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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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③四話(2)




 人を殺すことの出来る武器を手にし、それでも相手を殺してはいけない。

 抜刀した剣は幾度となくぶつかり合うのに、その刃で相手を殺してはいけないのだという。

 脆弱で、貧弱で、殺さぬ方が難しいような……脆い人間を相手しているというのに……。

 『ルール』という縛りが、少年の行動を抑制している。


 ――殺してしまえたなら、どれだけ楽だろうか……と。


 だが、抑圧に耐えているのは相手も同じだ。


 折れぬ剣は何度も交差し、甲高い金属音を轟かせ続ける。

 もはや数えることも忘れる程に交わった剣撃の応酬おうしゅう。だが、共に有効打となりえる一撃はない。

 互いに無傷。

 あの騎士団長を相手に、学園最弱と呼ばれた少年は傷一つ負うこともなく戦っているのだ。

 常人には目で追うことすら叶わぬ神速の剣技をもって……。


 観戦する者達からすれば、驚愕以外の感想は出まい。

 どう言い訳したところで、素人目にもリンドが手を抜いているようには見えない。むしろ、あのスピードに容易く反応している少年が異常なのだ。


 そして、何度も切り結べば……いくらニブチンな少年(しおん)でも、相手の本質くらいは理解できてしまう。

 リンドは、フィオナを護る聖騎士である。

 だが本質はソコではない。

 どれだけ言葉や肩書きで繕うとも、その積み上げてきた『経験』が、磨き抜いた『技』が、リンドという人間を表している。


 志音は、その目を知っている。


「なぁ、アンタ」

「……」


 口を開いた志音に対し、その僅かな気の緩みさえ『隙』と断じ銀剣をふるうリンド。だが、その切っ先は志音の喉元でピタリと止まる。

 そうだろう。だから、志音もあえて()()()()()()


「なんで、あのじゃじゃ馬姫のおりなんてやってるんだ……?」


 それは、単純な疑問であった。

 先日の一件を経て、もしかして……なんて思っていたが、この一戦を通して疑念は確信へと変わった。

 だからこそ生まれた疑問。


 リンド・アークレイヴという男は、間違いなく……『殺す側(コチラ側)』の人間だ。

 志音と同じ世界で生きてきた者の目をしている。

 それだけではない。

 圧倒的な実力差で優位に立つならばそうでもないのだろうが、志音という異端を前にして振り上げられた剣先は、……隙あらば、命へと到る殺意の乗った一撃ばかり。

 現在、首にあてがわれた剣もそう。

 きっと無意識なのだろう。だが、それが人の本質というものだ。

 付け入る隙などないものだと諦めていた志音だったが、思わぬ収穫につい口元が緩んでしまう。

 そんな志音を、冷淡な瞳が睨み付ける。


「……不敬だな」

「生憎と、接点も録にないお偉いさんをうやまってやるほどお人好しじゃないんでな」

「姫を侮辱するようなら……私も黙ってはいられない」

「口を開かずとも、相手の首を跳ねちまえれば楽なのにな……。そうだろ?」

「何が言いたい……? 言いたいことがあるのならば簡潔に述べろ。言葉遊びに付き合ってやるほど、私もお人好しではないんだ」

「……んー、いや。ただただ不思議に思っただけなんだ。……なんで、アンタみたいな『殺す人間』が、あんな女に心酔しているのか」

「…………」


 安い挑発のつもりではない。

 本当に、ただの疑問なのだ。

 リンドがこれまでに、何人の人間を、何体の生物を、(あや)めてきたかなど志音にはわからない。というか、数などどうでもいい。

 それでも、生半可な数では済まないであろう修羅場を生き抜いてきた、それだけは理解できた。

 それほどの……他者の血で汚れた手を持って、いったい何故、他人に依存することが出来るのか……。

 たった一つの命()()()護ろうと思えるのか。


 言葉にせずとも、志音の言いたいことなどリンドは察しているだろう。


 ……『罪人が、偽善者気取りか……?』と。


「あの方をお(まも)りする。それが、私の使命だからだ……」

「誰がそう決めたんだ? 親か? 神様か?」

「私自身だ」

「……なるほど。『手段』じゃなくて、それこそが『目的』であると」

「無論だ」

「ようするに、『フィオナ・オーヴェインを護る』っつー『目的』のためならば、アンタは手段を選ばない。情も挟まず、他者を殺せる。……そうだな?」

「当然だ。私の剣は……その為だけにある」

「…………当然、ね」


 志音が思っていたよりもはるかに、リンドの中で『フィオナ』という存在は大きいらしい。


 信仰、心酔、依存。

 そんな形もない鎖で自らを縛り、他者に自身の証明を押し付ける。

 ……くだらない。


 だがよくよく考えてみれば、志音もまたリンド同様に……あの『英雄(ひと)』に依存しているのだ。


 フィオナを()()ために強くなったリンドと……

 『英雄』を()()ために強くなった志音。


 ベクトルは違うが、『目的の為ならば、手段すら問わぬ』という点においては、やはり同じなのだ。


「ならアンタはお姫様の名声の為に、ルールを破るなんて真似は出来ないわけだ」

「そもそも、破る必要がない」

「でもやっぱり、勝負の決着としては……殺しちまった方が楽だろう? 生きてた方が勝ち、ほら分かりやすい。お互い苦労するな……? 殺せる力を持っていながら、殺しちゃダメなんてよ……」

「ガキが吠えるなよ。貴様など、殺さずとも叩き伏せられる。背伸びしたい年頃なのだろうが、吠える相手は慎重に選んだ方がいい……」

「へぇ……、殺す気もねぇ『お遊び』でオレをどうにか出来る気でいるわけか……」


 慣れた不気味な笑みを浮かべ、少年は嗤う。

 視界の端に浮かぶモニターでは、ようやく……待ち焦がれた時が来たことを告げるように……最後の一人が倒れた。

 あぁ、やっとだ。

 慣れない中途半端な手抜きも、もう必要ない。


「さて、残ったのはアンタ一人みたいだな」

「……そのようだな。ならば、最後の一人としてふさわしく、子供達の越えるべき関門(かんもん)と成るまでだ」

「だったら、最初の挑戦者はオレって事になるわけか。つっても、手抜きされたままじゃ……面白味も半減ってもんだろう」


 志音は、リンドをよく知っている。

 リンドという人間の禁忌(タブー)を、よく熟知している。

 それは付き合いの長さなどではなく、『そうなるであろう』、『そうなっているはずだ』という臆測が九割。だが、たった一割の『確信』で十分なのだ。


 この男は、自分によく似ている。


 冷淡を装いながらも身内に甘く、多くの繋がりを得ようとせず、今あるモノに過保護である。


 そして――志音は、彼を()()()()()

 絶望に歪む顔を、悲痛に叫ぶ怒号を、そして……おのが無力さ故に恐怖へと塗り潰された……ドス黒い怒りを。


「だから、コレは……単なる挑発だ。乗るかどうかは……アンタ次第ってことで」

「……っ」


 制服のポケットに忍ばせた手であるモノを取り出し、リンドの目の前に放り投げる。

 それは、ただのナイフ。

 特に目立つ装飾が施されている訳でもなく、どこにでもあるようなナイフである。

 ちょうどよかったから、という理由で先程露店で購入しておいた新品のナイフだ。

 これ単体では意味がない。

 ちゃんと、『(ことば)』で付け加えねば……


「アンタの逃した魚、歯応えはイマイチだったな……」

「……っ!? ……」


 一瞬だけ見せた動揺。

 だが、まだ足りない。

 昨夜の一件(それだけ)では、まだ『死神』足り得ない。


「偽者じゃ、ダメだな。あのクソ(アマ)すら殺せない。オレならこうはならなかった。……オレなら、上手く()れた」

「……そろそろ口を閉じろ」

「一人として取り逃さず、皆殺しに出来た」

「黙れと、言った……」

「ちゃんと、殺してやれたんだ。……ほら、三年前のあの時みたいに、な」

「――っ!!!」


 今一度切り結ぶ刃。

 だが、先程までとは明らかに違う。

 激昂とまではいかずとも、リンドの今の一撃には明らかに冷静さが欠けていた。ゆえに、もし志音が剣で受け止めなければ、その切っ先は深々と志音の肉体を切り裂いていたことだろう。

 感情の昂りによって、技の切れ味が増した。


 だが、まだダメだ。


 無意識では意味がない。

 ちゃんと、意志を持って……本気で志音を殺す気で戦ってくれなければ、意味がないのだ。


「そう怒らないでくれよ。……仕事だったんだ」

「っ!!」


 嗤う。

 リンドのすべてを見下すような笑みで、嗤う。

 そしてその右手は、【黒】により……光沢すらうつさぬ漆黒へと染まる。

 自身を殺すことで手にした力により、黒く……ただ黒く。


「そういや、さっき蹴られたお返しがまだだったよな……?」


 志音は左手に持った黒剣でリンドの剣撃を弾く。その一瞬……その隙を突くように、体勢の崩れたリンドの脇腹へ狙いを定め、右腕の拳を突き出した。

 不十分な力みに関わらず、その拳は深々とリンドの脇腹を抉り、あのリンドを吹き飛ばす程の威力をみせる。

 だが、相手も戦いのプロだ。

 志音の言葉から行動を察したか、拳を受ける一瞬……崩れた体勢から無理矢理後方へと飛んで衝撃を逃がした。

 無傷とはいかぬまでも、大きなダメージはない。

 冷静さを欠いた状態であっても、本能的に戦う技術を発揮している。


「もっと派手にぶっ飛ばしたかったんだが、そう甘くもいかないか……」

「……その力」

「もちろん、覚えてるよな?」


 もちろん、【コレ】も挑発だ。

 わざわざ、腕に纏うガントレット状ではなく、腕を侵食させる【黒】《マヴロ》を使ったのも、リンドの逆鱗を逆撫でするため。

 あの時も、そうだった。

 だから今回も同様に……あの日の惨劇をなぞるように……。


 ……その身に流れる、魔族の血を解放する。


「ほら、思い出してきたか?」


 瞳は紅く……


「お前から大切なモノを奪った」


 その髪は、銀色に輝く。


 そう。

 ソレは紛うことなく、リンドの記憶と一致する。

 沸々とわきあがる熱は、怒りすら塗り潰す程の憎悪。

 だが、不思議と……我を忘れて暴れ狂うことはなかった。静かに、燃える。


「憎いか……?」

「…………」

「殺したいよなぁ?」

「…………」

「いいんだぜ? 物語のヒーローよろしく、大量殺人鬼であるオレをぶっ殺しちまえよ!! 安心しろよ、誰もアンタを責めたりしない。何せ、悪人を一人殺しただけなんだ。むしろ、褒め称えられるだろうぜ? 自分で言うのもなんだが、あの『死神』を討伐した功績はデカイだろう」

「…………」

「お前も仇敵を殺せてスカッとすんだろ? いいことずくしじゃねえか、なぁ?」

「…………」

「なんだよ、だんまりか?」


 煽りの言葉を考えると同時に、右手の【黒】《マヴロ》をガントレットへと変える。相変わらず、右腕を食い破られるような激痛には慣れそうにない。

 防具などという防衛的な力ではない。命を喰らう【黒】《マヴロ》をそのまま体外で物質化させた、文字通り『破壊する力』である。

 絶対防御と名高いロイドの氷壁すら、この力は容易く砕いてしまった。

 それほど強大な力である。当然、メリット相応のデメリットもある。

 激痛と侵食……いや、きっと志音が気付いていないだけで、それ以上に多くの『何か』を失っているはずだ。


 そんな力すら出し惜しみなく使うのはひとえに、リンドをそれだけ脅威であると自覚しているから……。

 だがそれでも、志音は見下した目で嗤う。

 自身へと向けられた憎しみを嘲笑い、けして……情など(いだ)かれぬよう全力で煽る。


「当然だけど、オレはアンタを殺す気でやる。アンタはどうする……? こんな下らないお遊びのルールに従って、手を抜いたまま戦うか?」

「…………」

「まぁ、それでもいいんじゃねぇの。騎士団長様は正しい手順で正々堂々と、生温いチャンバラごっこでもしてればいいさ。正義の味方を名乗るならルールは守らないと怒られちゃうもんなぁ!」

「……言わせるな……」

「あ? 声がちいせぇよ。聞こえねぇじゃねえか」


 不意、リンドの纏う空気が変わった。

 騎士然とした凛と張りつめたものから、殺意と怒りだけの暴威へと。

 むしろ今までが静かすぎたのだ。

 自身から大切なものを全て奪った(かたき)を前にして、むしろリンドは自我と自制心で冷静を保っていた方なのである。


 そして―――


 リンドの姿が消える。

 いや、違う。


 本能的に志音はガントレットに包まれた腕を正面へと突き出した。

 一瞬後、【黒】《マヴロ》に包まれた右手を貫通する銀の刃。

 今の志音でさえ、目視のかなわなかった早さをもって……リンドが距離を詰めてきたのだ。その銀の切っ先は……正確に志音の胸を狙っていた。


「何度も言わせるな……」

「……っ」

「私は……黙れと言った」





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