あの年の体育祭(1)
ぼんやりとしていた意識がはっきりと戻ったのは、十五年前の春――高校一年生の体育祭当日の朝だった。
予想どおりだった。
六度目の夢は、ジェヒが教室へ足を踏み入れた瞬間から始まった。
制服ではなく体操服姿の生徒たちでいっぱいの教室は、どこか懐かしくもあり、同時に落ち着かないほど浮き立った空気に包まれていた。
体育祭の日だけは、うんざりする勉強から解放され、思いきり体を動かして遊べる日だったからだ。教室はいつも以上に活気に満ちていた。
ジェヒが教室に入ると、窓際にもたれて立っていたジョンウの顔に、ふっと優しい笑みが浮かんだ。
ジェヒも同じだった。
どちらからともなく、二人は同時に手を振り合った。
『会いたかった。』
夢の中で再びジョンウの姿を見た瞬間、真っ先に浮かんだ想いだった。
毎晩夢の中では会えているのに、目覚めているほんのわずかな時間さえ、ジェヒには永遠のように長く感じられていたのだ。
だから今日の夢だけは、何ものにも邪魔されず、できるだけ長く続いてほしい――そう願わずにはいられなかった。
しばらくして先生が教室へ入ってきた。
先生に引率され、ジェヒたちは運動場へ移動する。
数か月前まで肌を刺すように冷たかった晩冬の空気は跡形もなく消え去り、柔らかな春の日差しが運動場に並ぶ生徒たちを優しく包み込んでいた。
さらさらと吹き抜ける穏やかな風は、すでに高まっていた生徒たちの気持ちをさらに弾ませる。
そのせいか、誰もがそれぞれ楽しそうな笑顔を浮かべていた。
――ただ、一人を除いて。
『ユ・ソンウンはどこ?』
ジェヒは眉をぎゅっと寄せ、大勢の生徒たちが整列する列の中から、ソンウンの姿だけを必死に探していた。
あまりにも昔の記憶で顔までははっきり思い出せない。
それでも特徴だけは覚えていた。
一重ながら切れ長の目。
百八十五センチは優にある長身とがっしりした体格。
そして毎日のように手首へ巻いていた黒いリストバンド。
一組だったか、それとも三組だったか、それすら曖昧になってしまっている今のジェヒの視線は、休む間もなくあちらこちらを忙しく行き来していた。
今日、この夢の中での目的は一つだけ。
『ユ・ソンウンとは、どんな関係も作らないこと。』
そのためには、自分から先に彼を見つけて避けるのが一番確実だった。
しばらく辺りを見回していたジェヒは、一組の生徒たちの列の中に立つソンウンの姿を見つけた。
眩しい日差しが目に入るのか、顔いっぱいにしかめ面を浮かべている。
『そう、この子だ。』
ぼんやりしていた記憶の中の顔が、ようやく鮮明によみがえった。
『ユ・ソンウン。』
十五年前。
体育祭の日、偶然この少年と知り合ったことがきっかけで、ジェヒとジョンウは長い間ぎこちない時間を過ごすことになった。
正直に言えば、それはソンウンのせいではなかった。
むしろ彼は親切で、明るく気さくな少年だったと記憶している。
もちろん、ジョンウには敵わなかったけれど。
ただ、ソンウンとの出会いが思っていた以上に新鮮で面白く感じられたせいで、ジェヒはそちらに気を取られ、「一緒に過ごしているつもり」で、ジョンウと過ごす時間を作らなかった。
正確には、その方が近かった。
けれど、その出来事を境に、体育祭だけでなく、その後の修学旅行でもジョンウと一緒に過ごせなかったことは、今思えば本当に愚かで、後悔しかない出来事だった。
未来の自分が、これほどまでにジョンウを恋しく思うようになると知っていたなら。
他の誰かと過ごすことなどで、このかけがえのない時間を無駄にすることは絶対になかっただろう。
遠くに立つユ・ソンウンを見つめながら、ジェヒはジョンウとの関係がすれ違ってしまうことになった、あの「二つ目の出来事」を静かに思い返し始めた。
【15年前・春・体育祭当日】
この日の最初の競技は、グラウンドで行われた。
ジョンウとセジンが出場するサッカーの前半戦が、ちょうど始まろうとしていた。
同じ時間帯には体育館でも別の競技が行われていたが、幸いジェヒの出場種目は翌日に予定されていたため、余裕をもってジョンウたちの試合を観戦することができた。
ジェヒはヒョンジュと一緒に木陰のほどよい場所へ腰を下ろした。
グラウンドの中央でウォーミングアップをしているジョンウとセジンが、よく見える特等席だった。
「一組が勝つかな、それとも私たちのクラスかな?」
「さあ。」
「うちのクラスが勝つといいな。」
そんなふうにヒョンジュと他愛ない話をしていると、いつの間にかイェジンが隣までやって来ていた。
「ここ座ってもいい?」
「うん、もちろん。」
ジェヒが頷くと、イェジンはにっこり笑い、ヒョンジュのすぐ隣へぴったりと腰を下ろした。
試合が始まる前だというのに、すでにジョンウとセジンの応援に夢中になっているイェジンの姿は、同性のジェヒが見ても本当に可愛らしかった。
長いまつ毛。
ほんのり赤く色づいた唇。
くっきりとした二重。
透き通るような白い肌。
本人も自分の魅力をわかっているのか、胸まで届く長いウェーブヘアをツインテールに結んだ姿は――まさに「愛らしい」の一言だった。
その姿を眺めていると、ジェヒの胸の奥でまた小さな嫉妬がむくりと顔を出す。
そうして数分が過ぎた頃。
「ピーッ、ピーッ!」
力強いホイッスルが鳴り響き、男子サッカー前半戦が終了した。
イェジンが両手を大きく頭の上で振ると、それに気づいたジョンウとセジンがまっすぐこちらへ歩いてくる。
Tシャツの裾をぐっと引き上げ、額や首筋の汗を拭うジョンウの姿が、ジェヒの目に鮮明に映った。
持ち上がったシャツの隙間から腹筋まで少し見えてしまい、それを目にした瞬間、ジェヒの顔はまるで信号が赤に変わるように、一気に真っ赤になった。
急に恥ずかしくなったジェヒは、慌てて隣に積まれていたペットボトルの山をかき回し始めた。
『あっ、冷たい。』
ぬるくなったペットボトルの中に一本だけ、まだ冷たさの残るものがあった。
その冷気がジェヒの指先に伝わる。
『ジョンウに渡そう。』
そう思って冷たいペットボトルを手に取り、ゆっくり立ち上がろうとした、その瞬間だった。
ドン。
背中に何かが勢いよくぶつかり、鈍い音が響く。
思った以上の衝撃に、ジェヒの身体は前へ倒れそうになる。
「ごめん!」
その時だった。
誰かが素早くジェヒの腕を掴み、力いっぱい引き寄せた。
しかし、その力があまりにも強かったせいで、今度は逆に後ろへ倒れそうになってしまう。
驚いたジェヒの口から、小さな悲鳴が漏れた。
「きゃっ!」
結局、ジェヒの身体は大きくぐらりと揺れる。
ドン。
再び鈍い音が響いた。
けれど、不思議と痛くはなかった。
その代わり、背中には誰かの温かな体温が伝わってきた。
驚いて慌てて振り返ると、そこには長身で引き締まった体つき、一重ながら涼しげな目元をした、爽やかな雰囲気の男子生徒が立っていた。
「ごめん。本当にびっくりしたよね。」
少年がそう声をかける。
その表情には驚きと申し訳なさが入り混じっていた。
突然の出来事に呆然としていたジェヒ。
驚いた鼓動を落ち着かせるのに精一杯で返事ができずにいると、隣にいたヒョンジュが代わりに口を開いた。
「ちゃんと前を見て歩きなさいよ!」
ヒョンジュはソンウンを睨みつけながら言った。
するとソンウンは素直に頭を下げた。
「ごめん。友達とふざけながら後ろ向きに歩いてて……君に気づかなくて、そのままぶつかっちゃったんだ。
すごく驚いたよね。本当にごめん。」
ソンウンは両手を合わせるように胸の前へ持ってきて、困ったような笑みを浮かべた。
「……」
しかし、ジェヒは何も答えられなかった。
『つまり私、今さっき転びそうになったってこと……?』
頭の中で状況を整理することに必死だったからだ。
いくら待っても返事がない。
すると今度は、ソンウンの手がぽん、とジェヒの頭の上に乗せられた。
『えっ!?』
あまりにも突然で、しかもあまりに自然なその行動に、ジェヒは再び肩をびくっと震わせた。
首筋が一気に強張るような感覚だった。
ソンウンがもう一度、申し訳なさそうに尋ねた。
「驚かせちゃって本当にごめん。大丈夫だよね?」
今度はジェヒは言葉の代わりに、小さく頷いた。
ようやくソンウンの口元に安堵の笑みが浮かぶ。
「よかった!
じゃあ、許してくれるってことだよね?」
ジェヒはもう一度、こくりと頷いた。
これで一件落着かと思われた、その時だった。
その様子を見ていたジョンウの表情が、見る見るうちに険しくなった。
というのも、少し滑稽なことに、ジェヒが何度も頷くたびに、頭に置かれたままのソンウンの手も一緒に揺れてしまい、まるでソンウンがジェヒの頭を優しく撫でているような光景になってしまっていたのだ。
その様子を見ているうちに、不快感がこみ上げてきたジョンウは、それを止めようと一歩踏み出しかけた。
その瞬間――
ソンウンはジェヒの顔のすぐ近くまで、自分の顔をぐっと近づけて言った。
「わあ、でも君、本当に可愛いね。」
まだ状況を飲み込めずにいるジェヒに、どうやらソンウンは気持ちを落ち着ける時間すら与えるつもりはないらしい。
あまりにも突然の一言に、ジェヒは再び大きく戸惑った。
『えっ、急に?
何、この状況。
謝ったかと思ったら、今度はいきなり容姿を褒めるなんて……?』
ジェヒの目は丸く見開かれ、何度もぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「えぇ……。」
隣にいたヒョンジュからも、呆れたような小さな声が漏れる。
しかしソンウンは周囲の反応などまったく気にせず、そのまま話を続けた。
「俺がこのくらいの背だった頃かな。」
そう言いながら、手のひらを水平にして自分の腰のあたりに当てる。
「小学校の低学年くらいだったかな。
その頃、近所に好きだったお姉さんがいたんだ。」
「そういえば、そのお姉さん、俺にすごく優しかったなあ。」
「あ……。」
ソンウンは昔を思い出すように視線をあちこちへ泳がせながら話を続ける。
「背も結構高かった気がする。」
「そ、そうなんだ。」
「うん! 声もすごく綺麗だった。」
「……」
「そうそう。とにかく、そのお姉さん、本当にすごく綺麗だったんだ。」
「……あ。」
思い出話が延々と続き、どう反応すればいいのかわからなくなったジェヒは、消え入りそうな声で相槌を打ちながら、そろそろこの会話を終わらせようと思い始めていた。
何より、今ここにはジョンウもいる。
しかも名前も知らない男子から、さらに顔も知らない「お姉さん」の話を延々と聞かされる理由など、自分にはないではないか――そんな疑問が頭をよぎった。
「そうなんだ……じゃあ、その……私はもう……」
ジェヒがぎこちなく一歩後ろへ下がり、そっと視線を逸らそうとした、その瞬間だった。
ソンウンは少年らしい無邪気な笑顔を浮かべ、最後の一言を放った。
「――君みたいな人だった。」




