第12話「死んだはずの友人が魔族とキスしています」
## 第12話「死んだはずの友人が魔族とキスしています」
### 【あらすじ】
新たな活動拠点となる旧ノクスヴェルト探索基地で、伝説上の存在とされる魔族の女性に遭遇したエリオットとエマ。
エマが気絶する一方、エリオットは魔族を配信に利用する方法を考え始める。
魔族の女性はエマを人質に取るが、何の要求も考えていなかったばかりか、自らが魔王国領を追放された身であることまで明かしてしまう。
エリオットは風魔術と基地に残された結界を利用し、魔族の女性を布と縄で捕縛するのだった。
### 【本文】
乾いた大地を、一つの影が駆け抜けていた。
“レイド・スターズ”のアサシン、リゼット。
その足取りに、迷いはない。
死の大地へ入ってから、すでにいくつもの魔物に襲われていた。
進路を塞いだ骸骨兵士の首を、短剣が一閃する。
背後から飛びかかった腐食獣を、振り返ることなく蹴り飛ばす。
地中に潜んでいた大百足が姿を現すより先に、その頭部へ刃を突き立てた。
倒した魔物を確かめることもなく、リゼットは走り続ける。
「待っていて、エマ……」
返事がないことは、分かっている。
それでも、名前を呼ばずにはいられなかった。
魔物の大群を背に、カメラへ笑いかけるエマ。
そして、途切れた配信。
あの光景が、頭から離れない。
リゼットは死の大地へ入る直前、近隣の村で情報を集めていた。
この土地にはかつて、ノクスヴェルト家が建てた探索基地があったという。
ずいぶん前に放棄され、今では誰も近づかない廃墟。
ノクスヴェルト家の少年が死の大地へ向かったのなら、そこを利用する可能性が高い。
村人から聞いた方角と、地面に残る新しい足跡。
さらに遠くから漂う、わずかな人間の気配。
すべてが同じ場所を示している。
(奴がいるなら、おそらくそこ)
復讐すべき男は、もうすぐそこにいる。
リゼットは腰の短剣へ手をかけ、さらに速度を上げた。
◇◇◇◇◇◇
「…………」
エマは、呆然と立ち尽くしていた。
目の前には、倒れて動かないエリオット。
その少し離れた場所には、呻き声を上げながらモゾモゾと動く大きな布。
エマは、状況が飲み込めない。
(私……どうして気絶してたんでしょう)
エマは必死に記憶を辿った。
自分たちは死の大地を駆け抜け、旧探索基地へ逃げ込んだ。
登録者数が一万人を超えたと聞かされ、腹痛を訴えながらも、新たな拠点を掃除していたはずだ。
そして、奥の部屋で何かを――
いや、“誰か”を見つけた。
「つ、角……」
途切れていた記憶が、一気に蘇る。
(そ、そうだ! 魔族!)
子供の頃から教えられてきた、恐ろしい存在。
角を生やした魔族の女性を確認したところで、エマの記憶は途切れていた。
(も、もしかして――エリオットさん、魔族にやられて!?)
エマは慌てて駆け寄り、倒れているエリオットの身体を抱き起こした。
「エリオットさん! しっかりしてください!」
返事はない。
しかし、呼吸はしている。目立った外傷もなかった。
そこでエマは、以前にも同じようなことがあったと思い出す。
(あの時と同じ……エリオットさん、魔力の使いすぎで?)
実際のところ、エリオットの状態はエマの予想どおり。
エリオットは魔族の女性の動きを封じるため、基地周辺に張られた魔物避けの結界へ、膨大な魔力を流し込んだのだ。
長年放置され効力の落ちていた結界を、一時的に全盛期に近い状態まで引き上げたのである。
そうでもしなければ、強大な魔力を持つ魔族の動きを封じることはできない。
結果として女性の捕縛には成功したが、エリオットは魔力を使い果たし、その場で倒れてしまったのだ。
「よかった……」
ひとまず命に別状がないと分かり、エマは胸を撫で下ろした。
廃屋の奥に、埃を被った簡素なベッドが残っている。
エマはそこから毛布を引き剥がして床へ敷くと、エリオットを寝かせた。
「……誰か……」
その時、部屋の隅から弱々しい声が漏れた。
エマの肩が跳ねる。
「誰か、いないのか……?」
声の出どころは、モゾモゾと動く大きな布だった。
よく見れば、女性は布の上から縛られているようだった。
(もしかして、エリオットさんが捕まえたんでしょうか……?)
「……助けてくれ……」
魔族の女性が、布の下から助けを求めている。
エリオットは、しばらく目を覚まさないだろう。
このまま放置しても大丈夫なのか。
それとも、自分が何かするべきなのか。
しばらく悩んだ末、エマは恐る恐る布の端をつまんだ。
――覚悟を決め、布をめくる。
その下から現れたのは、記憶に新しい魔族の顔だった。
頭の両側から伸びる、二本の角。
赤紫色の瞳。
「~~~~っ!!!!」
「ま、待て! 待て待て! 大丈夫だ、危害は加えん!」
再び白目を剥きかけたエマへ、女性が必死に呼びかける。
「あっ……! あっ……! その……!」
「落ち着け! ほら、私はこのとおり縛られている!」
「食べないでください!!」
「食べるかぁ!!!」
魔族の女性のツッコミが炸裂した。
「そもそも、手足を縛られているのだぞ。今の私に何ができる」
「あ……それもそうですね」
「お前なあ……」
女性は呆れた様子でエマを見た。
怯え切った顔。
腰には短剣を下げているが、どう見ても戦い慣れた者ではない。
その一方で――
(ポーター、か? それにしては、ずいぶん魔力量が多いな)
女性の瞳が、わずかに細められる。
先ほどのエリオットの行動で、彼女の魔力はかなり奪われている。
だが、目の前の女が持つ魔力を利用できれば、この状況から脱出できるかもしれない。
「な……何でしょうか……?」
エマは、身体を観察されていることに気づき、さらに一歩後ずさった。
「おい。この縄を解いてくれないか」
「えっ!?」
「もはや私にお前たちを倒せるほどの魔力は残っていない」
「そ、そうなんですか……?」
「ああ。足の縄だけでいい。解いてくれれば、自分でここを去る」
「…………」
エマは答えない。
女性が話しかけるたび、少しずつ距離を取っている。
(駄目か……)
魔族の女性は、別の手を考えた。
「なら、食料だけ分けてくれないか。少しでいい」
「食料……?」
「魔王国領を追放されてから、ろくなものを食べていないのだ」
先ほどまでの威勢は消え、女性の声は弱々しい。
エマは迷ったものの、空腹の者を見捨てることはできなかった。
「そ、それくらいなら……」
荷物の中から干し肉と皿を取り出す。
それを女性から数メートル離れた床へ置いた。
「どうぞ」
「おい」
「な、何でしょうかぁ……?」
「どうやって食えと?」
「あ……」
女性の手足は、布の上から縄で固く縛られている。
(人のことを言えた義理ではないが、この女……かなりアホなのか?)
もっとも、今から自分がしようとしていることを考えれば、都合がいい。
「も、もう少し近くへ置きますね……」
エマは皿を持ち上げる。
最大限に警戒しながら、一歩ずつ女性へ近づいた。
「あ、暴れないでくださいね?」
「この状態で暴れられるものか」
女性は弱ったふりをしながら、エマとの距離を測る。
(そうだ……もう少し。私の間合いまで――)
あと一歩。
エマが干し肉を差し出そうと、身を屈めた瞬間だった。
――ガバッ!
魔族の女性が飛び上がる。
手足を縛られているとは思えない、見事な瞬発力。
「えっ――」
あまりの速さに、エマは反応できなかった。
「んんっ!?」
縛られた両手が、エマの首へ回される。
そのまま強引に引き寄せられ――唇を奪われた。
(な、何――!?)
エマは何が起きているのか理解できない。
女性を引き剥がそうと胸元を押すが、魔族の力には敵わなかった。
それどころか、触れ合った唇を通じて、身体の奥から何かが吸い出されていく。
力が抜けていくエマとは反対に、女性の腕へ少しずつ力が戻っていった。
――バアン!!!
その時、基地の扉が勢いよく蹴り破られた。
「見つけたわよ!!! エマの仇! おとなしく殺されなさ――」
廃屋へ飛び込んできたのは、“レイド・スターズ”のアサシン、リゼット。
血に濡れた二本の短剣を手に、凄まじい殺気を放っている。
しかし、その殺気も言葉も、すぐに消えた。
「………………は?」
リゼットの目の前に広がっていたのは、あまりにも信じがたい光景だった。
死んだと思っていた友人が、魔族の女性と接吻している。
しかも、結構激しい。
リゼットは、エマが命を落としたと思い、吐くほど泣いた。
守れなかった自分を責め、仇を討つため死の大地を駆け抜けてきた。
その末に見たのが、これだった。
「エ、マ……?」
リゼットの手から、短剣が滑り落ちる。
硬い床にぶつかり、乾いた音を立てた。
同時に彼女の中でも――何かが壊れる音がした。




