第1話「追放された無能ポーターをスカウトします」
## 第1話「追放された無能ポーターをスカウトします」
画面の向こうで、巨大な魔物が咆哮した。
赤黒い鱗に覆われた巨体。二本の角。振り下ろされた大斧がダンジョンの床を砕き、土煙が舞い上がる。
王都の酒場に設置されたライブクリスタルには、五人の冒険者が映っていた。
大剣を構える剣士。
杖を掲げる魔法使い。
大盾を持つタンク。
魔物の死角を駆けるアサシン。
そして、大きな荷物を背負って後方に控えるポーター。
――彼らは、超人気ダンジョン配信グループ、“レイド・スターズ”。
魔法使いの炎が魔物の足を焼き、タンクが突進を受け止め、アサシンが背後から急所を突く。最後に剣士が大剣を振り抜いた。
魔物が倒れる。
土煙が舞い、配信画面を覆い尽くした。
画面には、彼らを称える言葉や、討伐完了に沸く視聴者のコメントがとめどなく流れている。
配信を流している酒場にも、歓声が満ちた。
――しかしその中で、ひとりの少年だけが腕を組み、難しい顔をしていた。
「相変わらずダサいカメラワークだなぁ」
少年の名は、エリオット・ノクスヴェルト。
「一番欲しい絵が撮れてないのは致命的だ。どうして最後の討伐シーン――魔物が倒れる瞬間が土煙で見えないんだ? あそこはなんとしても魔物を画角に入れないと――」
エリオット少年はイライラしながら机をトントン叩く。
「そもそも、カメラ台数が少ないんだよな。音もしょぼいし。あと、しょっちゅう演者の顔が見えなくなる。敵も見切れ放題だし……というか、全員攻撃のタイミングがまちまちで、どこを追ったらいいかわかんないんだよ――」
画面では、いまだに土煙が収まっていない。
「おいおい……早くどうにかしろよ……風魔法でもなんでも、使えるだろうに――」
「また始まったぞ」
近くの冒険者が笑った。
「エリオット先生のありがたいお話だ」
「僕は先生じゃない」
「じゃあ何だ?」
「イベント屋」
即答すると、酒場に笑い声が広がった。
エリオットは、この世界では十歳の少年だ。
しかし前世では、ライブ配信をはじめ、音楽イベント、展示会、式典など、さまざまな催しを企画・運営するイベント屋のおっさんだった。
企画を立て、出演者を集め、会場を押さえ、機材を手配し、当日の進行まで一人で指揮する。
人に任せるより、自分で全部やったほうが早い。
そうして全セクションを抱え込んだ結果――彼は過労死した。
不幸中の幸いというべきか、彼が転生したこの世界では、冒険者稼業とダンジョン攻略配信が花形の職業。
ならば、今度こそ――
エリオットはこの世界で、最強のイベント屋として成り上がろうと心に決めて生きているのだ。
◇◇◇◇◇◇
エリオットは、他の冒険者たちに揶揄われながら酒場で時間を潰していた。
彼はこの高ランク冒険者が集まる酒場に、わざわざ顔馴染みとなるまで通っている。
その目的は、ただ一つ。
「そろそろか……」
エリオットは入口を見た。
酒場にいる冒険者たちも、皆どこか落ち着かない様子で同じ場所を気にしている。
待ち人は、しばらくして現れた。
大剣を背負った剣士。
杖を持つ魔法使い。
大盾を背負ったタンク。
軽装のアサシン。
最後に、大きな荷物を背負った女性。
“レイド・スターズ”がダンジョンから戻ってきたのだ。この酒場は、彼らがダンジョン攻略後によく使用する酒場である。
剣士が店主に近づき、何かを告げた。店主は頷くと、店内を見回す。
「悪いが、しばらく貸し切りだ。出てくれ」
店主のその言葉に、逆らう者はいなかった。
エリオットも席を立つ。
「ついに……来たかな」
そう呟いて、酒場を後にした。
◇◇◇◇◇◇
夜。
というか夜になるまで、エリオットは酒場の外で“とある人物”を待ち続けていた。
ついに酒場から出てきた女性を見て、エリオットは動き出す。
その女性の背中に、いつもの収納袋はない。大きなため息をつくと、俯きながら歩き始める。
彼女は、“レイド・スターズ”のポーター、エマ。
「お姉さん、どうしたんですか?」
エリオットは彼女に声をかける。
エマは驚いて振り返ると、不審そうにエリオットを見た。
「……あなた、誰? 一人? お父さんお母さんは――」
「迷子じゃないです」
「あ、そうなの……? 私に何か用かな?」
「お姉さんを待っていました」
エリオットがそう言うと、エマの表情がこわばる。
「エマさん、もしかして、パーティーを追放されちゃったりとか、してませんか?」
エマはその言葉を聞いて、後ずさる。
「どうして……分かったの?」
「配信を見ていれば、エマさんがパーティーから疎まれていることはすぐに分かりますよ」
エマは拳をギュッと握った。
「あのパーティー、ポーターを“便利な荷物持ち”程度にしか思ってないじゃないですか」
エマは黙ったままだ。
「エマさんは、そういう意味では優秀です。いつも使ってる収納袋、かなり魔力を消費する上位クラスの魔道具ですよね?」
「あれを使えるポーターはそうはいません。だからこそエマさんは“レイド・スターズ”に入ることができた――」
「でも」
エリオットは一歩彼女に近づく。
「戦闘に巻き込まれすぎです」
「うっ」
「よくカメラの前に入り込んで映像を潰したりしてるし」
「あう」
「戦利品紹介の時、まごつきすぎですよ? まあこれは一部の視聴者には人気っぽいのでいいですけど――」
「もう勘弁してください……」
しおしおになってしまったエマ。
「あ、あなたは私をバカにするためにわざわざ待ってたんですか……?」
「まさか、違いますよ」
エリオットは即答した。
「あなたをスカウトしにきたんです」
「…………え、え!?」
「あなたを無能扱いしたレイド・スターズこそ、真の無能です」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「レイド・スターズを超えたくないですか?」
「無理です! 私なんかじゃ、そんな――」
「僕なら、あなたをナンバーワン配信者にできます」
エリオットは、考えていた企画を語り始めた。
「まず、エマさんのドジっ子属性を生かしたキャラ付けをします。慌てたり転んだり……でも、最後まで諦めずにダンジョンを攻略する――」
「そんなの、笑われるだけじゃ……」
「良いじゃないですか、笑われるの」
「ええ……?」
さらにエリオットは続けた。
「さらに……安全を確保したうえで、予定されたハプニングを起こします。カメラを増やし、場面ごとに映像を切り替える。音響にもこだわって、魔法の軌道も演出しましょう。視聴者が見たい瞬間を逃さないよう、即座にスイッチングできる体制も整えて――」
十歳の少年とは思えないプレゼンテーションだった。
その語りにエマは、ただただ圧倒された。
「っと……喋りすぎちゃいましたね」
ようやく喋るのをやめると、エリオットは手を差し出す。
「僕と一緒に、ダンジョン配信、しませんか?」
エマはその手を見つめた。
「……本当に、私でいいの? 私、パーティー追放されちゃうような――」
「エマさんがいいんです」
遮るように、エリオットは言う。
少し悩んで、いや、そこそこ悩んでから、エマは恐る恐る、その小さな手を取るのだった。
◇◇◇◇◇◇
エリオットの自宅。
彼は机の上に紙を広げた。そこには、彼がこれまで考えてきた配信機材の設計図が並んでいる。
「まずは、有り金を全部出してください」
「……え?」
「配信稼業を軌道に乗せるには、何かと入り用なので」
「ちょ、ちょっと――」
「疎まれていたとはいえ、あの“レイド・スターズ”のメンバーだったんですよね? 蓄えはあるんでしょう?」
エリオットは真剣だった。
「ま、まさか――私のお金が目当てで!?」
エマは逃げ出そうとする。
が、すでに彼女に逃げ場はなかった。
「え? 嘘!? ドア、開かない――!?」
「お金は、僕がエマさんを選んだ理由の一つにすぎません」
「え、え!?」
「あなたを選んだ最大の理由は、配信者としての才能に惚れ込んだからですよ」
エマの動きが止まった。
「あとは……知名度、ですかね?」
「だ、誰か助けてー!」
こうして、エリオットの異世界配信革命が、幕を開けたのだった。




