第26話「追放アサシンが美人魔族に嫉妬しています」
## 第26話「追放アサシンが美人魔族に嫉妬しています」
### 【あらすじ】
ダンジョンから生還した一行は、ノクスヴェルト家の基地で向かい合う。ルシアンは攻略失敗の責任をガレスやエマへ押しつけ、エリオットの不正をギルドへ報告すると宣言した。
ガレスや“バッド・クレイジー・ドッグス”がエマを擁護する一方、ルシアンは聞く耳を持たず、仲間たちへ帰還を命じる。
ミレイユ、ヴェロニカ、ガレスが席を立つ中、リゼットだけは動かなかった。苛立つルシアンに急かされた彼女は、消え入りそうな声で「嫌だ」と告げる。
### 【本文】
その日の夜。
ふと目を覚ましたエマは、隣のベッドで眠るリゼットへ目を向けた。
(リゼットちゃん……本当によかったのかな)
あの後、リゼットはルシアンの言葉に返事をしなかった。
何度怒鳴られても俯いたまま動かず、痺れを切らしたルシアンは、とうとう彼女を置いて基地を発った。
扉が閉まった途端、リゼットの張り詰めていた糸が切れた。
エマの胸へ縋りつき、声を押し殺して泣き続けたのだ。
ようやく落ち着いたところで芋料理を食べ、今は静かな寝息を立てている。
「……なかなか根性のある娘だな」
「ひゃっ!?」
どこからともなく声がした次の瞬間、ベッドの前にクレハが立っていた。
「ク、クレハさん……!」
「今度は背後からではなく、正面から現れたぞ」
「そ、そうですね。お気遣い、ありがとうございます……?」
なぜか薄着のクレハは、返事も待たずにエマのベッドへ乗り上げてくる。
「えっ……クレハさん? どうしたんですか――」
エマの言葉が終わるより早く、クレハが彼女へ覆い被さった。
整った顔が、吐息を感じる距離まで近づく。
「っ~~!?」
「まったく……エリオット少年は、人使い――いや、魔族使いが荒い」
クレハは気怠そうに息を吐いた。
「攻略中、魔物の湧きを削り続けたのだぞ。もう魔力はほとんど空だ」
「ま、まさか――」
頬を赤くしたエマが顔を背けようとする。
しかし、クレハの指が顎へ添えられ、ゆっくりと正面へ戻された。
「少し分けてもらうぞ」
「ちょっと待っ――んっ」
クレハの唇が、エマの唇へ重なる。
後頭部へ手を回されると同時に、エマの身体から力が抜けていく。
(あ……私の魔力……)
以前にも経験した、魔力を吸い出される感覚。
不思議と不快ではなかった。
(ま、まあクレハさんのおかげで、ダンジョン配信が成功したようなものだし……)
エマが身体の力を抜いた、そのときだった。
ふと隣のベッドへ目をやる。
「…………」
いつの間にか目を覚ましたリゼットが、涙を流しながら二人を見つめていた。
◇◇◇◇◇◇
「本当に、本当に、本当に、本当に!! アンタはいったい何なんだ!!」
翌朝。
食堂へ入ったエリオットを迎えたのは、リゼットの怒声だった。
「何だと聞かれてもな。ああでもしなければ、魔力の回復には時間がかかる」
「魔法薬を飲め!」
「魔族には効かん」
「うるさい!!」
「朝から元気ですね。朝食はできていますから早く食べてください」
「うるさい!!!」
矛先を向けられたエリオットは目を細め、両手を上げて降参の姿勢を取った。
「何だ、騒がしいな……今日はゆっくり寝かせてくれよ」
寝ぼけ眼のバルガスが食堂へ入ってくる。
その後ろから、ニック、シグ、カーネルも続いた。
「何だ……また芋ですかい?」
「でも、これ美味しいですよね」
「…………美味」
クレハが四人の皿へ朝食を盛りつける。
眠気に空腹が勝ったのか、彼らは黙々と料理を口へ運び始めた。
しばらくして、カーネルの手が止まる。
料理を配るクレハの足元から、ゆっくりと視線を上げた。
腰には、シグのものとよく似た刀。
凛々しく整った顔。
そして頭の両側から伸びているのは――。
「ぎゃあああああっ!? ま、魔族ぅぅぅ!?」
椅子ごと盛大に後ろへ倒れた。
「ん? 何だ……って、おお。本当だな」
今さら気づいたバルガスが、感心したように頷く。
「それ、飾りじゃねえんですかい?」
ニックは恐れるどころか、角を覗き込んでいた。
「…………その刀、よければ拝見したい」
「ん? 構わんが」
シグの関心は、クレハの種族ではなく腰の刀だけに向いている。
「みみみみ皆さん、逃げないと! 食べられちゃいますよぉ!」
カーネルが震える足で、食堂の出口へ這っていく。
「エリオットさん、いいんですか? クレハさんのこと……」
憔悴した顔のエマが、心配そうに尋ねた。
「大丈夫ですよ。……というかエマさん、眠れなかったんですか?」
「眠れなかったというか、寝かせてもらえなかったというか――」
「何ですか、それ。詳しく――じゃなかった。大丈夫です。彼らとは契約がありますから」
「契約?」
「はい。“バッド・クレイジー・ドッグス”の皆さんは、この領地へ不利益を与える行為を禁じられています」
「えっ!? あれは、この領地の宣伝大使にする契約だったんじゃ――」
「そうですよ。宣伝大使が宣伝先へ損害を与えてはいけないのは、当然でしょう?」
「それって、皆さんは知っていて契約したんですか?」
「さあ? ですが、契約書にはしっかり書いてありました」
「ちゃんと読んでいませんでしたよね、あのとき……」
「普通は、契約書をもっと真面目に読むものです」
「ひどい!!」
「さて、皆さん。今日は忙しくなりますから、早く食べてください」
「聞いているんですか!? ……って、何か用事があるんですか?」
エマは抗議を止め、エリオットの意味ありげな言葉に首を傾げた。
「はい。今日――ギルドの人間が来ます」
食堂の空気が、瞬く間に静まり返る。
エマは、ルシアンが去り際に残した言葉を思い出した。
――今回の件を、ギルドへ報告する。
「でも、昨日の今日ですよ? いくら何でも早すぎるんじゃ……」
「それだけ、むこうも本気ということでしょう」
エリオットだけが、いつもと変わらない表情で朝食を口へ運ぶ。
ほどなくして、基地の外から馬車の車輪が地面を踏む音が聞こえてきた。
審判の時が、迫っている。




