第28話「十歳領主のもとへ王国騎士団長が現れます」
## 第28話「十歳領主のもとへ王国騎士団長が現れます」
### 【あらすじ】
エリオットたちの配信と“レイド・スターズ”の配信で、同じダンジョンの様相がまるで異なっていたことを重く見た冒険者ギルドは、死の大地へ職員を派遣した。
聖職者を伴う尋問に対し、エリオットは規則違反を否定する一方、魔物を間引いた協力者については、仲間を危険に晒せないと黙秘を貫く。
虚偽がないことを確認したギルド職員は、最後に思いがけない提案を持ちかける。この領地に、冒険者ギルドを置く気はないか――と。
### 【本文】
それから、数日が経った。
エリオットの領地には、王都から次々と建築資材が運び込まれていた。
かつて基地しかなかった土地には、土台や柱が並び、職人たちの掛け声と槌の音が絶え間なく響いている。
中でも一際大きな建物の予定地には、立派な看板が掲げられていた。
――“冒険者ギルド建設予定地”。
「エリオットさん……何だか、すごいことになっちゃいましたね」
建設の様子を眺めながら、エマが呆然と呟く。
「どうするのよ。あの魔族、いつまでも基地に匿っておくわけにはいかないでしょ」
隣に立つリゼットが、声を潜めて尋ねた。
「それは……これから考えます」
「珍しいですね。エリオットさんが無策なの」
「言わないでください。まさか、こんな速度で話が進むとは思わなかったんです」
エリオットは、領地の上空に広がる結界を見上げた。
「騎士団まで出てくるなんて……」
安全な建設作業のため、王国騎士団が派遣した魔術師団によって、ノクスヴェルト家が敷設した魔物よけの結界は大幅に強化されていた。
おかげで魔物に襲われず活動できる領域は、以前とは比べものにならないほど広がっている。
領主としては歓迎すべきことだ。
しかし、エリオットの胃痛は、日を追うごとに重くなっていた。
「まあ、安全な場所が広がったのはありがたいんですけどね」
「今朝も食堂は満員でしたよ。あのお芋、本当に評判みたいです」
「……私も、あの芋は好き。作り方を考えなければだけど」
基地の裏庭では、今日もスライムたちがダンジョン産の芋を浄化している。
「そう言わないでください。おかげで食堂経営は、なかなかの利益が出ているんですから」
領地経営の第一歩となる、安定した収入。
それは意外にも、危険なダンジョンで採れた芋を浄化し、料理として提供することで軌道に乗り始めていた。
「む。ここにいたか、領主殿」
三人が振り返ると、鎧をまとった一人の女騎士が近づいてくる。
エマとリゼットは慌てて立ち上がり、深く頭を下げた。
その騎士の姿は、エリオットも何度か遠目に見かけていたが、正面から言葉を交わすのは初めてだった。
「王国騎士団長、シルヴィア・エルンフォードだ。以後、お見知りおきを」
シルヴィアは、騎士団式の端正な礼を見せた。
誉れ高き王国騎士団の頂点。
かつて魔族の脅威から王国を守った、英雄と賢者の末裔でもある。
「ノクスヴェルト家を代表して、この地の領主を務めております。エリオット・ノクスヴェルトです。こんな遠い場所まで、よくぞ――」
「畏まる必要はない。領主殿は、王国が誇る名門のご子息なのだから」
「あ、そうですか……?」
幼少期から貴族としての教育は受けてきた。
だが、その破天荒な振る舞いゆえに、格式ある席からは遠ざけられている。
初めて間近で対面する大物の威圧感に、エリオットはすっかり気圧されていた。
「死の大地。その名に違わぬ修羅の地だな」
シルヴィアは、建設現場の外に広がる荒野を見渡す。
「このような場所の領主が、十歳ほどの少年だと聞いたときは耳を疑ったが――」
その鋭い眼差しが、エリオットへ戻る。
「噂どおりの人間だった」
「う、噂とは……?」
「家柄に囚われぬ傑物、と」
(だ、誰がそんな噂を流したんだ!?)
エリオットは引きつった笑みを浮かべる。
しかし、シルヴィアは冗談を言っている様子ではなかった。
「領地周辺の安全確保は、騎士団にお任せを」
シルヴィアは、再び丁寧に頭を下げる。
「それと――領主殿」
立ち去りかけた彼女が、声の調子を落とした。
「邪悪な気配が、この周囲に」
「…………そりゃあ、死の大地ですからね」
「いいえ」
シルヴィアの目が、基地へ向けられる。
「気配は、結界の中に」
エリオットは、心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
「余計な忠告だったら謝ろう。だが、くれぐれも気をつけてくれ」
そう告げると、シルヴィアは護衛たちの待つ建設現場へ戻っていった。
「…………ねえ」
「分かっています。あの人は、クレハさんの気配に気づいています」
「ま、まさか、正体まで……?」
「いいえ。まだ、そこまでは知られていない……と思いましょう」
強がるように答えながら、エリオットは焦っていた。
領地へ人が集まること自体は、望んでいた展開だ。
だが、王国屈指の実力者たちまで常駐すれば、クレハの存在を隠し通せる可能性は下がっていく。
「で、でも! 騎士団長さんがいてくれるなら、心強いですよね!」
エマが重くなった空気を変えようと、精いっぱい明るく笑う。
「それは、そうなんですが……」
「……エマちゃん、よく考えて」
リゼットが呆れたように彼女を見る。
「こんな辺境の貴族領に、騎士団だけでなく騎士団長まで来ているのよ」
「…………う~ん?」
「私たち、目をつけられているの」
「……誰に?」
「王国に」
エマの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「…………畑を見てきます」
エリオットは現実逃避するように立ち上がった。
「私たちが捕まっても、故郷には迷惑かからないですよね……?」
涙目になったエマの頭を、リゼットが優しく撫でる。
「そのときは、私が命に代えてもエマちゃんを逃がすから」
「全然、安心できないよぉ~!」
エマの情けない声が、発展を始めた領地の空へ響いた。
◇◇◇◇◇◇
「騎士団長様、お帰りなさいませ」
「ああ。予定どおり、領主殿への挨拶は済ませた」
騎士団の仮設詰所へ戻ったシルヴィアを、一人の女性が出迎えた。
「……いかがでしたか?」
「思っていたより、普通の少年だったな」
「この場所に領地を持つ少年が、ですか?」
「……それはそうなのだがな。少なくとも、よからぬことを企んでいる様子ではなかった」
「例の気配は?」
「分からん。基地を隅々まで捜索できれば早いのだろうが、あれはノクスヴェルト家の所有物だ。無碍には扱えん」
「何が紛れ込んでいるのでしょうね。あのダンジョンを、一人で制御できるほどの存在……」
「さあな。だが、現状確認できている戦力は取るに足らん。過度に警戒する必要もあるまい」
「“レイド・スターズ”を抜けたポーターとアサシン。それに、“バッド・クレイジー・ドッグス”ですか」
「まったく、妙な連中を囲っている。貴族は、ああいった者たちを毛嫌いするものだと思っていたがな」
「配信はなかなか面白かったですよ」
「ああ。私も見た。見事な連携だった」
シルヴィアはわずかに口元を緩め、すぐに表情を戻す。
「領主殿が映っていなかったことだけは、気になったが」
「彼が手がける配信は、基本的に本人が映らないそうですよ」
「…………そうか」
「では、私はギルドへ戻ります。建設後は、この地の監視を任される予定ですから、今のうちに把握しておきます」
「ああ。頼むぞ」
二人は短く言葉を交わし、それぞれの仕事へ戻っていく。
エリオットの知らないところで行われた密談。
騎士団長と話していたのは、先日基地を視察した、あのギルド職員、クラウディアだった。




