第4話「魔術師のスカートを魔術でめくり上げます」
## 第4話「魔術師のスカートを魔術でめくり上げます」
### 【あらすじ】
魔力切れと栄養不足で倒れたエリオットは、エマの看病によって目を覚ました。
エマが冒険者になったのは、貧しい故郷と家族を支えるためだった。
レイド・スターズを追放された今、故郷を悲しませないためには、彼らに匹敵する配信者になるしかない。
決意を新たにした二人が冒険者ギルドで初配信の結果を確認すると、最大視聴者数は八十二人だったにもかかわらず、登録者数は三千人を超えていた。
### 【本文】
「では、緊急会議を始めます」
王都の酒場。
エリオットは、二人分の飲み物が置かれたテーブルに紙を広げた。
「さ、さっきの登録者数って何かの間違いじゃないですよね……?」
「もちろん。ちゃんとした情報ですよ」
紙には、冒険者ギルドで確認した数字が書かれている。
最大視聴者数、八十二人。
登録者数、三千百七十二人。
数字が噛み合っていないように見えるのも無理はない。
「……本当に間違いじゃないんですよね?」
「ギルドにも確認しました。正しい数字だそうです」
「じゃあ、八十二人のうち、三千人が登録してくれたってことですか?」
「いいですね。エマさん。その調子です」
「なんで褒めるんですか!? 冗談ですよ冗談!」
エリオットは紙に、大きな丸を一つ描いた。
「今回の配信は、せいぜい小一時間でした」
丸の中に、八十二と書き込む。
「この八十二人は、僕の計画通り、配信を見るだけでは終わりませんでした」
「そ、それって……その人たちは他に何を?」
「人に話したんですよ」
――レイド・スターズのポーターが追放された。
――そのポーターが一人でダンジョン配信を始めた。
――スライムに絡みつかれて、ゴブリンに押し倒されながらもなんとか倒した。
配信を見た人間は、そこで得た情報を酒場や冒険者仲間に話す。
話を聞いた人間のうち何人かが、また別の誰かに話す。
情報は、八十二人を起点に、枝分かれしながら広がっていく。
「人に言いたくなる情報には、それ自体に価値があります」
「人に言いたくなる……」
「今回でいえば、まず“レイド・スターズを追放されたメンバー”という部分ですね」
エリオットは、八十二の丸から何本もの線を伸ばした。
その先に、さらに丸を描いていく。
「エマさんはポーターでした。配信中、目立つ機会はほとんどなかった」
「言い切られると悲しいんですけど……はい」
「ですが、レイド・スターズの一員として、名前と顔は知られていた。これが、僕がエマさんをスカウトした理由の一つです」
「……知名度、ですか――冗談じゃなかったんですね」
「はい。もちろんです」
有名パーティーから追放されたメンバーが、直後に自分を主役とする配信を始めた。
それは、知らない人間にも教えたくなる話だった。
八十二人の視聴者から始まった噂は、わずかな時間で数万人へ届いた。そのうち三千百七十二人が、次の配信を見逃すまいと登録したのだ。
「じゃあ、この三千人は、私の配信を見てくれた人ではないんですね」
「そういうことになります」
エリオットは、登録者数の数字を指で叩く。
「この数字は、僕たちの配信が手に入れた確固たる人気ではありません」
「じ、じゃあ、何なんですか?」
「――期待、ですかね」
エマが息を呑む。
三千人が、次の配信を待っている。
期待しているのは、エマの活躍かもしれない。
追放された人間の失敗かもしれない。
あるいは、まだ見たことのない配信への好奇心かもしれない。
理由はどうあれ、三千人がこちらを見ようとしている。
「次の配信は外せないなあ」
「…………」
「エマさん?」
「急にお腹が痛くなってきました」
「頑張ってください」
「なんで他人事なんですか!?」
エマは青い顔で腹部を押さえた。
――その時。
「あら、エマさん? 追放されたあとも、この酒場を使っているなんて、運のいい子ね」
聞き覚えのある声に、エマの身体が固まる。
「おおかた、いいパーティーにでも拾ってもらったのかしら?」
テーブルのそばに、一人の女が立っていた。
波打つ金色の髪。
細身の杖と、仕立ての良い深紅のローブ。
レイド・スターズの魔術師、ヴェロニカ・グランヴェルだった。
「ヴェロニカさん……」
エマが顔を伏せる。
ヴェロニカは口元に笑みを浮かべたまま、エリオットを一瞥した。
「まさか、この子があなたの新しいパーティーメンバー?」
「…………」
「確か、よくここで配信を見ていた子よね。他の連中から“先生”なんて揶揄われていた」
エリオットは何も答えない。
「ついに自分でダンジョン配信を始める気になったのかしら」
「今、会議中なので」
「悪いことは言わないから、やめておきなさい。お坊ちゃん」
ヴェロニカは、エマを見下ろす。
「この子じゃ、あなたのお高い理想は叶わないわよ」
エマは顔を伏せたまま、何も言わなかった。
「昔からそう。戦えない。喋れない。言われたことも満足にできないのよ、この子は」
ヴェロニカは杖を構え、エマに向けた。
「ほら、こんなことされても、この子は自分の身を守ることもできないのよ?」
ヴェロニカの杖が淡く光る。
――その時。
酒場の中に、強い風が吹いた。
「えっ?」
ヴェロニカのローブが大きくはためく。
同時に、その下のスカートが勢いよくめくれ上がった。
黒いレースがあらわになり、店内の視線をさらった。
「きゃああああああああっ!?」
ヴェロニカが慌ててスカートを押さえた。
杖が酒場の床に落ちる。
酒場中の視線が彼女へ集まっている。
何人かは、見ていないふりをして酒を飲んでいた。
ヴェロニカの顔が真っ赤に染まる。
「あ、あなた……!」
杖の先が、エリオットへ向けられた。
「今、何をしたの!?」
「何のことでしょう」
「風よ! あなた、風魔術が使えるんでしょう!?」
「僕、杖も何も持っていませんけど」
「杖なしでも魔術は使えるわ!」
「魔法陣も展開せずに?」
「無詠唱かもしれないでしょう!」
「十歳の子供が、杖も魔法陣も詠唱もなしに、あなたの素敵な衣服を正確にまくり上げたと?」
「それは……!」
ヴェロニカが言葉に詰まる。
エリオットは首を傾げた。
「窓でも開いていたんじゃないですか?」
――窓は閉まっていた。
「お、覚えてなさい!」
ヴェロニカはそう吐き捨てると、スカートを両手で押さえながら酒場を出ていった。
扉が乱暴に閉まる。
酒場は静まり返っていた。
エリオットは周囲を見回す。
「会議を続けましょう」
冒険者たちは一斉に目を逸らした。
「……エリオットさん」
「何ですか?」
「もしかして、守ってくれたんですか?」
「まさか」
エリオットは紙に視線を戻す。
「うるさいのを追い払っただけです」
「……ありがとうございます」
「何のことでしょうね」
エマは小さく笑った。
しかし、その胸には一抹の不安が残る。
ヴェロニカはレイド・スターズの中でも、特に気位が高い。
あれで終わるとは思えなかった。
「それで、次の配信ですが」
何事もなかったように、エリオットは話を戻す。
「カメラを追加します」
「……追加?」
「はい。次回は二台で撮りたいですね。最低でも」
「一台でも、あんなに大きくて重いのに?」
「同じものをもう一つ導入するわけではありません。映像を送る機能だけに絞った、安価な魔導具を購入します」
エマは怪訝な顔でエリオットを見る。
「カメラが二台あっても、配信する映像は一つですよね?」
「そうですね。なので、切り替えながら運用します」
「切り替える?」
「カメラの追加は、世界の追加です」
エリオットは立ち上がった。
「一台しかなければ、視聴者が見られる世界は、カメラが向いている一方向だけです」
テーブルの上にあったコップを手に取る。
エマへ向けて、カメラに見立てたコップを構えた。
「戦っているエマさんを正面から撮れば、敵の姿は見えない」
今度は、反対側へコップを向ける。
「敵を撮れば、エマさんの表情が見えない」
もう一つコップを手に取り、反対側のテーブルに乗せ、エマの方に向けた。
「二台あれば、世界をふたつの側面から見られる。“より適切な世界”を、視聴者に届けるんです」
「は、はあ……」
この世界では、複数台のカメラを同時に運用すること自体が珍しい。
レイド・スターズほどの有名パーティーになれば、三台、四台のカメラを使用することもある。
だが、それらは各メンバーが、自分だけを映すために用意した個人配信用のものだ。
パーティー配信の映像が、戦況や見せ場に合わせてリアルタイムで切り替わることはない。
「まずは二台。そしてスイッチングです」
エリオットには確信があった。
それだけで、この世界のダンジョン配信におけるブレイクスルーになる。
「そんなこと、可能なんですか……?」
「可能です。ですが、必要なものがあります」
「あ……それで、それ、いくらくらい必要なんですか?」
「廉価なもので構いません。エマさんがレイド・スターズ時代に稼いだ額を考えれば、大した出費では――」
「あの」
「はい?」
エマが申し訳なさそうに両手を合わせる。
「わ、私、稼ぎはほとんど故郷に送っちゃっているので――」
「…………」
エリオットの手からコップが落ちた。
幸い、空だった。
「……ほとんど?」
「はい」
「残っているのは?」
エマが口にした金額は、エリオットが想定していた額の百分の一にも満たなかった。
「…………」
登録者、三千百七十二人。
新しいカメラを買うための資金、ほぼゼロ。
次の配信は、絶対に外せない。
「エリオットさん?」
エリオットは呆然としながらも、同資金繰りをするかの思考が超スピードで駆け巡っていた。
(こうなったら――あそこに頭を下げるしかないか)
彼の脳内に、とある男の顔が浮かんでいた。




