藤棚の下で起きたこと(1)
後半戦の開始を告げるホイッスルの音が、再びグラウンド中に響き渡った。
『よし。これでこの場面は成功したも同然だ。』
『今度こそ、あの時みたいに怪我だけはしないで。』
ジェヒの口元に、ふっと淡い笑みが浮かんだ。
そうして男子たちは再び一人、また一人とグラウンドへ戻り、後半戦へと勢いよく駆け出していった。
その様子を見つめていたジェヒに、ヒョンジュが尋ねた。
「ねえ、いつの間にジョンウとそんなに気軽に話せる仲になったの?」
興味津々といった表情でヒョンジュがジェヒの脇腹をつつく。くすぐったさに小さく身をよじったジェヒは、少し考えるようにして答え始めた。
「ジョンウとはね、何か特別なもので繋がってる気がするの。目に見えるわけじゃないんだけど、そんな感じ、あるじゃない? まるで世界が私たち二人をぎゅっと結びつけてるみたいな……」
ジェヒの言葉に、隣にいたイェジンも強く興味を示した。
「それってどういう意味?」
「うーん……言葉にしなくても、どこか通じ合ってるっていうのかな。たとえば、この先長い間連絡を取らなくなったとしても、いつかきっと……また会える。そんな予感がするの。」
するとイェジンがジェヒの言葉を遮るように問い返した。
「それって、ジョンウのことが好きってこと?」
かなりストレートな質問だった。
眉間に力を入れ、まっすぐ自分を見つめるイェジンの姿が目に入る。
『なるほどね。』
イェジンの反応を見て、ジェヒもわずかに眉をひそめた。
十七歳の自分なら気づかなかったかもしれない。けれど三十を過ぎた今のジェヒには分かった。
『この子もジョンウが好きなんだ。』
ジェヒは確信した。
それなりに恋愛経験もあり、社会に出てさまざまな人と関わって人を見る目を養ってきたジェヒにとって、まだ感情を隠しきれない十七歳の女子高生の気持ちを見抜くことなど、お粥を食べるより簡単なことだった。
とはいえ、それほど心配しているわけではない。
正直、予想外の変数ではあったものの、「この子とジョンウの間に何かあっただろうか」と記憶をたどってみても、特に思い当たることはなかったからだ。
たとえ当時イェジンがジョンウを好きだったとしても、ジェヒの気に障るような出来事は起きていない。そこまで警戒する必要はないだろう。
それでも念のため、少しくらい牽制しておいた方がいいだろうか――そんなことを考えていた時だった。
ヒョンジュが言った。
「あっ、じゃあ……さっきあの子にあんな態度を取ったのって、それが理由だったの?」
「え?」
「ほら、一組のあの男の子のこと。」
ヒョンジュは顎でグラウンドにいるソンウンを指し示しながら続けた。
「そんなに悪いことしたわけじゃなさそうなのに、ジェヒ、結構きつく言ってたじゃない。甘いもの嫌いだなんて嘘までついてさ。もともとそんな子じゃないのに、どうしたんだろうって思ってたんだけど……ジョンウが見てたからだったんだ?」
ようやく納得したといった様子で、ヒョンジュはぽんと手を打った。
「それにしてもちょっと可哀想だったよ。飴くらい受け取ってあげればよかったのに。もしくは私にくれればよかったのに。美味しそうだったし。」
ヒョンジュが名残惜しそうに飴の話を口にした、その瞬間だった。
ジェヒは少し大きな声で、きっぱりと言った。
「それはダメ!」
突然の大声に、ヒョンジュはびくっと肩を震わせた。
「うわっ、びっくりした!」
「あ、ごめん。」
「声、大きいんだから……。」
ヒョンジュはふうっと息を吐きながら、驚いた胸をさすって尋ねた。
「でも、なんでダメなの?」
「……。」
「ただの飴ひとつじゃない。それを受け取ったからって、付き合うことになるわけでもないでしょ?」
「……。」
ヒョンジュの言葉に、隣のイェジンも頷きながら口を挟んだ。
「そうよ。これをきっかけに仲のいい友達になれるかもしれないのに。」
「ほんとそれ。」
「もちろん、あの子はジェヒに気があるように見えたけど……。」
「えっ!? 本当に?」
「うん。可愛いって言ってたじゃない。」
「あっ、そういえばそうだった!」
イェジンとヒョンジュがあれこれと言い合っている間、ジェヒは深く考え込んでいた。
そう、ヒョンジュの言うことは間違っていない。
実際、過去の自分はあの飴を受け取った。けれど、それが原因でソンウンと付き合うことになったわけではなかった。
しかし、付き合わなかっただけで、あのたった一つの飴がソンウンとジェヒの距離を大きく縮めるきっかけになったことは事実だ。
そのせいで、一時的にジョンウとの関係が疎かになったのも事実だった。そしてジョンウにとっては、「ジェヒは自分以外の誰とでも、いつでも親しい関係になり得るのだ」と感じる出来事になったはずだ。
たった一つの飴が、後に起こる出来事の引き金になるかもしれなかったのだ。
『もし今回も、「ただの飴だし」と軽い気持ちで受け取ってしまって、もし何かあったら……。』
ジェヒの脳裏に、過去の記憶が次々とよみがえった。
それは、後半戦が終わるや否や、ソンウンが嬉しそうに駆け寄ってきて、自分が渡した飴を食べているジェヒを見ながら満足げに微笑んでいた姿だった。
それだけではない。ジェヒの隣に腰を下ろしては、その飴が自分の手作りであることや、実家が洋菓子店を営んでいることまで、楽しそうに延々と話していたのを覚えている。
普段からクッキーやお菓子が大好きだったジェヒは、その話にすっかり興味を惹かれ、「すごいね!」だの、「お店はどこにあるの?」だの、「今度行ってみたい!」だのと相づちを打った。
そうして自然な流れで連絡先を交換し、二人は急速に親しくなっていったのだった。
当時のジョンウは、後半戦の激しいぶつかり合いで肘を大きく擦りむいていた。
記憶によれば、その時のジェヒはソンウンと飴の話に夢中で、保健室へ向かうジョンウとセジン、そしてイェジンの後ろ姿をちらりと見送っただけだった。
どうしてあんなことをしたのだろう。
今のジェヒには、当時の自分の行動がまったく理解できなかった。
それだけではない。
昼休みには、食堂の前にある藤棚の下のベンチで、一緒に過ごしたこともあった。
ソンウンがこれまでに作ったクッキーや飴の写真を見ながら他愛もない話をしていたし、何に取り憑かれていたのか、翌日にあったジョンウのバレーボールの試合を見に行かず、ソンウンの野球の試合を見に行ったことも問題だった。
とはいえ、ソンウンに夢中になっていたわけではない。
ただ、ソンウンという子はとても明るく前向きで、人を自然と惹きつける不思議な魅力を持っていて……。気がつけば、なんとなく彼のペースに乗せられていた。そんな感じに近かった。
それでも、あれは本当に愚かな行動だった。
もしソンウンとの関係が、あの「綺麗なお姉さん」の登場によってあんなにもあっけなく終わると知っていたなら――。
ジェヒは決して、ジョンウのバレーボールの試合を蹴ってソンウンの野球の試合を見に行くような、そんな馬鹿なことはしなかっただろう。
絶対に。
絶対に、絶対に、絶対に。
『修学旅行だってそうだし……。』
体育祭の出来事をきっかけに、その後の修学旅行でもソンウンとかなりの時間を一緒に過ごしていた記憶が、次々と頭を巡り始めた、その時だった。
「終わったー!」
ヒョンジュの大きな声とともに、後半戦終了を告げるホイッスルがグラウンド中に鳴り響いた。
試合の結果はどうだったかって?
幸いにも、勝者はジョンウだった。
遠くからこちらへ向かって走ってくるジョンウの、屈託のない笑顔が見えた。
『よかった。』
ジェヒは安堵の息を漏らした。
今回は過去とは違い、ジョンウが怪我をすることもなかった。それにソンウンもジェヒのところへ真っ先に来ることはなく、ごく自然に一組の仲間たちの輪へ加わっていった。
『ソンウンとの妙な縁を、早めに断ち切ったからかな?』
心配していたことが何一つ起こらなかった。
その事実に、ジェヒはこれまで張り詰めていた緊張をようやく解いた。
そして、待ちに待った昼休み。
なぜかイェジンも含めて、ヒョンジュとジェヒの三人で昼食を食べることになった。
少し気まずい空気もあったが、食事中ずっと横目でちらちらと自分を見てくるイェジンの視線が気になって、何を食べているのか分からないほどだった。
『まあ、気になることがたくさんあるんだろうな。』
ジェヒは心の中で思った。
自分がイェジンの立場だったとしても、ジョンウとジェヒがどうやって知り合ったのか、互いにどんな感情を抱いているのか、頬を包んで顔を近づけるほど親しい関係なのか、そして自分が入り込む余地があるのか――知りたいことばかりのはずだ。
思いつくだけでも、両手の指では足りないほどの疑問が浮かぶに違いない。
だが今のジェヒには、そんな些細なことに気を配っている余裕はなかった。
この食堂を出た後に何が起こるか分からない。緊張の連続なのだ。
もちろん今回は飴を受け取っていないし、ソンウンに対しても冷静な態度を貫いている。だから、過去のように藤棚の下で写真を見ながら談笑することはないという確信はあった。
それでも、おそらく過去にあった「接点」というものは、形を変えてでも似たような状況として、再び自分の前に現れるのだろう。
だからこそ、過去を繰り返さず未来を変えるためには、その時々に起こる出来事へ適切に対処することが何より重要だった。
女子高生の嫉妬や対抗心に、いちいち時間を割いている場合ではない。
食欲もなくなり、椅子に座っているのさえ落ち着かなくなってきた頃だった。
食堂の窓の向こうに、食事を終えて出てきたジョンウとセジンの姿が見えた。
『よし、とりあえずジョンウとずっと一緒にいよう。』
ジェヒは慌てて席を立ち、向かいに座るヒョンジュとイェジンに声をかけた。
「私、もう行くね。二人はゆっくり食べてきて。」
「えっ、私たちももうほとんど食べ終わってるよ! ちょっと待って!」
ヒョンジュは箸を持つ手を急がせながら慌てて言った。
だがジェヒはすでに食器返却口へ向かって足を速めていた。
ジョンウとセジンの姿を見失う前に、二人のところへ行かなければならない。
そうしてヒョンジュを後にし、急いで食堂を飛び出したジェヒは、藤棚の下で靴ひもを結び直しているセジンとジョンウのもとへと足早に向かっていった。




