第24話 ナーシャ召喚の日の行動
隣の部屋は本来は病室だというのに、賑やかに騒ぐ者たち。
その喧騒も、楽しそうに笑う声は、竹千代王にとって心地良いものとなっていた。
「何故、ナーシャは……、主を召喚したのだ?」
竹千代王は、真一が眠るベッド横にパイプ椅子を置き、そこに腰を下ろしている。時々、真一の寝顔を見ては物思いに更ける。
この診察室は、召喚の大部屋の一部にあるのだが、やたらと広く特殊な造りをしている。
上からこの部屋の全体を見たとするならば、左端の空間にはベッドが三台ずつ、二列に並んでいて、それぞれがカーテンで仕切れるようになっている。二列目のベッドが並んだ次の列には、診察台が三台並んでいて、ベッドと診察台はカーテンで仕切られている。
そして、診察台の片方向は、棚を仕切りとして、真ん中を人が二人ほど通れる通路として開けられている。棚は両面が使えるようにしてあり、窓際の棚は、診察台側は医療器具入れとなり反対側はフランツ医師の机と上部を棚とした造りになっている。反対側の扉を開ければ通路側の棚には、診察台側に薬品類を反対側には資料や書籍が置かれていた。
窓はというと、左側にベッドがあるところには大きめの窓が二つ並び、診察台の所には小さめの窓が一つ、フランツ医師の机があるところに窓が一つ、そして、机と並ぶようにあるベッドの所に大きめの窓が一つある。
元々はこの場所にベッドは無く、会議用の机が椅子と一緒に置かれていた。この仕切られた場所では、医師や看護師たちが治療の方針や相談を行う場所として使われる予定だったのだが……。
今では会議用の大きな机は撤去され、資料などが入れてある棚に沿うような幅の狭い長机が置かれ、窓際にはベッドが置かれている。まあ、仮眠用だろうと考えれば合点が行く。
そして、出入り口の扉は全て両開きの扉となり、三カ所に付けられている。一つ目は、六台のベッドが置かれた所。二つ目は、診察台、三台が置かれた所。そして、最後の扉は、棚で仕切られた右端の医師や看護師の控えの間ともいえる場所にあった。
ついでに紹介しておくと、ここが診療所と呼ばれるのは、更にベッドが設置された大部屋が数個、個室が数個。薬品や医療器具の倉庫や当直用の部屋……、などがあるからだ。まあ、この大掛かりな場所があるのは、病人や怪我人を約四十名ほどは収容出来るようにという配慮のためである。
しかし、謎なのは、その部屋は王族しか使えないのでしょう? というところだ。その通りである。よってこの場所に病人や怪我人を召喚する場合は、交流のあるゲートの向こう側の世界の者や国家機密の類いの話となってくる。
一般的に使われる病人や怪我人が召喚出来る施設は、扉の塔内の別の場所にある建物となる。
さて、窓は部屋全体がレースのカーテンを閉めた状態で日の光が柔らかく入っては来くるものの……日が高く昇ってはいない室内は薄暗い。六台あるベッドも使う病人はおらず、誰も寝てはいない。ましてや診察台で診察を受けている者もいない、がらんと、只、広く感じる空間が、そこにはあった。
棚の仕切りの向こう側、真一が寝ているベッドがあり、竹千代王が座るパイプ椅子の背中側は、片開きの扉を開ければ隣の病室に続いている。
只、ぼんやりと真一の付き添いをするというような形で、パイプ椅子に座る竹千代王。
時々、真一の顔を愛おしそうに眺めて。時々、窓の外を見て。時々、部屋の空間を見ては、遠くに思いを飛ばして、薄暗い空間に思いを沈めるような……、そのような時間を過ごす。
「我は、夜泣きするれい丸を夜中に散歩をさせておる時にな、深刻そうな顔をして……、焦り小走りに行くルベルトを見かけたのじゃ。そうしたらの、つい、我の癖じゃ、ふむ。我の悪い癖じゃ。我はルベルトを呼び止めおった。そして、話しをしてみるとじゃ……、まあ、話しの途中には、半ば強引に吐かせたがの……、あ、いやいや……」
眠る真一に話すように語りかける竹千代王。
「なんと! 我の子孫! 磨嶋真一がこの世界に召喚された。と言うのじゃよ。我は久し振りに飛び上がったわ。ふむ。心の臓が口から出るところじゃった。
ああ、ルベルト王子の名誉のために言っておくがの、あやつめ、最初は中々口を割らなんだ。我がの、東の京や西の京にて、優秀な者を寄越してくれと言われておる。特に政治経済に明るい者が良いとのことなのじゃがな……。と、話しを振ってやったのじゃ。そうしたら、あやつめ、ペラペラと喋りおったわ。なんと、兄思いなやつめ! 今が、六の字を持つ王が内政を治める正念場だとわかっておるのじゃよ。だからな、そんなおり、縁の下の力持ちの一人をのう? 飛ばされ(左遷)でもした日には……、内政に影響が出るやもしれん。ふむ、優秀なやつよの、この場は我に話しをするのが得策と判断しおった」
真一は、スウスウと穏やかな寝息を立てている。それを見ながら竹千代王は話しを続ける。
「どうもな、ナーシャの様子は昨晩からおかしかったそうじゃ。我らはのう、王城にそれぞれ宮を持っておってな、まあ寝床かの、そのような場所じゃ。六の字の宮には、タルマとターニャ、それになナーシャも寝食を共にしておるのじゃ。まあまあ七の字の宮もあるにはあるのだがの。まだまだ、子供じゃ、ナーシャもの。
ああ、話しはそれてしもうたわ。昨晩の事じゃが、ナーシャは、眠れぬのか、何度も何度も寝所として使っておる部屋がある廊下を行ったり来たりしておったそうだ。一度、ターニャが茶を入れてやると、喜んで飲み干しターニャと過ごした一時は落ち着いておったそうだが……。
そして、朝には、六の字の宮には、ナーシャはおらなんだそうだ。まあ、土曜日ということもあり、余り気にせなんだそうじゃが……。
ああ、真一。この世界もの、七曜日を使こうておるよ。
それでもな、ターニャに夜中のナーシャの様子を聞いたタルマはの、心配になり、ルベルトに相談をしたそうじゃ。相談を受けたルベルトは最初、眠れないのは辛いものだから、ナーシャを気晴らしに王都に茶にでも連れ出してみますと言ってくれたそうじゃ。
ルベルトはの、ナーシャが休日行きそうな所をな、侍女などにも聞き、王城の図書室でようやく見掛けたナーシャに声をかけようとしたのじゃが……、声をかけられそうな雰囲気ではなく、寧ろ切羽詰まった表情をして本を見詰めておったそうじゃ。
慌ててな、タルマに報告をしたら、タルマも慌てよって、シャルルとタリルにルベルトと共にな、ナーシャの様子を見てくれ。と、段々と事が大きくなったそうじゃ。ルベルトの方はの、少し大袈裟なのではないか? と、思っておったそうなんじゃがな……。
運良く図書室で、ルベルト、シャルル、タリルは合流することが出来、ナーシャの様子を見ておると、図書室を出た後に……。なんとな! 我ら字を持つ者が緊急でしか使わぬ王城の地下の通路を急ぎ足でな、何処かに向かい進みよる。
王城の地下通路はの、一部は迷路のように複雑な造りになっておるのじゃ……、まあ、これは緊急時に字の者を逃がすためであったり、敵が侵入したおりの殲滅に使こうたりと……、まあ、色々あるのじゃがな。
そこを通ってナーシャが行きおったのは、王の扉だったそうでの。ルベルト始め、三人で顔を見合わせたそうだ。
そして、この王の扉という建物は九階建てで、字を持つ者たちが召喚に使うのだが、一階と二階は解放された場所での、茶や菓子が出たりするのじゃが。おっと、話しが逸れたの。
まあ、地下から行けば誰にも会うことはないのじゃがな。そしてナーシャは何を思ったのか分からんが、魔法陣を使い階層を上がるのではなく、階段を使い一気に五階まで上がり、迷うこと無く召喚の大部屋に入り、召喚の部屋、南の塔に入り扉を閉めた。
これは! と、三人は慌てたそうだが、閉めた扉は暫く経つと開かれ、ナーシャは大部屋の何処かへ消えたそうだ。その隙にと、ルベルトたちは南の塔に入り中の様子を確認しようと動こうとしたところへナーシャが戻ってきおって……、慌てて南の塔の中で隠れたそうだ」
疑問が幾つか残るというような顔をする竹千代王。
「その後、真一、主が召喚させたのだがの……。ナーシャの身に何が起こったのかのぉ……。それにしても主は強運じゃの、真一よ。よもや向こうの世界で毒が盛られようとはの……。我は、我は、我は……。助かればこそ、と、我の思いは溢れよるのじゃがな……」
思い詰め言葉を詰まらせる。
「真一、我はな、いずれはこの世界に主を連れて来るつもりだったのじゃよ。主を見守り、そちらの世界、日本に思いを残すことが無くなれば、こちらの世界に連れてこようとの……。
もしくは、神の設計図。ああ、遺伝子が主の体に異変を起こし、ハイヒューマンの特性が出てしまったおりに、迎え入れようと思っておったのじゃ……。
それがこんな形でなぁ? なあ……、主は納得してくれるかの? のう、真一よ」
眠る真一を見守りながら、竹千代王は、今回の真一の召喚について、伝え聞いたナーシャの行動を振り返り、考えを巡らせる。
こればっかりは、ナーシャ本人に聞かねばならぬと思いながらも……、思考することを止めることが出来ないでいた。
時はゆっくりと進み行く。
竹千代王は、この先は皆の力を借りねば進まぬ。と思いながら、そっと目を閉じた。




