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第13話 異世界、だ、と?

 フランツ医師、タルマ王とナーシャ姫は大部屋を進む。降り立ちの間の段の下まで来ると、フランツ医師はその場に控えて、タルマ王、ナーシャ姫に先に進むことを促す。

一段一段、軽やかに段を上がるタルマ王。一段、そして一段。ナーシャ姫は王に続き慎重に段を上がる。緊張をしているのかもしれない。


「やあ、真一。目覚めはどうかな?」


タルマ王は降り立ちの間の段を上がるなり、真一に声をかけた。


天井から垂れ下がる薄絹をそっと手で押しのけ、足下には猫でもまとわり付いているのか? と思うようなゆっくりとした足取りで真一に向かい進む。ナーシャ姫もタルマ王に続き、丁寧に薄絹を手で押し、ゆっくりと進む。


「磨嶋真一殿、失礼するよ」


タルマ王はそういうと、真一の左の傍らの少し離れた場所に胡座あぐらき座り込む。

その少し後ろに控えるようにナーシャ姫も腰を下ろす。


「お、俺は……」

「うん」


タルマ王は、意思表示をするかのように少し大袈裟に返事をして、ゆっくりと頷いた。


「俺は……」


真一は、言葉を探す。


「……」


目覚めたばかりの真一との話しの場が幕を開ける。



(俺は……、ここは? 何処どこだ!)


降り立ちの間。目覚めた真一は、飴色あめいろの床に見た目にもフカフカな毛布の上に横たわり、上半身を枕やクッションといったものが体の下に差し込まれ、やや上半身が起こされた状態で寝ていた。その状態から真一は、左手の平を付き、上半身を起こそうとする。


「真一様、座椅子をお持ちしますね」


女官の一人が、穏やかな口調で真一に言った。


(日本語? 俺は? ここは?)


暫くすると、


「真一様、座椅子のご用意が出来ました。お体の右横に置かせて頂きますね、お辛いと思うので女官二人で支えます、移動を致しましょう」


真一を支える女官、手際よく丁寧にといった具合で毛布、枕やクッションといったものを取り除いていく女官、彼女たちは丁寧にわずかなというくらいの音を立て動く。真一は両脇を支えられて、あっという間に尻の下には座椅子を差し込まれ、


「や……」


『止めてくれ!』と、声に出そうとしたのかもしれないが、その間も無く女官たちは手際よく真一を座椅子にすわらせた。


「真一様、お膝の上に毛布をおかけいたします、おあと、お腰がお辛いようでしたら、クッションをお入れしますが、如何いたしましょう」

「ああ、ああ、大丈夫だ」

「さようですか、では、お膝の上、失礼いたします」

「ああ、ありがとうございます」


真一は、女官とのやり取りに緊張しながらも声は自然と出せるようになったようで。座椅子にすわる真一の膝にフワリと毛布を優しい手付きで一人の女官がかけると、先程まで真一の傍に居た女官たちはともに真一の傍から数歩控えた。


「真一殿」


タルマ王の呼びかけに、真一はピクリと反応をする己の体に気付くと同時に視線を上げて声がする方向を見詰めながら、言い放つというような具合で声を荒げた。


「誰だ!」


「私はタルマという者だ。タルマ・六・グラン・レジェンド。この度は、磨嶋真一殿の召喚導き人となった。よろしく頼むよ」

「磨嶋真一だ」


タルマ王は声のトーンを柔らげてゆっくりと話す。そんなタルマ王に釣られて、真一も名前を名乗ってしまうが……。


真一は、改めてタルマ王の方を見る。


(俺は……何を言っているんだ? 何をやっているんだ! 彼は? ここは?

俺の視界が……、ああ、目が……。目が見えている? 見えているような気がする、だが、見えているが、暗い? 薄暗いのか?)


「薄暗いな……」

「そうか、では真一殿の手元にランプを持ってこさせよう」


思わず口にした真一の言葉をタルマ王は聞き漏らさずに。


あかりを。そうだな、あまり目に刺激がない光を……」


タルマ王の言葉に、年若い官吏の青年が暖色系のランプを持ち、真一の左側の後ろ数歩前からひざまずにじり寄る形で真一の傍まで来ると、


「真一様、こちらにランプをひとつ、置いてもよろしいでしょうか?」


真一に声をかける。


「あ、ありがとうございます」


真一は、先ほど女官にいった自然と出てしまった礼の言葉とは違い、緊張をした声で、官吏の青年に礼をいう。


「タリル、ありがとう」


タルマ王も官吏の青年の名前を呼び礼を言う。タリル官吏は左手を胸に当て敬意を払い、膝立ちで後ろに数歩下がると立ち上がり少し離れた場所へと席を外し、控えた。


真一は手元に置いて貰ったランプに視線を注ぎ、その暖色系の色に吸い込まれたかのようにランプを見詰めて、思いを馳せるような表情を浮かべた。


暫くその様子を見ていたタルマ王は、


「真一殿、落ち着かれたかな?」


と、声をかける。

すると真一は顔を上げて、タルマ王の方を見る。


「ああ、その、ありがとうございます。あ、えっと、タルマさん?」


咄嗟とっさに出た自分の言葉にハッとして、辺りを見回す真一。

そして、改めてタルマ王を見やる。


タルマ王は真一の正面から左手の方に座り、座椅子にすわる真一との距離は座布団を一枚挟んだくらいか? 割と近い位置に居た。

そして彼の服装を見ると、ローブなのか? それともマントなのか? 解らないが、長そうな羽織り物を着ており、その下には柔らかそうな生地のシャツが見えていた。シャツといってもいいのだろうか? アラブの王様のようだと思った。

真一がマジマジとタルマ王の方を見ていると、


「落ち着かれたようだな、真一殿。少し、私と話しをしないか?」


その問いに、


「あ、ああ」


勝手に言葉が出て、という具合に真一は返事をしていた。

リラックスしているのか? 右肘は座椅子に付いていた。そんな自分に真一は少し驚いて……。


「では、改め。私の名は、タルマ・六・グラン・レジェンドという。真一殿の召喚導き人を与った。レジェンド王国において……、否、この世界において。貴殿の身の安全を保証し、身元引受人となり、異世界より召喚されし貴殿の道標となり、貴殿が成すべきことを理解し、資産、知識を使い支援し、……。えぇい! 条約の言葉が長いわ! 要するに、真一殿がこの度の召喚を受け入れてくれるのならば! 我の家族として迎え入れよう!」


そう言い切ると、タルマ王は抱擁の準備をしたかのように両手を広げて、満面の笑みを振りまく。


「はあ?」


『鳩が豆鉄砲を食ったよう』とはこのことで。真一は、目はかっぴらき、口は半開きになっていた。


「お父様! 嬉しい!」

「こ、これ、ナーシャ姫!」


嬉しさのあまりナーシャ姫が、小鳥のさえずるような高く柔らかな声で、思わず言葉を口にする。と、タルマ王が厳粛で柔らかなトーンの声で話していた時とは裏腹に裏返った声でナーシャ姫を呼ぶ。


「え゛?」


一方、真一は落ち着く暖色系の照明の薄暗い中、タルマ王の後ろに居たナーシャ姫の存在に初めて気付き、言葉ともなんともいえない音を低いトーンで唇から漏らした。


異世界から召喚した場合の条約が長いと端折はしょるタルマ王は、ナーシャ姫の言葉に驚き焦って言葉を口に出すが、沈黙。

多分、『家族』というタルマ王の言葉に反応したと思われるナーシャ姫は、にこにこと笑顔を盛大に振りまき満足したように沈黙。

面食らった真一は、当然のように沈黙をした。


『……』


当然の……、沈黙が流れた。


暫くして、次の言葉を口にしたのはタルマ王で、


「これ、ナーシャ姫。控えておらぬか」

「だって! ですの!」

「だって! じゃないの! 失礼したな、真一殿」

「いや……、ハハッ……。その、正直、訳が分からない」

「ハハッ」


厳粛で穏やかそうなタルマ王は何処へやら、すでにいつもの調子である。その声はまるで兄妹喧嘩のようで、見ている真一も言葉が浮かばずに。


「わっはははは」

「はははははっ」


タルマ王、真一、二人で大笑いをしてみるが……。現状は何も変わらない。まあ、それはそうである。降り立ちの間に控える三人の会話を耳にした者たちは、クスクスと小さく声を漏らして笑う。そして、


「すまん、すまん、真一殿。そうだな、ああ、そうだ! 周りを見回してみては貰えぬか? ここが貴殿の居た世界とは違うことが、少しは汲み取れまいか」


タルマ王に言われて周りを見回す真一。


座椅子に座る真一の視野から見えるものは、正面を少し外して座るタルマと名乗る男。その後ろにちょこんと座る若い女性と思われる、確かナーシャ姫と呼ばれていたか。そして、上を見上げると、天井から薄く白っぽい布が垂れ下がり、その布のあいま合間に人が居る様子がうかがえる。

また、ここは部屋なのかと思う様子も窺える。広さは、広くはないというかむしろ狭い。否、部屋に対して居る人の数が多いのか? この狭く感じる部屋の広さは、例えるなら日本の和室、六畳一間という感じなのだが。よく見ると、壁が見当たらない。目を凝らして見ると遠くにも人影がある(俺が居るところは、部屋の一部なのか?)。


「変わった、造りの部屋なんだな。と思う」


真一がボソリと言うと、


「そうか」


返事をしたタルマ王は、言うが早いか立つが早いかというように立ち上がり、


「真一殿、この部屋(降り立ちの間)は特殊な造りだ。意図があっての造りだが、外の景色が見える窓が無い。この大部屋出て、廊下にある窓から我が国を見てみないか?」

「え?」


タルマ王は、素早く驚く真一の傍に行くと、左側から真一の体を支え立たせようとする。


「真一様、お父様」


ナーシャ姫も真一の右側に回り(こちらも素早い!)、真一の体を支えようとして、


「ランプをお持ちします」


その様子を見ていたタリル官吏が、三人の足下を邪魔にならないような場所からランプで照らす。


あっという間の出来事だったように、真一は有無を言わせず立たされて、降り立ちの間から移動を促された。


「真一殿、ここから、段差が五段程ある、気を付けてくれ」


みる見る間に立たされて歩く真一は、


「ああ、いや、そうじゃなくて。俺は一人で歩ける」


慌てて言葉を口にする。


「無理です! 真一様! 毒が抜けたばかりのお体では!」

「毒?」


真一はナーシャ姫の『毒』という言葉に思い当たるが、


「あ、いえ……」


慌てたナーシャ姫が言い直す。


「真一様は、お目覚めになったばかりなので。どうか、私たちにお体を支えさせて下さいませ」


この様子にタルマ王はナーシャ姫を見やるが、口を挟まず。

真一は二人に支えられながら進み、三人で降り立ちの間の段差を降りて、更に進む。すると、そこには大勢の人々が目に映る。


「人、人、人。何なんだ、ここは……」


思わず言葉が出る真一。


(……体が重い。どうしたんだ、俺。どうしたんだった?

あ、それにしても。あれはなんだ? あれは、人だよな? あの衣装はどこかで……見た?)


召喚の大部屋を進んで行くと、出入り口の両開きの扉は既に観音開きに開かれていて、その扉を出ると広い廊下には大きな窓が並び一部のカーテンが開けられていた。


「さあ、真一殿! 窓の外をご覧あれ!」


声高らかにタルマ王が言う。


その場に居る皆が真一に注目をする。


「異世界、だ、と?」


真一の思考が止まる。

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