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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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③五話(5)





「三時の方向……200メートル先に三人」

「……確認した」


 時計塔の窓辺。

 この場所は戦況がよく見渡せる。といっても、常人の眼で捉えられる距離内に敵の姿はない。

 この時計塔を警戒してか、はたまた、主となる戦場から離れすぎているから誰も近付かないのか……。

 こと今回の《ラグナロク》においては、絶好の穴場であったのだ。


 少女の一人は、その場で身の丈にも迫る大きさの銃を構える。超長距離狙撃に適したスナイパーライフル。

 型式は不明であるものの、祖父の代から愛用している少女の相棒である。

 窓辺からつき出される銃口の先は森の中、スコープ越しでさえ敵兵の姿は朧気だ。


 だが少女の……キティの眼は、捉えた。


 引かれる引き金

 爆ぜる弾薬

 銃口から硝煙と共に吐き出される弾丸は、吸い込まれるように敵の頭部を正確に射抜いた。

 唯一、違和感と呼ぶべき事象をあえていうならば、その一連の行動に伴うべき『音』が微塵もなかった……ということだろうか。

 発砲音は轟かず、空薬莢からやっきょうが床に落ちる音すら響きはしない。

 サイレンサーなどという常識の上での事象ではない。限りない小音ではなく完璧な無音。技術どうこうという話ではないのだ。

 キティの扱える《魔法》の一端。


「……無力化……確認できました」


 携帯端末の浮遊モニターにて、『革命軍』勢リストから二名の脱落を確認。

 目の前で起きた異常に対し、もう一人の少女……リアーナも驚いていないわけではない。……ただ、この戦闘中に何度も見て慣れてしまっただけなのである。


 リアーナの影移動での射撃ポイントの隠密移動。超聴力での索敵。そして、キティの正確無比な無音射撃。

 今回のような長距離射撃だけでなく、敵の隙を突いた死角の影から突然出てきての奇襲など、『正々堂々』とは随分とかけ離れた戦法で生き残った二人。

 その戦果と自慢する事はないが、数十名もの強者達を相手にしてきた二人だというのに、いまだ大きな外傷は見当たらない。

 リアーナが兼ねてから問題視していた魔力切れも、まだ問題になる程でもない。


 言ってはなんだが、リアーナが予想していたよりも遥かに順調であった。


「意外だった……」

「……? 何が、でしょうか?」

「アナタは……こういう戦い方を、あまり好まないと思っていた、から」


 この戦法の発案者は当然ながら、キティ。

 基本生真面目なリアーナには、思い浮かびもしない戦法であり、言ってしまえば闇討ちである。

 発案時に「卑怯だ」と罵られるくらいは覚悟していたつもりだったのだが、リアーナの返事は「わかりました」の一言。

 そのまま嫌な顔一つせず、現在にいたるわけだ。

 たった数時間程度の付き合いではあるが、リアーナの根の真面目さくらいはキティでも察する事はできる。

 表情一つ変えないキティでさえ違和感を感じるのも無理はない。

 だが当のリアーナは、自身の思考の変化に対し……忌避感や罪悪感を覚えてはいなかった。


「……正々堂々と戦い、勝利をおさめる。ソレは私の『目的』ではありません。……所詮は『手段』の一つ、です」


「勝つために、手段を選ぶつもりはない……?」

「いいえ」

「……?」

「『勝つこと』も『手段』ですよ……。『目的』の為の『手段』の一つ、数ある選択肢の一つに過ぎません。端から見て一番()()()()()()結果になる選択肢。『ソレでもいい』ですが、『ソレでなくてはならない』というわけではありません」

「……よく、わからない」

「……子供のごとですよ。真に受ける必要はありません。……私の目的はあくまで、あの人に『私の実力を示す』ことであり『試合に勝つ』ことではありまさん」

「勝って、実力を示す、ではダメ?」

「いいえ。……ソレもアリです」

「……それなら――」


 意味不明な思考に対する正当な疑問をもつキティに、リアーナは数日前までの自身を重ねていた。

 見た目も性格も能力も何もかもが違うかもしれないが、キティは合理的な最適手を模索しようとする。……その一点に関しては、ほんの少しだけリアーナに類似する気がしていたのだ。

 そうやって俯瞰して見た時、リアーナはふと……「たった数日で、毒されてしまったものだ……」と、我が事ながら呆れてしまった。


「……私が示すべき『実力』とは、勝負に勝つ力ではなく。自身が望む結果を得る為の『手段』の選択……なのだと思います」

「ふむ……」

「極論を言ってしまえば、私のやりたい事を成すことが出来たなら……この戦場の結果がどうなろうと構わないって、ことです」

「……確かに、極論」

「勝負に勝とうが負けようが……どうでもいいのです。正攻法でも卑怯な手でも、賛辞を受けようと罵られようと……私は私のやり方でやりたいようにやる」

「だったら……アナタの『目的』は? アナタの求める結果とは……何?」

「……。……そうですね……」

「考えてなかったの?」

「いえ、そうではなく。……なんと言いますか……、口に出すとなると、少し……恥ずかしいというか……えっと」

「言ってくれなきゃ協力出来ない。言って」

「……あの、えっと……」

「言って」


 気まずげに狼狽えるリアーナを追い詰めるように、無表情ながら食い下がる事をやめないキティ。

 ジーッとまっすぐに見つめる瞳に、だんだんと引きつっていくリアーナの表情。といっても、キティ程ではないとはいえリアーナもあまり感情が表情に出る方ではないので、その変化も誤差ではあるのだが……。


「……その……」

「……」(ジー)

「……あの……」

「……」(ジー)

「わ、わかりました……お話しします」

「……どうぞ」

「……う……その……」


 そして、数秒躊躇い……ようやく口に出した言葉は……


「……被害を最小限にした戦いの終息……です」

「つまり?」

「……、出来ることなら敵味方問わず誰にも大ケガをさせたくない、ってことです! ……切磋琢磨という理屈を掲げたとしても、望まずして傷付け合う行為を……私は好ましく思っていません。誰も傷付かず終わる戦いがあるのならば、ソレにこしたことはないかと……愚考します」

「………………甘々」

「わかってます……。だから、口に出したくなかったんですよ! こんなのは……私の自己満足で……。この場に立つ生徒達は皆、傷付き傷付ける覚悟を持って戦場に挑んでいる……。そんな事は……誰かに言われずとも理解しているつもりです」

「……」

「ですが……たとえ、その覚悟を踏みにじる結果になろうと……私は私のワガママを通したい、です。それに、こんなワガママに負ける程度の覚悟なら……所詮はその程度ということです」

「……この戦法を肯定した理由は……?」

「無駄な手傷を与えず一撃で確実に仕留められるのならば、……拒否する必要はないと判断しました……」

「じゃあ、最後の質問……」

「……」

「アナタはソレを、何に使う?」


 戦うため?

 殺すため?

 奪うため?

 生き残るため?


 どういう理屈をごねたとしても、力とは他者を害するためにある。自分の欲望を満たすため、自分の望みを叶えるため、自分のためだけのモノである。

 誰かのために使うとしてもソコには自分の意思が宿る。

 力とはエゴだ。

 ソレを行使するのは自分以外の何者でもない。

 ソレに善悪などなく、誰のため……何のために使われるかで、端から見た誰かが勝手に良し悪しを判断する。

 だが平和のためなどと大義名分を掲げたところで、他者を殺める事は善行たりえたりはしない。

 善人でいたいならば……『良い人』でいたいならば――


「もちろん、私の我が儘のために行使します」

「……それが、悪いことだとしても?」

「進んで誰かを傷付けようなんて思いませんが……、我慢して良い子を演じるつもりもありません……。悪いことだからと大切な人達を見殺しにするくらいならば、私は悪人になったとしても……ソレを救いたい。…………もう、失いたくない……ですから」

「救うための……力?」

「我を通すための……私が私であるための力です」

「…………………………そ」

「……はい」

「アナタは『偽善者』ですらない……変わった人」

「……そこはまぁ……師匠がアレですので……」

「……ん」


 その言葉で妙に納得してしまえるのは、その『アレ』がキティの尺度ではかれる人間ではないからなのだろうか?

 監視対象でありながら、少女キティの目に写る彼は……形容しがたい存在。

 見て、聞いて、触れても……『わからない』。理解の及ばぬ存在。……臆病で賢き同業者さえも「前例がない」と匙を投げた『未知』。

 そんな彼を師事しているというのなら、リアーナもまた何らかの影響をうけている可能性も大いにありうる。……それがキティにとってどのような存在へと化けるか……。

 考えて……考え抜こうとして、やめた。

 未来の脅威を先んじて潰しておく……なんて選択をしていては、誰も信用など出来ない。


「じゃ、次行こっか」

「……そう、ですね」

「……次の標的は?」


 何事もなかったかのように、先程までの続きとばかりにキティは続ける。

 あまりの切り替えの早さに、一瞬キョトンとしてしまったリアーナだったが……今が戦闘中であることに変わりはない。

 そういう意味でいうなら、キティの切り替えの潔さはむしろ美点ですらある。その点はリアーナも見習うべきなのであろう。


 ダラダラと身の上話をしている場合ではない。

 順調に生き残れているとはいえ、楽観視していられる状況でもない。


 ここまで脱落させられた生徒は全員『革命軍』勢の生徒ばかり。そして、残る戦士のリストにはもはや序列二十位以下の者など残ってはいない。

 いや、その残った十名程度の『革命軍』生徒達さえ、集中したリアーナの耳が捉えた数キロ先で激戦を演じているようだ。相手は……


(……会長)


 音だけでわかる。

 一度だけ合いまみえた事のあるリアーナは、結歌の音を()()()()()。ソレ故に聞き知る戦況は、息一つ乱れぬ一人と……叫び焦り憂い猛る十の鼓動。そしてソレを飲み込む程の業炎の爆ぜる音。

 そして、リアーナの携帯端末に届く現実は……圧倒的数的優位をものともせず、力尽きた十人の残兵達。


 残る聖騎士団達を除けば――――『革命軍』は完全に堕ちた。


 これで残る敵は……本物の強者のみ。

 さて、あとどれくらい、このような闇討ちが通用する敵が残っているだろうか?

 戦績だけならば十分に『実力の証明』たる戦いを演じた。手段はどうであれ、入学から数日のリアーナと転入から数日のキティのたった二人だけで、決して弱くはない序列百位以内の強者達を倒すことが出来た。

 倒すことが出来るだけの実力を、証明してみせた。

 調子に乗って己の力を過大評価し、無謀な戦いに自ら挑むような『愚かな選択』は、かえってマイナス印象だろう。

 ……出来る事をはき違えてはいけない。


 死地(本番)ならば、死に直結するのだ。

 あの人の生きる世界では慢心も傲慢も強欲も、望んではいけない。……たとえ、共に歩むことは出来ずとも……。



 まだ、何かやれることはある。……それは、傲慢だ。戦場で死ぬ愚者。

 もう、何もやる必要はない。……それは、逃避だ。戦場から逃げる腰抜け。

 リアーナのやるべき事は、その二つの線引きを明確にすること。


「ルクスリア先輩は……――」

「キティ」

「……うぅ……」

「…………」

「……キティ先輩は……何か意見などあったりしませんか……?」

「ない」

「……あの、少しくらいは考える素振そぶりくらい見せてくれても……」


 ため息を溢すリアーナに対しキティの反応は、平坦で平然で……むしろ、何故そんなことを私に聞くの?とでも言いたげな目をしていた。


「私は今回、私の意思で引き金を引く気はない。アナタの策、アナタの言葉に従う」

「……いえ、そんな平然と思考を放棄されても……困るのですが……。一応、ペアで行動しているのですから、助け合い……とか」

「私、味方の使い方……肉壁くらいしか思い付かないから。いやでしょ?」

「嫌です。……でも」

「私はアナタに従う。アナタは私を使う。……問題があるようには思えない」

「…………はぁ……、わかりました」


 リアーナはキティの説得を諦めた。

 だが、ソレが正しい。

 リアーナは気付いていないようだが、キティがもしも策を立て実行にうつすタイプの人間であったならば……『息の根を止めない』……なんて選択はない。

 『殺さない闘争』を、少女は知らない。

 殺さない事は出来る。普段から当てない場所に殺傷能力の低い弾を射てば良いだけなのだから。


 だが、そうする事の意味を理解できない。


 争うというのに『殺さない』事に何の意味がある?

 キティにとって、戦うことは殺し合うことだ。


 死にたくないから、敵を殺す。

 生きたいから、標的ターゲットを殺す。

 傷付きたくないから、外敵を殺す。


 生きたまま敵を見逃す理由がない。

 殺さない戦いを……知らない。


「…………っ」


 ふと、リアーナが反応を見せる。

 目を閉じ……無駄に鋭敏な聴力へと意識を集中させた。……地を這う雷電のような音を、その向かう先に臆病にバクバクと早鐘をうつ心音を……。場所は『王国軍』陣営拠点である学園の入り口付近。


 もしも……この二つがぶつかり合い、戦闘へと発展したならばば……


「キティ先輩、すぐに出ます」

「ん」


 影へ沈む二人の少女。

 また、時計塔に静寂が訪れる。




     ◇◇◇


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