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09

 

 夜、雨水が窓を叩きつける。まるでラインハルトの心を映しているようだった。


 コンコン、とノックをして返事を待つ。胃の奥がぐるぐると渦巻いて気持ちが悪い。


「レイ、私、だけど、ッ!」


 開いた扉から伸ばされた腕がサーシャを捕まえる。

 バタン、と。荒々しく締められた音だけが廊下に響いた。


「――サーシャは、俺じゃなくてもいいんだ」


 どこか拗ねた口調に眉根を寄せる。


「そ、そういうわけじゃなくって、だって、お父さんが」

「言い訳は聞きたくない」


 食べられてしまいそうなキスだった。

 かぷり、と小さな唇を舐められて、熱い舌先が上顎をなぞると腰がゾクゾクとした。


「俺は、サーシャがいないと生きていけない。本当なら、サーシャは俺のものだって言いたいのに。それを知らない男共が、サーシャが優しいからって声をかけるんだ。可愛らしく囀る喉を、何度絞めてしまおうかと思ったものか。俺以外を映す瞳を抉り出して、口に含めばきっと飴玉みたいに甘いんだろうな。人食い(カニバリズム)の気はないはずなのに、俺以外と接するお前見ていると、食べて、腹に納めて、俺と一緒になってしまったほうがいいんじゃないかとすら思うんだ」


 暗い声で紡がれる言葉に、「あれ」と血の気が引いていく。

 不穏な言葉が並び、抱きしめる腕の力が強くなる。


 奪われたメガネが床に放られる。

 ぼやけた視界いっぱいに、甘い匂いが広がった。


「俺以外と話さないでほしい。俺以外に笑いかけないでほしい。俺が見ていないところで他の男と一緒になるなんてもってのほかだ。……見合いなんて、しないでくれよ。俺から離れるなよ。お前には俺だけがいればいいじゃないか。他なんていらない。俺と、サーシャの二人きりがいい。見合いに行けないように、やっぱり足を切ってしまおうか」


 どぷどぷと注がれる重たく濃い、睦言に、冷たい温度の瞳は虚ろで、底のない沼のようだ。


「ずっと、好きだった。ずっとずっと、深く愛しているんだ。だから、今だけと思って我慢していたのに……! 見合いなんて許さない。俺から離れていくくらいなら……!」


 甘い香の匂いが鼻腔を掠める。いつもよりも、濃く甘さの滲んだ香りに、思考がドロドロと溶かされていく。


「あ、れ……」


 ぐらり、と頭が揺れて、身体から力が抜けていく。

 ラインハルトに全身を預け、目蓋が下がっていった。


「……ずっと、俺だけのサーシャでいてくれ」


 懺悔のような囁きが、頭の奥に焼きついて離れなかった。


 


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