第20話 『お主も悪よのう』
「ローレライ王妃、私が確かめて参りますよ」
タリル侍従がローレライ王妃に申し出るのだが……、
「ロウ! 医務室だろ? ノックでいいのかよ?」
「お黙りなさい、静かに! バイス」
「ロウ母様、それよりもお声掛けがよろしいのでは?」
「それもそうね、ローラ」
耳に入っているのやらいないのやら、というような様子で……。
ローレライ王妃は、竹千代王の妃である。
そして、バイスは長男でローラは長女である。
皆、三の字を持つ者だ。
ローレライ王妃は、二の字を持つ者の一人娘で。約千二百年前に勇者として召喚された少年、竹千代の妃となり。二の字を持つ者、ローレライ・二・グラン・レジェンドから、竹千代との婚姻により、舞桜・ローレライ・三・グラン・レジェンドとなって、竹千代と共に三の字を持つ者として王族の血筋を継いだ。
ミドルネームとして’舞桜’を貰ったのは、ローレライのたっての希望で、竹千代の故郷にちなんだ名を私に授けて欲しい。と、強請られた故である。ちなみに舞う桜と書いて、’まお’と読ませるらしい。
竹千代が召喚させれた頃の日本は、時は平安時代。竹千代が元服を控えた年のことだった。元服の儀式を終えると成人として認められる世の中。名前も幼名が改められ実名となる。本家の嫡男として生まれた竹千代は、国を背負い民を背負い、そんな己の人生に希望満ち溢れていた。
今でも時々思い出す、あの頃の己を。幼名のまま髪も結うことが出来なかった。せめて儀式を終え、成人としてこの世界で生きるか、日本で生きるか、選びたかった。日本では実名も持て無かった。千二百年経った今も心があの頃に帰り悔やむ。そんな時がある。
竹千代のその願いを未来の真一が叶えることとなる。真一は、勇者として奇妙な出来事を収束に導き、ゲート問題も解決。戦争勃発に駆り出されれば鎮圧。果てはドラゴン退治まで。まるで勇者のフルコースだ。そんな運命を歩むことになる。真一が字を持つ者たちと共に行く道の途中、竹千代は、真一よりミドルネームとして、’清真’という名を貰い受ける。その話しはこれより少し先の未来で話そう。
さて、診察室の扉の前は、あーだこーだと騒がしい。
「竹千代、開けてやれよぉ」
「ふむ」
竹千代王とフランツ医師が、そんなやり取りをしていると、
コンコン。
と、また、診察室の扉を叩く音がして、
「タリルでございます」
とだけ告げる。
タリル侍従は、診察室の中の様子がわからずに、判断をしかねているといったように感じられ、返事を待っている。
「竹千代」
「ふむ、わかっておるわ、フランツ。だがな、我は、グレンとライルの手元の書類が気になりおる。それは真一に盛られた毒に関するものであろう?」
「ああ、そうだな。あとは血液検査の結果などだな」
「フランツよ、我が妃や子供たちに見せてもよい物なのか……」
「まあ、竹千代が余計な心配をさせたくはないというのはわかるが……、いいんじゃねぇ?」
「ぬっ、こやつ。簡単に言いよるわ」
「つぅ~か、いつもの調子でいいんじぇね? 皆を巻き込んで……、更に巻き込んで巻き込んで……、最後はなんか国が動いてんの」
「ぬっ、我の行いはいつもそのように人の目に映るのか……」
竹千代王がムゥとしたような顔をするが、フランツ医師は話しを続ける。
「悪い意味じゃねぇ、竹千代が皆を巻き込んで行くから、皆も助けが欲しい時には言えるんだ。英雄王が何もかも抱えてみろよ、お前は一人が立ち回りやすい。なんて思うかも知れんが……、人は育たねぇよ」
「ふむ」
「それによ……。俺にみなまで言わせたいか? 竹千代、ローレライ王妃もローラ姫も。そしてバイス王子、いや、四の字を持つ者バイス王も……。竹千代の側を離れないだろうが……。なあ! 続きをまだ聞きたいか?」
「いや、もうよい、フランツ」
「いいのか?」
「よいよい、我が迎え入れる」
そういうと竹千代王はパイプ椅子から立ち上がり、右手をひらひらとさせて診察室の扉に向かう。
その様子をニヤニヤとして見ているフランツ医師。
グレンとライル両助手は、いつの間にか作業をしていた書類の整理を終えたのか、それぞれが手に書類を持ち、フランツ医師の元へと控えていた。
診察室の扉を内から開ける竹千代王。
「待たせてすまぬな」
「あらいやだ、竹千代」
ローレライ王妃が意外だったとばかりに驚いた顔をする。
「静かにな」
竹千代王はひと言いうと、診察室の扉を大きく開けた。
言葉の通りに静かに四人が入って来る。ローレライ王妃、ローラ姫、バイス王子。タリル侍従は、最後に扉をそっと閉めた。
竹千代王は、真一が寝ているベットの側に皆を連れて行き、
「竹千代、勇者真一様のお加減は如何ですの?」
一番に口を開いたのは、ローレライ王妃だった。
「ああ、ローレライ、今は落ち着いて眠っているよ」
「そうですか、それはようございました」
ローレライ王妃に話し終わると、竹千代王は、
「バイス、ローラも来てくれたのだな」
「おう、父王殿」
「はい、竹千代父様」
「ふむ、助かるぞ」
二人の子供たちに、微笑みながら話しかける。
嫡男バイス王子と長女ローラ姫は、先ほどまでここに居た騎士団長らの兄と姉にあたる。
嫡男バイス王子は、既に四の字を持ち王としての立場もあるのだが、三の字を持つ王子として、二の字を持つ者と共に諸外国を回って外交に携わっている。主な役割としては、二の字の者の交渉事と母国のパイプ役なのだが、二の字の者の護衛も兼ねている。
小柄ながらバイス王子といえば、剣術というぐらい得物長物を持たせれば、国内では右に出る者はいないというような腕前である。
長女ローラ姫は、ローレライ王妃に付き、主に弁護士と人材コーディネーターを務めている。この頭の切れる姫は、字を持つ者の姉として慕われており、相談事あらばローラ姫にというような具合で皆から頼りにされている。そして、最近、人材コーディネートチームを作り、グレン助手を筆頭に各職業の人材コーディネートの発展や新しい試みを幾つか試している最中であった。多忙のようだが午前中は仕事をしない方針で、午前の時間を特別に誂えた執務室で過ごしている。只、この時間にローラ姫の元を訪問する者が絶えることがない。
ちなみに、竹千代王とローレライ王妃の子供たちは、ローラ姫を一番上に五男七女の姉弟である。
眠る真一の側では、まじまじとバイス王子が真一の顔を眺めている(騎士団長ら三人の兄妹と同じく)。
「なあ、このおっさんが真一なのか?」
「これ、バイス!」
「へいへい」
バイス王子は、バツが悪そうに返事をする。
「ロウ母様、真一様は、どこか、私たちにお顔立ちが似ていませんか?」
「ええ、そうね。目元など、竹千代譲りと思えるほど似ているわね。バイス、あなたも父王の目元を譲り受けているわ、まるで兄弟のようね」
「そうか?」
「ええ、バイス」
「姉様まで」
苦笑するバイス王子。
一時の歓談というような雰囲気の中。突然、フランツ医師が言葉を発して、
「ローレライ王妃、バイス王子、ローラ姫。勇者真一は、このフランツが見事、お助けしましたよ」
フランツ医師が、身振り手振りを交え大袈裟に話しをすると、左手を胸に当て三人の字を持つ者に敬意を払う。すると、
「そうか! フランツッゥ~ありがとう!」
と、握手を求め、直ぐさまフランツ医師の両手を取るとブンブンと振るバイス王子。
「ありがとうございます、フランツ」
ドレスのスカート部分を持ち、膝を軽く曲げて敬意を表すローラ姫は、満開の花のような笑顔を見せた。
「感謝しますよ、フランツ」
と、大輪の花を咲かせたように優雅な微笑みを見せるのはローレライ王妃。
「これ、妃よ」
とヤキモチを焼いて見せる竹千代王だった。
診察室に穏やかな空気が流れる中で、ローレライ王妃の微笑にも負けない(白雪一筋のため)フランツ医師が話しを続けた。
「皆様、光栄です」
「フランツ、何を改まっているのです?」
ローラ姫が問うと、
「それもそうだな、酒が回ったか?」
などと言い出す。
「まあ」
と、驚いて見せるローラ姫。
「まあ、無事に、勇者真一の顔見せも済んだし、場所を移すのもありかな~とな」
「と申しますと?」
ローラ姫がフランツ医師に小首を傾げて聞くと、
「いや、この診察室に大勢いるのも窮屈だってんで、隣の個室で皆、勇者真一の目覚めを待っているんだ」
「あら、フランツ、そうでしたの?」
「ああ」
今度は、ローレライ王妃がフランツ医師の言葉に返答をする。
「連中のことだ。そろそろ、酒……、いや、夜中から何も飲み食いしてない者がほとんどだからな、そろそろ、何か食わせてやらねぇ~と、医師としては心配なんだ」
「まあまあ」
「それもあるし、朝から駆けつけてくれた三の字の者たちにも、腹に何か入れて休んで欲しいと思ってな」
「まあまあ」
ローレライ王妃がフランツ医師の話を熱心に聞くと、
「わかりましたわ! フランツ! 私が手配致しますわ」
「そうしてくれるか? ロウ」
「ええ、勿論ですわ!」
ローレライ王妃はそういうと、真一のベッド脇から踵を返し扉に向かおうとした。が、立ち止まって、
「竹千代、そういうことですので、私、食事の手配を致しますわね、ああ、ここにはロダもいるのね、あなた、竹千代! タリルとロダをお借りしますわよ」
「ああ、ああ、その妃よ」
「何かございますの? 竹千代」
「否、た、頼むぞ」
「ええ」
竹千代王に微笑むと、ローレライ王妃は、
「ほら、バイス、ローラ、行きますわよ」
「ええ、ええ? 俺も」
「お手伝いしますわ、ロウ母様!」
慌ただしく三の字を持つ者たちは、診察室を後にした。
「よう、竹千代。これで人払いは出来た。毒の話しをしようじゃないか」
これでは、悪党である。というような面構えで話しを振るフランツ医師。
「お主は……」
『お主も悪よのう』と、竹千代王が言いそうになったかどうかはわからない。




