第38話「追放者たちの功績が王国の記録に残ります」
## 第38話「追放者たちの功績が王国の記録に残ります」
### 【あらすじ】
魔力と物資が尽き、エリオットは自らを残して仲間を撤退させようとした。しかし、リゼットとBCDは彼を置いて逃げることを拒む。
そこへ、エマを抱えたクレハが到着した。エマが届けた回復薬で力を取り戻したエリオットは、クレハと共に反撃へ転じる。全員が役割を果たした総力戦の末、地上を目指していた魔物の波は止まった。
領地を目前の危機から救った一行。だが、ダンジョンの異変が起きた原因は、依然として分からないままだった。
### 【本文】
この世界の配信は、録画することができない。
クレハは命を差し出してまで戦った。自分たちの居場所を、ひいては王国の領土を守るために。
しかし、その姿を後から見せることはできない。
ダンジョンから領地へ戻る間、エリオットはそのことばかり考えていた。
(……できることは、やったはずだ)
彼女が人間族を害さず、仲間を守るために戦ったことは、大勢の目に届いた。それでも、この王国で魔族がどういう存在なのかを、エリオットは知っている。
『クレハがいなかったら全滅してたな』
『あの力が人間に向いたらどうなるんだ?』
『何を見てたんだ? 魔族は人間に攻撃を向けなかっただろ』
『騎士団はどう判断するんだろう』
配信停止後の帰路、配信についたコメントを、必死に追う。
領地に帰れば、騎士団との話し合いが待っている。
守り抜いた場所に、明日もいられるのか。
まだ、それは決まっていなかった。
◇◇◇◇◇◇
「まず、無事に戻られたことを嬉しく思う。領主殿」
領地では、すでに議論の卓が整えられていた。
円卓には騎士団長シルヴィア、ギルド職員のクラウディア、エリオット。それぞれの背後に関係者が並び、エリオットの後ろにはクレハも立っている。
配信は終了していた。
ここからは、視聴者へ向けた言葉ではなく、互いに腹を割った話し合いになる。
「……ご心配をおかけしました」
「心配、か……そうだな」
シルヴィアは大きく息を吐いた。
「だが、無理にでも止めなかった私にも責任はある。しかるべき処罰は受けるつもりだ」
「そんな……これは我々が勝手に――」
「そうもいかん。本来は領主殿の安全を確保し、この場を引き払うべきだった。後ろの彼らを拘束し、勝手な行動を禁じる権限もあった」
バルガスたちが頭をかき、互いの顔を見合わせる。
「では、なぜそうしなかったのか」
シルヴィアは卓へ手を置いた。
「私はこの領地に、未来を見た」
部屋が静まった。
「死の大地は王国で最も危険であり、何も生まない土地だった。領土でありながら、手をつけられず放置されていた」
彼女の視線が、エリオットへ向く。
「それを領主殿が変えた。名産品を生み、領民を集め、危険なダンジョンの異変を鎮めた」
「…………」
「君たちならできると信じていた……などと言うつもりはない。出会ったのは、つい最近だ。だが、それでも私に可能性を感じさせたのは――」
シルヴィアは席を立ち、クレハを見た。
「魔族である彼女の献身だ。聞かせてくれ。ここで何があったのか」
騎士団長として望ましくない判断をしたことまで、彼女は認めた。功績だけを取り上げて、自分を正当化しようとはしない。
エリオットは振り返った。
「クレハさん……いいですか?」
静かな頷きを受け、シルヴィアへ向き直る。
「クレハさんは、魔王国領を追放された、元魔王候補の娘だそうです」
再び、沈黙が落ちた。
「新魔王の座を争う戦いに敗れ、一家で追放されました。生きてこの場所に流れ着いたのは、クレハさんだけで――」
「待て待て、先へ進むな。その女性は……魔王候補の娘!?」
シルヴィアの声が裏返った。
魔王とは、かつて王国侵攻を命じた存在だ。賢者と勇者、英雄の活躍で退けられ、失脚した。だが確かな伝承として残っているのは、そこまでだ。
「では、魔王国領には新たな魔王が誕生したのか?」
「どうなんですか? クレハさん」
「それは分からん。先代の失脚後、魔王国領は長く戦乱の中にあった。我々が追放された後、誰かが統一を成し遂げたかどうかまでは知らない」
シルヴィアが勢いよくギルド陣営を見る。クラウディアは背後の神官を振り返り、その頷きを確認してから顔を戻した。
「嘘は言っていない……ようだな。それで?」
「いろいろあって、領民として迎えました。ダンジョン探索に芋の管理、スライムの面倒も見てくれています」
「ああ、裏庭の……っていや、待て!」
シルヴィアが卓を叩いた。
「どうして魔族を迎え入れるという判断をした!」
「ご覧の土地ですから、藁にもすがる思いで」
「すがっているのは藁ではないぞ。少なくとも」
「そうですね。大きな船に乗せてもらった気分でした。アハハ」
「笑い事ではない!」
ギルド職員と神官は、そんなやり取りの間も、エリオットの言葉に虚偽がないか確かめていた。
だが、エリオットは嘘をついていない。
配信に活かせそうな人材に手を差し伸べた。ただそれだけの話。魔族の危険性も王国での扱いも、後から考えればよいと思っていた。
そして今、その後回しにした問題と向き合っている。
「なんと言うべきか……領主殿の豪胆さが、我々にもあればよかったのだが」
「豪胆だなんて、そんな」
「たぶん褒められてないです!」
背後のエマの囁きには、聞こえないふりをした。
「……事情聴取は、この辺で終わろう。虚偽の申告もないようだ」
シルヴィアは座り直し、声を落とす。
「クレハ殿の扱いについては、後日、王国評議会から騎士団を通して連絡が来る」
エリオットは膝の上で手を握った。
「そして、ダンジョンへ向かわせるために結んだ契約は、この場で破棄する」
「えっ……いいんですか?」
指示を受けた神官が、契約の魔術具を卓へ運んできた。
「経緯はさておき、ノクスヴェルト家が領地のダンジョンを発見し、その暴走を止めた。今回の件はその一点に尽きる」
シルヴィアは言葉を区切った。
「鎮圧に当たったのは騎士団でもギルドでもない。領主殿と、その領民だ」
「まあ、それは……そう、なんですかね?」
「功績は、配信を見た騎士たちに記録させてある。騎士団の公文書としてな」
エリオットは顔を上げた。
録画ではない。
誰が、どこで、何をしたのか。騎士団が見届けた事実を、正式な文書として残していたのだ。
「王国は領土からの税で運営される。発展できなかった土地に可能性が生まれたという報告は、王国にとっても利益がある」
(……考えたことがなかった。だが、それなら――)
「騎士団はクレハ殿を、その功績の担い手として記録した。暫定的に、この領地の領民であると認めて、な」
シルヴィアの合図で、神官が術を施す。
クレハの手首に光が浮かび、紋様がほどけるように消えていった。
エリオットは、言葉を失った。
配信が終われば消えてしまうと思っていたものが、残る。
自分が用意した演出でも、視聴者へ訴えた言葉でもない。クレハが実際に戦った、その事実が彼女の居場所を支えている。
「繰り返すが、正式な裁定は王国評議会が行う。最終判断が下ったわけではない。いいな?」
「……はい。分かりました」
噛み締めるように答えると、背後でクレハが静かに頭を下げた。
「ギルドからは、何かあるか?」
「あっ、はい!」
クラウディアが慌てて立ち上がった。
「ダンジョンはしばらく様子を見つつ、一階層に限定した探索をクエストとして提供する予定です」
危険性は、すでに王国中へ知れ渡った。無茶な攻略を試みる者は減るだろうと、彼女は続ける。
「ただし、所有権が渡るのは最後のセーフゾーンまで転移門を設置した者です。それまではギルド管轄となりますので、ご理解ください」
「はい、それは構いませんが――」
そこで、エリオットの目が動いた。
探索をクエストにする。冒険者が集まる。まだ誰も、ダンジョンの権利を得ていない。
頭の中で、何かがつながった。
「話は以上ですか!?」
「は、はい。以上ですね」
「では、僕はこれで!」
椅子を引くなり、エリオットは風のように部屋を飛び出した。
「……なんなんだ?」
シルヴィアが呆然と呟く。その時、クラウディアが思い出したように手を叩いた。
「あ、そうでした! エマさん。それから、BCDの皆さんも」
「はい?」
「エマさんは先ほど、登録者が正式に十万人を超えました。シルバーランク認定です!」
「…………え?」
「あと、BCDの皆さんも」
「おーい! 俺らはついでかよ!?」
「ひどいですぜ!」
「これまで僕たちがかけてきた迷惑を考えれば、妥当な扱いなのでは……」
「……名誉」
四人の声を聞き流し、職員は笑顔で続けた。
「追ってギルドから銀のプレートを差し上げます。ぜひ飾ってくださいね!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 十万人!? なんで!?」
「王国中が注目する配信でしたからねえ」
エマは目を回した。
人気パーティーを追放された自分の配信を、十万人が登録している。
数字を理解するより先に、体が動いた。
「エ、エリオットさーん! 大変ですー!!」
彼女まで部屋を飛び出していく。
「……騒がしい領地だな。我々は王都へ戻る。ギルドの建設用に、騎士を何人か残そう」
「助かります! これで私も、晴れてギルド長ですね」
シルヴィアたちに続き、ギルドの一団も部屋を後にした。
残ったクレハは、自分の手首を一度見下ろしてから顔を上げる。
「我々は、皆のために芋料理でも作るか」
「ああ! でけえ仕事の後には、飯を食わなくちゃな!」
「私は……いや、いいわ。私も手伝う」
リゼットも加わり、最後の一団が席を離れた。
こうして、一連の事件はひとまず幕を閉じた。
クレハへの正式な裁定。ダンジョン暴走の原因。残された問題は、まだある。
それでも、追放者たちの居場所は残った。
廊下からは、エマの叫び声と、夕食を相談する賑やかな声が聞こえていた。




