第29話「美人魔族が元魔王候補の娘だと判明します」
## 第29話「美人魔族が元魔王候補の娘だと判明します」
### 【あらすじ】
冒険者ギルドの誘致が決まり、エリオットの領地では建設が始まった。王国騎士団の魔術師団によって結界も拡張され、食堂経営を含む領地開発は急速に進んでいく。
そこへ現れた騎士団長シルヴィア・エルンフォードは、結界の内側から邪悪な気配がすると警告する。エリオットたちは、彼女がクレハの存在を察知していると気づいた。
シルヴィアとギルド職員のクラウディアは、領地に潜む存在と、エリオットが囲う追放者たちを密かに調査していた。発展を始めた領地は、同時に王国の監視下へ置かれつつあった。
### 【本文】
「オラァ! エリオット領名物、ダンジョン芋だ!」
「おかわりもありますぜ!」
「な、何で僕たちが給仕なんか……」
「…………お待たせした」
ノクスヴェルト家の基地、その食堂。
今日も建設作業に訪れた大勢の人々を、湯気を立てる芋料理が迎えていた。
クレハがダンジョンから採集し、スライムたちが浄化した芋。それを調理して振る舞うのは、“バッド・クレイジー・ドッグス”の四人である。
厨房には配信カメラが浮かび、慣れない給仕に追われる彼らの姿を面白おかしく映していた。
「カーネル! 文句言ってねえで、手ぇ動かせ!」
「で、でもぉ……僕、魔術師なんですけどぉ!」
「視聴者が増えるなら何でもやるでお馴染みの俺たちだろうが! 見てみろ、この視聴者数を!」
バルガスが指差した先で、視聴者からのコメントが流れていく。
『迷惑配信者が真面目に働いてる!?』
『シグの給仕、無駄に格好いいな』
『その芋料理、王都でも売ってくれ!』
エマとの救援配信には遠く及ばない視聴者数ではあった。
それでも、荒くれ者たちが厨房を駆け回る意外性と、美味しそうな芋料理が相まって、配信は十分な視聴者を集めていた。
◇◇◇◇◇◇
「すみませんね、クレハさん。こんなに働かせてしまって」
同じ頃、エリオットとクレハは死の大地のダンジョンを進んでいた。
食堂で使う芋の在庫を補充するためである。
「何を言う。追放された私に、住む場所と飯を与えてくれたのだ。働くのは当然だろう」
「そういうものですか……?」
クレハは答える代わりに刀を振り抜き、襲いかかってきた魔物を一刀の下に両断した。
「そういえば、クレハさんが魔王国領を追放された理由を、まだ聞いていませんでしたね」
「聞いても面白くないぞ」
「そう言わずに」
別の魔物が側面から迫る。
エリオットが指を向けると、圧縮された風が鋭い弾丸となり、その胴を貫いた。
「単純な話だ。私の父が出世争いに負けた。ただそれだけのことだ」
「出世争いに負けて、娘のクレハさんまで追放されるんですか?」
「人間族の風習は知らん。だが、魔族には魔族のやり方がある」
クレハの声には、怒りも悲しみもなかった。
もう何度も自分へ言い聞かせ、感情を摩耗させてしまったような声だった。
「食料も水も、ろくに積まれていなかった。私の家族を乗せた船は魔王国領を離れ、生きてこの大陸へ着いたのは私だけだ」
「…………」
たどり着いたのは、クレハだけ。
その言葉が意味するものを理解し、エリオットは何も返せなくなった。
「ここには、どれくらいいたんですか?」
「さあな。日を数えるのも虚しくなって、途中でやめた」
その瞬間、エリオットの身体がふわりと宙へ浮いた。
直後、魔物の爪が、彼のいた場所を薙ぎ払う。
「何をぼーっとしている」
クレハはエリオットを片腕で抱えたまま、魔物の攻撃範囲から飛び退いていた。
「す、すみません!」
地面へ下ろされたエリオットは、慌てて服の乱れを整える。
「なんだ、そこまで嫌がらなくてもいいだろう」
「嫌がっているんじゃありません。十歳の子どもみたいに運ばれるのが、少し不本意なだけです」
「十歳の子どもだろう、お前は」
「そ、それはそうなんですけど……」
エリオットは咳払いをして、無理やり話を戻す。
「それで、お父様は何の出世争いに負けたんですか?」
「…………魔王の座を争っての戦いだ」
「ああ……魔王ですか。そうですか――」
一歩遅れて意味を理解し、エリオットの足が止まる。
「ま、魔王って――わぷっ」
その隙を逃さず、別の魔物が飛びかかってきた。
クレハはエリオットを抱き寄せ、そのまま大きく後方へ跳ぶ。
魔物の爪が空を切る一方、エリオットの顔はクレハの胸元へ埋まっていた。
「むががが……!」
「喋るな。くすぐったい」
安全な距離まで離れると、クレハはエリオットを地面へ下ろした。
「すまん。また抱き上げてしまった」
「い、いえ。嫌というわけではないのですが……」
「……顔が赤いぞ」
「す、少し息が苦しかっただけです……! そ、それより、戦いに集中しましょう!」
「それはこちらの台詞だと思うがな」
エリオットは熱くなった顔を隠すように前を向き、クレハは不思議そうに首を傾げた。
その後は会話を控え、黙々と魔物を倒しながら芋を回収していく。
(魔王候補の娘……か)
先ほどの言葉が、エリオットの頭から離れなかった。
あれほどのダンジョンを一人で制御できる戦闘力は、明らかに異常。
本気で力を振るえば、街一つを制圧することさえ難しくないだろう。
(結界を強化してクレハさんの力を封じなければ、出会ったときの俺も無事では済まなかったかもしれない)
「む。これは……おい、エリオット少年」
考え込んでいたエリオットを、クレハが呼び止めた。
魔物が消えた場所に、魔水晶とは違うものが落ちている。
「珍しいものが採れたぞ」
それは、塊になった魔物の肉だった。
倒された魔物は通常、消失して魔水晶だけを残す。だが、時折こうして別の素材を落とすことがある。
「これも浄化すれば、食えるかもしれんな」
クレハは嬉しそうに肉を袋へ詰めた。
「次はエマ嬢も連れてこよう。たくさん持ち帰れば、新しい領地の名産にできるぞ」
「そうですね。その時はまた、クレハさんに護衛を頼みます。それが食べられるかどうかは――僕が先に試しましょう」
「相変わらず、彼女への安全管理には慎重なのだな」
すっかり領民として働く気になっているクレハを見て、エリオットは自分の胸に残っていた警戒心へ気づいた。
(王国の人たちだけじゃない。俺も、魔族というだけで内心、彼女を恐れていたのか)
クレハは、自分を追放した故郷へ戻ろうとも、人間へ危害を加えようともしていない。
今はただ、食堂の新しい名物を見つけたことを喜んでいる。
「そうですね。帰ったら、浄化できるか試してみましょう」
「……ん? どうした、急に」
エリオットはクレハを見上げた。
「……そろそろ帰りましょうか。僕たちの家へ」
「…………そうだな」
クレハは一瞬目を見開き、それから穏やかに頷いた。
彼女を騎士団へ差し出せば、自分たちへの疑いは晴れるかもしれない。
だが、それではダメだ。エリオットは決意した。
「どうすべきか、一緒に考えましょう」
「そうだな。肉を美味しく食べる方法を」
「…………そうですね」
どこか噛み合わない会話を交わしながら、二人は帰路につく。
魔王候補の娘と、十歳の領主。
その奇妙な運命は、王国の監視下で静かに動き始めていた。




