第11話「領民候補として魔族の女剣士を捕獲します」
## 第11話「領民候補として魔族の女剣士を捕獲します」
### 【あらすじ】
死の大地での配信を終え、旧ノクスヴェルト探索基地へ逃げ込んだエリオットとエマ。
放棄されてから長い年月が経っているものの、基地には今も魔物避けの結界が残っていた。
登録者数が一万人を超えたと知り、重圧で腹痛を訴えるエマ。
安全な新拠点へたどり着き、ようやく一息つけるかに思われた二人だったが、エマを死なせたと思い込んだリゼットが、復讐を誓って死の大地へ向かっていた。
### 【本文】
「だ、誰だお前たちはーー!?」
女性の叫び声が、旧ノクスヴェルト探索基地に響き渡った。
今後の活動拠点にするため、エリオットとエマが廃屋の中を調べ始めて間もなくのことだった。
二人は揃って振り返る。
廃屋の奥。
崩れた棚と積み上げられた木箱の間に、一人の女性が立っていた。
腰まで伸びた黒い髪。
人間離れした、赤紫色の瞳。
腰には反りのついた立派な刀を下げている。
何より目を引くのは、頭の両側から伸びた二本の角だった。
「…………」
「…………」
エリオットとエマは、ポカンとしながら女性を見つめた。
女性もまた、驚いた顔で二人を見つめ返している。
「つ、角……」
エマが震える指を向けた。
「ま、まさか……魔族……?」
直後、エマは白目を剥いて倒れた。
「エマさーん!!!」
床に崩れ落ちるエマ。
エリオットは彼女の呼吸を確認した。
「……気絶してる……」
「無視するな!! 貴様らは誰だと聞いているんだっ!」
そんなエリオットの様子を見て、魔族の女性が再び叫んだ。
「『誰だ』って……それはこちらの台詞なんですが」
エリオットが立ち上がる。
女性は警戒しながら、一歩後ずさった。
――魔族。
この大陸から遥か彼方、海を隔てた場所に存在するという“魔王国領”に住む種族である。
かつて魔王に率いられた魔族たちが、この大陸へ侵攻した歴史があったが、後に“大賢者”と呼ばれる謎の男が彼らを退けた。
それ以来、この大陸で魔族が発見されたという確かな記録はない。
今では、絵本や物語に登場する恐ろしい存在。
ほとんど伝説上の種族だった。
「き、貴様ら……見られたからには、ただでは済まさぬ!」
魔族の女性が刀を抜いた。
鈍い光を放つ刃が、エリオットへ向けられる。
「まあまあ、落ち着いてください。まずは話し合いましょう」
「……この状況で、よくそのようなことを言えるな……!」
「『この状況』とは言いますが……あなたが勝手に驚いて、勝手に刀を抜いた状況ですよね? ここ、ウチの敷地ですし」
「ぐっ……!」
「まあ、我々は今日ここへ着いたばかりです。あなたに危害を加えるつもりは――今のところありません」
エリオットは、刺激しないよう両手を見せた。
視線は女性から逸らさず、腰の刀と足運びを観察する。
「……どうして魔族がこんな場所にいるかだけ、聞いても?」
「貴様に教える義理はない!」
「では……お名前だけでも」
「言うものか!」
「じゃあ、好きな食べ物とか――」
「そ、それを聞いてどうするつもりだ!」
直後、女性の腹から大きな音が鳴った。
「…………」
「…………」
「今のは違うぞ」
「『違う』とは……?」
「ええい! 黙れ!!」
刀を握る女性の手に力が入る。
しかし、すぐに襲いかかってくる様子はなかった。
「……それより貴様……仲間が倒れているのだぞ。いいのか」
「エマさんは……びっくりしちゃっただけでしょう。魔族なんて、ほぼ伝説上の存在ですから」
「フン……! 伝説とまで言われるほど、我々をこの大陸から遠ざけたのは貴様ら人間族ではないか」
「それを僕に言われましてもね……」
エリオットは困ったように頭をかいた。
そんなやり取りを続けながら、その実、彼の頭の中は一つの考えに支配されていた。
(どうやったら、この人を配信に活かせるだろうか……)
伝説上の存在とされる魔族。
それが実在し、死の大地に潜伏していた。
これほどの題材は、探そうと思って見つかるものではない。
配信で姿を見せるだけでも、王国中の注目を集められるだろう。
だが、魔族は危険な存在だと伝えられている。
その存在が知られれば、有無を言わさずこの地へ討伐隊が送られてくる可能性が高い。
魔族という最高の“コンテンツ”を、それだけで失うのはあまりにも惜しかった。
かといって、無断で匿ったことが発覚すれば、領主であるエリオットの立場も危うくなる。
それこそ、実家へ迷惑が――
(あ、それは別にいいか)
「おい! おい、貴様! 聞いているのか!?」
「ああ、すみません。何ですか?」
「こ、この女がどうなってもいいのか!?」
エリオットが我に返る。
魔族の女性はいつの間にかエマを抱え上げ、その首筋へ刀を突きつけていた。
エマは意識を失ったまま、ぐったりしている。
(あ、そういう感じ……?)
エリオットは女性を注意深く観察した。
鋭い目つき。
突きつけられた刃。
口調も態度も、十分に恐ろしい。
しかし――不思議と殺意は感じなかった。
むしろ、刃がエマの肌へ触れないよう、かなり慎重に距離を保っている。
「あ〜……分かりました。降参です」
エリオットは素直に両手を上げた。
「何でも言うことを聞きますから、エマさんを解放してください」
「な……いやに物分かりがいいな」
「それで、僕は何をすればいいんですか?」
「…………」
魔族の女性が黙った。
「お金ですか?」
「…………」
「食料?」
「…………」
「ここから出ていけ、とか?」
「…………」
「まさか、何も考えずに人質をとったんじゃないですよね?」
「う、うるさい!」
女性の頬が、わずかに赤くなる。
「待て! 今、貴様への要求を考え――」
「こういうときは、相手に逃走経路の確保をさせるんじゃないですかね」
「い、いや、それは駄目だ!」
「どうしてです?」
「私は魔王国領を追放された身! 帰るところなど――ハッ!?」
魔族の女性が口を押さえた。
「なるほど……魔王国領を追放された……と」
「貴様、謀ったな!?」
「いえ。どちらかというと、あなたが勝手に謀られただけでは……」
エリオットが指先を動かす。
一陣の風が、女性の手元で弾けた。
「なっ!?」
刀が宙を舞う。
もちろん、その刃がエマへ当たらないよう、軌道は完全に制御されていた。
エリオットは地面に落ちた刀を遠くへ蹴り飛ばし、女性と対峙する。
「エマさんを解放してください」
「くっ……!」
「正直に言うと、僕は今すぐにでも、風魔術であなたの顔面を撃ち抜けますよ」
空気が鋭く渦巻く。
目には見えない風の塊が、女性の眉間へ狙いを定めた。
「……今のは、風魔術か?」
「はい」
「だが、杖も詠唱もなしに……」
「無詠唱の風魔術です」
女性の顔から、初めて虚勢が消えた。
しばらく迷ったのち、彼女はエマを床へ寝かせる。
頭を打たないよう、両手で優しく。
(やはり、この人……本気でエマさんを傷つけるつもりはなかった)
悪人ではないのかもしれない。
それならば、交渉できる可能性もある。
そして何より――
(配信に使えるかもしれない)
エリオットは、にっこり笑った。
「隙ありー!!」
「なっ!?」
風が巻き起こり、部屋の隅に積もっていた埃が舞う。
同時に、近くにあった大きな布が浮かび上がった。
かつて荷物を覆うために使われていたものだろう。
「な、何だ――!?」
風に広げられた布が、魔族の女性へ覆い被さる。
視界を奪われた女性が、慌てて腕を振り回した。
その隙に、エリオットは壁へ手をつく。
指先から、膨大な魔力が術式へ流れ込んだ。
薄れていた紋様が次々と光を取り戻す。
建物の四隅。
拠点の外周。
そして地下に埋め込まれた術式が連動し、旧探索基地を覆う魔物避けの結界が一気に強まった。
「な、何だ……!?」
布の下で、女性の動きが止まる。
「ち、力が……抜け――」
やはり、効いた。
魔物を遠ざけるための結界は、魔族の力にも干渉するらしい。
女性の身体から力が抜け、動きが鈍る。
エリオットはすぐさま、近くに転がっていた縄を手に取る。
布の上から女性の腕を押さえ、手際よく縛り上げていく。
「ま、待て! 卑怯だぞ!」
「人質を取った人がそれを言うのはなしですよ」
「せ、せめて布を取れ! 前が見えん!」
「暴れないと約束できますか?」
「誰がするか!」
「では、そのままで」
「おのれぇぇぇぇ!」
エリオットは最後に、縄をきつく結んだ。
「確保ーー!!」
こうして、伝説上の存在であるはずの魔族は――古い布と縄によって捕らえられた。
そして、エリオットの脳内には、ある作戦が浮かんでいた。
魔族という配信のネタ。さらに彼女には帰る場所がない。
(最初の領民、ゲットだぜ――!)




