ブロック
机に向かい、ジョンウとの出来事を書き留めていたジェヒの手は、ようやく三行ほど書いたところで、ぴたりと動きを止めた。
(思い出せない……!)
人間の記憶というものは、どうしてこんなにも頼りないのだろう。
十年以上も前の記憶は、どれだけ掘り返そうとしても、心の奥深くで小さく身を縮めたまま、決してその姿を現してはくれなかった。
ジェヒはペンを置くと、隣にあったスマートフォンを手に取った。
ひとまず、昨日届いていたセジンからの返信に返事をしようと思ったのだ。
『うん、まあそんな感じ。』
改めて見ても相変わらず素っ気ないその返信の下に、ジェヒは短く、それでいてはっきりとした一文を打ち込み、そのまま送信ボタンを押した。
『ジョンウと一緒に写ってる写真を見たよ。懐かしかった。ジョンウは元気にしてる?』
送信して間もなく、すぐに返信が届いた。
――ピロン。
セジンからの返事は、こうだった。
『悪いけど、ジェヒ。こういう連絡は正直ちょっと困る。』
続いて、もう一通。
『これからも元気で。もう連絡はしなくていいと思う。』
そのメッセージを見た瞬間、ジェヒの口から乾いた笑いが漏れた。
(……は?)
顔が一気に熱くなり、同時に首筋がぞわりと逆立つような感覚が走る。
ひどく気分が悪かった。
セジンに何か非があったのかと聞かれれば、はっきりそうとは言えない。
けれど、少なくともジェヒには、その言い方がひどく冷たく感じられた。
(久しぶりに連絡してきた友達なんだから、もう少しくらい嬉しそうにしてくれてもいいじゃない。)
普段、自分から友達と連絡を取ったり、関係を保とうと積極的に動くタイプではないジェヒですら、ここまで冷たい態度は取らない。
そんな確信があった。
ジェヒは慌てて返信を打った。
『どうして? 私、何か悪いことした?』
悔しさの滲むメッセージだった。
しかし、その言葉がセジンに届くことはなかった。
(何これ……? 「メッセージを送信できませんでした」……?)
何度送信ボタンを押しても結果は同じだった。
セジンはすでにジェヒをブロックしていたのだ。
(最悪……なんで?)
理解できなかった。
ジョンウの近況を尋ねただけで、即座にブロックされるほど、自分は悪いことをしたのだろうか。
それに、あの冷たい言い方は何だったのだろう。
苛立ちと気まずさが入り混じった複雑な感情を、どう処理すればいいのかさえ分からなかった。
(……もういい。ヒョンジュに聞くしかない。)
ジェヒはすぐにヒョンジュへ電話をかけた。
セジンがあんな態度を取るのなら、これ以上彼にすがるつもりはなかった。
これ以上続けても、惨めになるだけだろう。
ヒョンジュでも十分かもしれない。
曖昧な記憶ではあるものの、ヒョンジュもジョンウとはそれなりに親しかったはずだ。
しかもセジンとはSNSで相互フォローしている。
だったら、ジョンウにつながる方法だってあるかもしれない。
そんな小さな期待を胸に抱いていた。
久しぶりにかかってきたジェヒからの電話に、ヒョンジュは「どうしたの?」と言わんばかりの、少し弾んだ声で応えた。
ジェヒは切り出した。
「ヒョンジュ、今でもセジンとかジョンウと連絡取ってる?」
「うーん……」
ヒョンジュは少し間を置いてから答えた。
「いや、実際は連絡してないよ。SNSで相互フォローしてるくらい? それもセジンだけ。」
「……そっか。」
しまった。
ジェヒの声には、隠しきれない落胆がにじんでいた。
「でも、急にどうしたの?」
「いや、ただ……ふと思い出して。元気にしてるのかなって気になっただけ。」
「珍しいね。」
ヒョンジュはそう言って笑った。
「そういえばさ、ジェヒってジョンウとすごく仲良かったよね?
二人、いつも一緒にいたから、私、何度か嫉妬したくらいだったよ。」
「……」
「だからてっきり、今でもジョンウとは連絡取ってるんだと思ってた。意外だな。」
ヒョンジュはそのまま話を続けた。
「私はジョンウとはそこまで話したこともなかったし……
それに、高校三年の夏だったかな? あの子、急に引っ越しちゃったでしょ。
だから私とは、その後も連絡を取り合う理由なんて特になかったんだよね。」
ジェヒは小さくうなずいた。
「……ああ、そうだったね。」
忘れていたはずなのに。
ヒョンジュの話を聞いているうちに、ある記憶がふっとよみがえった。
何の挨拶もなく、突然姿を消してしまったジョンウのこと。
(あの時、すごく寂しかった気がする。
連絡もつかないし、どこへ行ったのかも分からなくて。)
突然よみがえった記憶に包まれ、ジェヒの沈黙が長くなりかけた、その時だった。
「あ、そうだ。せっかくだから一つ聞いてもいい?」
ヒョンジュが口を開いた。
「何?」
「高校が廃校になるって、この前話したよね?」
「うん。」
「えっと……」
何かを確認しているように少し間を空けると、ヒョンジュは再び話し始めた。
「生徒会長だったジョンミン、覚えてる?」
「ああ、ジョンミン。もちろん覚えてる。」
「あの子が今、同窓会の準備をしてるの。
廃校になる記念で……いや、記念っていうのも変か。
とにかく、もうすぐ学校がなくなるから、みんな寂しいってことで、一度集まろうって話になったみたい。」
「……」
ジェヒは返事をためらった。
「それで、都合がつく人だけでも地元で集まろうって連絡が来たんだけど……
ジェヒも……その、もしよかったら……」
ヒョンジュはそこで言葉を濁した。
それも無理はなかった。
ジェヒがほとんどの友人と連絡を取っていないことは、ヒョンジュもよく知っている。
もちろん、何か特別な出来事があったわけではない。
ただ忙しく毎日を過ごしているうちに、自然とそうなってしまっただけだ。
それでも、高校時代の友人たちと今も頻繁に連絡を取り合っているヒョンジュのような社交的な人間からすれば、ジェヒのようなタイプは理解しづらかったのだろう。
「自分の知らないところで何かあったのではないか」。
そんなふうに考えてしまっても不思議ではなかった。
だからこそ、ヒョンジュはとても慎重だった。
「……来ない、よね?」
ヒョンジュは最後にもう一度、遠慮がちに尋ねた。
ジェヒは静かに答えた。
「私も行く。」
「えっ!?」
予想もしなかったジェヒの返事に、ヒョンジュは思わず大きな声を上げた。
「本当に? あなたが行くの?」
「うん。」
「絶対来ないと思ってた!」
ヒョンジュは興奮したように叫んだ。
「すごい! じゃあジョンミンに、ジェヒも参加するって伝えておくね!
日程はもう一度確認して、あとでメッセージ送るから待ってて。」
「うん、ありがとう。」
興奮気味のヒョンジュとは対照的に、ジェヒは驚くほど落ち着いていた。
同窓会へ行こうと決めたのは、久しぶりに友人たちと会えることへの期待や楽しみがあったからではない。
そこには、はっきりとした目的があった。
理由は二つ。
一つは、ジョンウが同窓会に来るかもしれないという期待。
もう一つは、会社の同僚イ・ヒョンが話してくれた、品質管理チームのキム課長と元恋人の話を思い出したからだった。
『この前、彼女が同窓会に行ったらしいんですよ。中学だったか高校だったかは忘れましたけど、とにかくそこで――ばったり会ったんです。』
『誰にですか?』
『誰って……初恋の人ですよ。』
まるでイ・ヒョンの声が頭の中で響いてくるようだった。
『その日に目が合っちゃったみたいで。彼女は「同窓会に行く」って言ったきり連絡がつかなくなるし、友達も「知らない」ってごまかすし。あとで確認したら、その男と二人で場所を移してたんですよ。その後どうなったかなんて……見なくてもわかりますよね。』
ジョンウが同窓会に現れるかもしれないという期待。
そして――
そこからもう一度、ジョンウと繋がれるかもしれないという希望。
その二つが、ジェヒを動かしていた。
セジンもヒョンジュもジョンウへ繋がる糸になってくれないのなら、自分で作ればいい。
そんな思いだった。
まだジョンウが同窓会に来るかどうかすら分からない。
それでも、繋がる可能性のあることには積極的に動いた方が、望む未来に少しでも近づけるはずだ。
あとは――夢に託すしかない。
その日をどう過ごしたのか、自分でも思い出せないほど、ジェヒは心ここにあらずのままベッドへ身を横たえた。
まだ夜の八時半。
いつもなら早すぎる時間だったが、ぐっすり眠れると聞いて半身浴まで済ませてきたのだから、すぐ眠れるだろう。
ジェヒはぎゅっと目を閉じた。
早く夢を見たかった。
一刻も早く過去を通して未来を変えたい。
それが本当にできるのか、もう一度確かめて、自信を持ちたかった。
あまりにも気になりすぎて、睡眠薬まで検索したほどだった。
幸い途中で、「こんな理由で睡眠薬を飲むのはよくない」と我に返ったからよかったものの、そうでなければ夜間診療の病院へ駆け込み、睡眠薬を処方してほしいと頼んでいたかもしれない。
ルシッドドリーム――いわゆる明晰夢についても調べてみた。
夢の中で自我を持ち、自由に行動できることは分かった。
けれど、ジェヒのように夢を通じて未来を書き換えた例などどこにも見当たらず、まるで広大な砂漠を当てもなく掘り続けるような気分だった。
人間とはそういうものだ。
焦れば焦るほど。
知りたければ知りたいほど。
強く望めば望むほど――
ただ何もせず待っていることは、難しくなる。
『今日もジョンウの夢を見るなら……流れ的に、次の舞台は――』
ある光景が頭に浮かんだ。
『そうだ。きっと体育祭の日。』
体育祭。
木陰で、誰かと勢いよくぶつかる場面。
『あの子と出会わなければ……。
ジョンウともっと早く、もっと深く仲良くなれたはずなのに。』
ジェヒの眉間に、うっすらと皺が寄る。
あの日を境に、入学したばかりの頃、互いに気づかないまま育ち始めていた淡い想いは、「失望」と「誤解」という最悪の言葉によってあっという間に崩れ去った。
そして、その想いを再び取り戻すまでには――詳しくは思い出せないものの、きっと長い時間と多くの努力が必要だったのだろう。
ジョンウとの最初の夏がまったく思い出せないことが、その証拠だった。
『あの子とは親しくならない。』
『何があっても、絶対に。』
ジェヒは固く心に誓った。
もし今日の夢で、イェジンに席を譲った出来事以上に大きな、ジョンウとジェヒがすれ違うことになった二つ目の事件――
その張本人であるユ・ソンウンが、再び自分の前に現れたなら。
そう。
今度こそ全力で無視してやる。
そう、決めたのだった。




