第35話「美人魔族が領地のために命を差し出します」
## 第35話「美人魔族が領地のために命を差し出します」
### 【あらすじ】
ダンジョンに押し寄せる魔物の数は、エリオットたちの予想を遥かに上回っていた。このまま戦い続ければ、先に力尽きるのはこちら側。そう判断したエリオットは、応援を呼ぶためエマを領地へ送り出す。
エマは死の大地をたった一人で走り抜け、騎士団長シルヴィアのもとへ辿り着いた。
エマは、騎士団に拘束されているクレハを解放し、自分たちと一緒に戦わせてほしいと訴えた。魔族への恐怖と偏見が残る王国中の視聴者も、その行方を見守っていた。
### 【本文】
「すまないが、この判断は変わらん。魔族を解き放つわけにはいかない」
「そんな……! どうして分かってくれないんですか!」
地下室前の冷たい廊下に、エマの声が響いた。
騎士団長シルヴィアの意思は堅い。
クレハに人間を害する意図がないことは、彼女にも伝わっている。それでも、王国を守る騎士団長という立場が、個人的な感情だけでクレハを解放することを許さなかった。
エマの隣では、追従してきたカメラが二人の姿を映し続けている。
『ここまで走ってきたのに……』
『騎士団長、冷たすぎないか?』
『相手は魔族だぞ。慎重になるのは当然だろ』
『この場で討伐するべきだ』
『クレハは領地のために戦おうとしてるんだろ?』
『逃げたら誰が責任を取るんだ』
視聴者の間でも、激しい議論が巻き起こっていた。
魔族だからという理由だけで拘束することへ怒る者。王国にとって危険な存在は討伐すべきだと主張する者。
賛否は入り乱れ、収まる気配がない。
「お願いします! このままでは、エリオットさんたちが――」
エマが再び騎士団長に詰め寄ろうとしたその時――
『みなさん、聞こえていますか?』
エマの言葉を遮るように、騎士たちが見ていた配信から声がした。
咆哮と激しい戦闘音に混じっていても、聞き間違えるはずがない。
「エ……エリオットさん!?」
配信に映っていたのは、カメラの前に立つエリオットだった。
偶然映り込んだのではない。
彼は押し寄せる魔物と戦いながら、意図的にカメラの視界へ入っている。
彼の放つ魔術で風が渦巻き、獣型の魔物を押し戻す。背後ではリゼットとBCDが戦い続け、通路の奥からは新たな群れが迫っていた。
『僕の名前は、エリオット。エリオット・ノクスヴェルトです。今回は、皆さんにお知らせしたいことがあって配信に映っています』
魔物の爪が、エリオットの側面から迫る。
彼は風の膜で軌道を逸らし、そのままの流れで魔物を吹き飛ばす。
『…………レイド・スターズを追放されたエマさんの配信を、企画・演出していたのは僕です』
その告白を境に、コメントの流れが一変する。
『演出って、あのカメラが切り替わるやつ?』
『エマの戦い自体がやらせだったってことか?』
『この状況も演出?』
『さすがに騎士団長まで巻き込むのは無理だろ』
『やっぱり、こいつがノクスヴェルト家の子供領主か』
エマの伝令とクレハの処遇に集まっていた関心が、一斉にエリオットへ向けられた。
『ですが――この状況は、完全に僕の演出……予定していたシナリオから大きく逸脱しています』
エリオットは、荒い呼吸を押し殺しながら続ける。
『これは、ひとえに僕が領主として不甲斐ないせいです。エマさんの配信を成長させることばかり考え、後先を考えなかった結果です』
「エリオットさん……」
「領主殿、これは一体……」
シルヴィアもまた、険しい顔で配信を見つめている。
『レイド・スターズの件もそうです。僕の演出でダンジョンの危険度を誤認させ、王国一の人気グループに迷惑をかけてしまいました。BCDの皆さんも……巻き込むような形になってしまって――』
すべてが真実ではない。
レイド・スターズは自らの意思でダンジョンへ入り、BCDも命令されて動くような者たちではなかった。
それでもエリオットは、自分一人へ責任が集まる言い方を選んだ。
エマとクレハを守り、この状況で他者にヘイトが移らないようにする一世一代の賭け。
だが、いつもの配信とは違う。
カンペを出す相手も、コメントから視聴者の反応を見ることもできない。
今、大衆が怒っているのか。同情しているのか。その割合がどうであるのか。
次にどんな言葉を選ぶべきなのか。
エリオットには何も分からない。
できるのは、頭の中にある思いを伝えることだけだった。
『ですから、この状況――すべての責任は僕にあります。領主として、自分の領地を守るために、今、戦っています』
突進してきた魔物を風で受け止める。
靴底が岩肌を滑り、小さな体が後方へ押された。それでもエリオットは喋り続ける。
『本家から任された、この領地。そこに集まった領民たち――その中には、皆さんもご存じのとおり、魔族のクレハさんもいます』
一度言葉を切り、息を吸う。
『彼女の居場所は、今、ここにしかありません。だから――』
エリオットの周囲へ、これまでとは比べものにならない魔力が集まり始めた。
空気が震える。
足元の砂埃が渦を巻き、魔物たちの毛が風に逆立つ。近くで戦っていたバルガスたちまで、慌てて身を低くした。
『僕は、この領地を守りたい!』
直後、圧縮された風が炸裂した。
轟音とともに通路を吹き抜け、押し寄せていた魔物の群れをまとめて奥へ押し返す。追従しきれなかったカメラが激しく揺れ、配信の視界が一瞬、土煙に覆われた。
「騎士団長! このままじゃ、エリオットさんが危険です!」
エマは配信へ詰め寄った。
「あの人、いつも魔力を使いすぎて――また倒れちゃいます!」
画面が揺れを収める。
そこには、すこしよろめきながらも立ち続けるエリオットの姿があった。
『クレハさんは、共にこの領地を作ってきた仲間です。人間族に恨みも、敵意もありません。それは、間違いようのない事実です』
「騎士団長殿」
黙って聞いていたクレハが、とうとう一歩前へ出た。
騎士たちが槍を構える。だが、クレハは抵抗する素振りを見せず、真っ直ぐシルヴィアを見つめた。
「行かせてくれ。頼む。私は彼を救わねばならない」
「…………」
シルヴィアの表情に、僅かな迷いが浮かぶ。
王国騎士団長として、何を選ぶべきなのか。
魔族侵攻以来、王国内で魔族が発見された前例はない。本来なら、即時討伐という判断を下してもおかしくなかった。
しかし、今、目の前にいるクレハは逃亡を願っていない。
自分を受け入れた領地と、そこで戦う仲間を救いたいと願っている。
『行かせてやってくれ!』
『いいわけないだろ。自由になったら何をするか分からん』
『あの子供領主の自業自得だ』
『でも、このまま全員死ぬのを見てるのか?』
『騎士団長が責任を取れる話じゃないだろ』
エリオットの告白を聞いても、なおコメントは賛否に割れていた。
クレハの善性を信じるだけでは、騎士団長の責任を取り除けない。
事態が再び膠着しかけた、その時。
「……一つ、提案がある」
クレハが静かに告げた。
「なんのつもりだ」
シルヴィアが警戒を強める。
クレハはその場でそっと膝を折り、騎士団長の前へ跪いた。
「契約をしてくれ」
「…………言っている意味が分からんな」
「クレハさん……?」
エマにも、彼女が何を始めようとしているのか分からなかった。
クレハは顔を上げる。
その瞳に、迷いはない。
「王国に対して契約を結ぶ。私が人間へ害をなした時は――この命を差し出す」
廊下が静まり返った。
騎士たちも、エマも、配信を見ていた者たちさえ、言葉を失う。
「これで、どうだろうか」
「…………自分が何を言っているのか、分かっているのか」
シルヴィアの目が鋭くなる。
それは、単なる口約束ではない。
クレハは自由を得るためではなく、この領地の一員として戦うために、自らの命を担保にしようとしていた。
「ああ。承知の上だ」
エリオットが領地のすべてを背負ったように。
クレハもまた、自分のすべてを賭けて、領地防衛へ乗り出そうとしていた。




