第五の夢と変化の始まりです
もし、この信じられない現象が本当に現実なのだとしたら――
ジェヒは、一度は叶わなかったジョンウとの関係を、もう一度やり直してみたいと思った。
いつもより素早い動きで机の前に座り、引き出しからA4サイズのノートを取り出す。そしてペン立てに刺さった無数のペンの中から一本を掴んだ。
『……でも、待って。』
ノートに何かを書こうとした瞬間、ジェヒの手が止まった。
『もし未来が、私の思ってるほど綺麗じゃなかったら?
……保証なんてないよね。』
『それに……次の夢でも今回みたいに自由に動ける保証なんてないし。』
元々怖がりで心配性なジェヒが不安になるのは当然だった。
けれど今の彼女は、何が正しくて何が間違っているのか冷静に判断できる状態ではなかった。
とにかく最近の頭の中はジョンウでいっぱいだったし、何より五日連続でジョンウの夢を見るなんていう非現実的な出来事が起きている以上、夢を通して過去や未来を変えることは“必然”なのかもしれない――そんな気がしていた。
『もう、いいや。
次の夢で自由に動けない保証だってないんだから。』
ペンを握る手に力を込めながら、ジェヒは自分自身に問いかけた。
『やるの?』
そして口が先に答えた。
「うん。やる。」
決意したジェヒは、真剣な表情で、自分とジョンウに起きた出来事のタイムラインをノートへ整理し始めた。
夢の中で自我を持って行動できると気づいたのは、五番目の夢――つまり昨夜見た夢からだった。
時期は四番目の夢から少し経った頃。五月中旬の体育祭準備が始まるタイミングだった。
最初、夢は過去とまったく同じように進んでいた。
全員を必ず競技に参加させなければならない先生は、黒板に種目を書き始めた。
「じゃあまず、バレーに出る人を決めようか。」
先生が言い終わった瞬間、セジンが待ってましたと言わんばかりに叫んだ。
「先生、バレーはジョンウでしょ!当然!」
セジンはジョンウの腕を高く持ち上げた。
突然の行動に、クラス全員の視線が二人に集まる。
「お前、中学の時めっちゃ有名なバレー部だったんだろ?
全国大会で準優勝して、道大会では優勝して!」
止めようとするジョンウを無視して、セジンはどんどん話を続けた。
教室はすぐにざわつき始める。
「マジ?」
「すごっ。」
そしてちょうどその時だった。
ジェヒの夢が変わり始めたのは。
「あ、そういえば。」
まるで最初から知っていたかのように、その言葉がジェヒの口から自然に漏れた。
もちろん、この時点では本人もまだ気づいていなかったけれど――
それが始まりだった。
「じゃあ今年の体育祭リーダーはジョンウな。
はい拍手〜。」
クラスから拍手が起こる。
「イ・ジョンウ、前に出て。」
先生に呼ばれ、ジョンウは仕方なさそうに前へ歩いていった。
セジンは本人以上に盛り上がっていて、イェジンはニコニコしながら「おお〜」と小さく声を上げた。
『ふーん。』
ジェヒは少し唇を尖らせた。
「次、参加者集めるぞ。
ジョンウは名前を種目ごとに書いて。」
「はい。」
ジョンウがチョークを持った瞬間、セジンがまた叫ぶ。
「俺も!バレー入れといて!」
「うるさいなあ。」
隣に座っていたヒョンジュがぼそっと言った後、ジェヒに尋ねた。
「私たちも女子バレー出る?」
「んー……どうしよ。」
ジェヒは気のない返事をした。
元々運動は好きじゃなかったし、得意でもない。
『そういえば、この時私は何に出たっけ?』
記憶を辿る。
『ドッジボールだっけ……?
いや、それは二年生の時だ。保健室行った記憶あるし。』
思い出そうとしているうちに、妙な違和感が胸をよぎった。
『……何か変。』
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
これまでの夢では、ただ過去を受け身で見せられていただけだった。
なのに今は、“今の自分”として考えている。
まだはっきり自覚はしていない。
でも、何かがおかしいとは感じていた。
その時だった。
バレーの文字の下に、ジョンウが自分の名前を書き、その下に――
モ・セジン。
その文字を見た瞬間、ジェヒは息を呑んだ。
『この字……』
驚いた理由は、“ㅅ”の形だった。
脳裏に浮かぶ、あの側溝の上の板。
『今回は絶対触るな。』
そこに書かれていた“ㅅ”と、ジョンウの書いた“ㅅ”がまったく同じ形だった。
『なんであの時気づかなかったんだろ。』
当時だってジョンウの字は何度も見ていたはずなのに。
ジェヒは不安げに爪を噛んだ。
きっとあの頃は、板を見てからジョンウの字を見るまで一ヶ月くらい空いていたから、結びつけようとも思わなかったのだろう。
でも今は違う。
夢が二日連続でその場面を見せてきた。
気づかないわけがなかった。
『じゃあ、あの板を置いたのってジョンウ?』
私がうまく飛び越えられないから心配で?
しかも、“今回は”って書いてあった。
……ってことは、入学式前にあった最初の板も、ジョンウが?
ジェヒは無意識にウサギのシャーペンを握る手に力を込めた。
その日一日、ジェヒは落ち着かなかった。
自分の推測――
“板を置いたのはジョンウだ”
それを一秒でも早く確かめたかった。
終礼の鐘が鳴るや否や、ジェヒは一直線にジョンウの元へ向かった。
「え?どうした?」
突然話しかけられたジョンウは驚いた顔をする。
隣にいたセジンとイェジンも不思議そうにジェヒを見た。
「ちょっと話ある!」
勢いのある声だった。
ジョンウが戸惑う暇も与えず、ジェヒは彼の手首を掴み、そのまま教室を飛び出した。
「え〜何なに〜?」
「キム・ジェヒさん、答えてくださーい。」
手を引かれながらも、ジョンウの顔は笑顔でいっぱいだった。
何を言われるのか分からないのに、その状況自体が楽しいのか嬉しいのか、口元が全然下がらない。
二人はいつの間にか側溝まで来ていた。
ジェヒはそこでようやくジョンウの手首を離した。
「ジョンウ、これ置いたのってもしかして君?」
板を指差しながら尋ねる。
「さあ、どうだろ。」
ジョンウはとぼけるように答えた。
そんな態度を見て、ジェヒはむしろ意地になる。
「なんで違うフリするの。絶対君じゃん!」
「なんでそう思うの?」
「この“ㅅ”の書き方、完全に君の字じゃん!
さっき黒板にセジンの名前書いてるの見たもん!」
まるで探偵のように鋭い目つきで問い詰めるジェヒ。
ジョンウはとうとう困ったように笑った。
「はは……
お前、ここ渡るの大変そうだったから。
ちょうど橋にできそうな板見つけたし。」
そう言って柔らかく笑うと、褒めてほしい子犬みたいに頭を差し出した。
『よくやったでしょ?』
その姿が妙に可愛くて、ジェヒの口元がふにゃっと崩れる。
「じゃあ、もう一つ聞いていい?」
ジョンウは頷いた。
「最初にあった板も君が置いたの?
入学式前にも似たのあったよね。」
「あー……その板。」
ジョンウは気まずそうに視線を逸らした。
ジェヒは逃がすまいと質問を重ねる。
「やっぱ君なの?
なんで?どうして?
ここ来たことあったの?」
でもジョンウは答えず、ただ口を閉ざした。
「んー……。」
遠くを見ながら考え込む。
『言いたくない理由があるんだ。』
きっと、自分もここで滑ったことがあるとか、そういう恥ずかしい理由だろう。
困っているジョンウを見て、ジェヒは小さく笑った。
「ありがとう。」
「ん?」
「理由が何であれ、ありがとう。」
その言葉に、ジョンウの頬がほんのり赤く染まる。
「理由なんてどうでもいいよ。
おかげで私は楽にここ通れたんだから。
本当にありがとう。」
ジェヒの頬も少し赤くなっていた。
「別に、大したことじゃないよ。」
するとジョンウがニヤッと笑った。
「でも一つ訂正。」
「何?」
「俺、ここ飛び越えるの全然苦じゃないから。
見ただろ?
シュンッて。」
大げさに腕で弧を描きながら“シュンッ”と効果音まで付ける。
それがあまりにも可愛くて、ジェヒもつられて笑った。
「ふふっ。」
……その時だった。
「あ、待って。」
ジェヒの笑顔が突然止まる。
「え?どうした?」
「いや、ちょっと……。」
手を出して待ってのジェスチャーをするジェヒ。
ジョンウは歩みを止め、心配そうに彼女を見つめた。
そしてジェヒは、ついに気づく。
『待って……
今これ、何?』
『私は誰?
過去の私?
それとも今の私?』
これまでの夢と違い、今の彼女は自分の意思で動いていた。
『こんなの、過去にはなかった。』
『夢って元々こんな風に自由に動けたっけ?』
『そもそもそんなの可能なの?』
混乱で体が熱くなり、冷や汗が滲む。
「大丈夫?
急にどうした?
どこか痛い?」
ジョンウが心配そうに尋ねる。
でもジェヒは答える余裕がなかった。
『今までこんなこと一度もなかったのに。』
『これってルシッドドリームとか、そういうやつ?』
『いつから自由に動けるようになったんだろ。』
頭が混乱し、ジェヒはぶんぶん首を振った。
するとジョンウが両肩を強く掴む。
「だからどうしたんだって。
具合悪いの?」
その切羽詰まった声で、ようやくジェヒは彼を見る。
心配で寄った眉。
揺れる瞳。
肩を掴む手の力。
ああ、本当に心配してるんだ。
そう思った瞬間、ジェヒは慌てて表情を和らげた。
「あ、いや〜。
急に何か思い出しただけ。」
「何を?」
「それは……。」
言葉を濁すと、ジョンウの目にさらに力が入る。
「何。」
「……。」
「言って。
助けられるなら助けるから。」
……そうだった。
ジョンウって昔からこうだった。
いつも心配してくれて。
いつも助けようとしてくれて。
『俺が助ける。』
その温かい記憶が蘇り、ジェヒはふっと笑った。
「ん?」
さっきまで深刻そうだったジェヒが急に笑ったので、ジョンウは不思議そうな顔をした。
「大したことじゃないよ。
心配しないで。」
「本当に?」
「うん、本当。」
安心させるように、ジェヒは彼の腕を軽く叩いた。
ようやくジョンウの眉間の皺がほどける。
「びっくりした……。」
二人は再びアパートの方へ歩き始めた。
歩きながらもジョンウは時々横目でジェヒを見て、本当に大丈夫か確認している。
一方ジェヒは、まだこの奇妙な現象について考え続けていた。
『夢の中で好き勝手動いていいのかな。』
『でもちょっと面白いかも。』
『もし次の夢でも自由に動けたら……。』
『……え。
もしかして私たち、付き合ったりする?』
恥ずかしい想像に全身がビリッと震えた。
『キム・ジェヒ、何考えてんの!変態!』
顔が熱くなり、ぎゅっと目を閉じる。
でもまた別の考えが浮かぶ。
『もし今回だけだったら?』
『次は自由にできないかもしれない。』
そう思うと少し残念だった。
もちろん、ジョンウと付き合いたいとか、そういう理由じゃなくて……!
そんなことを考えていると、突然ジョンウが立ち止まった。
「“何でもない”って感じじゃないけど。」
「え?あ……。」
「話しにくいなら無理に聞かない。
でも気になる。」
「う、うん。」
「本当に大丈夫?」
ジェヒは勢いよく頷いた。
「もちろん。」
親指まで立てる。
その様子にジョンウは呆れたように鼻で息を吐いた。
「分かった。行こう。」
再び歩き出そうとした瞬間――
「でも、もう一つ聞いていい?」
ジェヒが口を開いた。
「うん?何?」
もし夢を自由に動かせるのが今日だけなら――
どうしても聞きたいことが一つだけあった。
『……私のこと好き?』
もし聞いたら、ジョンウは何て答えるだろう。
あの頃、ジョンウは私をどう思ってた?
私と同じ気持ちだった?
もしあの日、お互いの気持ちを確かめていたら。
何か変わっていたのかな。
……それとも、
軽率な質問で全部壊れていた?
迷った末、ジェヒは別の質問を選んだ。
「ジョンウ。」
「ん?」
「正直に答えて。」
ジョンウは頷く。
「君がくれたウサギのシャーペン。」
「うん。」
「イェジンにも同じのあげた?」
ジョンウはぽかんとした。
「……は?」
そして次の瞬間、大笑いした。
「あはははは!」
額を押さえながら笑う。
「質問それ?」
「うん。」
「さっきから考えてたのそれ?」
「……うん。」
ジョンウは愛おしそうな目でジェヒを見た。
『この目、知ってる。
私が大好きだった目。』
まるで“可愛くて仕方ない”みたいに見つめる目。
久しぶりだった。
その目を見ているだけで胸が熱くなる。
ジョンウが優しく答える。
「違うよ。
あげたのはお前だけ。」
「本当に?」
「うん。」
そして真剣な顔で続けた。
「これからもそうする。
約束。」
そう言って、小指を差し出す。
長くて綺麗な指。
ジェヒはじっと見つめた。
『そういえば……
ジョンウの手って温かかったっけ、冷たかったっけ。』
そっと小指を絡めながら、ジェヒは言った。
「絶対守ってよ。」
「うん。」
指先から温もりが伝わる。
『……温かかった。』
「何があっても、君のプレゼントをもらうのは私だけだからね。」
「うん!当然。」
「絶対約束!」
「うん、約束!」
絶対守られてほしい約束。
一生破られないでほしい約束。
その日、夢の中で――
ジェヒは、過去には存在しなかった新しい記憶をジョンウと作り上げた。




