③第五話【兎と雷と少女達】
「さて、と」
志音の衝撃宣言からわずか数秒。
志音の携帯端末に棄権宣言承認通知なるものが届いたところで、ようやく……停滞していた場が動き出した。
「…………」
「おーい、アクトくんや。ポカンと呆けてどうしたよ? ほっぺぷにぷにだぞぉ~」
隣から志音をポカンと見上げてきたアクト(アリス)の頬を、両手で摘まみ優しくムニムニする志音。
らしくない志音の行動に「あぅあぅ」と反応に困りつつ、志音にされるがままのアリス。
ちょっと嫌じゃなかったりするアリス。
「ほ、ほんらほほろり~! ひへんっへほーひうほほー!!」
「……すまん。何言ってるか全然わからん」
「ひへんふるっへーほーひぅほぉほ~!」
「……うん、わからん」
「らっらりゃ、はりゃへほー!!」
「断る」
ムニムニ……。
「はぁぅ~……」
いくら、普段の学園生活では戦闘から逃げ腰な態度を貫く志音だとしても、何の理由もなしにこんな行動はとらない。
棄権宣言しかり、このムニムニもしかり。
けっして……志音が予想していたよりも触り心地がよくて、楽しくなってしまってなどいないのだ。
「…………」
ふにふに~……
違う。違うのだ。
夢中になってなどいない。
「……志音」
「ゆ~う~な~ぎ~くー…ん……」
少女の形をした鬼が現れた。
いや、最初からこの場にはいた。志音ももちろん気付いていた。だが……志音の予想外だったのは、こんなにも早く反応し接触してくるとは思わなかったということだ。
志音の行動を無駄に深読みしてくる二人である。
先程までの一戦もある。
少しは警戒して、冷静に志音を観察する時間くらいは稼げると思ったのだが……
志音は知らない。
志音の棄権する宣言を聞いた瞬間は確かに、この二人はかなり警戒し言葉の裏を読もうと熟考していた。
リンドとの一戦に関しても、身内である結歌でさえ理解の及ばぬ事象が起きたことも……混乱が思考を埋め尽くしたほどだ。
だが、その後の行動が……二人の『考える』という選択を停止させた。
本人達の事情はどうあれ、端から見ればいきなりイチャイチャしだしたのだ。
黙って遠くから視ているなど、この二人にできるはずがない。
志音にはわからない。
何故この二人が揃うと、いつも覇気を孕んだ笑みを浮かべて近付いてくるのか……。
「なんだよ。一応、脱落したとはいえオレは『他国兵』勢力で、お前らは『王国軍』勢力。まだ敵同士だろ……? こんな近付いてきていいのかよ……」
「あらあらぁ~、おかしな事を言いますねぇ、この人」
「戦闘中なのだから、近付くのは当たり前でしょう……?」
「……まぁ、たしかに」
「ひほん、ろーしゅる?」
「アクトくん、ちなみに《認識阻害魔法》は?」
「…………あっ」
「だから、「あっ」じゃねえーよ「あっ」じゃ!」
「ひーらぁひっ、ひぃーらぁひぃ!! ひっぱらはいれぇええ!!?」
要するに、発動していない。
つまりは、今志音が頬を引っ張っているのは少し可愛い少年ではなく、普通に可愛い少女であると周りから認識されているということだ。
いやもう、志音としても今さら世間体がどうとかあまり気にしてもいないのだが……
志音以上に気にする義姉と風紀委員長とパパラッチと変態がいるからなぁ……と思わないでもない。
現に、微笑む二人の目は微塵も笑っていない。
「……んで、お前らはこのバカと戦うと?」
「そうね。ルール上、残った敵は彼女だけのようだし……私達『王国軍』が勝利するためには、その子に負けを認めさせるか……痛い思いをしてもらう他ないのかしらね」
「まー、仕方ないですよねぇ~。さんざんコチラの期待値を上げておいて、ちゃんと約束までしたのにぃ……敗けたならともかく自分から降参しちゃった嘘つきさんが~、ぜ~~んぶ悪いのですからね~♪ ざんねんながらぁ、今回は私もオコですよ♪」
「……はぁ、誤解があるようだから言っておくが――」
「戦う約束に日時の指定はなかった……な~んて屁理屈は通用しませんよぉ?」
「戦いもせずに敗けを認めるのは、貴方の悪い癖だといつも注意しているはずだけれど……。大体、貴方は自ら希望して《ラグナロク》に参加した筈でしょう? だったら、逃げる選択肢は許されないと愚考するわよ」
「だから、誤解だっていってるだろうが!」
「「何が!?」」
「オレは別に逃げたわけじゃない。ただ、後の面倒事を前もって予防しておいただけだ」
「「……」」
さすがに志音でもわかる。
この二人、まったく志音の言葉を信用していない。というか、する気がない感じだ。
そもそも自分に信用と呼べるものがあるとは微塵も思ってはいないが、嘘つきや法螺吹きと呼ばれる志音でも……今回は、今回だけは本気だ。
この二人との戦闘から逃げるつもりなど毛頭ありはしない。
それどころか……
「とりあえず、……ちょっと休ませてくれ」
アリスの頬から手を離し、代わりと呼ぶには語弊があるが、そのチビな身体を荷物でも運ぶように小脇に抱えて少し移動する。
「あわわっ」
前置きもなく急に抱え上げたものだから、アリスも少々の動揺を見せたが……すぐに大人しくなる。
「アリス」
「……あのさ、本名で呼ばれちゃうと変装の意味が……」
「そもそも《認識阻害魔法》が解けてんだから、あんま関係ねぇだろ。お前の身分がどうとか……考えるのも面倒になってきたし」
「問題が起きたらどうすんのさ……?」
「創正に押し付ける」
「うわっ、他力本願かよ~」
「ついでに言っとくが……、お前は棄権すんなよ」
「あー、志音ってば、ボク一人でフィオナ達の相手をしろっていうの!? こんなか弱い女の子一人に!? 鬼畜! 外道!! 悪魔ーっ!!」
「鬼畜でも何でもいいから、とりあえず話くらい最後まで聞けバカ」
「何さ~……」
「今回のオレの計画には、どうしてもお前の協力が必要なんだ。……さっきのだけじゃ、まだ足りなかったみたいだしな……」
「……どゆこと?」
「実は――」
志音はアリスにだけ聞こえる声で、考えていた策……とも呼べぬ計画を伝える。
あらかじめ志音が予想していたように良い反応は返ってこないが……とりあえず協力を取り付けることには成功した。
その足で近くの喫茶店へ。
店員も客も先程の戦いを観ていたのだろう、ボロボロの志音を警戒している様子がありありと伝わってくるが、志音としてはどうでもいいので無視。
近くに立っていた店員に「椅子を一脚借りてもいいですか?」と一言。快く……とはいかずとも頷いてくれたので……
「……。……アリス、手塞がってるから」
「ボクを下ろせばいいじゃん」
「……いや、この剣持ってろ」
「なんでさー」
「なんとなくだよ」
リンドから、一方的に「借りる」と言って拝借したはいいが、鞘まで借りるのを忘れた。納める鞘がないので常に抜剣した状態で持っているしかなく……
もう片方の手はアリスで埋まっているので、両手が埋まっている状態だった。椅子を持つ余裕などあるはずもない。
ということでアリスに剣を渡し、空いた手で椅子を抱える。
「結歌、アリシア。場所を変えるから着いて来いよ」
「……はぁ~」
「ちゃんと説明、してくれるんでしょうね」
「着いたらな。……あと、ライラ。アンタも――」
「勿論、行かせてもらうよ。私の役割的にもこの場に残る理由はなさそうだしね」
「……そうか、助かる」
戦士達は最後の戦場へ……
そして、『死神』は……――
◇◇◇
光のない
音のない
何もない黒の中に、ソレはいた。
肉体も記憶も犠牲にし、人格の維持すらままならぬ真っ黒な世界で……ソレは存在した。確かに存在していた。
ドロドロの黒の中
ふわふわと漂うように……
……あぁ……また君は来てしまったんだね。
……あぁ……また君は行ってしまうのだね。
幾度かも忘れた邂逅にすら、彼は気付いてくれない。
いや、気付かれてはいけない。
気付いてほしい。
気付いてしまったら、彼はもう……。
ちゃんとボクを見つけ出してほしい。
…………ボク?
『ボク』ってなんだろう?
自身を形容する言葉として、果たしてそんな単語を使用していただろうか?
自身……とは、どんなだっただろうか?
ソレに残っているのは
唯一、黒に溶けずに残りつづけているものは
ソレが絶対に放さない……守り続けているものは
――愛した、彼の事だけ……。
忘れてやるものかと、手放してやるものかと、魂に刻み込んだその想いだけ。
ソレが黒に呑まれずにいられるのは、この想いのおかげだ。
コレがなければ、とうの昔に狂っていた。
きっと数秒と持たず、呑み込まれてしまっていた。
……もう、来てはいけない。
きっと、これ以上はもう……
ボクが……堪えきれない。
愛した人には届かないこの世界で、ソレはポツリと言葉を溢した。
「……愛してる」
「……愛してる」
「…………シオン」
◇◇◇
「……まさか、『王国軍』本陣を最後の舞台に選ぶなんて……」
「しかも~、コチラのメンバーが全員揃うまで待つなんてぇ、いったい何を考えているのでしょうかね~」
そう、志音が戦いの舞台として選んだのは、かって知ったる我が母校……学園の校庭である。
その校庭のど真ん中に椅子を置き、そこに座るのは『他国兵』勢唯一の生き残りであるアリス。
志音はそのすぐ側で立っている形となる。
そして少し離れた位置に、『王国軍』勢の精鋭達十名。そして……王役のフィオナ・オーヴェインその人。
観客はゼロとは言えないが、街中よりも無関係の野次は格段に少ない筈だ。
それに……この場所ならば、創正のように『もしも』の時に対処出来る人間がいる。
……もう、志音には……時間がない。
この身を駆け巡る痛みが、【黒】を発動させる度に志音の思考を呑み込むような破壊衝動が、もはや理性という歯止めではどうにも出来なくなっていくのがわかるのだ。
限界などとうに過ぎ去っている。
「もともと、今回の《ラグナロク》は籠城戦って設定だっただろう? っつーのはまぁ、単なる言い訳だな。実際はアレだ……」
ほぼほとんど無傷の数人に、軽傷を負いつつもピンピンしている数名。
志音の目の前には、手傷を負っている者の方が少ない訳だが……別にその状況をとやかく言うつもりもない。
その方が……『アピール』としては、都合が良いし。
「バラバラの地点からわざわざお前ら全員探し出すのとか、めんどくせぇ。超ダルい。時間の無駄」
「一纏めにしておきたかった、と?」
志音の言い分に不機嫌を隠そうともしない者も多い中、理性的に対応したのは第三位のロイド。
「それはさすがに悪手じゃないかい? ボクら全員から袋叩きにされても文句をいう資格はないよ」
「むしろソレを推奨したくて集めたんだが……、お前らまさかバカ正直に一人ずつ挑む気でいたわけ? バカじゃねえの?」
「……ふむ、なるほど。では次の質問だが、何故……自ら敗けを認め棄権なんてまねを? ……いや、その傷ならば、考え付かない選択肢ではないのだけど……」
ロイドの言うように、今の志音は……リンドとの戦闘で既にズタボロである。【黒】なしでは、まともに動くのは右腕だけだ。
痛々しい生傷だらけで、無事な部位の方が少ない程である。
「……あ~、別にそういう訳じゃねえよ。確かに全身くまなく激痛で最悪だが……戦れねぇって程じゃねえさ。棄権した理由ってのはつまり……」
一度くぎり、意識して……これまで通りに『悪人面』を貼り付け……口許を歪ませる。
「こうしときゃ、公式試合じゃなく『私闘』って扱いだから、仮にお前らがオレに敗けても戦績ランクには反映されないだろう? いや別に、お前らがオレと戦いたくない……なんてヒヨったこと言うつもりなら、逃げてくれても構わない。だが……オレは唯一の生き残りであるこのバカを護る。ようは、試合に勝ちたきゃオレを潰すしかないってわけだ」
「……なるほど、戦いから逃げたわけではない……と」
「どうする? テメェらが雑魚だと嗤うオレが、わかりやすく挑発してやってるわけだが……愚かに乗るか? それとも逃げるか? はたまた、オレの隙を突いてこのバカを狙うか? まぁ、隙なんてつくってやる気……ねぇけど」
彼らの言葉を待たず、志音は準備へとうつる。……といっても、やることは単純で……
「……っ……ぐぁ……ぅっ!」
右腕だけではなく、左腕と両脚にも【黒】を――狂器を纏う。
死痛と比較にならぬ程の激痛に、表情を歪ませてしまう。
そして脊髄を燃やす程の衝動が、全てを殺せと脳裏を埋め尽くす。
……全部壊して、楽になれ……と。
耳元で囁かれる誘惑を……志音はだが、糞くらいだと鼻でわらい飛ばす。
……オレが『どうしたい』など、どうでもいいのだ。
……やりたいことは決まっている。それ以外はどうでもいい。やることをやるだけ。
……邪魔になるなら、衝動すらもいらない。
「……ぐ……ぁ……はぁ、それじゃあ始めるか。……来いよ、遊んでやる」




