第15話「追放した元仲間の配信が気になっています」
## 第15話「追放した元仲間の配信が気になっています」
### 【あらすじ】
死の大地で領地経営を始めたエリオット。
食料を確保するため、エマとともに基地の庭を耕し、クレハには周辺の探索を依頼する。
クレハが発見したのは、カオスワームなどの強力な魔物が一階層から出現するダンジョンだった。
エリオットは危険なダンジョンを配信で宣伝し、冒険者を領地へ呼び込もうと考える。
カオスワームが“レイド・スターズ”でも全力で戦うほどの相手だと知るエマは逃げようとするが、エリオットに捕まってしまうのだった。
### 【本文】
「リゼット。王都を出ていたんだな」
王都にある、とある酒場。
一番奥の席に、豪華な装備を身につけた男が座っていた。
磨き上げられた銀色の胸当て。
椅子へ立てかけられた、美しい装飾の直剣。
男の前で、リゼットは顔を伏せて立っている。
「……まあ、オフの日にどこへ行こうが勝手だが――いかんせん、妙なタイミングでな」
酒場には二人と店のマスターしかいない。
普段なら冒険者で賑わう時間だが、すでに人払いが済んでいた。
男が指を動かす。
マスターは黙ったまま、壁に設置されたライブクリスタルへ魔力を流した。
光が広がり、“とある配信”が映し出される。
『皆さん! 昨日は驚かせてしまってごめんなさい!』
元気よく頭を下げるエマが、画面いっぱいに映っていた。
『私、なんとか逃げ切りました! そして今日は、死の大地で新たに発見されたダンジョンの攻略に来ています!』
死んだと思われていたエマが無事だったことを喜ぶコメントが、画面を埋めていく。
同時に、危険な土地で再び配信を行う彼女を心配する声も流れていた。
「あのエマが、一人でダンジョン配信……にわかには信じがたいよなあ」
男は頬杖をつき、リゼットを見上げた。
「なあ? そうだろ?」
鋭い視線が突き刺さる。
「はい……そうですね。驚きです」
「……チッ」
男の舌打ちに、リゼットの身体がびくりと反応した。
「うちの人気を使って、華麗なる転身ってか?」
男は椅子の背へ身体を預ける。
「ヴェロニカの話じゃ、どこぞの貴族の坊ちゃんとパーティーを組んでるって聞いたが――」
ライブクリスタルへ一瞥をくれ、口元を歪めた。
「まあ、あの女の使い方をよく心得てるってのは、評価に値するな」
リゼットの拳に力がこもる。
「おいおい! なんだよ、その顔は!?」
男は愉快そうに笑った。
「お前も、あいつの追放には賛成だっただろ? いや、“反対しなかった”ってのが正解か? どっちでもいいがな」
「…………」
「昨日の配信は驚いたぜ。売名のために、うちの元メンバーを死の大地へ送り込んで殺したのかと思ったが……どうやら、その貴族の坊ちゃん、なかなかのやり手らしい」
「もう……やめて」
リゼットが、震える声で呟く。
「こうやって死ぬか死なないかの配信を続ければ、確かに登録者は増える。胸糞悪い下衆のやり方だが、理にはかなってる」
「違う……! あの子のやり方は――」
そこまで口にして、リゼットは息を呑んだ。
男の目が細められる。
「おーいおいおい!!」
男が勢いよく立ち上がった。
「やっぱり会いに行ってたのか!? ええ!? リゼットさんよぉ!」
男が目の前のテーブルを蹴り上げる。
大きな音を立てて倒れ、酒の入っていない杯が床を転がった。
リゼットが一歩、後ずさる。
「俺はな……ルールを守らねえ奴が嫌いなんだよ」
男は倒れたテーブルを挟み、リゼットへ近づいた。
「あの女もそうだ。言ったことも満足にできねえ。だから切った。お前もわかるよな?」
「…………」
「もう一度言う。追放された奴は、もう仲間じゃねえ。二度と勝手な真似すんな」
低く告げられた言葉に、リゼットの手が震える。
男は何事もなかったかのように座り直した。
それから、隣の椅子を指先でトントンと叩く。
「じゃ、分かったら、この配信を一緒に見ようぜ」
「……え?」
「追放されたポンコツが、死の大地のダンジョンでどうなるか。お前も気になるだろ?」
「…………はい」
リゼットは震える手を押さえ、男の隣へ腰を下ろした。
「マスター! テーブルの弁償代は会計につけといてくれ」
男――“レイド・スターズ”のリーダー、ルシアン・ヴァルモントが、倒れた机を顎で示す。
「この俺が払うんだから、文句はねえよな?」
マスターは、黙って頷く。
ライブクリスタルには、巨大なカオスワームと対峙するエマが映っていた。
◇◇◇◇◇◇
『エマさん! 今回は討伐が目的ではありません! 少し戦って、危険になる前に撤退すれば大丈夫ですからね!』
死の大地にある、新発見のダンジョン。
その一階層で、エマはカオスワームと向き合っていた。
巨大なミミズに似た身体。
円形に開いた口の中には、何重もの鋭い牙が並んでいる。
「そ、それでも、怖いものは怖いんですけどぉ……!」
カオスワームが、地面を這って迫る。
エマは悲鳴を上げながら横へ跳んだ。
直後、彼女が立っていた場所を、巨大な口が抉り取る。
エリオットが操る風が、エマの身体をわずかに押していた。
その補助で、エマが華麗な回避をした“ように映る”。
そして今回も、見た目の上では一対一の戦闘である。
ダンジョンの奥ではクレハが闇魔術で姿を隠し、他の魔物を間引いていた。
エマの周囲へ余計な敵を近づけず、逃走経路も確保する。
画面に映っていないだけで、彼女は安全を守るための役割を担っていた。
(本当に……クレハさんと出会えてよかった)
最終的に、クレハはエリオット領の領民となった。
魔族であることを秘匿する代わりに、彼女は配信や領地経営へ協力する。
魔王国領を追放され、この大陸にも居場所がないクレハにとって、死の大地は人目を避けて暮らせる数少ない場所だった。
両者に利益のある契約である。
当初は“領民”という、人間族に下ったような立場に難色を示していた彼女だったが、領地が発展した暁には重役へ抜擢すると持ちかけると、クレハは『そこまで言うなら仕方あるまい』と、まんまとエリオットの口車に乗った。
『今です!!』
そんなことを考えながらも、エリオットはカオスワームの動きから隙を見つけ、エマへ合図を送る。
「はああああっ!」
風がエマの踏み込みを加速させる。
同時に、エリオットの風魔術がカオスワームの頭部を押さえつけ、動きを一瞬だけ鈍らせた。
エマの短剣が、その頭部へ命中する。
硬い皮膚の表面に、わずかな傷が刻まれた。
当然、与えたダメージは少ない。
しかし、大型の配信魔導具が捉えるエマの必死な表情と、宙に浮かぶカメラ二号が映す巨大な魔物の全景。
二つの映像を切り替えることで、画面には大迫力の戦闘が展開されていた。
『当たった!』
『あれに近づけるだけですごい』
『一階層でカオスワーム!?』
『このダンジョン、どこにあるんだ?』
『下層で獲れる魔水晶、やばいんじゃないか!?』
コメントには、エリオットが期待していた反応が流れ始めていた。
「く、くそ~! なんて強いんでしょう~!」
『エマさん、棒読みすぎです!』
「きょ、今日は、この辺にしておきましょう~」
直後、エマは白々しい演技を炸裂させ、出口へ向かって走り出す。
カオスワームも、その背後を追った。
しかし、エリオットの風魔術が追撃を妨げているため、追いつくことはできない。
エマが無事にダンジョンの外へ飛び出す。
そのまま配信を終えるはずが、エマは出口で足を止め、カメラへ振り返った。
配信を終えようとしていたエリオットの手が止まる。
「……今日は逃げます! で、でも、私、もっと強くなって――必ずこのダンジョンに戻ってきますね!」
――エリオットは目を見開いた。
今の台詞は、カンペに出していない。事前に伝えてもいなかった。エマが自分で考え、自分の意思で視聴者へと伝えた言葉だった。
コメント欄に、応援の言葉が次々と流れ始める。
エリオットはエマの笑顔を数秒間映してから、今回の配信を終了した。
◇◇◇◇◇◇
「棒読みセリフ以外は、素晴らしい配信でした」
「うう、それは忘れてください……」
拠点へ戻ったエリオットたちは、配信結果を確認していた。
登録者数は、以前ほど急激には伸びていない。
それでも一万三千人を超え、配信中の視聴者も安定して八千人前後を維持していた。
「これは……すごいのか?」
表示を覗き込みながら、クレハが尋ねる。
「上々です。クレハさんも、ご苦労さまでした」
「あ、ああ……あの程度なら何でもない」
クレハは少し得意そうに胸を張った。
「これで、食料を分けてくれるんだよな?」
「もちろんです。皆で夕食にしましょう」
「あのお芋じゃないですよね?」
エマが不安そうに尋ねると、クレハが思い出したように手を叩いた。
「そうだ。ダンジョンから、こんなものも持ち帰ってきたぞ」
クレハは荷物から、あるものを取り出した。
それは、基地の庭へ転がしたものとよく似た芋だったが――
黒紫色の皮は淡い乳白色に変わり、禍々しい魔力も漂っていない。
「どういうわけか、このような無味無臭の芋が群生している場所があった。人間族にとっては都合が良いかと思い持ってきたが――」
「無味無臭の芋……?」
エリオットは一つを手に取り、じっと観察する。
「クレハさん……その周辺には、どんなモンスターが?」
「ん? そうだな……マッドスライムエリートが異様に湧いていたな。都合のいい餌でもあったんじゃないか?」
(なるほど……これは――)
配信による宣伝。
ダンジョンを目当てにした人々の誘致。
そして、人が暮らすための食料確保。
領地経営と配信の両軸が、少しずつ軌道に乗り始めた――ように思えた。
一方、王都では。
死の大地で、通常のダンジョンなら中層、場所によっては最下層に出現するほどの魔物が、一階層から現れるダンジョンが発見された。
その噂が、冒険者たちの間で急速に広まり始めていた。
もちろん、それはエリオットの狙いどおり。
しかし、その配信に目をつけたのは、新天地を求める冒険者たちだけではなかった。
◇◇◇◇◇◇
配信が終わっても、ルシアンはライブクリスタルを見つめ続けていた。
隣に座るリゼットは、俯いたまま動かない。
「一階層からカオスワーム、か」
ルシアンの口元に、ゆっくりと笑みが広がった。
「次の配信、決まったな」
「……え?」
「“レイド・スターズ”が、そのダンジョンを攻略する」
ルシアンはそう言うと、リゼットを置いて酒場を後にした。




