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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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③四話(3)




 声は冷淡だ。

 そこに情などという無駄なものは微塵もない。

 志音の望んだ以上の結果である。

 今のリンドならば、志音を()()()()()()()()()


「そうこなくちゃ……」


 自身を刺し貫く激痛すら、もはや志音の眼中にはありはしない。




     ◇◇◇




 無垢なる少女の目と鼻の先で、少年はまた……自ら傷付こうとしている。

 痛くないはずのない傷をまた増やし、負う必要のない罪とことばを積み重ね、少年自身を『淘汰されるべき悪』へと陥れようと足掻あがく。

 すべては、たった一つの『願い』の為だけに……。

 それ以外のすべては、その瞬間へ至るための過程に過ぎないと……自分自身すら騙し通して。


 だから、少女は悲しい。

 もう苦しんでほしくないと願う彼が、また苦しんでしまうことが……


 だけど、少女は嬉しい。

 それほど……数多あまたの傷を負いながら、それでも一途に想っていてもらえることが……


 彼は、少女のためだけに踊っている。

 少女に見つけてほしくて、無様に、滑稽に、踊っている。

 そんな彼がいとおしくて……


 ――――ずっと見ていたいと


 ――――もう見たくないと


 矛盾する感情の綯交ないまぜになった瞳で、少女は彼を見つめていた。


 ――――大丈夫。……ちゃんと見ているよ。


 そんな言葉さえ、伝えられぬままに。


「……シオン……」


 ポツリとこぼれた愛しき名は、されど……彼に届くことなく消える。

 それでいい。

 寂しいけれど、それでもいい。


 多くを望んではいけない。


 彼にだけは、求めてはいけない。


 彼から大切な家族ひとを、愛した女性ひとを、すべてを奪ってしまった少女に……ワガママを言う権利などあるはずもないのだ。

 ましてや……


 ……彼の『生』を望むことなど……。


「おいおい、お前ともあろうものが随分と憂いを帯びた目で、志音アレを見るじゃないか。まさか、かつての伝説が……恋する乙女の真似事かい?」


 古き友はケラケラと嗤う。

 少女を真に知る数少ない『友達』の一人。

 ライラとは長い付き合いだ。

 その憎まれ口の真意も、少女はちゃんと理解している。


 少女にはもう、人として生きる権利なんてない。

 誰かの語る『伝説』として、人々を守る盾と成らなければならない。

 争いを止める人柱とならなければならい。


 永遠とわを生きる者として……


「相変わらず、君はいじわるだね」

「アレからまた、色んなものを奪ったんだろう……」

「……うん」

「仕方ないさ。そうしなければいけなかった。お前がそうしなければ、『アイツ等』はもっと苦しむこととなったはずだ。……お前は、彼らを殺めることで、彼らを救ったんだ。誰もお前を責めたりしないさ」

「……」

「アレ、以外はね……」

「……そうだね」


 世界のためにそうした。

 彼らのためにそうした。


 たった一人の少年を幾度も泣かせ、たったそれだけの犠牲で……この世界を守り抜いてきたのだ。


 この選択に悔いはない。


 …………ほんとうに……?


 これが最善の選択だった。


 …………ほんとうに……?


 彼ら自身もソレを望み、そうなる事を願った。


 …………ほんとうに……?


 だって、最期は……『ありがとう』って……


 …………ほんとうに……?



「ねぇ、ライラ」

「……」

「ボクのやった事は……正しい事だったと、思う……?」

「当然だ。お前はこの世界の為に正しい行いをしてきた」

「……っ」

「……そうさ、なーんにも間違っちゃいない! テメェはこんな糞だらけの腐った世界で『正しい選択』をしてきたんだ!! 誰かにとっての理不尽なんざ、当たり前だろう? …………そんな世界さ♪」

「…………なら、彼も……――」

「無理だね。……少なくとも、お前だけには絶対に不可能だ。お前にあのガキを『救う』なんて選択肢はない。……そもそも、もう手遅れだ……」

「……っ、…………だよ、ね……」


 あの時から、数年もの間……考えない日はなかった。


 『他に方法はなかったのか?』と……

 『他に選択は出来なかったのか?』と……


 ダメだった。


 ライラを救いだした時とは、違い過ぎた……。

 彼等も、彼女も……もう……救えなかった。

 助けることも……守ることも……庇うことも……出来なかった。


 その選択を、他でもない彼等が……許してはくれなかった……。



「今更、悔いる権利が君にあるとでも……?」

「わかってる。創正にも言われちゃったよ……。「間違ってないんだから後悔するな」だってさ。それが、彼等の死をけがす行為だから……って」

「お前が言ったことだろう? 人柱ひとばしらも汚れ役も、憎しみのまとでも、すべて……たった一人で背負うって……」

「うん。だって……ボクこそが適役でしょ♪」


 少女は、あどけない笑顔で笑う。


「現状、お前以外には無理だろうね」


 ライラはそう言葉をこぼす。

 肯定ではない。……肯定はしない。


 『適役』?

 こんな、無邪気で優しいだけの……少女が?

 苦しみながら、哀しみながら……殺したくもない親友達に手をかけなければならなかった。その上で、誰かが()()()望む『伝説』でいなければいけない。


 何が……適していると言うのだろうか?


「お前一人が『生きて(苦しんで)』くれるだけで、多くの命が救われる。くだらない争い事の抑止力になるんだ。喜ばしい事だろう?」

「……そうだね」


 残念ながら……この世界も、この少女アリスも…………本気でそう思っているのだから……たちが悪い。


「……あぁ、ホント……。……清々しい程に、糞だな……」


 『創造主クリエイター』などとふざけた通り名で呼ばれてしまっている女性は、己の無力さに……作り嗤いの奥底で人知れず、奥歯を食いしばるしかない。

 けして、この理不尽を……言葉に尽くせぬ程の不快感を……悟らせてはいけない。

 それが、『見届け人(ライラ)』の役目だから……。


 ボロボロになった人形しおんを、その場しのぎにつくろう事しか許されない。

 汚い言葉で発破はっぱをかけて、その背を押して……吐き気を催すような最悪の未来へと導く事しか出来ない。


 『英雄』と呼ばれた少女も

 『死神』と呼ばれる少年も


 ……救ってあげられない。


「……お前達の決着だ。私は外側から楽しんで観させて貰うとするよ」

「ホント……君って、ヤな奴だよね~。あはは」

「私だからね」




     ◇◇◇




「アリシア」

「……あらぁ? 結歌じゃないですか~。随分と遅いご到着ですねぇ」

「御託はいいから、……状況は……?」

「…………。見てわかる通り、私にも()()()()()()。……今、ドチラが優勢なのか……もしくは、拮抗しているのか……」


 アリシアの視線に促されるように、結歌もまたソコへと視線を向けた。

 ソレは……試合と呼ぶには……。


「……っ!?」


 あまりに……多くの血が流れていた。

 たった今現れた結歌が顔をしかめてしまう程、鼻を突く血の匂い。


 数メートルにも及ぶ血溜まりの真ん中で、二人の男は剣を振るっていた。


 互いに……五体すべて、無事と呼べる箇所は存在しない。

 学校指定の制服も、白を基調とした軍服も、己か相手のものかもわからぬ汚い赤に汚れ、所々ズタズタに切り裂かれている。

 中の肉体は……その比ではない。

 お互い、剣を持つ腕以外は……もはや使い物になるまい。

 現に……もはや、その葛藤に技と呼べるものはない。



 なのに……



 だというのに……――



「「…………っ!」」



 その刃が鳴り止む事はない。

 二人の剣が、止まることはない。

 戦意が、殺意が衰えることは、微塵も感じられない。


 剣先が肉を、骨を切り裂く。

 突き出された拳や、勢い任せに放たれた蹴りは、互いの肉体を抉り……軽々と吹き飛ばす。

 脚をひきずり、地面を這いずってなお、無理矢理体を叩き起こし血反吐を撒き散らすも剣を握る。


 ……止まらない。



「これでも、さっきよりはかなりマシになったんですよぉ。……目で追えるくらいには」

「これで、マシって……」


 結歌が耳を疑うのも無理はない。

 ()()()()()()という今でさえ、全快の戦士の歴戦を彷彿とさせる程の激しさと覇気を纏っているのだ。

 ことの異常さはそれだけではない。


 数秒見た結歌でさえ気付いたのだ。最初からこの戦いを観ていたアリシアが気付かないはずがない。


 人類最強の騎士

 学園最弱の生徒


 そんな肩書きなど、もはや何の意味もない。


 互いが互いを――


 本気で殺そうとしている。


 殺しをルール違反とする≪ラグナロク≫の戦場で、お互いの命を全力で奪おうと……白銀と漆黒の剣身を真っ赤に汚し、ぶつけている。


 それなのに、こんなに長い時間経過しているのだ。

 逃げも隠れもせず、互いが互いを殺すために戦っているのに、まだ決着が着いていないのである。

 殺すつもりがない試合ならば理解できる。

 相手の戦意を挫く、相手の意識を奪う、など『殺してはいけない』という制限のもとで戦うならば、多少の時間の経過も頷けるというものだ。

 だが、二人のソレは……制約の枠を遥かに逸脱した、命に届く一撃の応酬。

 急所を狙うことも厭わぬ、死の一閃。


 作り物のアクション映画ではないのだ。

 どれほどの手練れ同士であっても『殺し合い』に、こんなにも長時間ももつわけがない。


「……そうよ。これが『殺し合い』だとわかっていて、何故アナタが止めずに見ているの!」

「無茶をおっしゃらないでくださいよぉ~。あの二人を止めるために、私に死ねって言うつもりですかぁ? もちろん、何もせずに突っ立てたわけじゃないんですよ~?」

「だったら……」

「遠隔で槍を何十本撃ち込んでも、あの人達を止めるどころか、逆に利用される始末ですよぉ……。槍の成の果てが足元に転がってるでしょう? あの鉄屑ですよぉ。……一応、観客の方々への被害は出ていませんし……――」

「もう少し二人が疲労して、隙が出きるタイミングを伺っている、と……?」

「……結歌相手だと説明が楽で助かりますねぇ~」


 ……待つ?

 いつまで、待つというのだ?

 あの二人の動きが鈍るまで?

 あの攻防を目にして……何故、そんな悠長な結論に行き着くのだろう。

 それまで、そのドチラかが生きている保証が、どこにあると言うのか……。


 仲裁の前に……もしも決着がついてしまったら? ……それは、片方の死を意味する。

 この戦いで決まるのは勝者と敗者ではない。

 ……加害者と被害者。


 アリシアも……いや、この場にいる全ての者が、ちゃんと理解している筈だ。

 それとも、楽観視しているのか?


 命までは奪わないだろう、と……


 こんな公衆の目の前で、相手を殺したりはしないだろう、と……


 ボタボタと……こんなにも多くの血が流れているとしても、まだ学園の催しだと――子供の児戯だと、傍観を続けているのだろうか……?

 ……ドチラかが……

 本当に死ぬまで……

 何もせず……


「結歌、アナタが何を考えているのか……大方の予想は出来ます。ですが……、『あの二人の殺し合い( アレ )』に茶々を入れるとなると、それこそ……私達もそれなりの覚悟が必要ですよぉ? ……生温い中途半端じゃ、被害が増すだけ」

「…………愚問ね」


 今一度、結歌は刀を握り直す。

 自身の中に灯るを、強く……熱く……燃え上がらせる。

 アリシアもまた、その手に銀槍を……。





「あーダメダメ。お嬢さん達、彼等の邪魔なんてしちゃダメだよ~♪」

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