第31話「魔族を匿う十歳領主が騎士団に問われます」
## 第31話「魔族を匿う十歳領主が騎士団に問われます」
### 【あらすじ】
エリオットから居場所をもらったクレハは、その恩に報いるため、皆が寝静まった夜に一人でダンジョンへ向かった。
そこで彼女を待ち受けていたのは、邪悪な気配を追ってきた騎士団長シルヴィアだった。魔族を警戒するシルヴィアへ、クレハは自ら武器を捨てて敵意がないことを示し、背後から迫った魔物から彼女を救う。
それでも領地への影響を避けられないと悟ったクレハは、抵抗せず魔力封じと拘束を受け入れた。翌朝、エリオットはエマから彼女が騎士団に捕らえられたと知らされる。
### 【本文】
「領主殿。朝早くに呼び立ててしまい、申し訳ない」
エマに起こされたエリオットが向かったのは、領内に仮設された騎士団の詰め所だった。
簡素な木造の建物にも、入口には王国騎士団の紋章が掲げられている。その奥の部屋で待っていたのは、騎士団長シルヴィアと――後ろ手を縛られたクレハだった。
(……なんてことだ)
「……昨晩、ダンジョンでこの者を捕らえた」
クレハに目立った傷はない。拘束も縄だけで、エリオットとの面会さえ許されている。
最悪の事態には至っていない。そう理解しても、胸を締めつける焦りは消えなかった。
「……すまない、エリオット少年。軽率だった」
「待て。まずは我々の立場を表明しておこう」
クレハを遮り、シルヴィアが口を開く。
「騎士団は、彼女を差し迫った脅威とは見なしていない。魔族ではあるが、今のところ敵意はないと判断した」
「それなら、すぐに縄を――」
「その前に答えてもらう。なぜ、彼女の存在を隠していた?」
向けられた視線は、十歳の子どもに対するものではない。一つの領地を預かる貴族へ、責任を問う目だった。
「私もギルド職員も、結界内の怪しい気配について忠告した。だが領主殿は、魔族がいると知りながら黙っていた。何をするつもりだったのだ?」
エリオットは膝の上で拳を握った。
魔族を匿った。それは否定しようのない事実である。
「……騎士団長のおっしゃる通り、僕はクレハさんのことを隠しました」
「なぜ相談しなかった」
「あの時、あなたにクレハさんの存在を明かしていたら、彼女がここの領民であることを保証してくれましたか?」
「それは……」
シルヴィアの眉がわずかに動く。
「魔族は王国中で忌避される存在だ。しかるべき措置を取っていただろう」
「では、今は? どうしてクレハさんは無事なんですか」
「ここだけの話にしてくれ」
シルヴィアは声を落とし、エリオットとエマへ身を寄せた。
「彼女は捕縛の際、一切抵抗しなかった。それどころか、私が見落とした魔物を倒し、助けてくれさえした」
「だったら――!」
エマが椅子から身を乗り出す。
「言いたいことはわかる。だが、その事実だけで解放はできない。現に騎士団内でも意見が割れている」
エリオットは俯いたクレハを見た。
彼女が夜のダンジョンへ向かった理由など、聞くまでもない。領地の役に立とうとし、見つかった後も自分たちを守るために抵抗しなかったのだ。
(このままでは、クレハさんは永遠に隠れて生きることになる)
変えなくてはならない。処分の軽重ではなく、魔族というだけで忌避される前提そのものを。
エリオットは立ち上がり、シルヴィアを正面から見た。
「クレハさんは、僕の領地の領民です」
「……領民だから隠した。ということか?」
「はい。今の情勢では、彼女を堂々と歩かせることはできない。だから、人の目から隠して安全を守りました」
「その言葉に偽りはないな?」
「誓って」
シルヴィアは額へ手を当て、しばらく考え込んだ。
「事情は分かった。できる限り穏便に運ぶよう計らおう。だが、この件は王国へ報告しなければならない」
「そんな……!」
「厳しい処分が下る可能性もある。少なくとも、この王国――いや、この大陸にはいられなくなると考えておいてくれ」
エマが息を呑む。
死罪を免れただけでも、今は幸運なのかもしれない。けれど、クレハを再び一人で追放させる結末を、エリオットは受け入れられなかった。
「処遇が決まるまで、彼女は領主殿の基地の地下へ幽閉する。騎士の見張りも置かせてもらうぞ」
クレハは促されるまま立ち上がった。最後まで抵抗する素振りはない。
シルヴィアとクレハが退室すると、重い静寂が残った。
「エリオットさん、どうしましょう……」
「…………どう、しましょうね」
逃がすだけでは、何も変わらない。王国へ逆らえば、領地で働く全員を危険にさらす。
クレハを隠す必要のない存在へ変える方法。王国中の人間に、彼女が敵ではないと認めさせる方法。
「おい、エリオットの旦那ぁ!」
扉を勢いよく開け、バルガスが飛び込んできた。後ろにはニック、カーネル、シグ、そして呆れ顔のリゼットまでいる。
「騎士団のやろーが魔族の姉ちゃんを連れて行っちまったぞ!? 一体何が――」
「クレハの姉さんは、捕まるようなことしてねえですぜ!」
「か、かわいそうですけど……魔族ですから、仕方ないのかも……」
「…………しかし、悪党ではない」
「あんた、どうするのよ」
全員の視線を受け、エリオットは静かに答えた。
「なんとかします。必ず」
そう言い残して部屋を出る。その背中を、エマは誰よりも心配そうに見つめていた。
◇◇◇◇◇◇
その日の深夜、王都へ衝撃的な情報が走った。
――死の大地で、魔族が発見された。
騎士団のどこかから漏れた噂は酒場から酒場へ、そしてライブクリスタルのコメント欄へと広がっていく。
『魔族が王国へ侵入したって本当か!?』
『死の大地なら前から潜んでたんじゃない?』
『今すぐ討伐しろ!』
『でも騎士団長を助けたって噂もあるぞ』
恐怖、拒絶、そしてわずかな疑問。王国中が魔族の処遇を巡って騒ぎ始めた頃、さらに一つの通知が人々のライブクリスタルへ届いた。
「おい、BCDの緊急配信だってよ!」
「こんな時に、今度は何をやらかす気だ?」
王都の酒場で、男たちが一斉に配信を開く。
画面に映ったのは、妙に神妙な顔で並ぶバッド・クレイジー・ドッグスの四人。そして、見る者の目を疑わせる配信タイトルだった。
【緊急】魔族と一緒に生活してました【魔族って案外いいやつなんじゃね?】
同じ通知を基地で見たエマは、真っ青になってエリオットのもとへ駆け込んだ。
「エリオットさん! あの! 宣伝大使のみなさんが、勝手に配信を!」
「ええ……見ています。まったく……恐ろしい人たちですね」
「今すぐ止めないと――」
「いいえ。その必要は、あり……ません。おそらく」
エリオットは流れ続ける夥しい数のコメントを、鋭い目で追っていた。
これは――炎上する。間違いなく、王国中を巻き込む大騒動に。
下手をすると、エマの配信がある種の“やらせ”であったことも露見する。
しかし――エリオットの頭にはある革命的なアイデアが浮かんでいた。
クレハを救うには、まず王国中に彼女を知ってもらわなければならない。彼女の本当の姿を知ってもらわなくてはいけない。
「…………彼らには、先に世間の反応を確かめてもらいましょう。当事者である僕たちが弁明するより、よっぽど効果的です」
――この騒動は、忌避されていた魔族を表舞台へ立たせる――前代未聞の配信へとつながる、最初の一手になる。




