第2話「見えそうで見えないドキドキを演出します」
## 第2話「見えそうで見えないドキドキを演出します」
### 【あらすじ】
王都で人気を誇るダンジョン配信グループ、レイド・スターズ。
その配信を見ていた少年エリオット・ノクスヴェルトは、カメラワークや音響、演出のまずさを容赦なく酷評していた。
その夜、レイド・スターズを追放されたエマに、エリオットは声をかける。
「あなたをナンバーワン配信者にしてみせます」
エリオットの言葉に、エマは彼とともにダンジョン配信を始めることを決めた。
しかし、エリオットが最初に要求したのは、エマの貯金で――
### 【本文】
エマの叫び声が、ダンジョンの中に響き渡った。
「いやああああああああああっ!」
半透明の青い体が、エマの全身にまとわりついている。
スライムである。
服の上をぬるぬると這い回るスライムに、エマは短剣を振り回しながら必死に逃げ回っていた。
「だ、誰かーー!! こ、これっ……どうしたら――」
その様子を、エリオットは巨大な魔導具を担ぎながら撮影している。
『エマさん、こっち見すぎです。僕はいないものと思ってくださいと言いましたよね?』
エリオットが担ぐ魔導具から、“カンペ”のような文字が浮かび上がる。
「助けてくださいーー!」
『まだいけます』
「いやああああああああああっ!」
エマはポーターだ。
これまでダンジョンで彼女が担当していたのは、荷物の運搬、戦利品の収納、仲間の装備管理、撤退時の荷物整理。
つまり、戦闘能力は皆無に近い。
そんな彼女を、エリオットは戦闘役もつけずにダンジョンへ連れ出していた。
彼の考えた配信の企画は単純明快。
有名パーティーを追放されたポーターが、一人前の冒険者として独り立ちするまでのお話。
台本はない。
追加の機材を揃えられない今は、演出も最低限。
エマがダンジョンへ挑み、失敗し、立ち上がる姿を、そのまま見せるドキュメンタリー形式だ。
ただし、エリオットには絶対に譲れない方針があった。
『エマさん、短剣を構えてスライムの核を狙ってください』
「そんな余裕ありません!」
『カンペに返事しないでください』
「そんなぁ!」
エリオットが指を動かす。
風が渦を巻き、エマの身体にまとわりついていたスライムをわずかに引き剥がした。
同時に、はだけかけていた衣服が風に押さえられる。
画角も調整済みだ。
際どい場面だが、見えそうで、決して見えない。そんな配信画面を演出する。
「今、どうなってるんですか!? 私、今かなり危ない状態なんですけど!」
『非常に良いです』
「どういう意味ですか!」
『返事しないでください』
エマは涙目になりながら、短剣を振り抜いた。
刃がスライムの核を捉える。
青い身体が弾け、エマの足元へ崩れ落ちた。
「や、やった……!」
「ナイスファイトです、エマさん」
魔導具の側面に“MUTE”の赤い文字が浮かび上がったのを確認すると、エリオットはエマにそう声をかけた。
「最初から助けてくれれば、もっと楽だったんじゃないですか!?」
「それでは配信になりません。あと、カンペに反応しないでください」
エマは呆れた顔でエリオットを見た。
「……エリオットさん、本当にその魔術、配信のためだけに使ってるんですか?」
「そうですね」
「風魔術で私の服を押さえたり、敵の動きを調整したり?」
「はい」
「もっと他に、使い道があると思うんですけど……」
エリオットの風魔術は、すでに一般的な冒険者の域を超えていた。
遠くの音を拾い、視界を遮る土煙を払う。
魔導具を安定させ、狙った対象へ風を当てる。
その気になれば、この程度の魔物を相手に、一人でさらに深い階層まで進むこともできる。
だからこそ、彼は高ランク冒険者が集まる酒場に出入りできていた。
「僕は、エマさんの戦いを撮るためにここへ来ています。僕が戦ってしまったら、意味がありません」
「それは分かりますけど……」
その時、奥の通路から低い唸り声が聞こえた。
エマの顔から血の気が引く。
「……今の、何ですか?」
「ゴブリンですね。はい、じゃあ配信再開します。音が乗るのでもう僕はいないものと思ってくださいね」
「ちょ、ちょっと待っ――」
有無を言わさず、エリオットは手で合図する。
通路の先から、一体のゴブリンが現れた。
棍棒を握り、口元には黄色い歯が覗いている。
「わ、わあ〜! ゴ、ゴブリンですね〜! さすがに勝てそうにもないので、逃げようかな〜」
エマが踵を返す。
だが、足元から吹いた風が彼女の身体を押し戻した。
「え”!?」
『逃げないでください。ここは見せ場です』
カンペが出力される。
『大丈夫です。攻撃はすべて僕が調整します』
ゴブリンが棍棒を振り上げ、エマへ突進する。
エリオットは風を操り、攻撃の軌道をわずかに逸らした。
棍棒がエマの頬をかすめる。
「う、うわああああ!!」
エマは悲鳴を上げながら短剣を振った。
刃が棍棒を弾き飛ばす。
ゴブリンがたたらを踏む。
しかし次の瞬間、ゴブリンはエマへ飛びかかった。
「きゃあああっ!」
エマが押し倒される。
ゴブリンが彼女の上に覆い被さった。
「た、助け――」
エマが助けを求めるのを待たずに、エリオットは動いていた。
彼の放った魔術が風を爆発させる。
ゴブリンの身体が吹き飛び、エマの上から引き剥がされた。
(エ、エリオットさん――今度はすぐ助けてくれた……?)
エマはまだ震える手で短剣を握り直し、立ち上がる。
直後、転がったゴブリンへ、短剣を突き立てた。
しばらく抵抗したのち、ゴブリンの身体から力が抜ける。
「……倒した?」
『討伐完了です。喜んで!!!!』
迫真のカンペが出力された。
「や、やった〜〜!! 私、一人でゴブリンを倒しました〜〜!」
エマはわざとらしく飛び跳ねながら喜んだ。
『揺れてる……』
(あ、やべ、カンペに出ちゃう)
エリオットは頭の中で考えたことをカンペとして出力する魔導具の機能をオフにした。
「今日の配信はここまでにしましょう」
ついでに配信用魔導具をミュートにすると、エマにそう告げた。
「ど、どうなることかと思いました……!」
エマは土を払いながら言う。
「少々わざとらしいところがありますけど……さすがエマさん。すばらしい配信でしたよ」
「ど、どこをどう考えたらその感想になるんですか……こんな低レベルな配信、誰も見ませんよ……」
「どうでしょうね」
「ま、まあ、私がゴブリンに押し倒されたところで、嬉々として撮影を続けなかったのは安心しましたが――」
「バイオレンスは良いネタになりますが……流血は御法度です」
「どういう基準なんですか!?」
この世界のダンジョン配信では、死者が出ることもある。
危険な戦闘や過激な攻略を見たいという視聴者は多く、冒険者たちもそれを承知で配信を行っていた。
この世界には録画技術が存在しないため、過激な映像が後から出回ることはない。
だからこそ、今この瞬間に見られる刺激の強い映像が、配信の価値になる。
その中で、流血を避けようとするエリオットは、エマから見れば少し不思議な存在だった。
「……これからも、その方針は変わらないんですか?」
「そのつもりですよ」
「でも、私が言うのもアレですけど……過激な戦いのほうが人気は出ますよね?」
「でしょうね。だから、“新しい過激さ”を僕たちで作りましょう」
「ど、どうしてでしょう……全く賛同する気が起きない――」
そんなエマを尻目に、エリオットは巨大な魔導具を担ぎ直した。
「エマさん、これ」
エリオットは魔導具に残った視聴記録をエマに見せる。
『この子、レイド・スターズにいたエマだよな? 追放されたって本当?』
『エマたん頑張って!』
『今回のパーティーでは、見切れじゃなくてかわいいエマたんをいっぱい見れるのかな!』
『エッッッ』
『この配信の魔導具、何を使ってるんだ?』
『エマちゃん、誰かに話しかけてるみたいじゃない?』
『映像が綺麗すぎる』
『すごい。カメラの画角が俺の頭の中をのぞいているみたいに動く』
視聴者数は、最初の数名から、約八十名まで増加。
エマがスライムに襲われ始めた頃から、視聴者が一気に増えていた。
「……さすが、僕の見込んだ才能です」
エリオットは、満足げに頷いた。
「私、褒められているんでしょうか?」
「もちろんです。エマさんは、視聴者の心を掴んでいます」
「ふ、複雑すぎるんですけど……」
エマは、ふとエリオットの背負う魔導具を見た。
「そういえば、それ、そもそも何なんですか?」
「配信用の魔導具です」
「それはそうなんでしょうけど……こんなに大きなもの、見たことがありません。“レイド・スターズ”が使っていたのも、大きいですが魔力で浮遊するタイプの――」
「これは僕が作りました」
「えっ?」
「本家からの仕送りを貯めて、材料を買って、独自に設計しました。自分で担いで撮影するタイプです」
エマは魔導具とエリオットを見比べた。
「これを作るために、どのくらいかかったんですか?」
「独り立ちしてから一年ほどです」
「一年……って、エリオットさん、家を出てから何年経ってるんですか?」
「それも一年です」
「え、ええ……?」
「大変な一年でしたよ……費用捻出のために食費をかなり削りました」
そう言った直後、エリオットの足元がふらついた。
「エリオットさん?」
「大丈夫です。少し、魔力が……」
エリオットは巨大な配信魔導具を地面に置こうとした。
しかし、手に力が入らない。
「魔力切れと……栄養不足、ですかね……」
「あ、あれ!? 本当に大丈夫ですか!?」
エマが手を差し伸べる。
エリオットの視界が、ゆっくりと暗くなっていく。
最後に見えたのは、心配そうなエマの顔だった。
「エリオットさん!」
少年の身体が、ダンジョンの床へ倒れた。




