第46話 初めての夕陽
赤々と燃える夕陽が空まで焦がす。空の雲は沈み行く夕陽の赤に下から焦がされて、上からは夜空の濃い藍色が全てを染めようと迫り来る。そんな一時。時はそれらの手伝いをするようにゆっくりと過ぎ行き、今日の夕暮れ時を知る者には褒美を与えるように胸に刻ませる。
そのような光景が、診察室の窓の向こう側に広がっている。
宴の席の灯りといえば、昼間から呑んでいた、否、そうだった……、隣の病室で午前中から呑んでいたのだったこの面々は。ああ、話しが少し逸れてしまったが、宴の席の灯りといえば、昼間の日の光が入るものだから、座卓の上にはポツリポツリと香り漂う蝋燭が置かれていた。その蝋燭の灯りが薄暗いと感じ始めた夕暮れ時。
アルシャル王と竹千代王は、誘われるようにふと窓の外を見た。
「一の字の父王よ」
「ふむ、千代ちゃん」
「夕暮れ時じゃな」
「そうだね、千代ちゃん」
「父王よ、此奴ら、朝から呑んでおるよのう」
「そのようだね、千代ちゃん」
「そろそろ解散させようではないか、明日は月曜日だ、仕事のある者もおるし」
「なんか、真面目なことを言ったね、千代ちゃん」
「真面目であるというよりもだ、父王よ、我ら、仕事が増えたのではないか? それも厄介なやつが……」
真面目なというアルシャル王の突っ込みをサラリと交わす竹千代王。
「やぁ~ねぇ~、真一のお披露目の祭りや騎士団とのパレードを言いだしたのはぁ~、千代ちゃんでしょう」
「そうであるのだが……、ハイエルフの国は、レオンが言いくるめるとしてだな。魔族の方は……、アズキアスの父の国、サタルキア大魔王国は、手厚く使者を出すとしてだな……、あの親父、我が国に乗り込んで来るんじゃないのか?」
「まあねぇ~、暇してるだろうしね」
「そうじゃの」
「でも攻めて来られるよりはましよ、もう千二百年程前になってしまうのねぇ~、千代ちゃんにコテンパンにやられてから、すっかり牙抜かれちゃって……、レギヤス大魔王たら、千代ちゃんに懐いているものねぇ~」
「ふむ」
「あと小国は、お披露目の招待状を出すとして……。一番、やかましいのはヒューマン種族のドルウェル王国ね。前の戦争て、百五十年前の古のドラゴン退治の時に、やり合っていたけれど、ドラゴンのお陰で有耶無耶になって停戦だっけ? 千代ちゃん」
「ふむ、そうじゃの」
「それで、今は貿易摩擦で家の国には入国禁止だっけ?」
「ふむ、そうじゃ。じゃが、出入り禁止は我が国だけではないぞ。ハイエルフ種族の国は全面的に禁止しておるし、アズキアスの所も禁止しておるし。東の島国のマジックヒューマン種族の国、レイアラント公国、南西のヒューマン種族の国、ウィルシアン公国も禁止しておるが、隣国であるため、ドルウェル王国の圧力が凄いらしい」
「ふむ、ウィルシアン公国は家のお隣さんでもあるから、ドルウェル王国と板挟みなのよねぇ」
「ふむ、そうなのじゃ。我が国とは同盟国であるし、我が国の西の京の街との交流も盛んであるから、出来るだけの手助けはしたいのじゃがな」
「そういえば、千代ちゃん。ウィルシアン公国から兵の要請がなかった?」
「ふむ。あったのじゃが、現在は傭兵を派遣しとるよ、費用はこっち持ちでな」
「そうね、あからさまに我が国の騎士や兵を送ったら、ドルウェル王国を刺激しちゃうわよね」
「父王、そうなのじゃよ」
「難しいわね」
「ふむ」
「ああ、そういえば、私たち、なんで夕陽を見ながら語っちゃてるんだっけ? 千代ちゃん」
「ぬっ、我もふと夕陽が目に入りよってな」
「そうね、そうよね。それで?」
「ふむ。我は真一に、異世界に来て初めての夕陽を見せてやりとうてな」
「あらやだ、この子は。早くしないと夕陽が沈んじゃうわよ」
「ぬっ、そうじゃな」
竹千代王は、パンパンと二度ほど手を打つ。すると、皆の注目が竹千代王に集まる。
「皆、夕陽を見ないか?」
竹千代王の唐突な言葉に、皆の動きが止まる。
「ぬっ、我はしくじりよったかの。言葉が足りんのか。皆で夕陽を見ようではないか、真一がこの異世界に来て初めての夕陽ぞ、どうじゃ?」
「良いな、父王」
「そうですわね」
バイス王やローレライ王妃が、即答といった具合で返事をする。当の真一はぼけっとしているが、六の字を持つ者たちや勇瑠王子と花琉姫に促されて……、
「真ちゃん、綺麗よ。窓の所へ行きましょう」
「真一、皆で夕陽を見ようじゃないか」
「そうですのぉ!」
花琉姫が言い、タルマ王が言い、そしてナーシャ姫が言う。
段々と乗って来た者たち。
「ああ、じゃあ行こう」
真一は返事をすると立ち上がり、皆も宴の席から続々と立ち上がり、皆で窓の側に行った。
真一の第一声は……、
「赤いな、きれいな夕焼けだ。街が夕陽に染まっている」
真一の言葉に皆は、口元を緩め……。目を細める、吐息を吐く、美しいさに呟く……、それぞれがこの景色に思いを乗せるように眺めるのだった。
本の一時だと思う。時は流れて、
「真一・レジェンド様と見る、初めての夕陽が……、もう沈みますの」
ナーシャ姫がボソリと言う。
赤く燃えていた夕陽は、城壁の向こう、煌めく海の向こう、その向こうの街を越え、街の向こうの連なる山々の向こうに沈んで行き、もう頭の上を残すだけとなった。
この世界の地形は面白い、レジェンド王国の王都となるところは、世界の中心と言われるほぼほぼ円に近い大地となる。この円に近い大地を中心に花弁のように周りをぐるりと五つの大陸が取り囲み、この大陸が繋がっている所と繋がっていない所が在るため、王都の地の周りは海水に囲まれている。そして、五つの大陸の内、南から南東にある大陸もレジェンド王国の領土となる。西から北西にある大地は魔族の国、東から北東にある大地はハイエルフ種族の国、北の大地には、ハイヒューマン、マジックヒューマン、エルフ種族の国がある。
そして、レジェンド王国の真裏には、海にぽっかりと浮かんでいるというような周りに島さえもない大きな大陸がある。ここは未開の地が多いのだが、ハイヒューマン種族の国がある。
そして、大小の島々は、ヒューマン、エルフ、獣人、魔族などの種族が住んでおり、独立した国であったり、五つの大陸の国の一部であったりする。
それから、この異世界には、北と南に氷に覆われた島がある。北の島を神の国、南の島を悪魔の国として伝えられており、この島に出入りするものは、ほぼ居ない。この島の詳細を知っている者は、北の大地のハイヒューマン種族とされているが(四の字を持つ王妃、ルルゥールーインク・四・グラン・レジェンド王妃、出身国、アンティス王国)……、情報の開示はされてはいない。
この異世界は、地球と同じ球体である。大きさは地球世界の例で言うと木星ほどだと思われる。ほぼ地球の11倍となる。
この異世界では、地球で進歩しているまあ科学と一括りにしよう、その技術が魔道で補われている部分が多く複雑な術式を使い……、例えば、この異世界が球体だと知ったのも魔道師たちが構築した術式である。
これだけ巨大な惑星だ。土地も広大でレジェンド王国の王都の裏側には、未開の大陸があると言ったが……、レジェンド王国さえも国土の60%が開拓をされてはいない。
そんな異世界で、真一は、初めて夕陽が沈むのを見た。
異世界の皆と一緒に見たこの夕陽は、真一の胸にはどのように刻まれたのだろうか。
夕陽が沈み切った頃、竹千代王が言った。
「さて、本日の宴は、そろそろお開きとしようではないか」
すると、『えーーーーー!!!』と、皆が声を揃える。どれだけ酒を呑んだら気が済むのか……。
「ぬっ、まったく。主ら朝から呑んでおろうが」
呆れた顔を見せる竹千代王だが、皆は明後日の方向を向く。
「ぬっ、困った奴らめ」
竹千代王は緩む口元を隠しもせずに、愛おしそうに言うと、
「まあ、これから、勇者の披露目や七の字を持つ者の式典、建国五千年の十日間にも及ぶ祭りも控えておるのじゃ。明日は午後一で会議をするぞ。皆、午前中に各自の予定を調整しておくように」
ここまで竹千代王が言うと、皆は酔いが覚めたとばかりに、溜息を付いたり項垂れたりと……やりたい放題……、否、正直な態度を取る。
「まあ、そういうことじゃ」
竹千代王がニヤリと言うと、
「〆の一杯行くわよ~」
アルシャル王が言うと、皆は窓際からゾロゾロと移動をして、トレイにある新しいグラスを手に取って行く。
「真一」
竹千代王は真一に新しいグラスを渡してやり。そして、皆は酒を注ぎ合い、グラスに酒が入った者から軽くグラスを掲げて姿勢を正す。全員が掲げ終わった頃にアルシャル王が、
「我らの真一に捧げる!」
皆も続き『我らの真一に捧げる!』と、声高らかに言うと、アルシャル王がグラスに口を付けると、皆もグラスに口を付け一気に酒を飲み干す。
そして、各自がそれぞれに動き出した。真一は、慌ててグラスの酒を一気に飲み干して……、
「竹千代、俺も片付けをするよ」
真一の言葉に、
「ふむ、真一、ちょっと待っておれよ」
竹千代王は言うと、アルシャル王と目配せをして顔を見合わせて、
「あ~、皆、字を持つ者しか、真一に紹介出来なんだ。名だけでも伝えたい。字を持つ者以外残ってくれるかの、何、直ぐに済むゆえ。あ~、勇瑠、春、フィオナ、悠磨、シャナは残ってくれ。それからの、レオン、アズキアスも待ってくれ。
あ~言い忘れてたが、字の者たちよ地下を通るように。ぬっ、一の字の父王、母王妃、何を移動しようとしておるのか? 現在日本を知るあなた方は、残ってもらわんとの」
「あらやだ、この子は」
「まあまあ、竹千代はよく見ているのだから」
「当然じゃ」
偉そうに言う竹千代王に捕まるアルシャル王とレイラ王妃。
そして皆は、動きながら少々気の抜けた返事をした。
「では真一、面通しほどじゃが紹介する」
「わかった」
真一の返事を聞くと竹千代王は、
「では、始めるかの」
と、皆に向かい言う。場に残った者は既に座り寛いでいた。




