夫婦別姓、合憲判決
放課後。教室のカーテンがオレンジ色に染まり、机の上のプリントがゆらゆら揺れている。
「はいはーい! 今日も始まるよ、爆裂・嵐山の人権ショータイム! テーマはズバリ、“夫婦別姓、なぜ認められないの?”」
「テンションの高い司会者みたいになってますが、内容はけっこう切実ですよね、今回」
小春は冷静にノートを開き、赤ペンをカチッと鳴らした。
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まず基本から。
現在の民法では、夫婦は必ずどちらかの姓を名乗らなければならない(民法750条)。
「でもその『どちらか』って、だいたい夫の姓になるよね!」
「事実、96%以上が夫の姓になってるとか……」
「そう! つまり制度上は“選べる”はずなのに、社会的圧力で実質的には選べてない!」
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ここで紹介されたのが、「選択的夫婦別姓制度を求める裁判」。
「原告は女性たち。『結婚したら姓が変わるのが当たり前』っていう空気の中で、自分の名前、自分のアイデンティティが奪われたって感じていたんだ」
「結婚で名前が変わるのが不便っていうレベルじゃなくて、もっと根本的な“存在の揺らぎ”を訴えたんですね」
「そのとーり! これぞ人権! そしてこの裁判、2015年に最高裁で判断が出たのだ!」
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結果は……合憲。
つまり、「現行制度は違憲じゃない」と判断された。
「……認められなかったんですか?」
「うん。多数意見は、“夫婦の姓を一つにすることは、家族の一体感を保つために合理性がある”って」
しかし、そのときの反対意見も、かなり強かった。
「別姓を選びたい人にとって、結婚するか、名前を諦めるかの二択しかない現実は、あまりに重すぎる。それって本当に自由と言えるか?」
「正論ですね。法律って人を幸せにするためにあるはずなのに……」
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さらに2021年にも再び憲法判断が問われた。
だが、同じく合憲判断が下された。
「ただし、最高裁の裁判官たちの中にも、“これはもう立法府(=国会)の問題だ”って明言してる人も多い!」
「つまり、『憲法違反とは言えないけど、このままでいいとは思ってない』というグレーゾーンの判決だったわけですね」
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「小春くん、知ってた? 今、国会には選択的夫婦別姓制度を導入する民法改正案が、もう何度も提出されてるんだ」
「でも毎回、継続審議とか、廃案とか……止まってるんですよね」
「そーなんだよ! もはや法の問題じゃなくて、政治と社会の“覚悟”の問題なんだ! つっても! もちろん色んな意見があるわけだけどね! 国民同士、議論を重ねていく必要があるってわけ!」
嵐山先生は拳を握った。
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「じゃあ、なんで夫婦別姓を求める人がいるのか。……それはね、“名前”って、単なる呼び方じゃなくて、生きてきた証そのものだから」
「それを、結婚という制度の中で自然に手放さなきゃいけない空気があるのは、やっぱり不公平なんですね」
「選ぶ自由。名乗る自由。そこに“家族のあり方”を乗せる――これが、21世紀の民主主義の課題だッ!」
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「というわけで、小春くん、次は『男女結婚年齢差』の話に行こうか! この問題もなかなか深いぞ!」
「つまり、先生が“結婚”にまつわる問題を根こそぎ講義しようとしてるのはわかりました」
「青春、尊厳、法の壁! 全部いっしょくたにして突っ走る、それが嵐山学園!!」




