第37話「追放者たちが領地を守るために共闘します」
## 第37話「追放者たちが領地を守るために共闘します」
### 【あらすじ】
王国に敵意がないことを証明するため、クレハは人間族への加害と領地からの逃亡を禁じる契約を結んだ。違反すれば命を失う、圧倒的に不利な条件だった。
契約を終えたクレハは、エマから魔力を補給すると、彼女を抱えてダンジョンへ急行する。
一方、エリオットたちは増え続ける魔物に包囲されていた。武器も体力も尽きかける中、エリオットはエマが持たせてくれた最後の魔力回復薬を飲み干し、震える足で戦場に立ち続けた。
### 【本文】
(駄目だ……これ以上はもたない)
死の大地のダンジョン、第一階層。
エリオットは風魔術で魔物を押し返しながら、荒い呼吸を繰り返した。
もう、どれほど倒したのか分からない。
名門ノクスヴェルト家に転生してから、前世の知識と経験を活かすため、あらゆる教育を受けてきた。
すべては、最強のイベント屋になるため。
実家を追放された今も、積み重ねてきたものは失われていない。死の大地で配信を行えるほど、エリオットは十歳という年齢に見合わない力を持っていた。
それでも――押し返せない。
通路の奥から現れる魔物は途切れず、倒した端から新たな影が押し寄せてくる。エリオットたちの背後にある出口にも、回り込んだ魔物が集まり始めていた。
(…………これ以上は、俺のポリシーに反する)
配信に関わる全員の安全を保証する。
エマと配信を始めて以来、徹底して守ってきた原則だった。
だが、先ほどのエマの伝令は、死の大地を単独で走らせる危険な賭けだった。そして今も、リゼットやBCDを限界まで戦わせている。
(潮時……か。前世では、最後までケツを拭けなかった。今回は、せめて最後まで自分で――)
エリオットは戦場を見渡した。
短剣を振るうリゼット。傷だらけになりながら前線を支えるバルガス。怯えながらも逃げずに戦うニック。刃こぼれした刀を握るシグ。残り少ない魔力で攻撃を続けるカーネル。
彼らを生還させる。
今の自分にできる、最後の仕事だった。
「みなさん! 僕の近くに集まってください!」
号令と同時に、足元から風を放つ。迫っていた魔物がよろめいた隙に、五人がエリオットの周囲へ集まった。
「どうした、エリオットの旦那!」
「何かいい作戦でも――」
「撤退します」
「…………は?」
バルガスたちの動きが止まる。
「撤退……? それじゃあ、領地は――」
誰もが心の底では分かっていた。
防衛戦の限界は、もう目の前まで来ている。
「だ、旦那ぁ。撤退っつっても……」
ニックが出口を見る。
そこには、牙を鳴らしながら迫る魔物の群れ。逃げ道はすでに塞がれていた。
「僕が退路を開きます」
「な……アンタ、そんなことして、魔力は大丈夫なの?」
リゼットが顔を歪める。
エマが残した魔力回復薬は、とうに尽きている。
「大丈夫です。あと一回くらいは」
「な、何が大丈夫なのよ! アンタが倒れたら、エマに合わせる顔がないじゃない!」
「僕はここに残って、みなさんが領地から撤退する時間を稼ぎます」
「勝手言ってんじゃないわよ!」
リゼットは出口ではなく、ダンジョンの奥へ向き直った。
「嬢ちゃんの言うとおりだぜ」
バルガスも隣に並ぶ。
「旦那への恩返しが、まだ済んでねえですぜ」
「そ、そうです! 僕だって残りますからね! 本当は怖いですけど――」
「――恩は返す」
ニック、カーネル、シグも続く。
エリオットは言葉を失い、その背中を見つめた。
もはや誰も、配信中であることなど忘れていた。
「なあ、旦那がどうして一人で抱え込もうとするのか知らねえが……俺たちゃ、旦那の領地の領民だぜ?」
バルガスが大剣を肩に担ぎ、一歩前へ出た。
「俺たちが、旦那の撤退を助ける」
その時だった。
「悪いが……領主殿を助けるのは、私の仕事だ」
凛とした声が、魔物の咆哮の間に聞こえた。
直後、空気を切り裂く音が走る。
「な、なんだ!?」
一行を囲んでいた魔物の動きが、一斉に止まった。
いや――止まったのではない。
その首や胴に黒い線が走り、次の瞬間、まとめて崩れ落ちた。
倒れた魔物が、次々と魔水晶へ変わっていく。その光の向こうから、二人の人影が現れた。
「エリオットさん! お待たせしました!」
(この声は――エマさん!?)
エリオットたちの危機を覆す、唯一の希望。
その姿を見て安堵しかけたエリオットは、すぐに首を傾げた。
「って――なんですか、その体勢」
エマは、クレハにお姫様抱っこされていた。
「……あ」
自分が抱えられていることを思い出したように、エマの顔が赤くなる。
「ま、また――この魔族は……!」
リゼットの声が低くなる。
「おお! 魔族の姉ちゃん! こりゃ百人力だぜ!」
対照的に、BCDの四人は歓声を上げた。
「こ、これ! 領地から持ってきました!」
地面へ降ろされたエマが魔導袋をひっくり返す。
大量の魔力回復薬が、硬い音を立てて床を転がった。
(…………エマさん。本当に、あなたは――)
「エリオットさん! 早く!」
「……はい!」
エリオットは薬を拾い、中身を一息に飲み干す。
焼けつくような感覚とともに、枯渇していた魔力が満ちていく。
顔を上げると、クレハを含む全員が彼を守るように陣取っていた。
「では、始めようか。領主殿」
「ええ。僕たちの領地を守りましょう!」
――最後の戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇
先陣を切ったのはクレハだった。
愛刀を横薙ぎに振るうと、刃から放たれた黒い斬撃が通路を駆ける。先頭の魔物だけではない。その背後に密集していた群れまで切り裂き、一度に魔水晶へ変えた。
「な、なんて威力……」
リゼットが息を呑む。
だが、すぐにクレハへ鋭い視線を向けた。
「か、勘違いしないで。アンタのこと、まだ信用したわけじゃないから」
「それで構わない。背中は預けよう」
「……その態度が気に入らないのよ!」
文句を言いながらも、リゼットはクレハの死角へ飛び込んだ。黒い斬撃を逃れた魔物の急所へ刀を突き立てる。
警戒しているからこそ、その力量が分かる。
クレハの闇魔術は強大でありながら、味方を一人も巻き込まない。魔物の動きと仲間の位置を、一瞬で見極めていた。
「少年、右を頼む!」
「分かりました!」
エリオットは両手を前に広げた。
生み出した風が渦を巻き、右側の通路へ雪崩れ込む魔物を押し留める。そこへ圧縮した風の刃を何本も放ち、次々と切り裂いた。
闇と風。
二つの魔術が、押され続けていた戦線を一気に前へ進めていく。
『クレハ、やっぱり魔族だな。強すぎる』
『本当に味方を守りながら戦ってるぞ』
『やっぱりこの力、王国にとって脅威じゃないのか?』
『でも、逃げずに領地を守ってる』
『命まで賭けて戻ってきたんだろ?』
コメントの空気も、少しずつ変わり始めていた。
クレハは言葉で善性を訴えない。
人間を庇い、領地を守る姿そのものが、何より雄弁な証明になっていた。
「お頭ぁ! 後ろです!」
「任せろぉ!」
ニックの声に、バルガスが大剣を振り抜く。
しかし、勢い余って体が一回転し、隣のニックまで巻き込みかけた。
「お頭ぁ!?」
「避けろニック!」
「攻撃した後で言うんですかい!?」
ニックが転がったその頭上を魔物の爪が通過する。
空振りした魔物へ、カーネルの炎が直撃した。
「大丈夫ですか!」
「アッツ!! おいカーネル! 俺! 俺いるから!」
燃え上がった魔物へ、シグが踏み込む。
「――斬る」
刃こぼれした刀を一閃。魔物の足を断ち、倒れたところをバルガスが大剣で仕留めた。
彼らのスタイルは洗練とは程遠い。
怒鳴り合い、転び、互いを巻き込みかけながら、それでも四人は一歩も退かなかった。
「エマさん! 回復薬を!」
「はい! 次はカーネルさん、その次はリゼットちゃんの分を!」
エマは戦場を走り回り、残った本数と全員の消耗を見極めて薬を届ける。
誰か一人の力だけではない。
追放された領主。追放されたポーター。居場所を失ったアサシン。王国に恐れられる魔族。そして、悪名を背負った迷惑配信者たち。
この領地へ流れ着いた全員が、互いの足りないものを補って戦っていた。
「クレハさん! 道を開けます! 一掃しますよ!」
エリオットが両腕を振り下ろす。
暴風が魔物の群れを左右へ押し分け、奥まで続く一本の道を作った。
「承知した!」
クレハがその中央を駆ける。
愛刀へ闇が集まり、刃を覆う黒い光が巨大に膨れ上がった。
「――ここは、私たちの居場所だ!」
振り下ろされた斬撃が、ダンジョンを揺らした。
黒い奔流が通路の奥へ突き抜け、集結していた魔物をまとめて呑み込む。爆ぜた闇とエリオットの風が絡み合い、洞窟を震わせる轟音となった。
土煙が晴れていく。
そこに残っていたのは、足元を埋め尽くすほどの魔水晶だけだった。
「…………魔物の波が……止まった?」
エマが呟く。
耳を澄ませても、奥から新たな足音は聞こえない。
地上を目指していた魔物の動きは、確かに止まっていた。
『勝ったのか!?』
『スタンピードを止めた!』
『クレハが人間を助けたぞ』
『全員で守ったんだ』
『すげえ……』
歓喜するコメントが流れていく。
BCDが声を上げ、エマは胸を撫で下ろした。リゼットも警戒を解かないまま、クレハの実力を認めるように小さく息を吐く。
だが、エリオットだけは暗い通路の奥を見つめていた。
(…………とりあえずは、なんとかなった……のか)
目の前の危機は去った。
それでも、なぜ魔物が一階層へ集まり、地上を目指していたのか。その原因は、何一つ分かっていない。
静まり返ったダンジョンの奥から、冷たい風が吹き抜ける。
戦いは終わった。
だが、この異変の原因がわからないままでは、またいつこの脅威が領地を襲うか、わからなかった。




