵たちが一斉に姿勢を正す。
白髪の混じった濃紺の髪。
鍛え上げられた大柄な身体。
腰には、華美な装飾のない長剣を下げている。
ノクスヴェルト公爵家当主、エルドリック・ノクスヴェルト三世だった。
エルドリックはエリオットを見た。
「…………」
エリオットも父を見た。
「…………」
「お久しぶりです」
「どこへ行くつもりだ」
「少し、急用を思い出しまして」
「屋敷へ入れ」
「ですが――」
「入れ」
「……はい」
資金調達は、始まる前から絶望的な状況となった。




