第34話「追放ポーターが仲間のため死地を駆けます」
## 第34話「追放ポーターが仲間のため死地を駆けます」
### 【あらすじ】
死の大地のダンジョンに、スタンピードの前兆が現れた。
騎士団長シルヴィアは領民の安全を優先し、領地からの撤退を命じる。しかし、それでは騎士団に拘束されたクレハを置き去りにすることになる。エリオットが反発する中、BCDは自分たちが先にダンジョンへ入れば、救出を名目に皆も動けると言い出した。
制止を振り切って飛び出したBCDを追い、エリオット、エマ、リゼットはダンジョンへ向かった。領地と領民、そしてクレハの未来を守るために――
### 【本文】
「みなさん! 大丈夫ですか!」
ダンジョンへ飛び込んだエリオットの声は、幾重にも重なる咆哮に呑まれた。
湿った岩壁に囲まれた通路の先で、BCDの四人が魔物の群れに押し込まれている。
バルガスが大剣で獣型の魔物を薙ぎ払う。しかし、倒れた一体を踏み越えて、二体、三体と新たな影が迫った。仲間の一人が放った魔術も焦りで狙いが散り、岩肌を爆ぜさせる。
「これが大丈夫に見えんのか!?」
彼らは戦っているというより、逃げながら辛うじて反撃している状態だった。
「加勢します!」
エリオットが手を掲げる。
突風が通路を駆け抜け、先頭の魔物たちを岩壁へ叩きつけた。一瞬だけ生まれた群れの隙間へ、リゼットが滑り込む。
「まったく……何やってんだか」
小柄な体が魔物の足元を縫い、モンスターの隙を正確に斬り裂いていく。
「いっぱい物資持ってきました! 必要なものがあったら言ってください!」
エマは傷を負ったカーネルへ回復薬を投げ渡した。
三人の加勢で、崩れかけた前線が押し戻される。
――しかし、それも僅かな間だけだった。
奥の暗闇から無数の爪が岩を掻く音が響き、新たな魔物の目が次々に光る。倒した数を上回る勢いで、通路へ流れ込んできた。
(な……なんだ、この数は――)
ギルドは、地上へ溢れるまで二、三日の猶予があると言っていた。
だが、一階層の時点で魔物同士の体がぶつかるほどひしめいている。レイド・スターズがここを攻略しようとした時より、明らかに多い。
冒険者としての練度が高くないBCDと、隠密特化のアサシン。そして、広範囲を焼き払えるわけではない風魔術を得意とする魔術師では、この物量を捌き続けるのは難しい。
『なんだなんだ? これ、一階層だよな?』
『やばいんじゃね?』
『モンスターも様子おかしくないか?』
『っていうか、あのちっちゃいの誰?』
『リゼットじゃない?』
『レイド・スターズ抜けたって噂は本当だったのか』
『エマリゼ尊い』
『リゼエマじゃない?』
『魔族はどうなったんだ』
今回も、エマとBCDのコラボ配信という形で、戦闘は王国中へ届けられている。
ただし、エリオットの配信機材を設置する余裕はない。画角を整える者も、コメントを精査する者もいなかった。
(本来、裏方は裏方に徹するべきだ。だが――今回はそれどころじゃない!)
エリオットは前世からの美学をかなぐり捨て、戦場の中央へ踏み込んだ。
右から飛びかかった魔物を風の膜で逸らす。バルガスの死角へ迫る一体を風の刃で切り裂く。足を取られた仲間を追い風で引き戻し、空いた場所へ別の魔物を吹き飛ばした。
誰一人欠けさせないため、全員の位置を見ながら風魔術を使い続ける。
『なんか、魔術師、すごいな』
『カーネルだけじゃないだろこれ』
『たまに画面に映ってるけど、あれ誰?』
『あれがノクスヴェルト家のやつじゃない?』
視聴者がエリオットの存在に気づき始める。だが、本人にコメントを確認する余裕はなかった。
「エリオットの旦那ぁ! こりゃキリねえぞ!」
「そうですね! ですが……今は耐えてください!」
これまではカンペや配信中断で行っていた作戦会議も、今はない。
「右から来ます!」
「薬、ここに置きます!」
「下がって! そこ、崩れるわよ!」
咆哮と衝撃音の中、互いに叫んで状況をつなぐ。
(最悪だ……倒す量と増える量が均衡している)
魔力にも、体力にも限りがある。このままでは、先に力尽きるのはこちらだ。
撤退すれば領地を引き払い、クレハを置いていくことになる。
(どうする……! どうすればいい……!)
エリオットが次の魔物へ魔術を向けた時、物資を抱えて走るエマが目に入った。
彼女は戦えなくても、必要な物を必要な者へ届け、全員の状態を見続けている。この場の誰よりも、物と人を運ぶことを知っていた。
「エマさん!」
「はいっ! 魔力ポーションですか?」
「違います――けど、それももらいます!」
投げ渡された小瓶を飲み干す。
「…………エマさんに、大事な頼みがあります」
「た、頼みですか……?」
「今から領地へ戻って、応援を頼んでください。このモンスターの数は、予想を遥かに超えています」
「えっ……でも――」
「騎士団長か……できれば、クレハさんを」
「…………そんなこと、できるんでしょうか」
「できます。エマさんなら。きっと」
戦場で剣を振るう者は目立つ。だが、目的地まで何かを届けるため、荷物の重さも、道の状態も、残り時間も考え続けてきたのはポーターだ。
「…………はい。分かりました!」
「申し訳ありませんが、戦えるメンバーは一人も欠かせません。一人で行っていただくことになります」
エマは息を呑む。
「今回は、台本も、事前の安全確認も、護衛もありません」
「…………大丈夫です。やります」
声は震えていた。それでも、答えに迷いはなかった。
「一台、配信カメラを追わせます。ピンチになったら助けを呼んでください。どうにかして駆けつけます」
具体的な方法もない、頼りない約束だった。
エマはそんな彼を見つめると、両手で頬を優しく掴む。
「絶対、みんなを連れて戻ります。エリオットさんも、そんな顔しないでください!」
「なにするんれすか」
「カメラ、映ってますよっ!」
エマは無理に笑って手を離し、出口へ走り出した。
「…………エマさん」
彼女も怖いはずだ。
本当の意味でのソロ配信。しかも、一般人なら近づけない死の大地を、一人で進まなければならない。
それでも最後に気にしたのは、自分ではなく、しかめ面をしたエリオットの顔だった。
◇◇◇◇◇◇
ダンジョンを飛び出した瞬間、乾いた風がエマの髪を激しくなびかせた。
空は灰色に濁り、ひび割れた大地には枯れ草すらない。遠くの黒い岩山と、砂に埋もれかけた古い道だけが領地への方向を示している。
背後からは、仲間たちの戦闘音が響いていた。
振り返れば足が止まる。エマは唇を噛み、前だけを見る。
「大丈夫……私ならできる……荷車の跡に沿って進めば……!」
最短距離が最も早いとは限らない。
地面の下に空洞がある場所。魔物が通りやすい窪地。風向きによって気配を悟られやすい岩場。
レイド・スターズの後ろで荷物を運び続けたエマは、誰にも褒められなかった知識を一つずつ拾い上げる。
追従するカメラが、荒い息と揺れる視界を配信していた。
『エマ、走れ!』
『右の岩陰、何かいるぞ』
『一人で行かせるの無茶だろ』
『誰か助けに行けないのか』
――岩陰で何かが動いた。
エマは足を緩め、風向きを確かめる。迂回すれば時間を失う。だが、進めば匂いを拾われる。
風が弱まる瞬間を待ち、身を低くして岩場を回った。
喉が焼け、肺が痛む。それでも無理に速度は上げない。転べば立て直す時間を失う。長い距離を確実に進む速さを、体が覚えていた。
窪地で靴底が泥に沈み、片膝をつく。掌を擦りむき、血が滲んだ。
『大丈夫か!?』
『立て、エマ!』
『頑張れ!』
エマは荷物の紐を締め直し、再び走り出す。
恐怖も疲労も、仲間を置いてきた不安も、すべて背負って進む。
それは、荷物持ちと呼ばれ続けた彼女が、誰よりも慣れていることだった。
◇◇◇◇◇◇
「おい、これはどういうことだ」
エリオット領。
撤収と防衛線の準備を進めていたシルヴィアは、配信内容の報告を受け、冒険者ギルドの仮小屋へ駆け込んだ。
「予想より遥かに早いペースで、モンスターが集まっていますね」
「……二、三日の猶予があるという話だったが?」
「あくまで予想ですので」
簡素な机では、泥に汚れながら領地を目指すエマの配信が流れている。
「彼女の現在位置はわかるか?」
「いえ……死の大地は同じ景色ばかりが続きますからね。地図もありませんし」
「全く手間のかかる奴らだ――おい! 周辺に騎士を配置し捜索しろ!」
シルヴィアの指示で、騎士たちが慌ただしく動き始めた。
「……大丈夫なんですか、一領地にここまで肩入れして」
「言うな……あれを見せられては、無碍にも扱えんだろう」
シルヴィアは配信から目を離さない。
自分の命が惜しければ、全員で撤退してくればいい。だが、ここにいる魔族と、彼らの居場所を守るため、一人は決死の伝令に走り、残りはいつ終わるともわからない戦いに身を投じていた。
◇◇◇◇◇◇
「ハアッ……ハァ……!」
やがて、粗末な柵と建設途中の建物が陽炎の向こうに浮かんだ。
「見えた……!」
髪は汗と土で頬に張りつき、服は泥にまみれている。擦りむいた掌には血が滲んでいた。
「いたぞ! ポーターだ!」
周辺を捜索していた騎士の声が響く。
「騎士団長を……! お願いします!」
エマは集まってきた騎士たちへ叫ぶ。
配信は続いている。領地へ着いたことに安堵するコメントが流れる一方、緊張はむしろ高まっていた。
案内されたのは、基地の地下室前。
冷たい石造りの廊下で、シルヴィアが待っていた。
「…………要件を聞こう」
「あっ……あの! ダンジョンが……その! 大変で……すぐに、応援を――」
「落ち着け。配信は見ていた。スタンピードは、想定より早く進んでいるようだ」
「っ……! それじゃあ、なんで助けに――」
エマは言葉を呑み込んだ。
エリオットが自分に託した、本当の願い。
それは、騎士団の動きを責める事ではない。
「クレハさんを、解放してくれませんか」
エマは息を整える暇もなく、絞り出した。
「…………解放して、どうする」
「一緒に、みんなを助けに行きます」
「奴が逃げないとでも?」
「クレハさんは逃げません」
「どうして言い切れる」
「…………騎士団長様こそ、どうしてそこまで疑うんですか」
「配信に映っているぞ。言葉には気をつけたほうがいい」
エマは傍らのカメラを見る。
王国中の人々が見ていた。言葉を間違えれば、クレハへの反感を強めるかもしれない。
怖い。けれど、ダンジョンを出る時よりは、ずっと怖くなかった。
「クレハさんが、魔族だからですか」
「…………」
「クレハさんは、私たちの大切な仲間です! 魔族かどうかなんて関係ありません!」
地下の廊下に声が響く。
「領地を守るために、戦いたいと思ってくれているはずです。だから……お願いします。クレハさんを、ダンジョンに向かわせてください!」
視聴者は息を呑んで見守った。
反対の声も残っている。だが、いつしか魔族を解放するか否かではなく、クレハ自身が何をするのか見届けたいというコメントが増えていた。
「私からも頼む」
その声とともに、地下室の扉が内側から開いた。
騎士たちが一斉に槍を構える。
薄暗い部屋から姿を現したのは、拘束されたクレハだった。
「……部屋を出ることを許可した覚えはないが」
「すまない。だが、緊急事態だ。領地のために、戦わせてほしい」
「クレハさん……」
「エマ。よく頑張ったな」
クレハは、泥だらけのエマへ優しい目を向けた。
その場の全員、そして配信を見る王国中の視聴者が、シルヴィアへ視線を集める。
領地を救うために戦うという魔族を行かせるのか。
静まり返った地下室の前で、騎士団長の判断だけが待たれていた。




