第14話 美しきレジェンド王国と獣人れい丸
タルマ王の言葉に顔を上げた真一は、
「綺麗だ」
と言った。
真一はシャイなところのある男だ。そんな男がひと言『綺麗』と言った。
夜更けのレジェンド王国は、月明かりと星々、精霊たちの放つ黄みがかった淡く柔らかな光に満ちて、更に高台にある王城、扉の塔から連なる王都の街並み、そして遠くに見える山々と、更に遠くの方に見えるのは水辺の煌めき、夜を灯す光たちは、それらを浮かび上がらせていた。その美しい景色に真一は、次の言葉が出ずにいた。
「今夜は特別な夜だ、真一殿。月明かりの下、精霊たちが舞っている。この王都で祝福を受けたものがいるのかもしれない。う~ん、または、精霊たちの祝福を受けたハイエルフの王がこのレジェンド王国にお忍びで来ているのかもしれんな。ハハハッ」
「精霊?」
「そうだ、光が宙に舞っているだろう?」
「ああ」
タルマ王の話しに真一は相づちを打つが、その言葉は耳に届いたが、頭の中で思考を働かせないでいた。『精霊?』、何だったかな? という具合に思考が追いつけないでいる。例えば物語で、現世においても聞いたことがあるだろう言葉なのに……。それほど窓から見える景色は美しく、その場を動けずにいた。そして、
「異世界、だ、と?」
やっと、真一の口から次に漏れ出るように出た言葉が、これだった。
足が止まる。
立ち尽くす。
時が止まったように動けないでいる。
異世界に世界を救う勇者として召喚されし男、磨嶋真一。
大きな両開きの扉は開け放たれていて、広い廊下に出た。真一の目に真っ先に映ったのは、数メートル先にある大きな窓だった。その窓は高く高い位置からカーテンが垂れ下がっていて、一枚目のカーテンはえんじ色で重厚感が漂い、足下に敷かれた絨毯と同じ色だ。二枚目のカーテンは透けた布地に美しい花が彩りを添えた地模様があるが……レースのカーテンだろうか? 三枚目のカーテンは先程まで真一が居た部屋(降り立ちの間)の天井より垂れ下がっていた薄絹の布地のようだった。
カーテンが開け放たれていたのは目の前の窓だけで、他の大きな窓はというと、
二枚目までカーテンが開けられていた。三枚目のカーテンのその薄絹の布地は、まるで夜にドレイプを贅沢に誂えたドレスを着せたようで、風でも吹けば華麗なダンスを踊り見せてくれるのではないと想像を膨らませる。そして、二枚目までのカーテンは、真一たちの視界に入る隅々まで開けられていた。
真一の足取りはタルマ王とナーシャ姫に寄り添われて、一歩、また一歩と前へ出る。その足下を見ながらタルマ王は、
「真一殿、体の方は辛くはないか?」
タルマ王の問いに真一は、『ああ』とだけ答える。
タルマ王は言葉を続けた。
「あと、半時もすれば、夜が明ける。夜の帳に精霊たちの祝福の光が舞う景色もやがて、日の出とともに薄らいで行く。そして、日が昇りここに居る私たちにも日の光が全身に届くだろう。私たちは先程まで小部屋(降り立ちの間)の薄暗がりに居た。陽は体には暖かく目には眩しいかもしれない。目覚めたばかりの真一殿には、初めて触れる異世界の日の光は体に辛いかも知れない。どうだろう? 貴殿の合図で窓に掛かる最後のベール(カーテン)を脱ぐというのわ」
「ああ」
真一は、魂ここにあらず、というような調子で返事をする。視線は目の前にある大きな窓に釘付けで、また一歩と足が前へ進む。
窓際の両側にはいつの間にか人が立ち、最後のベールともいえる三枚目のカーテンに、皆、手を掛けている。
また、一歩。
一歩。
一歩。
一歩……。
あと、数歩で窓枠に手が届く。
「カーテンを、開けてくれないか?」
その真一の声が届いた官吏たちは、最後のベールとなる三枚目の薄絹のカーテンを開いた。カーテンは真一の目前の窓の両隣から開かれて、それを合図と受け取った次の両側の窓が女官により開かれた。その次の次の両側の窓も傍に居た者により開かれて、その次の窓も……と、次々とカーテンは開かれていった。
「タルマ王? タルマ殿、ナーシャ姫と言ったか? ナーシャ殿、ありがとう、すまない。もう大丈夫だ。窓際に捉まりたい」
「よし」
「はい」
真一の言葉に二人は肩に回した手を窓際へ、支えていた腰からそっと腕を解いた。
「どうだ? 真一殿」
「圧巻だ」
「そうか」
「ウフフ」
タルマ王とナーシャ姫は満足そうに愛しげな微笑みを浮かべる。
真一は外の景色から目を離せずにいた。
ひと言二言、言葉を交わした三人は、まだ薄暗い窓の外の景色を見ながら、それぞれの胸中に思いを膨らます。
時は刻々と刻まれて、やがて……、
「真一殿、間もなく日が昇る」
「ああ」
真一は窓の内側の出っ張りに捉まり、その両側にはタルマ王とナーシャ姫が並んで立って居た。
日が昇る。
あの遠くに見えるのは山々だろうか?
此処は、このバカでかそうな建物は高台に建っているのだろうか?
「遠くに見える、連なるのは……、山々か? そこから朝日が……」
「ああ、そうだ」
真一のひとり言のような言葉に、力強くタルマ王は返事をした。
「日が……」
日が照らし出す景観。
目下には白を基調とした壁と屋根の建物があり。
正面には門と城壁と思われるものがある。
(門? 城壁?)
その門と城壁の向こう側も白を基調とした壁と屋根の建物があり、その先からは徐々に建物の壁や屋根に色が有るのが目に入る。建物は連なる山々の裾野まで続いているような景色が、真一の目に映し出された。
「美しいな」
思わず、真一が口にする。
「そうだな、我が国は美しい。山々の裾野まで景観を見込んでの色使いや建物の造りが細部にまで行き渡っている。日が昇れば、更に街並みの美しさを浮かび上がらせるだろう」
「日が……、そうだな」
真一は、目を細めながらいう。
連なる山々の間から顔を出していた朝日は、いつの間にか昇り、山々を照らし建物を照らし始めていた。
「日の、光が……」
そういうと真一は目眩を起こしたのか、窓際の内側の出っ張りに置かれた手は離れ、フラリと……。
「シンイチ、危ない!」
言葉と共に真一の体が宙に浮く?
「もうぉ、駄目じゃん! タルマぁ~」
「やあやあ」
「シンイチが、あのまま倒れちゃうと頭を打っちゃうよ? 頭って大事なんだよ? 竹千代に教えて貰った」
「そうかそうか、れい丸」
「はい!」
(何が起きたんだ?)
日の光に目眩を起こした真一は……、
「え? え、え、え! おわっ」
「シンイチ、暴れないで。僕、シンイチを落としちゃうよ」
身長は2mを越えているんじゃないかと思われる、大男がいう。
「ちょっと?! いや、なんだ、誰だ? 俺はっ」
「シンイチ、僕、れい丸。シンイチが倒れちゃうから、僕が受け止めたよ! 偉いでしょう? 褒めて!」
「偉い?! あ、そのっ! ありがとうございます。れい丸殿?」
「れい丸どのぉ?」
「れい丸さん?」
「ううん~、僕、れい丸だよ、シンイチ。れい丸て呼んで」
「れい丸」
「はい!」
「れい丸、助かったよ」
「はい!」
大男の腕に抱き抱えられている真一。
「はっははは。れい丸は、真一とすぐに仲良しになったな」
「はい!」
元気よく返事をするれい丸という男。
「ハハッ……」
苦笑いする真一。暫くして目眩が治まったのか、
「その、れい丸?」
「なに? シンイチ」
「その、もう大丈夫だ。降ろしてくれないかな? その、なんだ、男が男にお姫様抱っこをされている図というのもな……」
大男、れい丸の腕の中にすっぽりと収まっている真一がいうと、
「おひめさまだっこ? 図?」
「ああ」
「やだ!」
「へ?」
思わずとぼけた声が出る真一。
「やだやだ、もう少し、シンイチに窓の外を見せてあげたいよ! 僕がシンイチを抱っこしてる方がお外がよく見えるでしょう」
「窓の外?」
「そうだよ、窓の外を見に来たんでしょう?」
「そうだが」
「レジェンド王国はきれいなんだよ、だから、いっぱい、シンイチにも見せてあげたい」
「あ、ありがとな、れい丸」
「はい!」
「だが……」
と、真一は言いかけて、
「本当に仲良しなったなぁ~、れい丸と真一は」
にこにことしながら二人を見てタルマ王は言い。
「ん? というか、れい丸」
「なに? シンイチ」
「頭に付いているのは何だ? 耳? いや、まさかな、大の男の頭に猫耳なんぞ……」
と言いながら、真一はれい丸の頭にある猫耳? を思わず引っ張った。
ギャァアアアアア!!!
割れんばかりの悲鳴が辺りに轟く。
その悲鳴に『れい丸様!』と、駆け寄る者や耳を塞ぐ者、狼狽える者が続出する!
「ああーーーーーん!!!」
「あぁ~~~~んっ!!!」
ドサッ!
「うわっ!」
広い廊下に響き渡る泣き声! それはれい丸のもので。
大男にお姫様抱っこをされていた真一はというと、床に落とされてしまった。
「てぇ……、いてぇな」
真一は腰と尻を擦る。擦りながら、
「何が起きたんだ? 俺ぇ、尻餅付いたのか?」
床に座る己の姿を確認する。
「これこれ、泣くな泣くな」
「うわぁぁああ~~~~~~んっ」
「よしよし、れい丸」
「うわぁぁああ~~~~~~んっ」
タルマ王はれい丸を慰めるが、れい丸は一向に泣き止まず。
「うわぁぁああ~~~~~~んっ、僕の耳を触ったぁあああ」
「れい丸、れい丸、大丈夫よ。大丈夫、大丈夫よ」
「ナーシャぁ~、ナーシャぁ~」
「よしよし、よしよし」
ナーシャ姫は胡座を掻いて座るれい丸の背中を擦りながら慰める。
「大丈夫か、真一殿」
「その、何が起きているんだ?」
おろおろしながらも真一に話し掛けるタルマ王。
「れい丸が、貴殿を落としてだな?
あ、いや。あ、そうだ、れい丸は耳を触られると泣くんだよ」
「泣く?」
「そうだ」
タルマ王はこの場の収束を図ろうと辺りを見回しながら真一に話す。が、真一に話す言葉も探しながら話しているようで、少しの焦りが窺える。
その時……、
「お初にお目に掛かる」
れい丸の後方から声がした。




