03
辞める、辞めないの押し問答は日常のひとつに組み込まれた。
繰り広げられるそれに騎士団員たちはまたか、と苦笑いをする。
だから今日も、いつものやりとりのつもりだった。
「私だって、そろそろ結婚を視野に入れて――」
「いい加減にしろ」
低い声音が耳に響いた。
冷たく凍えた瞳は、決してサーシャに向けられることはなかったのに。
全身が震えて、言葉が音にならない。
副団長とは、名ばかりではない。騎士団長の養い子だから副団長なわけでもない。
剣の腕は天才と謳われ、魔法の実力は宮廷魔道士にも劣らず。
信頼と実績があるから、ラインハルトは誰もが憧れる王国騎士団の副団長を務めている。いずれ、騎士団長になる男とも言われている。
「なぁ、どうしてわからないんだ。俺にはお前が必要なんだ」
「ッ、だ、だから! そういうことは聖女様に仰ればいいじゃない!」
殺気すら滲んだ声に、涙が零れ、言葉が溢れた。
ドン、と。手首をつかまれ机に引き倒される。
「俺は、聖女と生涯を共にするつもりは毛頭ない」
「け、けど、お父さんは、」
「親父がなんと言おうとだ。俺はお前を、他所の誰かにやるつもりなんてない。……そうだ、俺と結婚すればいいじゃないか。そうすればサーシャはずっと俺のものになる」
「い、いやよ。レイ、……ラインハルト、ねえ、言ってる意味分かっているの? 私たちは兄妹同然に育ってきたのよ、それを、結婚だなんて、お父さんが、」
許すはずない、と続くはずだった言葉を飲み込まれ、キスをされる。
優しい、温かい口付けだった。
「――なぁ、辞めるなんて言うなよ。俺から離れないでくれよ。俺は、サーシャのことを愛しているんだ。笑顔のサーシャを見ると胸のうちが温かくなる。くじけそうな俺を、励ましてくれたのはサーシャじゃないか。俺の隣に並ぶのは、サーシャ以外考えられない」
物心つく前に両親を亡くしたサーシャとは違い、ラインハルトには両親との思い出がある。
賊に邸を襲われ、残酷に殺されるのを見てしまっている。
今でも夢に見る。そのたびに悪夢にうなされ、涙するラインハルトを慰めてきたのはサーシャだった。
切ない声に、いつもの癖で腕を伸ばし、頭を抱きしめた。優しく、ゆっくりと髪を梳き、頭を撫でる。
決心したはずなのに、心が揺らいだ。
「……じゃあ、私はどうすればいいのよ」
養い親は、ラインハルトを聖女と結婚させたいはずだ。
そして近い将来、サーシャにも見合いをさせるつもりだろう。執務室の机に少数だが、男の釣書があったのを見た。
血は繋がってはいないとはいえ、兄妹同然に育ったふたりを結婚させようとは思っていないはず。
養い親は自分たちを大切に愛してくれているが、打算的なところもあった。
将来性を考えて、騎士団のため、王国のためとなる家柄にサーシャを嫁がせるつもりでいる。
「きっと、お父さんは許してくれないわ」
「それでも俺は、サーシャと共に生きたい」
たとえ死んでしまっても、ずっと一緒にいたい。
そう、優しく物語るラインハルトの瞳はほの暗い闇を纏っていた。




