第30話 真一と竹千代王、血の縁5―尚武と啓―
「真一」
行き成り名前を呼ぶ竹千代王に。
「なんだよ」
真一が返事をする。
「真一」
と、また名前を呼ばれ、
「なんだよ」
と、また、返事をする。
「……」
終いには、黙り込んでしまう竹千代王。すると、
「なんだよ、さっきから竹千代!」
少し、イラッ付いた真一が、竹千代王に話し掛ける。
「先ほど、回りくどいことを我は言いよったのに……」
「うん」
「言い出そうと思うと、辛いのじゃ」
「うん?」
「すまぬな、真一よ。我は、真一が知られたくは無いことまで知っているし、真一が傷付くと分かっていながら、口に出そうとしておるのじゃ……」
「竹千代……、そういうのがさ……、こちら側が傷付くというか、その、持って回った言い方をされて、自分は何から何まで知っているし、同情もしているし、みたいなさ、そんな、態度、俺さ……」
真一が言葉を止める。
竹千代王は、ソワソワとして首を軽く上下や横に垂れたりとそんな動作をしながら、表情は歪めて行く。
竹千代王のそんな態度に真一は、
「今の竹千代は、俺を厄介者として扱う大人たちと一緒だな」
「違う!」
真一は、竹千代王を見据えて……。
竹千代王は、パイプ椅子から立ち上がり、拳を握っていた。
「座れよ」
真一が言う。
黙って腰を下ろす竹千代王。
「言いにくいなら、俺が言おうか?」
真一は、嫌気が指したというような表情を諸に顔に出し、ニヤニヤと薄気味悪く笑っている。片方の口元の端を歪めているその表情や暗く影を落としている目は、いたたまれないような……そのような状態で。
「すまぬ、真一。我が言う。我が話す。頼む」
竹千代王が、真一の様子に驚き、兎に角、話しを始めようと、焦りを言葉に表した。真一の視線は冷たく、
「ああ」
とだけ、発したというような声で返事をした。
「我は、情けないのお!!! 千二百年余りものお!!! 生き存えておりながら……」
「……」
雄叫びのように、竹千代王が言う。
表情は変わらず、胡座を掻いた膝に頬杖を付いて、見据えた視線を送る真一。言葉はない。
「タルマ一家は、日本に引っ越しをしてから、隆之介の紹介で磨嶋を頼り、色々と磨嶋真一のことを調べ始めた。磨嶋家の現当主は、磨嶋啓一郎という。真一の生みの親は磨嶋啓、磨嶋本家の一人娘じゃ。
磨嶋啓と真一の実父浅丘尚武……、否、藤宮尚武の出会いは、磨嶋啓の家出だったそうじゃ。家出娘の啓を尚武がたまたま保護して、実の兄の浅丘尚文の病院に預けたそうじゃ。ああ、啓は、怪我や病気で預けたのではなくてな、行くところがないという啓に実家の個人病院を継いだ兄に保護を求めて相談をしたら、兄の奥方が良く出来た人らしくてのお、私の洋装店が人手不足だし、綺麗なお嬢さんだから家に来なさい、気持ちが落ち着いたら家で働いてみない? と進めたそうじゃ。
ひと目見ての、さりげなく綺麗なお嬢さんと言われるくらいにの、美しい娘だった啓は、女優という職業に就きたく家出をしたそうじゃ。
そうしての、華やかな世界が好きだったんじゃろうな、尚武の兄嫁の洋装店が競技用のダンスのドレスも手掛けておったの見て興味を持ち、そこから必死に勉強をして、競技用のドレスをデザインも手掛け作れるようにまでなったそうじゃ。ここまでじゃったら、良い話かもしれぬの、家出娘を保護し、生きる道を見付ける手伝いをしたようにも取れるしな……。
だが、度々様子を見に尚武は、実家に帰るようになったそうじゃ。その内に……、尚武と啓は不倫関係になったそうじゃ。美しい啓に惚れるのも無理はないと周りは思っていたそうでの、なにせ容姿でいうならば、尚武の婿養子先の美惠はお世辞にも美しいと言えなんだそうだ。
そして月日が流れるうちに、二人の間には子供が出来たそうじゃ。腹の中に子供が出来たおりに、尚武は啓の実家に頭を下げに行き、離婚をし、けじめを付けるから結婚を許して欲しい。と頼みに行ったらしい。その尚武の思いを啓の実家では承諾しての。承諾に至った経緯は尚武の誠意にあったそうじゃ、磨嶋啓を保護してから啓の家を突き止め、啓に内緒で今の啓の状態を事細かく報告をしに尋ね、落ち着つくまで家(尚武の実家)で預からせてはくれないかと申し出て、その後も週に二回、啓の実家に啓の様子を手紙に書き記し送っていたそうじゃ。そしての、その手紙には、自分(尚武)が啓に惹かれていることも書かれており、この男は誠実なのではないかと。磨嶋啓一郎は判断したそうじゃ。
ところがじゃ、尚武が離婚を藤宮に申し出ても、頑として美惠が取り合わず、ついには尚武の兄や両親が美惠に頭を下げ、挙げ句、磨嶋の家も乗り出して、啓一郎も夫婦で美惠に頭を下げて、大騒動になったそうじゃが……美惠は離婚に応じぬ。事は大きくなって行き、藤宮家に三家の者が集まり家族会議が開かれたそうなのだが……。話し合いも終わりに近付き、離婚ということで収まりそうになった矢先、美惠が啓に暴行を加え、啓は手を出されても腹を守り……絶えておったそうなのじゃが、余りにも酷い美惠の暴れように、踞る啓の様子がおかしいと救急車を呼ぶ羽目になったそうじゃ……、浅丘家、藤宮家ともに医療に関わる者が居るのにも関わらず、皆、修羅の形相に為す術も無かったそうじゃ……。
その後、離婚の話も進まずに、三家とも集まることも無く。尚武と啓は姿を消したそうじゃ。
尚武と啓はな、尚武の親友を頼り、田舎町で友人の務める診療所で手伝いをし、医者の給料としては程遠い金を受け取り、それでも細々ではあるが、親子三人、幸せに暮らしておったそうじゃ。
啓の腹の子はな、離婚話しのおり救急車で運ばれ入院、半年後に無事に産まれたそうじゃ。
赤子を連れた尚武と啓はの、田舎町に流れ着いたおりには、町の者はいい顔をせず肩身の狭い思いをしておったそうじゃがな、尚武の診療所での働きや啓の赤ん坊に着せている服が可愛いと評判になったそうでの。
啓はの赤子と尚武のシャツをペアで作ったり、自分(啓)と赤子の服を同じ布地で作ったり、赤子に持たせていたクマのぬいぐるみに同じ服を着せたりと、お洒落を楽しんでいたそうじゃ。そうする内にある者が啓に、家の子と夫のペアのシャツを作って欲しいだとか、女の子の服が作れるのだったら家の子にも作って欲しいだとか、言われるようになり、その内に仕事として受けることが出来るようになったそうじゃ。
服作りを受けるようになった切っ掛けがな、赤子はよく笑う子でな、なんだかその顔を見ていると、手作りだと言われる服まで幸せを運んでいるような気がしたそうじゃ。人見知りもせずに笑う良い子じゃったそうじゃよ……」
そこまで話すと、竹千代王は一呼吸置いた。
そして、真一の方を見てみると……、顔を歪めて子供のように泣いていた。
思わず、パイプ椅子を立ち上がる竹千代王は、ベッドに歩みより、真一の肩を掴み、
「真一、どうした?」
と、優しく話し掛けると、ベッドに座り真一の背中を擦ってやる。
「俺さ、俺、俺さぁ~、幸せだったのかなぁ~」
大の男がシャツの袖で涙を拭いながら言う。
「ああ、ああ。幸せだったとも」
竹千代王の言葉に、真一は涙が止まらずに泣き続け、竹千代王はそんな真一の背中を擦る。
「俺、俺さぁ~」
真一が、泣きながら、話し始めた。
「俺、ちょっと覚えているんだ。げんたんと呼んで、俺が懐いていた人が居たんだ。生前の父に一度だけ聞いたことがある、生みの親の磨嶋家の人だと、俺の名付け親だと……。
げんたんは、いつも家を尋ねて来たら、海が見える喫茶店に車で連れてってくれるんだ。その喫茶店は変わっていて、海の側なのに水族館並みの魚を飼育してて店内は水槽だらけだった。そこでいつもげんたんは、俺を膝の上に乗せて、プリンを食わせてくれるんだ。俺、それだけはよく覚えているんだ。父や母も笑っていたような気がする。
その話しも父にしたことがある、すると父は、げんたんは息子を亡くしているから、俺が可愛くて仕方なかったのだろうと……、そうだ! 父はげんたんのことをお館様と呼んでいて、亡くなったお館様の子供の名前を竹千代と言っていた」
「なに?」
そこまで話すと真一は口を閉じ、シャツの袖口で涙を拭った。そして、落ち付きを取り戻したのか……、
「あれ、竹千代……、げんたんの息子の名前と同じなんだな」
と、真一は何気なく言う。
その言葉に竹千代王は、
「お館様か、懐かしい呼び名じゃのお」
真一の背中を擦っていた手を止めて、竹千代王は俯きながら言う。
「俺にとってはげんたんなんだが……。そうだな、父にとってはお館様だったのか? 俺、その辺のことは覚えてねえよ。だが、げんたんは父にお館様と呼ばれ、俺の名付け親というのは間違いないと思う……」
真一の話に、
「そうか」
と、つぶやくように言う竹千代王は、哀しそうな目をしていた。
それに気付かずに真一は話しを続けて、
「俺さ、その、幸せだったのかな? 子供の頃さ……。両親は俺が産まれて嬉しかったのかな? 幸せだったのかな? 俺、俺さ。生まれて来てもよかった、の、かな?」
哀しい笑顔を顔に張り付かせ、真一が言うと、
「この馬鹿者めが!!! 子が生まれて来て、嬉しゅうない親など居るものか!!! 少なくとも共に笑顔で過ごした真一親子は幸せであったろう。望まれて生まれて来た真一は、生まれて来てよかったのだ。
まあ、それにの、生まれて来て貰わないと……。この異世界が困るのお、なにせ’真実の勇者’様だからな!」
竹千代王が少し笑って見せると、
「そこかよ~、抜かせ、竹千代ぉー」
困ったものだというような顔をして、真一が言葉を返す。
「のう、真一」
「なんだよ」
「我らは、打ち解け合えるくらいには話しが出来たかの?」
「そうだな、出来たんじゃ……、ないかな?」
「そうか」
「ああ」
泣き顔が照れくさいのか、竹千代王の言葉が心に沁みるところがあったのか……。それは分からないが、真一は。
「まだ、話しは続くんだろう?」
「そうだな、其方には辛いが、真一の幼少期の話しを初めてもよいかな?」
「なんでも……知ってやがるんだな! と、嫌味も言いたいが。俺は聞くよ」
「そうか」
話しは、真一が藤宮家で過ごした日々へと……、時を進めた。




