③五話(3)
◇◇◇
「久しいな、創正よ」
「……源逸さん。わざわざこんな場所にまで足をお運びになられるとは、意外ですね。聖城と違い歓待の準備などは出来ていませんが……?」
「無駄な気遣いは不要だ。仲良しごっこをする為にこの場へ赴いた訳ではないのでな」
戦場からは一線を置く静寂に包まれた学園長室に、思いもよらぬ来客があった。
夕凪 源逸。そして、八千代。
知らぬ存ぜぬという間柄ではない。
一人の男とその妻である女性。
創正をよく知る……かつて、ともに旅をした事もある元仲間といったところだろうか……?
当時はまだまだ見習いの半人前であった若僧にとって、最前線に立っていたこの二人は頭の上がらぬ存在である。
社会的地位は創正の方が上になったとはいえ、いまだに敬語は抜けきれない。
その姓を聞けばわかるように、学園最強と呼ばれる夕凪 結歌の実父と実母であり……志音とも、浅からぬ関係ではある。
「娘殿の応援……という訳でもなさそうですね」
「結歌にそんなものは不要だ。生半可な鍛え方はしとらん」
「となると、やはり息子さんの方ですか……」
「……ふん。奴を我が子と呼んだことなど一度もないな。言葉を選べよ……創正」
既に前線から身を引き、東洋の島国で隠居する御仁ではあるが、齢五十を超えるご老体とは思えぬ程……その纏う覇気に衰えは微塵もない。
本気で剣を交えるとならば、あの現人類最強でさえ苦戦を強いられる事となるだろう。
そしてその半歩右後ろで控える美女も、源逸と肩を並べる程の御仁である。
創正でも、昔の関係を抜きにしたとしても……この二人は敵に回したくはない。
「失敬。……そもそも志音を貴殿方に押し付けたのは私だ。あんな厄介な代物を引き取って、数年も面倒を見ていただけたというだけでも、感謝の言葉は尽きません」
「……。奴の母には……借りがある。それだけだ」
母……そう、志音の実の母親。
その人もまた、共に旅をした仲間の一人であった。年月でいえばこの場にいる誰よりも古参であった。
もうこの世にはいないとはいえ、それでも忘れられぬ程の恩義を感じている者の集まりとも言える。少なくとも、この場に集った三人は……人として彼女を愛し慕っていた。
「あの人の忘れ形見ともなれば、無下になど出来まい」
「忌み子だと罵っていたように記憶しておりますが……?」
「当然だ。奴さえ生まれなければ……」
「アナタ。その言葉を口に出すことは、あの方々へ対する最大の侮辱となります。……お慎みください」
「っ、わかっている」
忌み子……。
その言葉のさす意味を、三者共にちゃんと理解している。
けっして、世界から望まれて生まれ落ちた子ではない。
愛されることの叶わぬ子供。
真に志音を理解できる者など、もはやこの世界には存在しない。それは、共犯者であっても、義理の家族であっても……。
「それで、本題は……なんでしょうか」
「とぼけるでない。貴様……何故、計画を前倒しにした? いくら好機とはいえ時期尚早にも程があるだろう」
全員の視線は校庭へと向けられている。
そこには、少なくはない野次に囲まれて、戦士達が立っていた。
だが……戦いの行方などどうでもいい。
真に問題視されるべきは、源逸の言った『計画』に必要なコマが……すべて盤上に『揃ってしまっている』事なのだ。
偶然にしては出来すぎている。おそらく、源逸はソレを創正が暗躍した事なのだと思ったのであろう。
故に、こうしてわざわざ直談判へと至った。
だが……真実はそうではない。
確かに、昨日の時点でこうなってしまう事は予想できたが……、すべてが創正の予測通りではないのだ。
「まずは誤解を解かせていただきますが……。アリスがこの島にいること、あの愚か者が聖戦に参加したこと、フィオナ姫があの場にいること、……すべて、あの者達のきまぐれによる偶然です。……私の預かり知るところではありません」
「……偶然だと」
「志音だけならともかく、私程度が……あの二人を思い通りに動かせるわけがない。貴殿方もご存じであるように、地位云々でどうにかなる人間じゃないでしょう……。だから、本人達の『きまぐれ』なんですよ。おそらく、あの人達には何も深い考えなどないのでしょう」
「……。普段ならばそんな言葉で納得など出来んのだが、相手が相手だけに……納得せざるをえん」
なにせ、相手はあのアリスなのだ。
彼らの常識通りに当てはまる存在ではない。「普通は――」なんて言葉が通用する相手ではない。『普通』ではないのだから……。
人に触れ人を知るフィオナでさえそうだ。
一国の王が軽率に戦場へ足を踏み入れるなどもってのほかである。いくら、不老不死の肉体を持っているとはいえ、だ。
しかも、あろうことか自身の護衛騎士達を敵に陣営に入れ込むなど……何を考えているのか、創正にはさっぱりである。
だが、その行いを止めることが出来るものなど……残念ながらこの世界にはいない。いや、いるにはいるが……。
「まぁ、そう慌てるでない。童共よ」
「……っ」
部屋の窓際。
いつからそこに居たのか、一匹の白猫がジッと……彼らを見ていた。
「妖猫か……。貴様も大概しぶとい。まだ生きておったのか」
「そう殺気立つものでもないぞ、童。たかだか数代もの間、殺しあっていた程度の因縁ではないか」
「馬鹿を言うでない。貴様一人に、何人の祖先が命を落としてきたことか……」
「こんな可愛らしい猫一匹殺せぬ無能の衆であろう。文句があるなら、人を化け猫呼ばわりして『退治』と銘打ち、勝手に挑んでは簡単に散ったヌシらのアホさ加減を呪え」
「……」
「その因縁も、かの『英雄』殿が片をつけた。もはや、ワシとヌシでいがみ合うことに意味なんぞあるまい。わざわざ、ワシが統べておった土地までくれてやったのだ。これでもまだ足りんと申すか……?」
「……ふん」
「雅様、お久しゅうございます」
「あの地の当代の巫女か。たしか……名は八千代じゃったか? あの小娘が見違える程の女になったの。……血の呪いは?」
「ご心配いただき恐悦至極にございます。先刻、母からの説明にもあったように、我が一族もおかげさまで健康そのものです」
「うむ、ならばよい。ヌシらの子……結歌といったか? 少々やんちゃに過ぎる所もあるようじゃが、あの小娘も長生き出来るとよいの」
白猫は形を変え一人の少女を象る。
ヴァージェスやラグニスなどと同様に自らを獣人種……と名乗ってはいるが、正確には違う。
姿形は猫獣人のソレと酷似しているが、そもそもの生物としての格が違うのだ。
獣人とは獣と人間のハーフのような生物であり、由来となる獣の特徴にもよるが……一般の猫獣人の寿命は普通の人間と変わらず、長くても百年程度である。が、雅はすでに何十世紀も前から存在し、老いもせず今現在まで生を全うしている。
何も知らぬ者からすれば、源逸の言うように『化け猫』と揶揄されても仕方ないのだろう。真実を知ってさえまだその呼び方をする源逸は、ただ雅に対しての……些細な反発精神から来るものに他ならない。
「さて、現状の話へ戻るかの」
「まさか……誘導者は貴様か……? 貴様ならば、アリスやフィオナ姫とも懇意にしておろう」
「それこそまさかじゃ。《眼》を持つワシとて、他者の心まではわからん……が、あの童の考える事ならば予測もつこうて。くだらん復讐心に囚われ、前後不覚。辺り構わず利用できるものは利用し、その絶望を押し付ける相手をおびきだそうとしておる。かつて、貴様がワシの首に執着しておったように……の」
「……ことを急いだか、駄犬が」
「そう言ってやるな創正。仕方のないことなのじゃろうて……」
「どういう意味だ? そんな回りくどいことをしているということは、まだ『英雄』を特定出来ていないのだろう……。だったら!」
「……? なんじゃ、やはり気付いておらんかったのか……? おヌシら、いつまで悠長に構えていられると誤解しておったのだ……」
白猫の言葉を、創正は……源逸は……理解など出来ない。
だが、その言葉に宿るものが良きものではない事をだけは、察する事が出来る。
「『英雄』もとっくに気付いておるじゃろうが、あのガキ……もうもたんぞ?」
「「……っ」」
「あの……ガキ? それは一体、誰に向けられた言葉なのでしょうか、雅様。……まさかとは思いますが――」
「八千代、少し黙っていろ」
「答えてください。まさか貴方達……志音にまた、背負わせるつもりなのですか! またあの子から、大切なものを奪うつもりなんですか!? これ以上まだ、苦しめとおっしゃるつもりなのですかっ!!」
「……なんじゃ、その説明はしておらなんだか。源逸よ怠慢じゃぞ」
呆れる雅の目の前で、普段の大人しい大和撫子なイメージからは想像できないほどに、珍しく声を上げ激昂する八千代。
こうなる事がわかっていたからこそ、創正も源逸も……計画の詳細を八千代に伝えなかったのだ。
だがこうなるのも仕方ないのである。
創正や源逸のように冷酷になることも、ライラや雅のように永い時を生きてきた訳でもない。そんな中では八千代は唯一の常識人だ。
大義や目的があったとしても、誰かの犠牲を看過することはできない優しい人。
自身の犠牲ならばまだしも、家族の誰かが犠牲になるというのならば、なおのこと許せるはずもない。
「後に説明する。それよりも、猫……詳しく話せ」
「俺からも頼む。アイツの身に何が起きている……? お前はどこまで、あの力の事を理解している?」
「知らぬ」
「「……はっ?」」
「だから知らぬ。少なくとも過去の使用者に不死者なんぞおらんかった。いや、不死ではないか……。死んだ後にその死を否定した、といったところか。元々は『破壊』という概念を物や肉体に宿らせる力だった筈じゃ。先代であった父親も自身の武器の凶化に使用していた印象が強い」
「何かが違う、と」
「数日前より、ずっとこの《眼》で監視しておる。要するに見ておるのじゃよ。『破壊』だけでない力の使用法を……。ソレを力の進化と呼んでしまってもよいものか、些か疑問の残るところじゃが」
「……まさか、あの力が奴自身を蝕んでいると言いたいのか……? 自らの力に殺されると」
「力に呑まれ暴走していると申すか……」
「もしくは、奴の半端な混血に力が反発を示しておるか……。はたまた、力を受け継いだ時に『魔女』が何かしたのか……」
「……っ、ようはマトモではないのだな?」
「……それでは、志音は……。あの子は大丈夫なのですか? その計画の全てが完遂した後、あの子は無事に生きていられるのですか!?」
「「…………」」
押し黙る男達には目もくれず、八千代の言葉はただ一人の少女へと……。
だが、質問の答えなど……この場にいる全員が正しく理解しているのだ。創正や源逸だけでなく、八千代さえも。
ただ……この場の誰よりも情報に精通している雅に『否定して』欲しかっただけ。
……安心しろ、と。
……問題はない、と。
……きっと、大丈夫だ、と。
「ワシも全知の神ではないのでな、単なる予測に他ならんが……死にはせずとも、中身のなくなった化け物になるか。運が良くとも、これまで通りに生きることは叶うまい。もしくは、すでに狂っておるか……」
「……まだ理性は残っているように見えるが……」
「わかりやすく発狂し辺り構わず殺戮の限りを尽くすだけが暴走ではない。が……まだ、確かに狂ってはおらんようじゃの。視た限り……まだ『奴以外』は、誰も死んでおらんようじゃ」
「……志音は」
「相手は本気を出したリンドじゃぞ? 死なずに済む筈がなかろう。一度、首を落とされとる」
「……っ!? ……アナタ……っ」
「止めることは許さん」
「……っ、源逸さまっ!」
「くどい! もはや、止めることこそ……奴への侮辱と思えっ! 剣をとり、命を賭けると言った以上、アヤツは無邪気な童ではなく、戦場に立つ武士である。その生き様を愚弄する行為は万死に値するぞ……八千代」
「同意です。八千代さん……これはアイツ自身が決めたことです。我々にソレを止める権利はありません」
「……なんて、なんて残酷な事を……」
猫は思考を巡らせる。
おそらく、もう止まることはない。
『死神』と『英雄』……どちらかが死に絶えるまで、今回の戦いは終わらない。
そして、終わったとしても……生き残った者が、その死を嘆き苦しみ続ける事となるのだろう。
『死神』を忌まわしき生き地獄へと導いてきた創正。
少年を忌み子と罵りながらも鍛え上げた源逸。
そして、化け猫でさえも……この計画の完遂を――
――『英雄』の死を、心から願っている。
それは、かつて死んでいった大切な友たちの切なる願いでもあり……【黒】を手にした志音にしか果たせぬ事。
だが『英雄』をよく知るが故に、雅はこの計画の失敗を危惧してもいた。
『英雄』はとてもお人好しなのだ。
どんな瞬間であれ、相手の事を第一に考えて行動を決める。
勝ち負けなどどうでもよくて、どう動けば全てをいい方向へと持っていく事が出来るか。どうすれば、みんなを幸せに出来るのか……。そんな甘ったれた駄々っ子のような正義を、現実にしてしまえる程の力を持っている。
そして今回の相手は……『英雄』と深い因縁を持つ少年。……いや、正確に例えるならば……
あの『英雄』が、この世の何よりも大切にしている……大事な人なのだ。
好きとか愛してるとか、その程度ではなくて……もっともっと尊ぶ存在。
だが、その根幹はたぶん……後悔と懺悔、そして贖罪。
だから、もしも志音が心から望むのならば『英雄』は喜んで死を受け入れるだろう。
だが、やはり『英雄』は優し過ぎるのだ。
きっと現在進行形で激痛と悲哀に苦しみ続ける大切な少年を、そのままには出来ないはず。
最悪……また、あの時と同じ様に……
少年の父親を
少年の恋人を
殺した時のように……
『英雄』は、志音を殺してしまうかもしれない。
だから全ては、優しい優しい『英雄』次第なのである。
少年の願いを叶えるのか……
少年を苦しみから救うのか……




