第16話「死の大地に初めての冒険者がやってきます」
## 第16話「死の大地に初めての冒険者がやってきます」
### 【あらすじ】
死の大地で領地経営を始めたエリオットは、危険なダンジョンを配信で宣伝し、冒険者を領地へ呼び込もうと考える。
一階層でカオスワームと対峙したエマは、エリオットとクレハの支援を受けて無事に撤退。自分の言葉で再挑戦を宣言し、登録者数は一万三千人を超えた。
一方、王都で配信を見ていた“レイド・スターズ”のリーダー、ルシアンは、次の配信でそのダンジョンを攻略すると決め――
### 【本文】
「なんですかこれ――――っ!?」
死の大地に、エマの悲鳴が響き渡った。
ダンジョン配信を行った翌朝。
旧ノクスヴェルト探索基地の庭には、数体のマッドスライムエリートが徘徊していた。
黒々と濁った身体。
泥の塊にも見える巨体が、灰色の地面を這いずり回っている。
その一体一体が、昨日エマが戦ったカオスワームに劣らないほどの魔力を放っていた。
「あ、エマさん。おはようございます」
「挨拶してる場合じゃないですよ! ほら! 敵! 襲撃ですよ!」
エマは、慌てて腰の短剣を抜いた。
しかし、マッドスライムエリートたちは彼女へ見向きもしない。
昨晩、芋を植えたばかりの畑へ群がり、黒紫色の葉の上でモゾモゾと身体を揺らしている。
「ああ、アレですか。大丈夫ですよ? クレハさんが“管理”してくれているので」
「か、管理!? それはどういう――」
「彼らは芋から魔力を吸い出している」
朝には似つかわしくない闇が、エマの背後へ音もなく広がった。
その中から、クレハが姿を現す。
「う、うわあっ!? クレハさん! 脅かさないでください!」
エマは胸を押さえながら、短剣を鞘へ戻した。
「どうですか? 様子は」
畑のそばで作業をしていたエリオットが、クレハへ尋ねる。
「うむ、存外悪くない。エリオット少年の言うとおり、この調子であれば半日で浄化されるだろう」
「え、ええ~……?」
エマは、恐る恐るスライムへ目を向けた。
マッドスライムエリートの身体には、芋から吸い上げられた黒紫色の魔力が流れ込んでいる。
反対に、その下敷きとなった芋からは禍々しい色が抜け、昨日クレハが持ち帰った芋と同じ乳白色へ、少しずつ変わっていた。
ダンジョンで見つけた無味無臭の芋は、こうしてマッドスライムエリートに魔力を吸われた後のものだったらしい。
その仕組みに気づいたエリオットは、クレハに頼んで芋とスライムを何体か拠点へ運ばせたのだ。
「これ、本当に襲ってこないんですよね……?」
「結界の内側では、こいつらの力も大きく弱まる。外にいる時ほど危険ではないな」
「そ、そうなんですね……」
「もっとも、我々の魔力より芋が魅力的なうちは、だがな」
「なるほど――って、ええ!? それって浄化が終わったら――」
「戦闘開始だ」
「ダメじゃないですか!」
エマは再び短剣を構える。
「問題ない。ここの結界内ならただのスライムだ」
「私にとっては命の危機ですよぉ……」
後ずさるエマに、スライムの一体が身体の端を伸ばした。
「ひいっ!?」
エマが飛び退き、尻餅をつく。
しかし、スライムが求めていたのは、彼女の足元に転がっていた芋だった。
器用に身体へ取り込むと、再びモゾモゾと魔力を吸い始める。
「彼らが芋を浄化する仕組みは、私がエマから魔力をもらったのと同じだな」
「っ……!」
エマが咄嗟に両手で唇を押さえた。
クレハに接吻され、魔力を奪われた夜を思い出したのだろう。みるみるうちに頬が赤く染まっていく。
(あ、そういえばそんなこともあったんだっけ――俺も見たかったなあ)
エリオットの内なるおっさんが、ひょっこりと顔を覗かせた。
今は十歳の少年である彼は、その不適切な感想を決して口には出さずに飲み込む。
「何はともあれ――これで人間も食べられる芋が作れそうですね」
「あとは、魔力を抜いた後に毒が残っていないか確認する必要があるな」
「どうやって確認するんですか?」
エマの問いに、エリオットとクレハが同時に彼女を見た。
「な、なんで二人とも私を見るんですか!?」
「あはは、冗談ですよ」
「私は何も言っていないが」
「二人とも目が怖いです!」
再びエマの叫びが響き、拠点の朝は賑やかに始まった。
この芋を食料として安定して確保できれば、領地へ人を呼ぶための大きな一歩となる。
まだ畑と呼ぶには小さな区画。
だが、何もなかった死の大地で、初めて“生産”と呼べる営みが始まろうとしていた。
「これからも、ダンジョン内で食べられそうなものがあったら持ってきてください。禍々しくても構いません」
「了解した。それで領地の食料事情が解決するなら、いくらでも探してこよう」
「基本、禍々しいものを食べられるようにする方針なんですね……?」
「では、今後の配信についてですが――」
エリオットが話題を変えようとした、その瞬間だった。
風が運んできた、かすかな振動。
遠くから、馬の蹄が地面を叩く音が聞こえる。
それだけではない。
いくつもの足音と、魔物の咆哮。
エリオットは表情を変え、基地の外へ目を向けた。
「クレハさん、建物の中に」
声のトーンを落として告げる。
この領地へ人間を呼び込む以上、遅かれ早かれ誰かが来るのは想定済み。
だが、魔族であるクレハの存在を、無闇に知られるわけにはいかない。
「……分かった」
クレハもすぐに意図を察した。
足元から広がった闇へ沈み、その姿を消す。
「エリオットさん?」
エマが不安そうに尋ねた。
「……お客さんです」
エリオットは、死の大地に連なる丘を見つめる。
乾いた風の向こうから、何者かの悲鳴が聞こえた。
◇◇◇◇◇◇
「助けてくれ――――っ!!!!」
しばらくして丘の向こうから現れたのは、一台の馬車だった。
車輪が大きく跳ね、今にも横転しそうな勢いで荒野を駆けている。
荷台には、何人かの冒険者。
馬車の上空では、一台の小型配信カメラが必死で彼らを追っていた。
馬車の背後には、数え切れないほどの魔物が迫っている。
「な、なんですか、あれ……!?」
「まったく、無鉄砲な人もいたものですね」
呆れた口調とは裏腹に、エリオットの頭は冷静に状況を分析していた。
馬車の速度は落ちている。
このままでは、拠点へ辿り着く前に追いつかれる。
エリオットは風魔術を両足へまとわせた。
彼の身体を包むように、緑色の風が渦を巻く。
「わ、私も行きます!」
エマが腰の短剣へ手をかけた。
彼女の声も、短剣へ伸ばした手も震えている。
そんな様子の彼女を、エリオットは止めた。
「エマさんはここに残って、食事の準備をしておいてください。あと、拠点のリビングも綺麗にしておいてもらえると助かります」
「でも、エリオットさん一人じゃ――」
「歓待も重要な領地経営の策です。助けた皆さんを安心させられる場所を、エマさんに作ってほしいんです」
「……分かりました。絶対に、無茶しないでくださいよ!」
エマが頷く。
エリオットは彼女へ笑みを返すと、地面を蹴った。
巻き上がった砂煙を置き去りにし、馬車へ向かって一気に加速する。
その小さな背中は、あっという間に魔物避けの結界を越えて外に出てしまった。
エマは何度も振り返りながら、自分に任された歓待の準備をするため、基地へ駆け戻る。
一方、エリオットは風を切って、魔物の群れへ迫っていた。
(最初のお客さんを、到着前に死なせるわけにはいかない。ここで死人を出したら、この領地が名実ともに“死の大地”になってしまうしな)




