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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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③第四話【ワルモノ】




 立ちはだかる逆境をものともせず、戦乱を舞う深紅の朧灯おぼろび

 華麗であり、優雅であり、強く……ただ強く燃える。

 中途半端な覚悟では、少女を立ち止まらせることすら出来ない。

 駆ける火はたった一つの光へ向かって、……求めるものの為だけに、一心に猛り燃ゆる。


 ただ……見てもらう為だけに……。



 優しい少年は、ソレを滑稽だとわらうことはない。

 『止まったまま』の自分には、きっと見えることのない輝かしいモノを……彼女は知っているのだろう。

 ソレを……心の底から、欲しているのだろう。

 例え、それ以外の全てを失ったとしても……。


 眩しくて……。

 側にいても、少年は少女への憧憬しょうけいを絶やすことはない。


 だから……――――


「誠に申し訳ありません。騎士団の皆さん……」


 その視線は、『終わった戦場』へと。


「今回は大人しくしていてくれますか……? ボクも、これ以上手荒な真似はしたくはない」


 優雅に微笑む少年ロイドの眼前では、無傷でありながら……指の一つすらまともに動かす事もままならぬ、六人の強者。

 全員に共通して言えるのは、肉体の所々に凍傷にも似た傷があるということと、部分的に肉体の一部が()()()()()いること。

 つまり……(ロイド)の術中に()まってしまった、ということである。


 ――『氷結晶の貴公子』。

 その二つ名に(たが)わず、騎士団をその場に縛り付ける程の熟練された《氷結魔法》。

 無論、学内序列三位にまで上り詰める程の実力者であるロイドを、騎士団の精鋭達が警戒しない筈がない。

 むしろその姿を視界に入れた瞬間から油断なく行動していた程だ。


 だが、このザマである。


 《魔法》の発動どころか、《魔方陣》の存在すら感知することが出来なかった。

 それどころか、『今現在、何をされているのか』すら……正確ではない。


 発動条件は……?

 いつ発動した……?

 効果範囲は……?


 一瞬という僅かな時間で、現状の把握を行おうとするも……圧倒的に情報不足すぎる。

 文字通り……こんな《魔法》は、誰も知らなかったのだ。


「何をした……」


 口火を切ったのは、騎士団内唯一の《一級魔導師》である老獪なエルフ……ガラティナ。

 《オーヴェイン》屈指の博識と名高い、ガラティナでさえこんな《魔法》は初めて目にする。

 誇りとプライドの高いあのガラティナが、自ら《魔法》の種を聞き出そうとするなんて過去は、これまでにたった一度のみ……『フィオナを前にした時』だけであった。

 フィオナという少女は、人知程度ではかれる存在ではない。……ガラティナはその時に初めて、自身の理解すら及ばぬ『領域』を垣間見たのである。

 そんなガラティナが、また「わからない」と匙を投げたのだ。

 こんな、少年の攻撃程度に……


「何をした……ですか。説明すると長くなっちゃうんですけど、それでも聞きますか?」

「ふん。馬鹿正直に種を明かすと……」


 騎士団の特攻役である顎髭の似合う美丈夫……ヴォイドが吠える。

 言葉では強気だが、その顔に余裕などありはしない。

 わけのわからぬ力に肉体の自由を奪われているのだ。ガラティナでなくとも、聖騎士である誇りがある。

 子供一人にいいように扱われて良い気などするはずがない。


「はい。教えたところで、特に問題はないと思いますし♪」

「……っ……なめんなよ、クソガキがっ!!?」


 体内の《マナ》で肉体を強化したのだろう。不可視の力に拘束されながらも、ヴォイドは無理矢理一歩前へと出た。

 だが……その行動により――


「っ!? ぐぁ……っ!」


 むしろ、一層拘束は増してしまう。

 無理矢理出した脚は完全に氷結してしまい、表面を真っ白な氷が覆う。


「無理に動くのはやめた方がいいですよ……? さらに痛みが増すだけです」

「……ぐっ……」

「それじゃあ、出来るだけ簡潔に……わかりやすく説明させていただきます」


 整った笑みを崩さぬままに、ロイドは説明を始めた。

 それは相手を完全に見下しているから……というわけではない。

 傲りは敗北を生む、と常々、会長である結歌に忠告され続けたロイドである。敵を軽く見て油断するような真似はしない。

 だから、これからするのは、『聞かれても敗北に繋がらない』程度の情報の公開である。

 何も知らぬままに負けたとあっては、騎士団も名折れといったところだろう。

 それに、与えてしまった『誤解』はちゃんと解かないといけない。


「まず最初に一つ、アナタ方を拘束しているこの力は《魔法》ではない」

「……っ!?」

「……デタラメを口にする気か……?」

「いえ、デタラメではなく事実です。そもそも……――」


 ロイドは、ため息混じりに告げる。


「ボクは《氷結魔法》なんて使えません」


 事象と矛盾した衝撃の事実を……。


「ふざけるなよ! だったら、これは何だってんだ!?」

「ヴォイド、ちょいと落ち着きな……。アンタも、その言葉が真実だとして、この状況をちゃんと説明してくれる……ってことでいいんだね……?」

「もちろんです」


 騎士団の一人に(たしな)められ、舌打ちを溢すヴォイドを無視し、ロイドの話は続く。


「ボク個人の権能として、『氷を使った《魔法》』なんて使えません。これは単なる副次的なモノであり、本来のボクの力とは直接的に関係しない力なんです」

「……」

「それで、ここからは簡単な化学の話になるのですが、『気体と液体と固体』ってわかりますよね? 温度によって形状の変わる水なんかが最たる例なのですが、その三つの大きな違いは『水分子の構造』なんです」


 そこまで言って、ロイドは右手のひらに指し棒状の氷棒を出現させる。

 そして、地面に簡単に図を書いていく。

 端からみれば授業の風景に見えなくもない。


「大まかに説明すると、分子同士が個々に別れている状態が気体。数個単位で繋がっている状態が液体。停滞し結合した状態が固体となります。そして、分子の結合には熱エネルギーが大きく関わってきます。まぁ、ここまでは一般常識ですよね」

「学舎で習うレベルの常識だな」

「では、次に『熱』についてです。原子の振動のことを『熱振動』といいます。これは、温度が高ければ高いほど振動が増し、逆に低いほど振動幅は低下する。でも、たとえ温度が絶対零度になったとしても、振動が止まることはありません」

「……」

「さて、ソレを踏まえた上で……ボクの力の出番です。ここでもし、大気中の水分子を『強制的に停止』させる力があったとする。正確には水分子じゃなくても止められるんだけどね♪」

「……っ! それこそ《魔法》の力でも借りぬ限り、出来るような芸当ではなかろう! むしろ、《時間停止》や《分子掌握》など人知の及ぶ次元の話ではない! 不可能だ!」

「ですから、ボクの()()は《魔法》じゃないんです」


 ロイドは、持っていた指し棒を中空で手離した。

 物理的に考えるならば、指し棒はそのまま星の引力に引き寄せられ……重力に抗うことなく地面へ落下する。

 下から強風が舞い上がっている。上から糸で吊るしている。……などという事象がない限り、そうなることが自然の摂理なのだ。

 だが、ロイドの手から離れた氷棒は……地面へ落下することもなく『その場に停滞していた』。

 その事象に、《魔術的》な介入はない。


「《魔法》……いや、違う。《魔法》なら、少なからず《マナ》の残滓や《魔法陣》が残るはず……。だったら、小細工か」

「種も仕掛けもありませんよ。こういう能力なんです」


 事態の異常さについていけていない他の騎士団とは違いガラティナだけが狼狽える中、ロイドはただいつも通りの柔和な笑みを浮かべている。


「『《マナ》の完全停止』。……ボクのコレは《魔法》じゃない。《魔法》なんて、()()()()ものじゃない」

「《マナ》の……停止!?」

「はい。ボクはただ……大気中の水分子を《マナ》で停止させただけ。アナタ方は、その『固まった分子の檻』に入り込んで出られなくなっているだけなんです」

「そんな、デタラメな?! ありえない!」

「信じないのは勝手ですが、気づいてますか? この場所に来て……まだ、一度も風が吹いてないってこと」

「……っ!?」

「正確には風は吹いてるんですけどね。ただ、肉体に触れる分子を全て、『その場に固定』しているので、肌で風を感じることはないのでは?」


 ニコニコと続けるロイドとは反し、ガラティナは一つの可能性に思い至っていた。

 だが、あり得ない。

 いや、あり得てはいけないのだ。


 ロイドの言う『《マナ》への命令権』がもし事実だとするならば……。

 この少年の力は……おそらく、あのフィオナと同格。ということになる。ともすれば、あの『英雄』とも……。


 四月の昼下がりだと言うのに、騎士団員の吐く息は、真冬の北国とまごうほどに白く冷たい。

 大気中に停止した水分子のせいで、吐く息すら凍り付いてしまっているのだろう。

 けっして、気温を下げる《魔法》などではない。


「ならば、動かずに倒してしまえばよい! 《魔法》ならば、大気中の分子など関係あるまい!」


 無詠唱で放たれた《火炎魔法》。

 無詠唱と言っても、騎士団の一撃である。

 威力もスピードも、一流以上のモノである。

 障壁もなくまともに受ければ、全身を火炎が焼き付くし重傷を負うことは免れない。


 だが、やはり……そうはならないのだ。


「残念ですが……」


 ロイドはソレに触れることもなく、ソレを『止めて』しまった。

 宙で停滞した炎は、その暴威をふるうこともなく……。まるで写真に写る風景の一つとでもいうように……その場で完全に停止してしまったのだ。

 いや、そもそも……当然なのである。

 《魔法》の大元は術者の体内にある《マナ》。

 ならば、《マナ》を止められるロイドに止められぬ道理はない。


「《魔法》はむしろ止めやすい方なんです♪ わかって頂けたなら、諦めて脱落していただけると楽なんですが……」

「なめるなよ! こんな、もん!!」

「おい! 無理に動こうとするな!」

「だけど!」

「諦めな……」


 若い騎士達を嗜めたのは、老獪で重々しいガラティナの一言。

 騎士団長であるリンドを除けば、騎士団内での上下関係はほとんど存在しない。強いて言うならば、経験という一点を(かんが)みて年功序列といったところだろう。

 そして、騎士団内で最も長く生きてきたあのガラティナが、覇気もなく戦意を失っているなんて、過去に一度たりともありはしない。

 ようするに、それほどの事態なのだ。

 他の騎士団員も、ガラティナの有り様に……振り上げた拳を下げるしかなかった。


「お主、名はロイドと申したな?」

「はい」

「覚えておこう。無論、今回の一件は包み隠さず姫様に報告させて貰うこととなるが、異論は?」

「ありませんよ。別に隠していた訳でもありませんしね……」

「ならばよい」

「では、降参という事でよろしいので……?」

「阿呆が、姫様の側近をつとめる我ら『王室騎士団(オクト・プリズン)』が、若人(わこうど)程度に白旗を挙げたとなれば、姫様の顔に泥を塗る事になるじゃろうて」

「……そうなると、まだ戦うって事でしょうか……?」

「そんな無謀を仲間に強いるほど、ワシも老いぼれてはおらん。そして、お主は先程こう申したな? これ以上手荒な真似はしたくない、と」

「…………あぁ、なるほど」


 合点がいったと苦笑を浮かべるロイド。

 ガラティナは動けぬ体勢のまま、今度はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「要するに、現状維持って事ですか……」

「……いかにも」

「……はぁ。わかりました。()()()の戦況に動きがあるまででしたら、お付き合いさせていただきます」

「中々、キレる若人じゃの……。良き人材じゃ」


 圧倒的優位に立つロイドとしては、この交渉に応じるメリットは皆無である。

 言ってしまえば、さっさと騎士団達を倒してしまい、例の集合地点へと向かうべきなのだ。

 だが、そうしない理由があった。

 結歌やアリシアと同じように、ロイドもまた……彼と戦いたいと――戦ってみたいと思っていた。

 実際に出会う前から、結歌に強く想われる彼に興味があったのは確かだ。

 学園の頂点に君臨する結歌でさえ、一度も勝つことの叶わなかった少年。心の底から強く、再戦を願う彼女の横顔をずっとロイドは見てきた。


 だから、試験当日の衝撃は……ロイドの戦士としての一面に火をつけた。

 ……『彼と本気で戦ってみたい』と。


 だが同時に、ロイドは結歌の願いを邪魔したくはない、とも思っていた。

 たかが一年ちょっとの間、気になっていた程度の自身とは違い……。結歌は何年もの間、ずっとずっと待ち続けていたのである。

 その間、余所見することもなく、研鑽を怠ることもなく、……ただその一戦の為だけに……。


 そんな一途な少女の願いを、ロイドは邪魔したくはないのだ。

 もしもこの場で、ロイドが待つことで……彼女の願いが叶うのならば……。


(こんな事、会長に話したら「大きなおせっかいよ」なんて怒られるのかな……?)




 クスリと笑った少年は、やはり眩しい『灯火』を想い、優しく微笑むのだった。

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