あの年の体育祭(2)
ソンウンの切れ長で涼しげな目元が、まるで眠っている子犬のように愛らしく細められた。
「すごっ! 何それ、何それ?」
その時、隣にいたヒョンジュが顔を真っ赤にしながら、妙な鼻声を漏らし始めた。
セジンも飲んでいた水を「ぶっ」と吹き出し、大げさなくらい咳き込む。
「げほっ、げほっ!」
「ちょっと、あんたたち何やってるのよ~、もう~!」
「げほっ、げほっ、マジで、げほっ!」
ヒョンジュとセジンの大騒ぎする声が大きくなるにつれ、周りにいた生徒たちが一人、また一人とこちらを見始めた。
ジェヒとソンウンに、皆の視線がさらに集まり始めた、その時だった。
頬をほんのり赤く染めたイェジンが、隣にいたジョンウに言った。
「わあ、あの子……ジェヒに気があるみたい。」
ジョンウは即座に答えた。
「まさか。」
「どうして? 私は二人、すごくお似合いだと思うけど。」
ジョンウが答えないでいると、イェジンはもう一度口を開いた。
「ジョンウはどう思う? 二人って、結構……お似合いじゃない?」
イェジンの表情には、どこか意味深な色が浮かんでいた。
まるで、自分の望む答えを期待しているかのような顔だった。
だが、イェジンの期待とは裏腹に、ジョンウはそれ以上何も答えなかった。
ただ眉を深くひそめると、そのままくるりと背を向け、ゆっくりとグラウンドの中央へ歩いていった。
(これ以上は見ていられないな。)
今すぐ火照った顔に冷たい水をぶちまけてやりたい――そんな気分だった。
一方、その頃のジェヒは。
ジョンウがその場を離れたことにも気づかず、ただ小さく高鳴る自分の鼓動に耳を澄ませていた。
――ドクン、ドクン、ドクン。
自分にしか聞こえないほど小さな音。
けれどそれは、あの日、道端で初めてジョンウと出会った時の鼓動によく似ていた。
少しの好奇心と、ときめきが生み出した、小さいけれど力強い鼓動。
それに気づいたジェヒの耳たぶも、じんわりと熱を帯び始める。
もちろん、ジェヒの気持ちが一瞬でジョンウからソンウンへ移ったわけではない。
今でもジェヒにとって、目の前のソンウンよりジョンウの方がずっと大切で、気になる存在だった。
ただ、当時のジェヒは、ジョンウが自分にくれたのと同じウサギ柄のシャープペンをイェジンにも買ってあげたのだと勘違いしていたし、イェジンと仲良くしているジョンウに、密かに嫉妬していた。
それに――。
そう、正直なところ、こんなにも爽やかな同級生の男の子に、いきなり「可愛い」だの「綺麗だ」だのと言われ、頭にぽんっと手まで置かれたのだ。
ジェヒじゃなくたって、こんな状況で平静を保てる人なんて、そうはいないのではないだろうか。
しかも、この時のジェヒはまだ十七歳。
高校生になったばかりの、ただの「少女」だったのだから。
そんなふうにジェヒがぼんやりしている間に、ソンウンは彼女の手にあった冷えたペットボトルをひょいと奪い取り、ごくごくと一気に飲み干して言った。
「ありがとう。ごちそうさま。」
「え……えっ?」
あまりにも一瞬の出来事だった。
(それ、ジョンウに渡そうと思ってたのに……。)
ジェヒの視線は自然と後ろに立っていたジョンウの方へ向いた。
だが、いつの間にかそこにジョンウの姿はなく、代わりに意味深な表情を浮かべたイェジンだけがぽつんと立っていた。
ジェヒが慌てて姿を消したジョンウを探して辺りを見回し始めた、その時だった。
ソンウンが言った。
「冷たい水をもらったんだから、俺も何かお礼をしないとね?」
「お礼?」
「うん。ちょっとここで待ってて。」
少し待っていてと言い残すと、ソンウンは1組の生徒たちが集まって座っている方へ一目散に駆けていった。
そして、すぐに戻ってくると、ジェヒの手に何かを握らせた。
それは黄色や緑など、色とりどりの花の形をした小さな棒付きキャンディーだった。
ソンウンが尋ねた。
「後半戦も見るの?」
「うん。」
ジェヒが答えると、ソンウンは何かに気づいたようにパンッと手を打った。
「あっ、まさか~!! もしかして君、2組?」
ソンウンの問いに、ジェヒは当然だというように二度ほど頷いた。
するとソンウンは、この世の終わりのような残念そうな顔で「あああー」と声を上げた。
「なんだよ、じゃあ俺、応援してもらえないじゃん。」
「……」
「あーあ、残念だなぁ。」
ソンウンが大きくため息をつくと、隣にいたヒョンジュが言った。
「当たり前でしょ。あんたたち、うちの対戦相手なんだから。」
「そうだよね、そうだよね。」
「あなたたちが負けないと、私たちが点数もらえないでしょ?」
「その通り、その通り。」
ソンウンのため息はさらに深くなった。
そして、しばらく真剣に悩んだ末、ジェヒに尋ねた。
「ちょっと待って! じゃあ、こういうのはどう?」
「何が?」
ソンウンはジェヒを見つめながら、意味深にニヤリと笑った。
「もし今回の試合で俺たちが君のクラスに勝ったら、次の試合は君が俺を応援すること。」
まるで名案を思いついたかのように、得意げな表情と仕草で言うソンウン。
隣ではヒョンジュとセジンが激しく抗議していたが、ジェヒの口からは思わず小さな笑いがこぼれた。
『調子がいいんだから。』
ソンウンがジェヒを見ながら尋ねた。
「どう? 約束だよ?」
「うーん、どうかな。」
ジェヒがどう答えようか迷っていると、グラウンドに再び大きなホイッスルの音が鳴り響いた。
『ピッー、ピッー、ピッー。』
後半戦の開始を告げる音だった。
「あっ、やばい。」
焦ったソンウンはしばらく落ち着きなく身を揺らしていたが、やがてジェヒの小指に自分の小指を絡めながら言った。
「約束だからな! 絶対だぞ!」
ホイッスルがもう一度大きく鳴り響いてから、ソンウンは再びグラウンドへ向かって駆け出していった。
この日、ジェヒはジョンウの表情がどれほど険しくなっていたのか、まったく気づいていなかった。
ただ、遠ざかっていくソンウンの後ろ姿を見つめているだけだった。
【そして再び現在】
夢は寸分違わず、過去と同じように流れていった。
サッカーの前半戦が始まると同時に、ジョンウをはじめとする男子たちはグラウンド中を駆け回り、得点を奪うための戦いを繰り広げていた。
ジェヒは目に力を込めながら、遠くでボールを追って走るソンウンの姿を見つめていた。
『あの子と関わらないようにするには、やっぱり先に水を用意しておくのが一番ね。』
隣に積まれていたペットボトルの中から一番冷たいものを選び、手にしたジェヒは、前半戦が終わるまでずっと次に起こる出来事への対策を考え続けていた。
『前半戦が終わってジョンウが来たら、まずこの水を渡して、頑張ったって、かっこよかったって、たくさん褒めてあげるの。』
『ソンウンが私たちの間に入り込む隙なんてないくらいに。』
固い決意とともに、ジェヒは手にしたペットボトルをぎゅっと握りしめた。
『ピッ、ピッ、ピッ。』
そしてついに、前半戦終了を告げるホイッスルがグラウンド全体に響き渡った。
案の定、過去と同じように、両手を大きく振ってジョンウとセジンを呼ぶイェジンの姿が繰り返される。
ジェヒの緊張も最高潮に達していた。
汗を拭きながら戻ってくるジョンウの後ろで、友人とじゃれ合いながらふざけているソンウンに視線を集中させる。
徐々にジェヒへと近づいてくるジョンウ。
ジョンウの目には、誰かを食い入るように見つめているジェヒの姿が映った。
『誰をあんなに見てるんだ?』
ジョンウの視線もジェヒの視線を追って、後ろにいるソンウンへと向きかけた、その瞬間だった。
「はい、水!」
ジェヒの元気な声が響いた。
いつの間にかジョンウの目の前まで駆け寄り、冷たい水を差し出していた。
「ありがとう。」
ジョンウの視線も動きを止め、目の前に立つジェヒへと向けられた。
どこかひどく興奮しているように見えるジェヒの顔。
『かわいい。』
ペットボトルを受け取ったジョンウの口元に、自然と笑みが浮かんだ。
続いて、ジェヒの褒め言葉ラッシュが始まる。
事前に決めていた通り、準備していた言葉を惜しみなく浴びせた。
「本当にお疲れさま! すごかったよ!」
「あ、ありがとう。」
「特にさっきゴール決めた時、本当にかっこよかった! ジョンウってサッカーも上手なんだね?」
ジェヒの褒め言葉が続くと、ジョンウは照れくさそうに、ペットボトルを持った手で顔を隠しながら、わざとらしく咳払いをした。
その様子を見ていたセジンがジェヒに言った。
「おい、俺だって1点決めたんだけど! 俺は褒めてくれないのかよ!」
しかしジェヒは、ぶつぶつ文句を言うセジンを完全に無視し、ジョンウだけを褒め続けた。
「運動もできて、勉強もできて、本当にできないことってあるの?」
「おい! 今、俺のこと無視してるだろ!?」
「本当に最高、最高だよ。」
「おい! キム・ジェヒ!」
ジェヒが相変わらずセジンを無視し続けると、ヒョンジュが口を挟んだ。
ヒョンジュはふてくされているセジンの肩を二度ほど叩き、「お疲れさま」と言わんばかりに親指を立てて見せた。
するとセジンは実に単純なことに、にかっと無邪気に笑って言った。
「おー、サンキュー。やっぱりお前だけだな。誰かさんと違って無視しないし。」
そう言ってジェヒを睨むセジン。
その口調と表情には不満がたっぷり滲んでいたが、ジェヒはまったく気にしていなかった。
『ふん。あんたが私をブロックしたことに比べたら、この程度どうってことないんだから。』
子どもじみた考えだった。
まあ、とにかく。
これでうまくいったんだよね?
これでユ・ソンウンと関わることもなくなるんだよね?
そう安心して、みんなと一緒に木陰へ戻ろうとした、その時だった。
「おいおいおい、危ない!」
遠くから誰かが大声で叫ぶのが聞こえた。
そして、対応する暇もなく。
――ドンッ。
鈍い音とともに、ジェヒの身体がわずかに揺れた。
『まさか!』
ほんの一瞬だった。
ジェヒが抱いていた嫌な予感は、やはり……そう、やはり当たっていた。
犯人はソンウンだった。
ふざけながら後ずさりしていたソンウンが、ジェヒにぶつかったのだ。
だが、不幸中の幸いというべきか。
今回の衝突には、過去とひとつだけ違う点があった。
それは、隣にいたジョンウも一緒にぶつかったことだった。
しかもジョンウが咄嗟に両腕でジェヒを抱き寄せたおかげで、過去のようにバランスを崩して転びそうになることもなければ、ソンウンがジェヒを強く引っ張ることもなかった。
ソンウンは振り返り、ジョンウとジェヒに向かって大きな声で謝った。
「ごめん! 大丈夫?」
ジョンウが答えた。
「気をつけろよ。」
かなり強い口調だった。
ジョンウはすぐにジェヒへ視線を向けた。
「ジェヒ、大丈夫か?」
ジェヒが答える。
「うん、私は大丈夫。ジョンウは?」
「俺も大丈夫。」
ジェヒは心の中で思った。
『くそ。あれだけ避けたのに、結局会っちゃうなんて。』
申し訳なさそうな表情を浮かべるソンウンが目に入る。
『やっぱり、過去を完全に変えることはできないってことなのかな。起こる出来事は、何があっても起こる。そういう仕組みってこと?』
『でも、あの時とは少し状況が違うじゃない。このままうまくやり過ごせばいい。』
『避けようとしても避けられないなら……この先に起こることも、今日みたいに前もって備えて、こうやって乗り越えていけばいいんだ。』
ジェヒは自分なりの答えを出し、複雑に絡み合った思考を素早く整理し始めた。
とにかく、こうなってしまった以上――。
今、一番大事なのは、結局ソンウンと鉢合わせしてしまった後、どう行動するかということだった。
「ジョンウ、行こう。」
ジェヒは無視することを選んだ。
それが一番きれいな方法だった。
するとジョンウは、抱き寄せていたジェヒの肩からそっと手を離し、小さく頷いた。
『このまま……このまま、お互い別々の道を行けばいい。』
そう思った、その時だった。
「みんな、ちょっと待って! 本当にちょっとだけ!」
歩き出そうとしていたジェヒとジョンウに向かって、ソンウンが声をかけた。
ジェヒは再び不安になった。
これは百パーセント、あれだ。
『キャンディー。』
絶対にそうだ。
「いや、大丈夫。もう行くから。」
嫌な予感がして、ジェヒは慌てて彼を止めようとしたが、やはり無駄だった。
ソンウンはすでに遠く、1組の生徒たちの間に置いてある自分のバッグへ向かって走り出していた。
「最悪……。」
ジェヒの口から小さく漏れた。
それを聞いたジョンウが「ん?」と聞き返したが、ジェヒは何でもないというように首を横に振るだけだった。
「はい、これはお詫びのプレゼント。」
案の定、ソンウンはジェヒに花の形をしたキャンディーをひとつ差し出した。
記憶は曖昧だったが、きっと過去にもらったあのカラフルな花のキャンディー、そのままだった。
ソンウンはジェヒを見ながら、ウインクをしてみせた。
すると隣にいたセジンが、突然大声を上げた。
「おいおい、ぶつかったのはジョンウも同じなのに、なんでキャンディーはそいつだけなんだよ!」
セジンの声には苛立ちがたっぷり滲んでいた。
どうやら、さっき無視されたことをまだ少し根に持っているらしい。
『子どもっぽいんだから。』
するとソンウンが答えた。
「だって、かわいいじゃん。俺、かわいい人好きなんだよね。」
「はぁ!?」
ソンウンの言葉に、セジンはまるで怪物でも見たかのような顔をして大声を上げた。
その声につられて、さっきよりもさらに多くの生徒たちの視線がこちらへ集まり始める。
「俺が好きだったお姉さんにすごく似てるんだ。その人もすごくかわいかったし。――この子みたいに。」
ソンウンは真っ直ぐな言葉を投げかけた。
『しまった!』
ジェヒはハッと我に返った。
セジンの子どもっぽい反応に気を取られ、適切な対応ができていなかったのだ。
このままでは、過去をきれいに変えられないかもしれない。
ジェヒの胸に焦りが広がっていく。
そんなことを知る由もないソンウンは、相変わらずにこにこと笑いながら、その涼しげな目元を細めていた。
『ダメ。このままじゃ……!』
不安になったジェヒは、ついに強硬手段に出ることにした。
ジェヒは背筋をぴんと伸ばしたまま、キャンディーをソンウンの手に押し戻し、きっぱりと言った。
「私、キャンディーは食べないの。甘いもの、嫌いだから。」
「でも、そのキャンディーは違うよ? そんなに甘くないし。」
「そんなの知るもんですか。食べないって言ってるの。」
ジェヒは思わず声を荒げた。
「あ……。」
ジェヒのこの反応に、ソンウンはひどく戸惑ったようだった。
自分の手に戻ってきた花の形のキャンディーを見つめながら、しばらく言葉を失っている。
その時だった。
どこからか、小さな笑い声がふっと漏れた。
その声の主はジョンウだった。
何がおかしいのか、上がる口元を手の甲でそっと隠しながら、両頬を赤く染めている。
ソンウンの視線もジェヒにつられるように、ゆっくりと笑い声のしたジョンウの方へ向けられた。
するとジョンウが言った。
「悪いけど、もう行ってくれるかな?」
柔らかな声だったが、その口調は思いのほか硬く、断固としていた。
その瞳にも適度な力が宿っている。
まるで警告でもするかのように、ソンウンを真っ直ぐ見つめていた。
「あ、うん。ごめん。」
ジョンウの毅然とした態度のおかげだろうか。
結局、ソンウンは名残惜しそうに挨拶をすると、1組の生徒たちが集まっている場所へと歩き始めた。
『ふぅ、終わった……のかな。』
ジェヒは安堵のため息を漏らした。
だが同時に、胸の奥にわずかな罪悪感も湧き始めていた。
思っていた以上に冷たかった自分とジョンウの反応に、ソンウンも少し気まずい思いをしたかもしれない――。
『私、ちょっと冷たすぎたかな?』
そんなふうに戸惑い始めた、その時だった。
セジンが口を開いた。
「なあ、ジョンウ。お前、どうしたんだよ。なんかすごく怖かったぞ。」
「ん? 俺が?」
セジンの問いに、ジョンウは「何のこと?」と言わんばかりの顔で聞き返した。
するとセジンは、さっきのジョンウの表情を真似しながら、おどけた様子で言った。
「そうそう! 眉間がさ、こんな感じで、こんな感じで、めちゃくちゃ怖く歪んでたんだよ。
『ただじゃおかねぇ。とっとと失せろ!』って言ってるみたいな顔だったぞ。」
するとジョンウは答えた。
「ふーん、そう? ……そんなつもりはなかったんだけど。」
飄々としていて、それでいて穏やかな返事だった。
大げさなセジンの仕草とは対照的に、ジョンウはむしろ微笑みを浮かべたまま落ち着いていた。
「ほら、笑いながら言うから余計怖いんだって。」
セジンがぶるぶると身体を震わせ、怯えたふりをすると、ジョンウは「もうやめろ」と言うように拳で軽く彼の腕を叩き、「ははは」とさらに大きく笑った。
その様子を見て、一瞬だけソンウンを気の毒に思いかけていたジェヒも、すぐに気を取り直した。
『そうだよ。ジョンウが嬉しそうなら、それでいい。』
『この流れなら、きっと私たちの未来も少しは良い方向に変わっているはず。』
『そのために、私は今こんなに頑張ってるんだから。』
そう。
最後までちゃんとやり遂げよう。
そう思ったジェヒは、ソンウンの登場で一時ぎこちなくなっていた空気が少し和らいだ頃を見計らい、ジョンウに感謝の言葉を伝えた。
「ジョンウ、さっき守ってくれてありがとう。
ジョンウがいなかったら、バランスを崩して転んでたかもしれない。」
「いや、大したことじゃないよ。当たり前のことをしただけ。」
ジョンウが答える。
「それでもありがとう。ジョンウのおかげで怪我しなかった。」
「そっか。それならよかった。」
「うん、本当にありがとう。」
そしてジェヒは、最後の一手を放った。
それは――ジョンウの両手をぎゅっと握り、その瞳を真っ直ぐ見つめること。
突然のジェヒのスキンシップに、ジョンウの背筋がぴんと伸びた。
そして次の瞬間、彼の両頬にほんのりと赤みが差した。
「っ!」
自分の顔が熱くなっているのを感じたのか、ジョンウは慌てて顔を伏せた。
だが、ジェヒはそれを見逃さなかった。
ジェヒは両手でジョンウの頬を包み、逸らされた顔を再び自分の方へ向ける。
そして、さらに顔を近づけて言った。
「後半戦、怪我しないように気をつけてね。負けてもいいんだから。」
三十を過ぎた女の大胆さなのか。
それとも、二度と訪れないかもしれないこの機会に、誰よりも真剣になっていたからなのか。
ジェヒ自身も、自分の行動に迷いがなくなっていることを感じていた。
だが、それでよかった。
むしろ、身体の奥底からドーパミンが溢れ出してくるような気分だった。
赤く染まった頬。
真剣な眼差しのジェヒ。
そんな彼女を見つめていたジョンウは――。
『うーん。』
しばらく言葉を探すように黙り込むと、やがて小さく頷きながら言った。
「うん。肝に銘じておくよ。」




