【Episode】ジョンウの冬
9.
家に帰るなり、父は言い訳を並べ立てる母を後ろに残し、まずジョンウの膝に薬を塗り、絆創膏を貼ってくれた。
そしてその後、母を連れて再び家の外へ出ていった。
ベランダの窓から見下ろした車の中では、父と母が激しい表情と身振りで、お互いに何かをまくし立てているようだった。
大喧嘩をしていることくらいは容易に想像できた。
そして、その想像は現実となった。
その日からほどなくして、父と母は離婚したのだから。
「嘘つきだ。」
家を出るときは「大したことじゃない」「すぐ戻る」と言っていた父だったが、その日以降、家に帰ってくることはなかった。
まったく連絡が取れなくなったわけではなかったが、ジョンウが再び父に会えたのは、それからおよそ一か月後のことだった。
「最近、試合に集中できてないらしいな。父さんと母さんのせいか?」
父はピザを一切れ取り分けてジョンウの皿に置きながら言った。
「違う。」
「父さんと母さんがこうなったのは、ジョンウやバレーとは何の関係もない。」
「分かってる。」
ジョンウはピザを一口かじった。
父は、ジョンウがピザを食べる姿をただ見つめるだけで何も言わなかった。
食べている途中で余計な話をして、もし喉に詰まらせでもしたらと思ったのか、言葉を慎んでいるようだった。
父が再び口を開いたのは、ジョンウがピザを四切れも平らげた後だった。
「お前も知っている通り、父さんと母さんはもう一緒には暮らせない。」
「うん。」
ジョンウは淡々と答えた。
「本当に申し訳ないと思ってる。」
父は続けた。
「たぶん近いうちに、家庭裁判所の人がジョンウに会いたいと言ってくるはずだ。
大したことじゃない……ただの簡単な面談みたいなものなんだけど……」
父の表情に、一瞬で悲しみが差した。
「その時、ジョンウに『お父さんとお母さん、どちらと暮らしたいですか』って聞かれたらな。」
「うん。」
「父さんは、ジョンウが母さんを選んでくれたら嬉しい。」
そう言い終えると同時に、父の顔は力なく下を向いた。
ジョンウが尋ねた。
「どうして?」
「どうしてって……母さんだからだよ。」
「父さんだって、僕の父さんじゃないか。」
「……」
父はそれ以上、何も答えられなかった。
ジョンウにも分かっていた。
父がこんな選択を迫るのは、自分と一緒に暮らしたくないからではない。
これこそが自分のためになると信じているからだ。
誰よりも優しく、誰よりもジョンウのために尽くしてくれる人だから。
比較的時間のある母がジョンウのスポーツ活動を支え、父がその費用を負担する。
二人の間では、すでにそういう形で話がまとまっていたのだろう。
しかし、ジョンウの考えは違った。
バレーはもう、彼にとって大きな意味を持つスポーツではなかった。
わずかに残っていた興味さえ、とっくの昔に消えていた。
自分がなぜこの競技を続けなければならないのか。
その理由も分からなかったし、知りたいとも思わなかった。
そもそもバレーは母が望んだから始めたものであって、ジョンウ自身が望んだものではなかったのだ。
目的を失った忍耐は、いい加減さよりも早く輝きを失っていった。
最も大事な時期に突然変わってしまったジョンウを心配した監督も、本気で動き出した。
ジョンウを説得したり、母親と個別に面談したりもした。
だが、そうされればされるほど、ジョンウはさらに道を踏み外していった。
実力はもちろん、練習試合を欠席することもしばしばだった。
そのたびに母は激しく怒り、ジョンウを責め立て、さらにプレッシャーをかけてきた。
ある日には、とうとう怒るだけでは駄目だと思ったのか、哀れみを帯びた声で説得を試みた。
「バレーを始めた頃の気持ちを思い出してみなさい。
良い成績を取ってきた時、みんながどれだけ喜んだか覚えているでしょう?
このまま続ければ、あなたの将来はきっと明るいのよ。
全部あなたのために、お母さんが作り上げてきた道なんだから。」
だが、その言葉はジョンウにはまったく届かなかった。
彼の心はすでに、「バレーを続けるか否か」という分かれ道で、以前とは違う選択を終えていたからだ。
もうバレーはやらない。
その道を。
ついに堪忍袋の緒が切れた母は、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「私がどれだけ苦労して育てたと思ってるの!?
そんなふうにバレーをやるくらいなら、もうお父さんのところへ行って暮らしなさい!」
そう言っても怒りは収まらなかったのか、持っていたコーヒーカップをテーブルに勢いよく叩きつけた。
その衝撃で、中に少し残っていたコーヒーがテーブルの上に飛び散った。
「はい。そうします。」
ジョンウは短く答えた。
どう育てられたかは別として、結局、自分がバレーを辞めることになった元凶は母だった。
始まりも母。
終わりも母。
そのおかげで、ジョンウの決意は完全に固まった。
擦りむいた膝に絆創膏を貼ってくれたのも。
勝っても負けても「よく頑張った」「お疲れさま」と頭を撫でてくれたのも。
辛い時は無理せず休んでいいと、いつも励まし慰めてくれたのも。
今、目の前で怒鳴っているこの母ではなく――
父だった。
しばらくして父の言った通り、ジョンウは家庭裁判所の関係者と面談し、いろいろな話をした。
そして最終的に、父と一緒に暮らすことを選んだ。
「今から行く場所は、父さんの故郷だ。
何もない静かで退屈な町だけどな……
その静けさが人の心を本当に穏やかにしてくれる、そんな場所なんだ。」
あの出来事から約半年。
ジョンウは父と共に、父がかつて暮らしていた故郷へ引っ越してきた。
ジョンウは助手席の窓を少し開け、その隙間から流れ込む冷たい冬の匂いを深く吸い込んだ。
全身が痺れるような感覚。
そして解放感。
父の言う通りだった。
まだ町に着いてすらいないのに、もう心が穏やかになっていく気がした。
久しぶりに味わう感覚だった。
ジョンウは肺いっぱいに満たした空気を、ふうっと長く吐き出した。
実のところ、二学期が始まり父と暮らすようになってからも、ジョンウは完全にはバレーを断ち切れずにいた。
正確には、断ち切れなかったのは父の方だった。
母のように「最高のバレー選手に育てたい」という壮大な夢があったわけではない。
ただ――
自分たちのせいで、順調だったバレー人生を終わらせてしまったのではないか。
未来ある息子の前途に冷や水を浴びせてしまったのではないか。
そんな罪悪感と未練からだった。
しかし、バレー部の活動は保護者として気を配ることが非常に多かった。
仕事とそのすべてを両立するのは、父にはあまりにも大変だった。
しかもジョンウ自身も形だけ参加しているだけで、以前のように本気で取り組もうとはしない。
だからといって母に管理を任せれば――
ジョンウが黙っているはずがなかった。
そんなふうに父が一人で苦しい戦いを続けていたある日、ついに双方で問題が起きた。
親善試合の日だった。
試合が始まる前から、会場は修羅場と化した。
原因はジョンウだった。
彼がいきなり誰かに殴りかかったのだ。
当然、その後の試合への出場は禁止された。
ただ一つ心残りがあるとすれば、
父と母の関係を壊した悪魔――
あの男の息子に、もう一発でも多く拳を叩き込み、もう一度でも多く蹴りを入れてやればよかったということだった。
それだけが悔しかった。
そして同じ日の同じ頃。
父は会社から退職勧告を受けていた。
十年以上、一度も怠けることなく懸命に働いてきたはずだった。
だが最近は、ジョンウのバレー活動を支えるために慌ただしく動き回っていた。
会社からすれば、これまでの信頼よりも、これから先の不安の方が大きかったのだろう。
こうしてジョンウと父は、
故郷へ帰る道を選んだ。
父は本業の経験を活かし、故郷で小さな整備工場を開いた。
幸いなことに、まだ父のことを覚えていてくれた近所の人たちが一人、また一人と訪ねてきてくれたおかげで、工場はあっという間に軌道に乗り始めた。
開業してまだ二週間も経っていない。
それでも地域の人々の温かな関心は絶えず、父は昼夜を問わず仕事に打ち込んでいた。
「今日も忙しいの?」
「たぶんね。」
「ふーん。」
ジョンウは重だるい体をあちこち叩いてほぐすと、上着を手に取り、そのまま玄関へ向かった。
知り合いは一人もいない。
以前住んでいた街とは比べものにならないほど小さく静かな田舎で、ジョンウにできることなどほとんどなかった。
だが、こうして家に閉じこもってばかりいると、そのうち自分の体が大きな岩のように固まってしまいそうな気がした。
「ちょっと町を見てくる。」
「うん。気をつけてな。」
家を出たジョンウは、足の向くまま歩き始めた。
先日降った雪がまだ完全には溶けておらず、道は少し滑りやすい。
転ばないよう、ポケットに突っ込んでいた両手を出し、白い息を吐きながら慎重に一歩ずつ進んだ。
当てもなく歩き回っているうちに、気が付けば高校の前まで来ていた。
あと一週間ほどで通うことになる、この田舎の小さな高校。
いつも開かれている校門を見つめながら、
「入ってみようかな」
そう考えていた、その時だった。
校門の向かいにある小さなレンガ造りの家の前で立ち止まったジョンウの背後から、かすかに誰かの声が聞こえてきた。
建物と建物の間にある細い路地からだった。
好奇心を覚えたジョンウは、その細い道へ足を向けた。
「できる。できる。できる。」
路地を抜けると、遠くに一人の少女が立っていた。
ジョンウと同じくらいの年頃に見える少女。
葉を落とした木々の間で、緊張したように両拳をぎゅっと握りしめながら、
「できる、できる」
と繰り返し呟いていた。
どうやら向こう側の道へ行くには、中央を横切る排水溝を飛び越えなければならないらしい。
(手伝おうか。)
ジョンウがそう思った瞬間、
「きゃっ!」
少女は短い悲鳴と共に、思い切って右足を向こう側へ踏み出した。
あまりにも危なっかしい姿に、ジョンウは思わず目をぎゅっと閉じてしまう。
「うわぁ、危なかったぁ……。
急ごうとしてこっちの道を選んだのが失敗だったかな。」
幸い、少女は無事に向こう側へ渡れたようだった。
両手を腰に当て、
「なんだ、大したことないじゃん」
と言いたげな顔で鼻を鳴らす。
「ぷっ。」
思わずジョンウの口から笑いが漏れた。
しかし、思ったより声が大きかったらしい。
少女はびくっと肩を震わせ、周囲を見回し始めた。
ジョンウは慌てて建物の陰に身を隠す。
「気のせいかな……?」
少女は首を傾げた後、再び慎重に歩き出した。
雪で滑りやすい道のせいで、その足取りはひどく遅い。
後ろから見ていると、
ペンギンのようでもあり、
小さな子どものようでもある。
その姿は、退屈だったジョンウの日々の中で、何よりも面白い光景だった。
翌日。
ジョンウはまた同じ時間にその場所を訪れた。
(いた。)
あの少女だった。
今日もまた、
「なんでこんな道を選んじゃったんだろう……」
と後悔するような顔で排水溝の前に立っている。
(あんなに怖がってるのに……意外と根性あるな。)
そう思った瞬間。
「きゃっ!」
少女の短い悲鳴が響いた。
排水溝を渡る途中で大きく体勢を崩したのだ。
足を滑らせたらしい。
少女と同じくらい、見ていたジョンウの心臓もひやりと冷えた。
幸い、少女はなんとか体勢を立て直した。
ジョンウもほっと息を吐く。
(びっくりした……。)
少女はその場で何度か深呼吸し、
驚いた胸を落ち着かせるように呼吸を整えてから、
再び歩き始めた。
よちよちとしたその歩き方は、昨日と変わらない。
ジョンウは彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、じっと見送っていた。
(家に幅広い板があった気がするな……。)
ふと、玄関の靴箱の横に置かれていた板を思い出した。
ジョンウはそのまま家へ走った。
息を切らして戻ってきた息子を見て、
「どうした?」
と父は驚いたが、
ジョンウは答えることもなく板を抱え、そのまま再び排水溝へ向かった。
そして翌日。
少女より先に現場へ着いたジョンウは、自分が置いていった板がちゃんと残っていることを確認し、安堵した。
排水溝の向こう側を見ると、道路沿いの先に七階建てほどのマンションが見えた。
きっと彼女はあそこに住んでいるのだろう。
鼻歌を歌いながら板の近くをうろうろしていると、
建物の向こうから足音が聞こえてきた。
ジョンウは慌てて反対側の建物の陰へ身を隠した。
現れたのは、やはりあの少女だった。
昨日あれほど危ない目に遭ったのに、またこの道を選んだ彼女の頑固さに、ジョンウは思わず笑みを浮かべた。
「えっ!? なにこれ!」
少女が板を見つけて大声を上げる。
「こんなありがたいことってある!?」
その顔がぱっと明るくなった。
予想もしなかった板の存在に嬉しくなったのか、その場で足をばたばたさせて喜んでいる。
その様子に、ジョンウの笑顔もさらに大きくなった。
「どなたか分かりませんけど、ありがとうございます!」
少女は板を渡り終えると、空に向かってそう叫んだ。
ジョンウはその姿を見つめる。
なんて無邪気で。
なんて芯の強い子なんだろう。
そして、
寒さで赤く染まった頬も、
屈託のない笑顔も、
とても綺麗だった。
ジョンウが初めて見たジェヒは、
そんな女の子だった。
耳たぶがじんわりと熱くなる。
だが、彼女の魅力はそれだけではなかった。
少女はしばらく板を見つめた後、小さな声で独り言を始めた。
ジョンウは聞き逃すまいと耳を澄ませる。
「いやぁ、本当にありがたいんだけど……。」
「待って、待って。もしかしてこれ……」
少女は空を見上げた。
「この板って、私のための神様からの贈り物ですか!? それとも誰かの親切ですか!?」
真面目な顔でそんなことを言う少女に、ジョンウは今にも吹き出しそうになる。
必死に笑いを堪えながら見守る。
「それとも、私みたいにこの排水溝を渡るのが大変な人がいたのかな?」
少女はぱんっと手を打った。
「それとももしかして……!」
「まさか、誰かが私を見守ってるとか!?」
「はっ!」
少女が息を呑む。
「まさか私のことを好きな誰かが……ここにこれを置いたとか!?」
その厚かましくも愛らしい発想に、
ジョンウの耳はさらに熱くなった。
今すぐ出て行って挨拶しようか。
名前だけでも聞いてみようか。
彼女への興味が最高潮に達した、その時だった。
「うわっ、それはキモすぎる! へへへっ!」
少女はいたずらっぽく笑った。
その言葉を聞いた瞬間、
ジョンウは踏み出しかけた足を慌てて引っ込めた。
その拍子に、
バキッ。
大きな枝を踏みつけてしまう。
(やばっ。)
ジョンウは息を呑んだ。
もしこっちを見られたらどうしよう。
壁にぴたりと身を寄せ、
小さく息を吐く。
「キモい」
と言われたからだろうか。
体が勝手に反応してしまった。
幸い少女は気づかなかったようで、
いつの間にか独り言をやめ、
またゆっくり歩き始めていた。
ジョンウは胸を撫で下ろす。
遠ざかっていく可愛らしい後ろ姿。
ジョンウは残った笑みを消そうとした。
だが――
あれ?
耳の奥から何か聞こえる。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
それは、
自分の心臓の音だった。
ジョンウは慌てて右手を左胸に当てた。
鼓動が激しく打っているのがはっきり分かる。
顔が一気に熱くなる。
この奇妙で不思議な感情の正体に気づいた瞬間、
耳に集まっていた熱は頬へと広がっていった。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
「はぁ……。」
緊張に満ちた息が漏れる。
同時に力の抜けた首が、がくりと下を向いた。
高校入学を約一週間後に控えた冬だった。
まだ肌を刺すような寒さが続く冬。
そしてジョンウにとって、
十七歳の人生で最も孤独で寂しかった冬。
知り合いは誰一人いない。
父だけを頼りにやって来た、見知らぬ小さな田舎町。
その町の裏路地にある、小さな排水溝のそばで――
この日、ジョンウは。
人生で最も孤独だった瞬間に、
人生で初めて、
こんなにも胸を高鳴らせたのだった。




