第3話「寝ている間にファーストキスを奪われます」
## 第3話「寝ている間にファーストキスを奪われます」
### 【あらすじ】
レイド・スターズを追放されたポーター、エマの初配信が始まった。
スライムにまとわりつかれ、ゴブリンに押し倒されながらも、エマはどうにか初めての単独討伐に成功する。
最大視聴者数は、およそ八十人。
上々の結果に満足するエリオットだったが、配信終了直後、魔力切れと栄養不足によって倒れてしまうのだった。
### 【本文】
未読メールが、減らない。
いくら捌いても、メールが送られてくる。
【重要】、【至急】、【要対応】……そんな件名ばかりだ。
俺が命をかけて企画した音楽フェス。
――集大成だった。今まで出会ってきたアーティスト、会社、人脈を総動員して、俺にしか作れないイベントになるはずだった。
だが、トラブルが起こった。
資金提供元の会社が逃げたのだ。
もちろんリスク管理はしていた。どうにかできる。
だが、結果的にどうにかなるのがまずかった。
どうにかするために、対応を続ける。
最後に寝たの、いつだっけな――
そんなことを考えながら、エナジードリンクの空き缶が大量に置かれた机に突っ伏した。
俺はそのまま、その世界で目覚めることはなかった。
◇◇◇◇◇◇
目覚めると、知らない天井。
「…………」
エリオットは何度か瞬きをする。
木目の浮かぶ天井。白い壁。薄いカーテンから差し込む朝の光。
少なくとも、ここはダンジョンではない。
「……宿?」
身体を起こそうとすると、全身に重い疲労がのしかかった。
その拍子に、ベッドのそばで小さな物音がする。
見ると、椅子に座ったまま、エマが眠っていた。
壁に頭を預け、腕を組み、器用なのか不器用なのか分からない格好で寝息を立てている。
「ん……」
エリオットが目を覚ましたのを感じ取ったのか、エマがぴくりと反応する。
「あとちょっと……」
(……運んでくれたのか)
「んん……?」
エマはゆっくり目を開く。
しばらくぼんやりとエリオットを見つめたあと、その目が大きく見開かれた。
「エリオットさん!」
勢いよく立ち上がり、エリオットの顔を覗き込む。
「目が覚めたんですね! 気分はどうですか? どこか痛いところは? 気持ち悪くないですか?」
「……強いていうなら、お腹が空きましたかね」
「よ、よかったぁ……」
エマは胸を撫で下ろす。
「本当に心配したんですよ。急に倒れるんですから」
「……ここまで、エマさんが?」
「はい。ダンジョンから運んできました」
部屋の隅には、見慣れた大型の配信魔導具が置かれている。
エリオットだけではない。
あれほど重い機材まで、一緒に持ち帰ってくれたらしい。
「……さすがですね」
「何がですか?」
「やはりポーターとしての能力“は”一流だと思いまして」
「褒めるなら、もう少し素直に褒めてくれませんか?」
エリオットは配信魔導具へ目を向けた。
「僕を置いて逃げることもできたでしょうに」
「そんなことできるわけないじゃないですか!」
「機材だけ持ち帰って、僕を置いてくるというのも……多分高く売れますし、あの機材」
「私のことなんだと思ってるんですか!? 年下の男の子をダンジョンに置いていくほど、私、薄情じゃありません!」
エマは頬を膨らませたあと、ふっと笑った。
「……一応、ちゃんと感謝してるんですから、この感謝を台無しにするようなこと、言わないでくださいっ」
「感謝? 僕に?」
「エリオットさんのおかげで、私、すぐにダンジョン配信に戻れたんです」
エマは膝の上で手を重ねる。
「追放された時は、もう全部終わったと思いました」
先ほどまでの柔らかな笑顔が、少しだけ寂しげなものに変わった。
「私、田舎の小さな村の出身なんです」
「…………」
エリオットは黙って彼女の話を聞く。
「昔は大賢者様の仲間だった人が住んでいたとかで、それなりに有名な村なんですよ。大賢者様の一行が腰かけた岩とか、仲間の方が使った井戸とか、大賢者饅頭とかが名物です」
「なんか最後のだいぶ無理ありません?」
「……まあ、そうですね」
「な、なんかすみません」
「でも、今の村は、その伝説を目当てに来る人たちが落としてくれるお金で、どうにか暮らしているような状態で……」
エマの生まれた家も、決して裕福ではなかった。
幼い弟妹がいて、畑の実りが悪ければ、食事の回数を減らすこともあった。
そんな中で、エマには一つだけ、人より優れたものがあった。
魔力量だ。
「私でも、故郷の役に立てるかもしれない。そう思って、王都に出てきたんです」
収納系の魔道具は、使用者の魔力が多ければ多いほど、たくさんの荷物を運べる。
エマはその才能を生かしてポーターとなり、やがて王都でも指折りの人気パーティー、“レイド・スターズ”の一員になった。
「村のみんな、すごく喜んでくれました。家族なんて、配信のたびに酒場へ集まってるみたいで」
「エマさんが映るの、ほとんど見切れですけどね」
「そういうこと、今言います?」
「まあ、事実なので」
エマは小さくため息をつく。
「だから、追放されたなんて知られたら……みんなを悲しませてしまいます」
村の期待。
家族の喜ぶ顔。
それを失わないためには、配信者を辞めるわけにはいかなかった。
「少なくとも、レイド・スターズに負けないくらいの配信者にならないと。そうすれば、追放されたことを知っても、きっとみんなは安心してくれるから」
「なるほど」
エリオットは、黙ってその話を聞いていた。
エマはそんな彼の横顔をじっと見つめる。
「もしかして……」
「はい?」
「エリオットさん、そこまで知っていて、私をスカウトしたんですか?」
「まさか」
エリオットは視線を逸らした。
「僕が知っていたのは、エマさんの能力と経歴と評判と出身地くらいです」
「全部じゃないですか!? え、えっ、ホントに言ってます!?」
「ご実家の家族構成までは調べてません」
「フォローになってません!!」
「有望な出演者について事前調査を行うのは当然です」
「やっぱり知ってたんじゃないですか!」
「何のことでしょう」
エリオットは窓の外を見た。
非常に良い天気だった。
「こっち見てください!」
「鳥が飛んでますよ、エマさん」
「ごまかさないでください!」
詰め寄るエマから逃れるように、エリオットは反対側へ顔を向けた。
そこで、ベッド脇の台に置かれた瓶が目に入る。
エリオットも良く知る、栄養補給用の魔法薬の瓶だ。
瓶は綺麗に空になっていた。
「そういえば」
「はい?」
「エマさん、食事は済ませましたか?」
「え? あ、はい。いただきましたけど……」
「それなら良かったです」
「…………」
なぜか、エマの返事が曖昧になる。
エリオットは空瓶を見た。
それから、自分の身体を確かめる。
倒れる前に感じていた、胃が縮むような空腹感がない。
喉も、それほど渇いていなかった。
「……エマさん」
「何でしょう?」
「これ、僕に飲ませたんですか?」
「…………」
エマの目が泳いだ。
「眠っていたはずですが」
「そうですね」
「意識のない僕に、どうやって?」
「…………」
エマの頬が、みるみるうちに赤くなる。
「エマさん。ほんとに、どうやったんです?」
「げ、元気になったなら、方法なんてどうでもいいじゃないですか!」
「よくありません。重要なことです」
「ひ、秘密です! エリオットさんにはまだ早いですっ!」
「もしかして、口に含んだものを、僕に――」
「わあああああああああっ!」
エマが大声を上げて遮った。
その反応。
赤く染まった顔。
自分の唇に注がれる、彼女の視線。
エリオットは、ゆっくりと口元を手で覆った。
(僕の、異世界でのファーストキスが……)
「と、とにかく! 何もなかったです! 何も!」
何もなかった人間の慌て方ではない。そう確信したエリオットだったが、それ以上追及することはなかった。
――こうしてエリオットは、異世界でのファーストキスを失ったことを知ったのだった。
◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルド。
受付で身分証を提示した二人は、昨日の配信結果を確認していた。
ダンジョン配信の視聴者数や登録者数は、冒険者ギルドが管理するパーティーデータに記録される。
人気は依頼の報酬額や、支援者との契約にも影響する。
つまり配信者にとっては、冒険者としての実力と同じくらい重要な数字だった。
「昨日の最大視聴者数は……八十二人」
エマが表示された数字を読み上げる。
「本当に八十人以上も見てくれたんですね」
「初配信としては上出来、と言っておきましょうか」
「でも、レイド・スターズは毎回、何万人も集めていました。追いつくまで、どれくらいかかるんでしょう……」
「そうですね」
エリオットはデータを順番に確認する。
最大視聴者数。
平均視聴者数。
配信時間。
そして――登録者数。
「…………」
エリオットの口元に、笑みが浮かんだ。
「どうしたんですか?」
「エマさん」
「はい?」
「これ、見てください」
エリオットは、表示された数字を指さした。
「登録者数、三千百七十二人」
「…………え?」
エマが目を見開く。
初配信の最大視聴者数は、わずか八十二人。
それにもかかわらず。
二人の配信を次も見たいと登録した者は、すでに三千人を超えていた。
「な、なんでええええええええええっ!?」
エマの叫び声が、冒険者ギルド中に響き渡った。




