第33話「十歳領主が仲間のため死の大地に残ります」
## 第33話「十歳領主が仲間のため死の大地に残ります」
### 【あらすじ】
騎士団に捕らえられたクレハを救うため、BCDは彼女と生活していた事実を緊急配信で明かした。迷惑配信者たちの飾らない言葉は、魔族への恐怖に染まっていた視聴者の間に疑問と関心を生み出していく。
エリオットは無断配信を止めず、王国の反応を確かめる一手として見守った。クレハを知ってもらい、表舞台へ立たせる構想も、少しずつ形になり始める。
一方、死の大地のダンジョンでは、食材採取や低階層での戦闘によって内部の均衡が崩れていた。残された魔物たちは新たな魔力を求め、ダンジョンの出口へ集まり始めていた。
### 【本文】
これは、エリオット――もとい前世の彼が最も嫌う状況だった。
台本のない、事前準備の甘いイベント運営。
成功が約束されていない、行き当たりばったりの配信。
翌朝、エリオットは基地の地下室の前に立っていた。
クレハが幽閉されている扉を、三人の騎士が固く守っている。
「…………騎士団長を呼んでいただくことはできますか」
エリオットが告げると、騎士の一人がその場を離れた。
(頃合いだ。クレハさんを配信に出すなら、今しかない)
BCDの配信によって、王国中が魔族へ関心を向けている。拒絶の声は強いが、問答無用で討伐すべきだという空気には、わずかな揺らぎが生まれていた。
しかし、騎士団の許可が下りるかは分からない。仮に許されたとして、どのような配信にするのかすら決まっていなかった。
(ただクレハさんは善良だと訴えても効果は薄い。もっと、何か決定的なものが必要だ)
事前準備が圧倒的に足りていない。
エマとの初配信から今まで、計画はすべて上手くいっていた。前世で果たせなかった、最強のイベント屋になるという野望。そのために、この世界へ転生してからの十年を生きてきた。
だが、今はそれだけではない。
領主として、預かるものができた。気づけば自分の周りには、居場所を失った者たちが集まっている。
エリオット自身も、守られた王都の屋敷を離れ、この死の大地へやって来た。
イベントの成功だけを追い求めていた前世とは、決定的に何かが違っていた。
「…………遅くないですか?」
考えながら待つこと、数十分。
シルヴィアは現れない。代わりに数人の騎士が駆け込んできて、緊迫した様子で言葉を交わしている。
「領主様。申し訳ありません」
そのうちの一人が、エリオットへ向き直った。
「騎士団長から伝言です。ダンジョンに異変が起こったと」
◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルドの建設予定地に仮組みされた小屋へ、エリオット、シルヴィア、ギルド職員のクラウディアが集まった。
「…………ダンジョンに、異変ですか」
「はい。今朝方、調査員から報告がありました」
「調査員……?」
「ダンジョンは、最後のセーフゾーンまで転移門を設置した者へ所有権が渡ります。それまでは冒険者ギルドが管理を担う決まりですので」
(し、知らなかった。ダンジョンについても、もう少し勉強しておくべきだったな)
「それで、状況は?」
シルヴィアの問いに、クラウディアの表情が強張る。
「かなり深刻です。低階層へ大量のモンスターが集結しています。内部を調査すべきですが、モンスターのランクが高く、今いる人員では……」
「何が起こっているんですか?」
「分かりません。ただ、状況は“スタンピード”の前兆に似ています」
エリオットは息を呑んだ。
スタンピード――ダンジョン内のモンスターが、何らかの原因で地上へ大量にあふれ出す現象だ。
「あのレベルのダンジョンでスタンピードが起きれば、ここもただでは済まないぞ」
「今すぐに起こると言うわけではありません。ですが、遅くとも数日以内には……」
「危機的状況、というわけだな」
シルヴィアは短く考え、決断を下した。
「騎士団主導で、領内の全員へ撤退命令を出す」
「……それが無難、でしょうか……」
「ちょっと待ってください!」
エリオットは思わず立ち上がった。
「撤退って……この領地はどうなるんですか?」
「もとより、この場所に人の住処を作ること自体が無理な話だ。そのことは、領主殿の本家が一番よく知っているはずだが」
(駄目だ。この場所がなくなれば、クレハさんだけじゃない。エマさんの配信の夢まで――)
「領主殿たちも王都へ戻るといい。馬車はこちらで手配しよう」
「そ、そんな……では、クレハさんは?」
「残念だが……魔族を連れて王都へ戻ることはできない」
「地下室に閉じ込めたまま、僕たちだけ去れというんですか」
「処遇が決まっていないのだ。だが、大陸から安全に出られるよう、秘密裏に船を用意することなら――」
「そんなこと、させるわけないでしょう!」
エリオットの声が小屋に響いた。
シルヴィアの提案に悪意はない。クレハの過去を知らない彼女にとって、それはクレハを生かすための現実的な策だった。
しかし、家族を乗せた船からクレハだけが生き残ったと知るエリオットには、絶対に選べない方法だった。
「……すまない。配慮が足りなかったようだ」
「僕はここに残ります」
「…………悪いがそれも許容できない。ノクスヴェルト家のご子息を見殺しにしたとあっては、騎士の恥だ」
「無抵抗な魔族を見殺しにするのは、騎士の恥ではないんですか?」
シルヴィアは答えなかった。
「あ、あの~……白熱しているところ、ギルドの意見もお伝えしてよろしいですか?」
「…………ああ」
「私、ギルドが稼働したら、ここのギルドマスターになる予定なんですよ」
「……そうだったな。それで?」
「ここがなくなると困るというか……ですから、今いるメンバーでダンジョンの脅威を取り除ければ、撤退する必要もないのではないかと」
エリオットはクラウディアを見た。
この場で唯一、領地を残したいという利害が一致する存在だった。
「この問題を僕たちで対処できれば、強制撤退は行わずに済みますよね?」
「分かってくれ。王国民を守るのが騎士の務めだ。個人的な感情で、民を危険へ放り込むことは許容できない」
「ちょーっと待ったぁぁ!」
その時、威勢のいい声とともに、扉が開いた。
「お頭ぁ! さすがにまずいです! 相手は騎士団長ですぜ!」
「あ〜〜〜、もう終わりです……!」
「…………聞き捨てならぬゆえ、参上」
「何だ、貴様ら! 見張りはどうした!」
飛び込んできたのは、BCDの四人だった。
「話を聞いてりゃ勝手抜かしやがって! 俺たちもここに残るぜ?」
「そ、それなら……私も!」
「エマちゃんが残るなら、私も残るわ」
続いて、エマとリゼットも姿を見せる。
「勘弁してくれないか……何度も言うが――」
「なあ、こういうのはどうだ?」
バルガスはシルヴィアを無視して話し始めた。
「俺たちが先にダンジョンへ突入する。危険を恐れねえ迷惑系の俺たちだ。何もおかしくねえ。で、“それを助けに行く”って理由で、あんたたちもダンジョンへ行く。これで理由としては十分だろ?」
「それ、僕たちが囮ってことですか!?」
「腕が鳴りやすぜ」
「…………是非もなし」
「勝手に話を進めるな! 認められるわけがないだろう!」
「違えな。俺たちゃ、認められなくてもやる」
シルヴィアは頭を抱えた。
「私がこんなことを言うのは、絶対に間違っているのだが……」
シルヴィアがバルガスを見据える。
「そう思っているなら、わざわざここへ言いに来ず、勝手に行けばよかったのでは?」
「…………」
「…………確かになぁ。じゃ、そうさせてもらう」
「お頭ぁ!?」
BCDの四人は慌ただしく小屋を飛び出した。
「何も決まってないですぜ!?」
「い、嫌だぁ!」
「…………参る」
「本当に、頭の悪い人たちね」
リゼットが呆れたように呟く。
「でも……クレハさんのために動いてくれてるんですよね?」
その時、エリオットの中で、漠然としていた最強の配信の構想と、バルガスの行動がつながった。
「……おっと、これはいけませんね」
いつもの生意気な調子を取り戻し、エリオットはシルヴィアへ振り返る。
「領民が危険なダンジョンへ行ってしまいました。撤退の前に、助けに行かなければ」
「何を馬鹿なことを――」
「“王国民を守るのが騎士の務め”なんですよね? 魔族でもない彼らを見捨てるんですか?」
「くっ……」
筋は通っている。BCDがどこまで計算していたかは分からないが、彼らの無謀な行動が状況に風穴を開けた。
「……分かった。だが、連中を引っ張ってすぐ戻れ。いいな?」
「分かりました!」
「……私も行くわ」
リゼットがエリオットに続く。
「私も行きます!」
エマも迷わず声を上げた。
「騎士団長は、行かないんですか?」
クラウディアに問われ、シルヴィアは苦い顔をする。
「危険性がないと判断したとはいえ、ここには魔族がいる。私は離れられん……騎士団は撤収と――万が一に備えて防衛線の準備を進める」
「そうですか……安心してください。貴族を危険にさらしたことは黙っていますから」
「そうしてくれ……」
(この人、内心ではこの場所を潰したくないんですかね。私には都合がいいですけど)
こうしてエリオットたちは、スタンピードの予兆がある死の大地のダンジョンへ向かう。
領地と領民、そしてクレハの未来を守るために――。




