第23話 勇者真一は人気者?
「殿!」
診察室の両開きの扉が内側にスーと開かれる。
そして、入って来たのは三人の侍? 着流しの男、三人が診察室に入り、速やかにというような動作で扉を閉め前に立つ。
「殿」
三人の男はその場に傅くように膝を折る。
「おお! 雷牙、雷己、雷悟、来おったか。よいよい面を上げよ。殿によく顔を見せてくれ。すまぬのぉ、近頃は主らの所へ行ってやれぬ。星雷も元気にしておるか? 養い子たちはどうじゃ? 勉学には励んでおるか? 不自由はしておらぬか? うぬっ、どうじゃ? 殿に聞かせよ」
竹千代王は愛おしげな声で話しながら、あれやこれやと捲し立てるように言い、三人の男たちを抱きしめたり、背中をポンポンしたり、頭を撫でたりした。
呆気に取られているのはフランツ医師で、
「竹千代?」
とパイプ椅子からずり落ちた格好で言う。
「ぬっ!」
「わっ!」
竹千代王の視線に、両手を上げて降参するようなポーズを取るフランツ医師。その様子に、
「殿、如何なされたのだ、先ほども大きな声が聞こえたので、つい我らは殿に断りもなく診察室の扉を開け放ってしもうたが……」
「よいよい、雷牙よ、気にせずともよいぞ」
満面の笑みの竹千代王。
「そうなのか? 殿」
「ふむ。のお~フランツよ」
フランツ医師に視線をやりながら言う竹千代王に、
「ハッハハ、竹千代と、いや、殿とな、じゃれていただけだ、心配ねぇよ。それより、チビたちは元気にしているのか? 風邪なんか引いてねえだろうな?」
体勢を立て直すべく立ち上がりながらフランツ医師が言うと、
「フランツ医師、聞いてくれ! 未空と弥勒のやつが風邪を引きおった」
「うん? どうした、雷悟」
「未空のやつが、風邪を引いて熱を出したところ、兄の弥勒が離れぬのだ、仕方がないので未空の側に居させていたのだが、遂に熱を出しおってな」
「うう~んっ、やつらはまだ、小さいからなぁ」
「そうなんだ、未空は三つで弥勒は五つになる……」
「兄妹が離れたくないのは分かる……。西の京で行方不明になった両親も、まだ、見付かってはいねぇんだろ?」
「そうなんだ!」
「ううんーよし、わかった。後で俺と子供好きのやつを連れて久し振りに行ってやるよ。あ、そうそう、差し入れも届いているんだよ。昨日、王城に届けられたと、連絡を俺の所でも受けている。皆の所にもそろそろ連絡が行くはずだが……。そうだ、西の京からのものもあったと聞く。それを持って午後にでも行ってやるよ」
言葉を言い終わると、チラリと竹千代王の方を見るフランツ医師。
「ふむ。東の京、西の京に使いを頼まれてくれるのは、誰かの?」
「はっ、殿。東の京には雷己、西の京には雷悟を向かわせようと思います」
「ふむ。ではな、すまぬが雷牙よ。ひとつ用事を頼まれてくれ、フランツを連れて、その、王城の我の宮に、養い子のおる花の里にのお、土産を持って直ぐに行ってやってくれ。我も行きたいのは山々なのだがな、手が離せぬのだ。そしてな、雷牙よ、フランツにたっぷり昼飯を食わせて、休ませて、午後にはこちらに帰って来てはくれぬか?」
「殿! 良いのですか? 我ら三兄弟を父が寄越したこと、急ぎの命では御座いませぬのか!」
「竹千代! 俺もいいのか?! 俺は役立たずなのか!!!」
慌てて竹千代王に詰め寄る、雷牙とフランツ医師。
「ぬぅ~、何を二人して顔色を変え抜かしておるか、耳を欹ててみよ! そのな、我は字を持つ者として恥ずべきなのだがな……」
竹千代王が、言葉を出しづらそうに言う。
耳を澄ませてみると、
ハッハハハハハ。
ウッフフフ。
など、楽しそうな声が聞こえて来る。
「殿……、非常事態だと聞き及びました」
「ふむ」
「竹千代……、いつものあ・れ・か?」
「そうじゃ。隙あらば、宴じゃ」
「殿、その、強者がお揃いですね」
「言うな、雷牙よ! 主もあの宴に巻き込まれたことはあろうが……」
「はい!」
ピッ!と背筋が伸びてしまう、雷牙。弟の雷悟は兄の雷牙の袖を引っ張る。袖を引っ張る雷悟の頭を隣の雷己が撫でてやる。その手はプルプルと震えているので、宴に巻き込まれたことがあるのだろう……、と思われる。齢十四の雷悟は、まだ、字を持つ者たちの宴には巻き込まれていないらしい。一体、隣の病室……中では何が行われているのかっ!!!
「あ~だからな、フランツよぉ~、主は気にせず午前中は英気を養ってくれ。子供らの治療という仕事はあろうが、美味いものを食い、仮眠を取り、のお? この夜中の騒動で寝てはおらんのだろう? 主の優秀な部下がもうじき看護チームとして人も寄越しくれるしの、聞いておるか? フランツ」
「た゛け゛ち゛おぉおお」
目に涙を溜めたフランツ医師が竹千代王の足に子猫のようにまとわりつく。
「こ、これ、よさんか! 足に掻き付いて泣くもんではないわ!」
「雷牙、雷牙よ! これを連れて午後には戻って来てくれ、よいな」
「はっ! 殿の仰せのままに」
そういうと、いとも簡単にフランツ医師を小脇に抱える雷牙。
「た゛け゛ち゛おぉおお」
と、竹千代王の名を呼ぶフランツ医師と雷牙は、速やかに診察室を後にした。
小脇に抱えられたフランツ医師。
暫くして観念したのか? 大人しくなった頃に、
「すまんな、雷牙。もう大丈夫だから、降ろしてくれ」
フランツ医師がそう言うと、
「はい」と返事をした雷牙は立ち止まり、そっとフランツ医師をその場に降ろす。すると、
「俺たちは良い王に仕えたな……」
「ハンカチ入りますか?」
ボソボソと会話をした二人は、竹千代王の王城内の宮、花の里に向かった。
「さて、雷己、雷悟」
竹千代王が診察室に残る、雷己と雷悟を呼び。
「ふむ、仕事だ」
「はっ! 殿」
元気に返事をする雷悟、控える雷己。
「主らには、東の京と西の京にそれぞれ向かってもらうのだがな、最近の京の様子を調べ、特に異変は無いかを細かく聞き及んで欲しいのじゃ」
「と申しますと?」
「ふむ」
雷己が竹千代王に聞き返す。
「そのな、魔物の類いの出現や見たこともないような物が京に出回ってはいないかとな」
「見たこともないような物ですか?」
「ふむ、例えば宝石じゃ」
「宝石ですが? 殿。源雷様の娘子の蕾様が珍しい宝石が手に入ったので、ローレライ王妃に見て頂きたくお送りしたと、つい先ほど書簡が参ったと父上が申しておりました」
「おお、そうか。出来したぞ、雷己。今回の件に関わりがあるやもしれぬな」
「殿、殿、それならば、父上が数日前に申しておりました。西の京で宝石商を営まれておる源雷様の娘子の満花様も珍しい宝石が手に入ったから、ローレライ王妃にお送りしたと書簡が来たと、申しておりました!」
「なんと! 雷悟、出来したぞ。数日前に書簡ということは、その荷も今日、明日中には届くやもしれんの。二人とも、頭の切れる良い子じゃ、出来したぞ」
竹千代王はにこにこと満面の笑みを二人に向ける。
雷己は照れ、雷悟は自慢げな顔をしてニッパと口を開けて笑う。
「それで殿!」
脱線しそうになった話しを戻そうと、雷己が竹千代王を呼ぶと、
「ふむ、それでだな。二人には今日明日中に東の京と西の京に出立をして欲しいのじゃ。おぉ~そうじゃ! もし隣国の東はレイアラント公国、西はウィルシアン公国についても、魔物騒動の類い、宝石などの噂話があれば、軽くでよい調べて来て欲しい。出来るか? 雷己、雷悟」
「はっ! 殿の仰せのまま」
二人はハモるように言う。
それを見た竹千代王は満足そうに微笑むと、
「おお、そうじゃった、雷悟よ」
「はっ、殿」
「勇者黒川雪之丞は、知っておるな」
「はい、殿。有名人です。それに、お、俺も一度だけ父上と共に会い申した!」
勇者黒川雪之丞の話題に緊張した様子で、雷悟が話すと、
「そうかそうか」
そう言いながら、キョロキョロとし出す竹千代王。そして、
「待っておれよ」
というと、真一が寝ているベッドの足下の方にある事務机の上(フランツ医師の机だろうと思われる)に置いてあるスキットルを手に取ると、懐からペンを出し、キュポンと音を立ててキャップを外し、スキットルに何やら書き出す。
「ではな、雷悟。これを勇者黒川雪之丞に竹千代からだと、届けてくれ」
雷悟にスキットルを渡す竹千代王。そのスキットルには、油性ペンで『帰って来い! 竹千代より』と書かれている。それを見た雷悟が、
「殿、殿! そのペンは魔法のペンで御座いますか?」
目をキラキラとさせて問うと、
「ふむ、これはゲートの向こう側の世界のペンじゃ。欲しいか? 雷悟」
「あ、いや、欲しいなどと……」
「ふむ。では、こうしよう。良いか心して聞けよ、雷悟」
「はっ! 殿」
「これは’油性ペン’と申す物じゃ。そして、其方の物だ、否、其方たちの物だ! だがな、花の里より出してはならぬぞ? 門外不出の代物じゃ!!! 良いな?」
「はっ! 殿、わかり申した!」
元気に答える雷悟である。その眩しい笑顔を見た竹千代は、雷悟の頭を撫でながら、黒の油性ペンを一本渡す。そして、隣にいる雷己にも一本渡し、
「これは其方の物じゃ、先ほどの雷悟との話は聞いておったの? よろしく頼むぞ」
「はっ! 殿、有り難き幸せに御座います」
よもや自分の分までも殿は用意して御座ったのかと言わんばかりに、目を輝かせニンマリと笑顔になる雷己。その様子を見て、竹千代王も微笑むのであった。そして、
「殿! その、出立前に、我ら殿にお願いが御座いまする」
改まった雷己が言う。
何事かと、竹千代王は顔を引き締めて……、
「その……、勇者真一殿のお顔をひと目、拝見しとう御座います」
雷己は言い切ると、背筋を更に伸ばした。
「勇者真一の顔を拝みたいとな?」
「はい!」
今度は雷悟の背筋も伸び、二人は緊張をしている様子で竹千代王の返答を待っている。
「ふむ。勇者真一は、現在、休んでいるのだが……、それでもよいのか?」
「はい、出来ますならば! 勇者真一殿は盛られた毒と戦い休まれておると、父上から聞きましたが、我らこの部屋に呼ばれた折からお逢いしとうて……」
「ふむ」
感極まってか、言葉が続かない雷己に、
「では、二人共、そっとな」
というと、二人を真一が寝ているベッド脇に招く竹千代王。
二人は、真一の顔を見るや明るい表情となり、
「殿と同じ黒髪じゃ!」
「殿のような凜々しい顔立ちじゃな! 勇者真一殿は!」
嬉々として言う、雷己と雷悟。
竹千代王は、
「どうだ? 勇者真一は、強そうかの?」
と、尋ねてみる。
「う~ん、殿。それは手合わせをしてみぬとわからん」
足下を少し開き腕組みをして雷悟が言うと、
「雷悟、この逞しい腕を見ろ、主など吹き飛ばされるぞ?」
と、雷己が言う。
クスクスと笑う、竹千代王。
「では、二人が京より帰ったら、勇者真一に、手合わせを申し込まねばならんな」
「はい!」
「願ってもない!」
雷己、雷悟が目を輝かせて返事をする。
そして、その場を下がると、
「殿、ありがとうございます。では、行って参ります」
雷己が頭を下げると、雷悟も頭を下げる。
「では、頼んだぞ」
「はっ!」
左手を胸に当て敬意を払う。そして、二人は速やかに音も無く診察室を出て行った。
残されたのは、竹千代王とベッドに眠る真一。
「のう、我が子真一。主はここに眠っておるだけであるのに、人気者じゃの。
のう、真一よ。今回の主の召喚の件といい……、主の周りは謎や問題だらけじゃ……。
だがな、真一よ、我は主を守る。そして頼りにしておるのじゃぞ……、のう、真一、我が子よ」
竹千代王は独り言ちる。
言葉を丁寧に紡ぐように静か……。




