第31話 真一と竹千代王、血の縁6―虐待―
「ふむ。先ずはな、我が覚悟を決める。ええいぃ!!! 何も言うな!!! 辛いのだ……」
竹千代王はそういうと、再びパイプ椅子にドカッと座りふんどり返り腕組みをする。眉間に皺がより目は閉じてそのまま顔を天井の方へと向ける。暫しの時間が流れるが、真一は、黙って一時を待つというような……、腹積もりで胡座を掻いた両膝を手の平で掴み、視線は下に落としている。一見するとどちらも偉そうな態度だな、というような出で立ちである。
「真一がな……、藤宮家に引き取られた……、名目上、大病院の跡取りとして育てられはしていたのだ。否、真一が連れ去られた経緯を話そう」
「連れ去られた?」
竹千代王の言葉に、小声でつぶやくように真一が言う。
「そうなのだ……。ある日のこと……」
真一の漏れたような言葉も聞き逃さずに、竹千代王は返事をして先を続けた。
「尚武、啓、そして真一親子を見付けた藤宮家はな……、藤宮家の全体を指してよいものかはわからんのだが……、三つになる真一を連れ去ったのじゃよ。連れ去り、藤宮家で引き取ると……、尚武の子であるならば、将来は、藤宮総合病院の跡取りであると、藤宮には娘が三人おったが、跡取りの男子が居ないとな。
真一を連れ去り、半日経った頃に、尚武と啓の家に如月という人物が訪ねて来て、真一が藤宮家に居ること、藤宮総合病院の跡取りとして育てるから、尚武に帰って来い。と伝えに来たそうだ」
「如月さんか……、俺、如月さんに……さ、飯をよく食わせて貰ったんだ。藤宮家に居たときは、俺の居場所は一階の台所がある横の物置きだったんだ。飯やら毛布やらを、さ、如月さんから貰ったよ。俺がさ、如月さんが叱られるから止めて! というとさ、『人は何があっても腹が減ります。食わねばなりません、強く生きるために無理にでも食べなさい』と言われ、毛布を貰った時には『この毛布に包まりなさい。少しでも暖を取るのです。心を枯らして仕舞わないために』と、言われた。今でも覚えているよ。俺、子供でさ、意味が分からなかったけど、何度も力強く如月さんは言ってくれた。俺が大声で泣いていたときもさ、如月さんにそれを力強く言われたら……、泣き止んだのを覚えているよ。如月さん、俺が原因だったんだろうな……、俺が小学校に上がる前に藤宮を止めちゃって……」
「その如月という人物なんだが、今はな、勇瑠と花琉の元で執事をしてもらっておるよ、真一、覚えはいないか? 其方が弁当やら忘れ物をする度に、届けてくれた人物がおったじゃろ? それが如月さんだ」
「え?」
「真一は、幼かったから覚えてはいなのだろうが、如月さんはな、藤宮に居たときには、心療内科の医者として務め、なり立てじゃったから。当時の年は二十七歳くらいだったと聞いておる。だが、藤宮総合病院の心療内科はの、カウンセリングの料金も高く評判が悪かったそうじゃ、だからの雑用のような仕事を如月さんはさせられていたと聞いておる。
そこへ真一の登場じゃ、藤宮家の人間の余りの真一の扱いに心を痛めていた如月さんだったが……、真一と接している内にの、多くの人の心の灯火になるよりも、一人の主人の灯火になりたい。と思ったそうじゃ……。
そしての磨嶋家の者が……、真一が連れ去られ藤宮家で暮らすようになってから、数人な藤宮家の病院や家に務められるように取り計らったらしい。例えば、小児科の医師や家事全般を任されメイド長と呼ばれていた者がおったじゃろ?」
「暁さん! 暁医師に近藤さんか! 近藤美舟さん、俺、美舟さんはよく覚えている、変わった名前だったし」
「ふむ」
竹千代王が大きく頷くと、真一は言葉を続けて、
「如月さんて、もしかして、みっちゃんかな?」
「みっちゃんとな?」
「私のことは、みっちゃんとお呼び下さい。て、俺が、勇瑠おじさんと花琉おばさんに引き取られた時に言われたんだ」
「ふむ、ならば彼の名は、如月三日月だから、みっちゃんではないのかの?」
「俺、高校に入ってゲームに出会うまで。俺、人に心を開けなくて……、その、みっちゃんにも必要以上に接したことが無くて……、彼の本名すら未だに知らないんだ……」
「では彼にも、この異世界にゲートを通り着て貰うかの? 真一」
「いや、その、まだいいよ……」
真一は、表情を暗くして、話しを続ける。
「なあ、竹千代」
「なんじゃ」
「まだ、よくは話しがわかっていないけれどさ、その、暁医師や近藤さんは、俺の味方だった訳だろう? どうしてその、俺が、俺が、虐待、を……、殴られていた時にさあ! 助けてはくれなかったんだよ!!! 俺は、俺はな、八歳になるまで、やられてたんだ! 毎日毎日、裸にされて馬乗りになって義母から殴られた。押さえ付けられてお灸を体中に置かれたり、裸のまま庭の木に縛り付けられた。
誰もさ、誰も……、助けてくれる大人なんか居なかったよ!!!」
「……」
歪んだ真一の表情には、目には得も言えぬ力のようなモノが宿り、胡座を掻いた膝を掴む手は爪を立て、手負いの獅子とでもいうような雰囲気を醸し出して居た。
「すまぬ」
竹千代王がひと言告げた。
そして話しを続けて、
「言い訳にしかならぬな、そのな大人たちは模索をしておった。というか、手が出せなかった。あ、否、それでも暴力は止めるべきだった。すまぬ、すまぬな真一」
「続けろよ」
慈悲のないような声で、真一が話しの先を促す。
「ああ。真一を連れ去り藤宮家に軟禁してな、尚武に家(藤宮家)に帰って来るように言ったそうなのだが……、尚武は失踪してしまったそうじゃ……」
「え?」
「啓も置いての。連絡を受けて、その足で失踪したのじゃろうということだ。尚武と啓の家にはな、尚武の持ち物は何一つ持ち出されてはおらなんだそうじゃ。身一つで何処かへ行ってしまったのじゃろう。
そしてな、真一さえ手に入れて仕舞えば、尚武が帰って来るだろうと思った美惠はな、最初の頃は真一を手懐けるためにあれやこれやとしておったそうじゃが……、真一は泣いてばかりだし懐きもしない。そして尚武も帰っては来ない。
啓は啓で、半狂乱になり、真一を取り戻そうとしたそうじゃ。なり振り構わず、磨嶋本家に帰り、父の啓一郎に土下座をして毎日頼み込んだそうだ。そんな啓に父は、暫く家で花嫁修業でもしていろ。とな、まあ、家で休めということであろうな。そう、啓に告げ、啓一郎は色々と動いたそうだが……。
藤宮家に真一のことを尋ねると、最初は、真一など知らぬ存ぜぬで話しに成らず。尚武さんに会わせて欲しいと頼むと、海外に医学研修に行っているといわれ、会えぬ。まあ、失踪した人間に会える訳はないのだが……。なんとか、真一を取り戻す糸口にならないかと、交渉を続けたそうだ。
そしてな、ある日。藤宮家から連絡が入り、真一は藤宮家の藤宮総合病院の跡取りとして育てる。それは尚武が決めた事だ。ついては養育費を払うようにと連絡があったそうじゃ。ならば、尚武さんに会わせてくれ。と、磨嶋が言うと、真一の写真が送られて来たそうじゃ……、四つか五つの年の頃の真一の写真がな……。
真一が連れ去れて、一年以上経ち、再三の交渉にも疲れた頃だったんだろうな、これから幼稚園、小学校と私立の学校に入れる。となれば金が掛かるというような旨も聞かされた磨嶋はな、養育費を月に百万円、送ることを承諾したそうじゃ。そして要求された品。例えば、私立の小学校の制服などを言われたままに送っていたらしい」
「待ってくれ、俺は私立の小学校には行っていないぞ?」
「何? 制服を着た真一の写真が送られて来たと聞いたぞ」
「なんだそれ。それに、何を要求したのか分からないが、もし学校関係の物や服なら、俺、義姉のお古や従兄弟のお古だったぞ」
「どういうことだ、磨嶋から聞かされた話と、食い違うな」
「俺にはわかれねえよ」
「ふむ」
竹千代王は、考え込むが……、先を続けた。
「これは大人の事情なのだがな、尚武に連絡を取ることも出来ず、もしや失踪したままの線もあるだろうと、日本中を探せるところは探したそうなのじゃが……、何も手掛かりを掴むことが出来ず……。磨嶋から見れば、真一が人質に取られているも同然だったため、手出しも出来ぬ状態で上手い案も出せずに、藤宮の言いなりになり時が過ぎてしまったのじゃ」
「大人の事情か……、歪んだ大人の事情だな。物は言いようだ」
「その通りだな真一……」
真一の言葉に返す言葉も出ない竹千代王。
「それで、時が過ぎて頃合いを見た親父が、ふらっと藤宮家に帰って来たのか」
「ああ、そうなるな」
「親父が帰って来た時期と同じくして、隣の白百合邸にタルマ家族が引っ越しをして来た」
「そのような流れだな」
真一は話しの先を進め、竹千代王は相づちを打ち。
「一息入れるか? 真一」
「否、いいよ。続けよう」
真一の曇った表情からは、何を考えているか……、汲み取れない。
それを竹千代王は、哀しいと、己の心を抱え込み刻み付け、己の心に傷を残した。




