第30話「美人魔族が王国騎士団長に捕らえられます」
## 第30話「美人魔族が王国騎士団長に捕らえられます」
### 【あらすじ】
冒険者ギルドの誘致が決まり、エリオット領では王国騎士団の協力による開発が始まった。しかし騎士団長シルヴィアは、拡張された結界の内側に邪悪な気配が潜んでいると警戒する。
そんな中、エリオットはクレハとダンジョンへ食材を採りに向かう。そこで彼女が、魔王候補だった父の失脚によって一族ごと追放され、たった一人でこの大陸へ流れ着いた過去を知った。
クレハを恐れる気持ちが自分にもあったと気づいたエリオットは、それでも彼女を差し出さないと決める。そして探索を終えた二人は、“僕たちの家”へと帰った。
### 【本文】
「僕たちの家……か」
その夜、クレハは一人、死の大地のダンジョンを歩いていた。
腰には愛刀。背には採集用の袋。エリオットにもエマにも告げず、皆が眠った頃合いを見計らって領地を抜け出してきたのだ。
昼間、エリオットと帰路についた時の言葉が、何度も胸の内で繰り返される。
家族を失い、故郷を追われ、明日の命さえ知れなかった。人間族の寄りつかない死の大地へ流れ着いてからは、日を数えることすらやめた。
そんな自分を、あの少年は領民と呼んだ。
王国に引き渡すどころか、寝床と食事を与え、働く場所まで作った。それがどれほど危うい選択か、エリオット自身が一番よく分かっているにも関わらず。
クレハは襲いかかる魔物を一刀で斬り伏せた。
消えゆく魔物が残した素材を拾い、袋へ放り込む。食用になる肉、建材に使えそうな甲殻、そしてダンジョン芋。少しでも領地の役に立つものを持ち帰るつもりだった。
不意に、クレハの足が止まる。
入り口の方角から、肌を刺すような気配が近づいてきた。
(聖属性……しかも、これは――)
魔族にとって最も警戒すべき、魔を払う力。今朝がた、領地に現れた王国騎士団長のものに違いなかった。
クレハは岩陰へ身を滑らせ、気配を闇に溶かす。
ここで見つかれば、迷惑を被るのはエリオットだ。どれだけ彼が領民だと言い張ろうと、人間族が魔族を受け入れるとは限らない。
◇◇◇◇◇◇
(間違いない。奴はここにいる)
聖剣の柄に手をかけたシルヴィアは、暗い通路を慎重に進んでいた。
領内で感じていた不穏な気配が、夜半に突然消えた。正確には、魔物避けの結界を出たことで、その所在がはっきりと分かるようになったのだ。
ダンジョンの奥から漂う圧は、強い魔物などという生易しいものではない。
今いる騎士を全員呼び集めても、犠牲が増えるだけだろう。そう思わせるプレッシャーを全身で感じていた。
「……いい加減、姿を現せ!」
シルヴィアは聖剣を抜き、横薙ぎに振り抜いた。
神々しい光の衝撃波が通路を駆け、群がる魔物をまとめて飲み込む。だが、その先で光は黒い闇に触れ、音もなく消滅した。
「ッ――!? 馬鹿な……聖剣の光を打ち消したのか?」
その後、闇の中から、角を持つ女がゆっくりと姿を現す。
シルヴィアは本物を見たことがない。それでも見間違えるはずがなかった。王国の歴史に、災厄として刻まれた存在。
「なぜ……魔族がここにいる」
その存在は、シルヴィアの問いにしばらく悩み、やがて口を開いた。
「……私は、エリオット領の領民だ」
「……何?」
シルヴィアは耳を疑った。
――魔族が、人間族の領民を名乗る。
あまりに荒唐無稽な言葉だった。シルヴィアの脳裏に、魔族は人を惑わし、欺き、破滅させるという伝承が蘇る。
「私に戦う意思はない」
クレハは刀を鞘ごと抜くと、地面を滑らせた。愛刀はシルヴィアの足元で止まる。
「武器を捨てれば信じるとでも? 貴様らは魔術を使うだろう」
「もっともだ。魔力封じでも何でも、好きにすればいい。ただし――」
そう言った直後、クレハが地を蹴った。
「ッ!」
シルヴィアは反射的に聖剣を構える。やはり油断を誘ったのか。そう判断した時には、クレハの指先へ黒い魔力が集まっていた。
放たれた闇が、シルヴィアの頬をかすめる。
だが、衝撃が襲ってくることはなかった。
背後で断末魔が響く。
振り返ると、忍び寄っていた魔物が胸を貫かれ、霧となって消えていくところだった。
呆然と立ち尽くすシルヴィア。
「…………私を助けたのか」
「貴殿は領地の発展のために来てくれた客人だ。傷つけさせるわけにはいかん」
クレハは両手を下ろし、堂々と答えた。
騎士団長ほどの実力者が、クレハの圧倒的な魔力に意識を奪われ、周囲への警戒を怠っていた。命を救われた事実を、シルヴィアは認めざるを得ない。
聖剣を鞘へ戻す。
「……誤解があった……のかもしれん。だが、だからといって無罪放免にはできない。領内に魔族がいると知れれば、貴様の領主もただでは済まん。それを見過ごせば、私も騎士団長ではいられない」
「承知している。だからこそ、私の魔力を封じ、拘束しろ。そうすれば、少なくとも今すぐ領民へ危害を加える存在ではないと示せる」
シルヴィアはしばし黙り、片手をクレハへ向けた。
白い光が幾重もの輪となり、その身体を包み込む。
――魔力封じの魔術。
対象の魔力が強いほど成功率の落ちる大術だが、クレハは一切抵抗しなかった。
やがて、ダンジョンを満たしていた圧が消える。
(……本当に、抵抗しないのだな)
ほどなくして、駆けつけた騎士たちの手で、クレハは拘束された。
◇◇◇◇◇◇
翌朝。
「エリオットさん! 起きてください!」
寝室へ飛び込んできたエマの声に、エリオットは毛布の中でもぞりと動いた。
「う、うーん……何ですか、朝から騒々しいですね……」
「大変なんです!」
ただ事ではない声に、眠気が一気に引いていく。
昨夜、眠りに落ちる直前まで考えていたのは、クレハの圧倒的な強さを領地と配信へどう生かすかだった。王国に隠し続けるのではなく、誰も否定できない形で彼女の価値を示せないか――まだ輪郭すらない、無謀な発想。
「クレハさんが――騎士団に捕まっちゃいました!」
その言葉で、エリオットは完全に目を覚ました。




